結城は、あの男とまるで知り合いであるかのような口振りだ。
見た所、この男は政府の高官のようだ。だが、一市民である結城と彼との接点は、どう考えても思いつかない。
「彼は?」
「政府首脳陣の一人さ。もっとも、就任したのはそれほど昔ではないため、比較的歳若い」
政府首脳陣とは、このU−TOPIAを支配する政府の中でも最高位に位置する者の事だ。いわば、国民に圧政を強いる政府の諸悪の根源である。
そんな人間が何故、ここへ? 生身ではなくホログラフではあるが、わざわざ自分達の前に姿を現すなんて、その意図が全く理解できない。
「ここまで僕達を誘導したのもあなたですね。何の用ですか?」
「用も何も。君達にメインシステムを破壊されては困るからね」
「でしたら、他にもっと確実な方法があるのでは? 先ほども、隔壁の間に閉じ込めるぐらいは訳なかったはずだ」
確かにその通りだ。その気になれば、隔壁を一斉に降ろして間に俺達を閉じ込め、空気を抜くなりすればあっさりと始末できたはずだ。なにも、わざわざこんな所まで誘導しなければならない理由なんて微塵もない。むしろ、政府側にとっては最悪の状況が起こりうる確率を高めるだけだ。
だが、
「そんな無粋な事はしない。我々は退屈しているのだよ。楽しめる時に楽しみたいのでね。この機会を逃す手はない」
にやり、と男は嘲るかのような笑みを浮かべる。
無粋な事はしない。
それはつまり、その気になれば俺達なんてあっという間に始末出来るという自信の表れだ。
更に衝撃的なのは、いつでも殺せるのだから、自分にとって楽しめるやり方で殺す、と遠回しに言っている事だ。
完全の俺達を、箱庭の中の小さな生き物としか思っていないのである。
と―――。
「あなたは! あなたはまた、そうやって人の命を駒にして戯れようというのですか!?」
突然、結城が男の態度に激昂した。
普段、あれほど冷静沈着な結城がこうも激しい感情を露にし、声を荒げるなんて。
俺はむしろそんな結城の様子に驚く。
「いけないかね? 私達は支配階級、そして君達は被支配階級だ」
徹底したエリート意識。
全ての国民の自由を掌握した事実により、支配欲と自我が過剰肥大している現われ。
吐き気がする。
行動の自由を奪っただけで、何もかも自分達の思いのままに動かせると奢り昂ぶっている。
そんなヤツらを抹消するために、俺達のような存在があるのだ。
「知っているよ? 君の妹の話は。まことに残念な事だが、私を恨んでも仕方がないだろう? あれは単に、初めからそういう運命だったという事さ。死んだ者の事を未だに引き摺っているのかね? なんとまあ、哀れなものだ」
バアン!
「黙って下さい……!」
銃声と共に、男のホログラフが消え去る。
結城が手にした銃口からは僅かに硝煙が立ち昇っている。
どうやら結城が射影装置を撃ち抜いたようだ。
「それで、どんなゲームをしたいんですか? 僕達は一刻も早く先に進みたいんです。無駄話は終わりにして下さい」
『やれやれ、つれないことだ。さて、ではお望み通り説明をしようか』
姿は消えたが、男の声は聞こえてくる。どこかにスピーカーか何かが取り付けられているのだろう。
『ルールは簡単だ。そこにいる四人と君達とで戦ってもらおう。勝ち抜き、バトルロイヤル、方式はどちらでも構わない。最後まで一人でも立っていた方が勝利だ』
「なあ、オリオン。これってさ、なんか変じゃねえか? 10対4とかならともかく、どうして相手も4人なんだ? それだったら俺達にも勝てる可能性が十分あるぜ」
アウリガの言う通りだ。
わざと俺達に勝つ可能性を与えているみたいだ。それとも向こうには、この条件でも必ず勝てる根拠があるのだろうか?
『ちなみに、この様子は我々首脳陣の元に実況放送されている。現在、掛け率は4:6で我々が僅かにリードしているが』
「おい、ちょっと待て! じゃあ、あとの4割は俺達の勝利を願っているっていうのか!? それが何を意味しているのか分かるのか!? お前らの敗北に直結するんだぞ!?」
俺は思わずそう叫んでしまった。
この戦いで賭け事を行うのは、百歩譲って認めるとしよう。だが、何故賭けの対象が敵対味方で、しかもそれで賭けが成立するのだ?
俺達が勝つ方に賭けた連中は一体何を考えているのだ? 自らの首を締めたがっているのか? それとも、ここで負けたとしても、まだ保険があるというのか?
混乱しかけた俺に、男はさも愉快そうに言葉を続けた。
『それがどうしたのかね? なかなか刺激的でスリルがあるだろう? ゲームをするならば、これぐらいのリスクがなければ楽しめない』
狂ってやがる……。
ヤツらは、自ら望んで死のリスクを背負っているのだ。
本能として生を望む傍らで、自らが死する事も望んでいるのだ。
理解出来ない感情だ。
どうして死を望むのだ?
