BacK

 

 

 目の前に、システムセンターの入り口である鉄柵が見える。

 鉄柵がしっかりと閉まっているにも拘わらず、俺は構わずにアクセルを踏み込む。

 この車種は、非常にフレームが頑丈な作りになっている。そのため、ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない。あのぐらいの鉄柵ならば、特別頑丈な合成金属でもない限りは強行突破も出来る。だが、俺がアクセルを踏み込むのにはこれとは違った理由がある。

「さて、では鉄柵を開けるよ」

「そんな事、出来るの? さっき、セキュリティは手におえないって言ってたじゃない」

「継続的には無理だ、という意味さ。鉄柵を開け、システムが修正する前に不正パケットを大量に送ってハングアップさせればいい。そうすれば初期化するまでの時間分、鉄柵を開けたままに出来る」

 結城の指が、膝の上に乗せられたモバイルのキーを走る。視線はディスプレイを下から上へ流れていく記号と数字の羅列に注がれている。

「よし、開くよ」

 結城の言葉通り、ゆっくり鉄柵が開き、そのまま止まった。

 鉄柵の両脇にいる警備員が、驚いた様子で鉄柵を眺める。自分達は何も合図を送った訳でもないのに、勝手に鉄柵が開いてしまったのだから。

 と、そこに猛スピードで近づくこの車を見て、ようやくただならぬ事態が起きた事に気がつき、携帯していた通信機を手に取る。

 もう片方の警備員は、大きく手を振って停止を促す。一応、政府関係の車であるため、乗車している人間を確認しようというのだろう。

 だが、わざわざその指示に従う訳がない。俺達は、これからこのセンターに強行突入するのだから。

「よし、乗り込むぞ!」

 俺はギアを更に一速上げ、車をより加速させる。

 警備員が果敢にも車の前に立ちはだかり、なおも制止を促す。

「ご苦労な事だ」

 一向に止まる気配のない車に、遂にその警備員が持っていたライフルを構える。

 ライフルの銃口が閃くように火を吹く。直後、フロントガラスに僅かな亀裂が入った。

 この車は、一応は防弾使用になっている。パラペラムのような貫通力のある弾丸を使っても、この程度の傷しかつけられない。

俺はそのままセンター正面門に車を突っ込ませる。寸出の所で身を翻して車に撥ねられるのを避けた警備員が、今度は後から車の後部を狙って撃ってくる。車内に、ボツッっという音が何度か響いたが、銃弾が中まで入ってくる事はない。

センターの門から入り口までは、中庭を一直線だ。

だが、もうおそらく、先ほどの警備員によって警戒警報が流れているはずだ。そうなると、ここにもおそらく仕掛けられているであろう、セキュリティの迎撃システムが作動する事になる。

「っと。ここには、500mの通りに片側50機、左右で100機の迎撃レーザーと、50台の監視スコープが設置されているね。この車は鏡面加工はされていないから、スコープはともかくレーザーは危険だ。ハングアップできる時間は、一台につき、5秒が限界だ。有効射程距離は20m。だから、なるべく車の速度を上げてくれ」

「分かりました」

 ギアは最大まで上げている。あとはハンドルをしっかり握って、アクセルを思い切り踏み込むのみ。

 車の外の景色が、凄まじい速さで前から後に流れていく。だが、迎撃レーザーはこれよりも早くこの車を撃ち抜く事が出来る。

 レーザーとは、人工的に収束させた光だ。光は収束すれば熱を持つ。熱の温度は性能にもよるが、政府クラスのものであれば、4、5000℃はあるだろう。大抵の金属ならばあっさりと融点に達してしまう温度だ。それが、光の速さで襲い掛かってくるのだ。これほど迎撃にあったものはない。

 だが、レーザーにも弱点はある。幾ら高い温度を持とうとも、光は光。光は鏡などの反射率の高い物質には跳ね返され、屈折率の高い水などの液体の前では微弱な幾重もの光に拡散されてしまう。レーザーは汎用性が低く、局地的な使い方しかできないのだ。そのため、現在でも武器といえば実弾になるのである。

「よし抜けた!」

 その言葉を合図に、俺はアクセルから足を離し、エンジンブレーキを使って徐々にスピードを弱める。

 このままのスピードでセンターに突っ込めば、車よりも先に俺達の方が衝撃で死んでしまう。

「エントランス内部まで車で突っ込む。減速したら、すぐさま車を降りるぞ。わんさかとお出迎えがいるだろうしな」

「了解」

「へっ、やってやろうじゃねえの」

 時速を40km以下まで落とす。

 目の前にセンターのガラス張りの入り口が見える。俺は衝撃に備えて体を強張らせる。

 バリーン、と音を立てて、強化ガラスが勢い良く四方八方へ飛び散る。

「行くぞ!」

 車が完全に止まり切る前に、ドアを開けて車から飛び降りる。そのまま衝撃を和らげるために、体を転がせながら柱の影に身を隠す。

 ダダダダダッ!

