BacK

 

 

 僅かに開かれたドアの間から、部屋の中にスタングレネードを投げ込む。すぐさまドアを閉め、音が外に漏れないようにする。

 ドアに耳を当てると、管制室の中でスタングレネードが吼える音が聞こえてきた。

「よし、行くぞ」

 俺達は武器を構える。

 俺は銃を構え、ドアを開けて中に突入した。

 部屋の中では、突然のスタングレネードにやられた男達が、耳を押さえながら床に這いつくばっていた。

「拘束しよう。結城はコントロールパネルの方を」

「分かった」

 結城はコントロールパネルの前に座り、キーボードに指を走らせ始める。その間俺達は、動けなくなっている男達を拘束し、目隠しと猿轡を噛ませる。ほとんど無力化した人間に一連の作業をするのは、それほど時間のかかるものではない。

「高速エレベーターの方はすぐ使えるようだ」

 パネルを操作しながら、ディスプレイを指差す。

「分かりました。こちらから、上のエレベーターポイントに通信は送れますか?」

「可能だ。ここの責任者の電子署名も見つけてある」

「この部屋に居た職員は五人。それぞれの制服を着れば成りすませます」

「なるほど。なら、職員(・・)が四名向かうと連絡を入れておこう」

 俺達は早速職員の制服を脱がせ身にまとう。

 割と大きめな上着と、偶然にも同じ黒のズボンなので、上着だけ着込めば完全に成りすませる。アリエスは元々邪魔にならないように髪型をショートボブにしているので、男物の上着を着てもそれほど違和感はない。

「我々が出たあと、ここを封鎖して下さい。この状況を万が一見られたら騒ぎが起きますので」

「了解した。では30秒後、ここの入り口に強制ロックがかかるよう設定をする」

 職員の姿に成りすまし管制室を後にする。

 ここからはゆっくり歩いて高速エレベーターに向かう。走ればかえって怪しまれるのだ。ただ、何食わぬ顔で平然として歩かなければいけない。本当の職員や関係者が見ない顔だと訝しがっても、堂々としていれば逆に向こうが自分の記憶違いだと思い直すのである。もっとも、一人二人が怪しんで話し掛けてきても、三秒もあれば片付けるのには十分である。

 エレベーター搭乗口に向かって廊下を歩く。

 時折、警備員とすれ違うが、軽く会釈をされるだけで終わった。完全に俺達を政府の役人だと思っているようだ。

 エレベーター搭乗口に到着すると、ゲートが四つあった。それぞれの前にライフルを持った警備員が立っている。

四つあるゲートの内、アクティブが表示されているのは一つだけだった。ここを使え、と上が指定したのだろう。

 結城はそっと前に出、手馴れた手つきでパネルを操作する。すぐにゲートが開き、奥にはシャッターが見えた。

 内部に入ると、すぐにゲートが閉じた。

 俺達はシャッターまで伸びる一本道を歩く。ここは空調がないためか、これまでよりも温度が二、三度ほど低い感じがした。もしくは、機械の廃棄熱を冷却するためにそうしているのかもしれない。

 シャッターの隣にも操作パネルが添えつけられていた。またも結城はそれを操作してシャッターを開く。真っ白な素材で作られたカプセル内部に乗り込み、また結城がパネルを操作してシャッターを閉じる。

 高速エレベーターに乗り込めば、数十秒でアンダーエリアからアッパーエリアに到着する。

 これまで政府に対して何十万という人間が叛意を抱いたにも拘わらず、今日まで政府が機能し続けたのには、アンダーエリアからアッパーエリアに向かうための手段が非常に限られている、という理由もある。全てのエレベーターポイントを封鎖されてしまえば、幾ら戦力があろうともアッパーエリアに行く事が出来ないのだ。

「変わらないな……」

 と、その時、結城がぽつりとつぶやいた。

「何がです?」

 問い返すと、結城は目を伏せて微苦笑する。

「いや、ここのシステムさ。内装は変わっているが、根本的なシステムの構築が、何もかも五年前のままなんだ」

「アンタレスが乗り込んだのは、このエレベーターポイントなんですか?」

「ここじゃないさ。でも、作りは似ている。おそらく、設計図はほとんど同じものを使っているんだろう」

 そうつぶやくように、そっと白い壁に手を這わす。まるで久しぶりに帰って来た故郷を懐かしむかのような仕草だ。

「あの、こんな時に何ですが、一つ訊いてもよろしいですか?」

「なんだい?」

「アンタレスが負けた原因は、一体何だったのですか? 国会議事堂内部まで行ったのであれば、戦力的に実力はほぼ拮抗していたはずです。にも拘わらず、アンタレスの生き残りがあなた一人というのは何故なんですか?」

「原因……か」

 結城は顔を上げ、視線を上部の表示パネルに向ける。そこには到着までの時間が表示されていた。

 カウントダウンされていくその数字を、結城は黙ってじっと見つめている。

 いや、見つめているのは、五年前の出来事なのだろうか……?

「君達は、人の本質とはどう考える?」

「人の本質ですか?」

 人間の本質については、哲学の分野で昔から論議されて来ている。対極的に言えば、性善説と性悪説だ。どちらにも共通して言えるのは、人間の善悪は生まれながらにして決まっている、という事だ。そこに理性や環境といった要因が加わり、善悪の狭間で不安定に揺れ動く“人間”というものが確立されるのだ。

「私は、理性的な生き物だと思っています。過ちこそすれ、必ずそれを省みる事もします。そうやって生物としてより優れたものに成長していくのだと思います」

「人は、どんな時も正しい道を見つけ歩めると?」

「はい」

 フッ、と短く結城は溜息をついた。

 あきれでも嘲笑でもなかった。それはまるで自分に向けられたもののような、寂しげな息継ぎだ。

「そうかな? それは単に正当化された道なのかもしれないよ? とにかく、人間はその本質に、ドス黒い悪徳と残虐性を持っている事を忘れてはならない。完全な善人なんてこの世には存在しない。むしろ、善悪の判断基準は、どんどん曖昧になっていく。だからこそ、自己判断能力というものは絶対不可侵のものとして気構えていなければいけない」

 深く息を吐き、そしてまた吸い込む。

「アンタレスは、いわばその、人間的な残虐性にもてあそばれたようなものさ」