完全な支配階級である首脳陣には、絶望させるもの、人生を放棄させるような要素は何一つあるはずがないのに。
『さて。お前達、マスクを取りたまえ』
すると、男の指示に従って四人は顔を覆っていたフルフェイスマスクを脱ぎ捨てた。
マスクの下から現れた顔は、二十代から三十代後半までの男女と、非常にまちまちなだった。見た目はどこにでもいるような、極普通の人間だ。
これが、俺達の相手?
四人は腰のベルトからそれぞれ高周波ナイフを取り出して身構える。その他に銃火器の類の姿は見られない。どうやらそのナイフ一本で戦うようだ。
お世辞にも、あまり強そうには見えなかった。訓練された人間の持つ独特の雰囲気が感じられないのだ。これならば、俺一人でも十分に相手が出来る。いや、俺のように飛び道具を得物としないアリエスやアウリガにとっても一緒だろう。特にアリエスは、ナイフ類を自分の手足と同様に扱う事が出来る。四人の内、誰一人としてアリエスよりも優れた技術を持っているようには思えない。
あそこまで自信たっぷりに言うのだから、どれほどの猛者かと思えば。拍子抜けした感は否めない。
が。
「―――ッ!」
しかし、そんな俺とは裏腹に、結城は酷く狼狽した表情を浮かべた。
だが、すぐに困惑の色は消え去り、今度は一転して深い憎しみの表情に変わった。
奥歯をギリッと強く噛み、目がより強い憎悪の視線を放っている。
「あなたという人は……一体どこまで……!」
そんな結城を、あの男が嘲笑する声が聞こえた。
一体どういう事なのだろう? 何故、結城はああも怒りを露にしているのだ? 二人の会話だけからでは、まるで話が見えてこない。
「……始めようか。ルールはバトルロイヤルでいい。時間がもったいない」
ゆっくり、怒りを噛み殺すような低い声。
『ほう? いいのかね?』
「くどい」
びしっと言い捨てる結城。有無を言わさぬ強い口調である。
「悪いが、君達は手出しをしないでくれ」
突然、結城が一歩前に歩み出し、俺達に背を向けながらそう言った。
「え? 何故?」
「……頼む」
感情を押し殺した、必死で哀願する声。
あの四人は、戦闘兵としては二流三流だ。大した強さではない。
だが、それは俺達と比べたらの話だ。結城は、民間人にしては銃器の扱いには慣れている。しかし、その程度なのだ。所詮は戦闘を専門に訓練した俺達と、その実力は比べ物にはならない。
果たしてこのまま任せていいのだろうか?
そんな迷う俺を尻目に、結城は右足を引き摺りながらも前へ前へとどんどん進んで行く。
やがて立ち止まり、ゆっくりと自分の銃を構える。銃口は、四人の内の誰かに狙いを定めているだろう。
『ほう? これはこれは、意外な展開だ。果たして、君に彼らが撃てるのかね?』
妙な確信に満ちた男の言葉。
「どういう意味だ?」
思わず俺は問い返す。
すると、僅かに男が鼻で笑った。
『この四人は、かつてアンタレスの構成員だった人間なのだよ。もっとも、正確に言えばそのクローンだがね』
クローン!?
確か五年前、アンタレスの構成員は結城を除いて皆殺しにされたはずだ。という事は、その時の死体から細胞のサンプルを取り出して保管し、今、こうして培養して作り出したということか。
よりによって、かつての結城の仲間を作り出し、そして結城の目の前にさらすなんて。それだけでも十分非道な行為であると言えるのに、更にそれと戦わせようとするとは。
ヤツには人の心というものがないのか?
いや、そんな質問は、今更愚問か……。
『撃てるのかね? 君の仲間を』
撃てる訳がない。
たとえクローンだとしても、それは紛れもない、かつて自分の仲間だった者だ。
幾ら、殺らなければ自分が殺られるとは言っても、出来るはずがない。
『私が合図をすれば、彼らは一斉に敵へ襲い掛かるようにしてある。その銃で撃てなければ、君はあっという間に細切れにされてしまうぞ』
この状況を心底楽しんでいる男の声。
俺はホルスターから銃を取り出し、激鉄を起こした。
これ以上見ていられない。
結城にはああ言われたが、到底出来るはずがないのだ。自分の仲間を殺すなんて。
ならば、俺が代わりに殺すしかない。たとえ結城に恨まれる事になろうとも。
と―――。
バアン!
突然、辺りに銃声がこだまする。
え?
その刹那、四人の内の一人がゆっくりと倒れた。
『な!?』
驚きに満ちた、男の上擦った声が響く。
だが、それとは対照的に結城は極めて平然としていた。
「撃てるさ。五年前のあの日、アンタレスのみんなは死んだ。目の前にいるのは、魂もない、ただの複製体だ」
結城は、寒気がするほど冷然とした視線を残った三人に向け、銃口の狙いを再び定める。
「存在自体が死者への冒涜だ。彼らの名誉を守る事に、どうして気を咎める?」