 刹那、早速熱烈歓迎と言わんばかりに大量の銃弾が飛んできた。この雨の中では、三秒もすれば蜂の巣になってしまう。

 だが、俺は極めて落ち着いていた。こんな修羅場は何度も経験している事であるし、元々予想していた事でもあるのだから。まずは冷静になって、状況をそのまま良く見極める。そして、次にどう動けばいいのか、その最良の道を選択するのだ。

 俺は自分の得物であるリボルバーを取り出し、一度弾倉を開けて中を確認する。

 弾丸が六つ、確かに収まっている。

 銃撃の雨が依然と降り注ぐ。

 だが、雨にも流れがある。そう、リロードの時間だ。特に素人は一斉に撃つため、全員が一度にリロードに入ってしまう。そこが、もっとも致命的なタイミングだ。

 雨が止んだ瞬間、すぐさま俺は前に飛び出した。

 銃口をターゲットに構える。そして、自分の体全てが銃と一体化するのをイメージする。

 快音が、僅かに右の手のひらに反動を与えながら、続け様に六発こだまする。銃口から飛び出した弾丸は、警備員のうち六人のそれぞれに命中する。

 すかさず俺は、別の柱の影に身を隠す。一瞬遅れて、先ほどまで俺が立っていた所を銃弾の嵐が通り抜ける。

 さてさて、あいつらもそろそろ動くはずだ。

 弾倉を開け、空になった弾丸を捨てて新しい弾丸をゆっくりと込めて行く。

 と、急に銃弾の雨が止む。

「おーい、オリオン。生きてっか?」

 アウリガの安穏とした声。

 俺はゆっくりと物影から現れる。

「ああ。片付けたのか?」

「まだまだ警備員はいる。全部を相手にしていては消耗するだけだ。先を急ごう」

 結城は先ほど銃撃戦があったと思えぬほど平然とした様子である。民間人とはいえ、あのアンタレスの構成員だったのだから、この程度はもう慣れたものなのだろう。

「向こうだ。行こう」

 結城が指し示した方へ俺達は走り出す。

「ねえ、どうしてこっちだって分かるの?」

「さっきだって、ただ隠れていた訳じゃないさ。受け付けカウンターに内部回線のジャックがあったんでね。そこから、大まかな見取り図などのデータを引き出していた」

「まあ! 抜け目ない事」

 廊下の奥を曲がり、そして階段へ。

 こういった強攻作戦の時は、エレベーターのような設備を使う事はできない。もし、逃げ場のないそこにいるのがバレてしまったら、それで終わりなのだ。

「何階だ?」

「8階だ。少し高い」

「そうか? お前、実は体力ないだろ」

 アウリガのからかうような指摘に、珍しく結城は反論せずに口を閉ざした。図星だったのだろう。

 八階に到着し、そしてまた白い廊下を走る。

 幾分か肌寒かった。おそらく、機械が放出する熱を冷ますための空調が効き過ぎているためだろう。

「侵入者だ! 撃て! 撃ち殺せ!」

 唐突に、サブマシンガンを持った物騒な集団が現れる。

 だが、急に俺達と出くわしてしまったためか、その動作は狼狽しており、いまいち精度を欠いている。

俺にとってその一瞬は、致命打を与えるには十分な時間だ。

 一挙動でホルスターから銃を抜き、左手で激鉄を起こすと同時に右手の中指で引き金を引く。

 快音が四発。

 そして、四人の人間が次々と倒れていく。

「まったく……精密機械のある場所でよくもこんな武器を撃とうとする気になる」

 流れ弾が機械に当たったらどうするつもりなのだろう? 俺達にとっては都合はいいが、警備する者としては疑問視せざるを得ない行動だ。

「いや、ここはまだそれほど重要なポイントでもない」

「え?」

 結城の確信的な口調に首をかしげる。

 すると結城は向こうを指差した。

 続いて視線を向けると、そこには一台のレーザーシステム。いや、良く見れば、その先にもずっと同じものが続いている。随分と厳重な体勢だ。だがそれは、この先がそれだけ重要である事の裏付けでもある。

「破壊しても?」

「大丈夫だ。現状より悪くはならない。今、ハングアップさせよう」

 とっくに俺達がここに強攻突入しているのは周知の事実だ。これ以上事態が悪化する事はまずないだろう。

 俺は弾丸を詰め替え、システムを次々と撃ち抜いていく。

 反応しないシステムを破壊するのは実にたやすい事だ。それに警報が鳴っても、今の俺達にはあまり関係がない。

「いたぞ! こっちだ!」

 突然、背後から大勢の足音と、金属の擦れ合う音が聞こえてきた。金属の擦れ合う音は、間違いなく銃火器の類だ。

「走るぞ! ここは身を隠すところが少ないから不利だ!」

 俺達はすぐさま走り出した。

 こういった狭所は俺達にとって不利な要素が多い。スタングレネードなどの爆弾系統の武器も迂闊に使えば、かえってこちらも巻き込まれてしまって状況を悪化させるのだ。

 俺は最前列を走りながら、先のシステムを次々と撃ち落していく。

 俺達のすぐ後ろを警備員が数名、血走った目で銃を撃ちながら追いかけてくる。辛うじて射程距離外のため、弾丸は俺達に当たらない。しかし、跳弾に当たる可能性もある。そう長くは続けていられない。

「くっ……!」

 と、その時。

列の中頃を走っていた結城が前のめりに倒れた。

チッ……当たってしまったのか!?

俺はすぐに足を止め、サブマシンガンを取り出して警備員に向けて掃射する。

「おい、大丈夫か!?」

「ああ……なんとかな」

 苦痛の溜息を交えながら答える結城。

その右足は、血で真っ赤に染まっていた。