エレベーターポイントを抜けてから十数分。
依然としてシステムセンターは見えて来ない。予定では、あと十分程度かかる。
とにかく急ぎたい所だが、アクセルを踏み込み過ぎて不審車と思われたくもない。スピードはあくまで常識的な範囲でしか出さない。
「実は良くない知らせがある」
と、助手席でナビをしていた結城。膝の上にモバイルを乗せ、先ほどから何やらやっていたようだが。
「何です?」
「システムセンターのセキュリティシステムは、思ったよりも厄介だ。ピング爆弾程度ではオーバ−フローもしない。ウィルスを流せば破壊できるんだが、あいにくと即効性のあるウィルスを組む時間がない」
「システムの概要はどんな感じ?」
丁度その後の席に座っていたアリエスが、中腰になって座席越しに画面を覗き込む。
「おそらく、並列コンピューター群だろう。0.1秒ごとにバックアップ、復元を繰り返している。モバイルで手元からいじる事も出来るんだが」
「モバイルいじりながらじゃ、あまりに怪し過ぎるわね。速攻見つかるわ」
「そういう事だ」
となると、何らかの関係者を装っての潜入は無理となる。ならば―――。
「だったらよお、そろそろこんなまどろっこしいもんはやめにしようぜ」
俺よりも早く、そうアウリガが勢い良く言い放った。そして早速上着を脱ぎ捨てる。
「こっからは俺達の流儀でいこうぜ。いいよな、オリオン?」
「ああ、そうだな。潜入が無理と分かれば、もうそれしか手段はないしな」
改めて俺は答える。
出来れば穏便に済ませたかったのだが、やはりそうもいかないようだ。まあ、かといって落胆する必要もない。こうなる事は、まだ修正誤差のうちだ。それにアウリガの言う通り、俺も極端な慎重さを要する潜入作戦よりも、激しい銃撃戦の方が得意だ。
「うっし! わくわくしてきたぜ! おう、結城。お前は後ろに隠れてていいからな。これまで散々いいカッコさせてきたが、もう出番はないぜ」
アウリガの不敵な表情に結城は微苦笑する。
「政府を倒して、シリウスが新しい行政機関になる。それでハッピーエンドだ!」
「そうね! これでようやく真の平和が来るわ!」
アリエスとアウリガが興奮した眼差しを向ける。
「俺さ、実は、これが終わったらやりたい事があるんだ」
「やりたい事?」
「おう。ほら、屋台街ってあるだろ? あそこにさ、うまい店がいっぱいあるんだ」
屋台街とは正式な名称ではない。そこはとにかく右も左も屋台が立ち並んでいるため、いつしかその名がつき、そう呼ぶ方が一般的になっている。
ひとえに屋台と言っても、実に様々な種類の店がある。食事だけでなく生活雑貨も売られており、その数を把握しきれている人間はまずいない。
「ああ、そこなら僕もよく行く」
「お、そうか! なあ、結城はなんか好きな店とかあるのか? ひいきの店とかさ」
「まあね。うまい海鮮スープを出す店があってさ、そこが思い出の店みたいな感じだな」
「そうそう! 分かるぜ、それ。なんかさ、妙に落ち着く店ってあるんだよな。俺はさ、そういう店を持ちたいんだ。小さくてもいいからさ、常連の客がいっぱいいるような店を」
アウリガは声を大にして熱く語る。
そういえば、アウリガが女性関係以外の事で、ここまで熱弁する所は初めて聞いた。
「そういやこの間、料理の本とか読んでたわね。もしかしてそのための勉強?」
「もちろん。俺にとっちゃ、現実的なしっかりとした夢だぜ。店が出来たら来いよ。一遍食べたら忘れられなくなるぜ」
「はいはい。出来たらね」
正直、俺はアウリガの発言に驚いていた。
俺は、自分のやりたい事なんて考えた事もなく、いまいちはっきりとしない。
だけど、アウリガは違う。
自分のやりたい事を、夢を、明確にはっきりと打ち出しているのだ。
そうだ、この戦いが終わったら、俺は何をしたらいいのだろう?
俺には、アウリガのような夢なんて、ない。
「実はねえ、私もさ、やりたい事あるんだよねえ」
「お? 何だ何だ?」
「ジャーナリスト。色々さ、事件とか取材しまくってニュースサイト立ち上げるの。面白い記事を書けば、スポンサーもいっぱいついてくれるしね。初めっからそうなる訳じゃないけど、いずれはニュースクィーンになってやるわ」
アリエスまで……。
俺達はみんな同じソルジャーなのに。俺一人だけが、まるで蚊帳の外になっている。
やりたい事。
将来の夢。
希望。
俺にはそれらがすっぽりと抜け落ちていた。
この二人が特殊なのか?
いや、違う。
自分の意志を持たない、俺自身がおかしいのだ……。
二人への劣等感が胸に渦巻く。同時に、俺も何かやりたい事を見つけなければ、という強迫観念が頭にのしかかってきた。
「なあ、オリオンは何かあるのか?」
「俺か……?」
そんな俺の様子も知る由もなく、アウリガが同じ調子で問うてきた。
「俺は……」
何もない。
そんな事は言い出せなかったが、幾ら考えても頭の中にはそれしか思い浮かばなかった。
「待て。そろそろ着くぞ」
と、そこに、結城の鋭い制止の声がかかった。
助かった……。
そう思わずにはいられなかった。
「お!? よっしゃ、来たな! 行くぜ、このヤロー!」
「さあ、わくわくしてきたわ」
二人は、民衆のため、シリウスのため、そして自分の夢のために戦っている。
じゃあ俺は、一体何のために?