BacK

 

 

 俺はこれからの事を考えながら車を運転していた。

 捜索なんて任務を課せられたのは初めての事だ。そのため、うまく成功出来るのか正直言って自信がない。何分、専門外なのだから。とは言っても、一度課せられた任務を放棄する事は出来ず、選べる道は任務の速やかな遂行のみだ。

 あれから三人で話し合った結果、本格的な調査をするには結城についての情報があまりに少な過ぎ、まずは結城についての身辺情報をもっと集める事にした。

ミスターはあれが集められた結城の全データのような事を言っていたが、集められたデータは全て記録的なものだ。つまり、結城の人物像についてのデータは一切ないのだ。そういった情報を集めれば、心理的傾向からどういったところに潜伏しているのか推測が付けやすくなる。

「なあ、オリオンよう。よく考えてみれば、なんで俺らがやんなきゃいけない訳? もし、本気で探すつもりだったらさ、捜索のプロに依頼するもんじゃないのか?」

 助手席に座っていたアウリガがまたグチグチと文句をたれる。

 自分の好きな事には積極的に挑んでいくクセに、ちょっとでも気に入らない事にはこんな風に駄々をこね始めるのだ。

「ジェミニ=結城は国家的犯罪者だ。そんな人間の捜索なんか始めれば、嫌でも政府の目、つまりナノ・コードの目が光るだろう? 一般人が行うにはリスクが伴い過ぎる。どっちみち、俺らしか出来ないのさ」

「かーっ、ショック!」

 俺達は今、“プレペデス”という会社に向かっている。結城の戸籍データの中にあった、かつて結城が属してたというシステム開発の会社だ。

「アリエスのヤツ、自分は楽して俺達めんどくせえ役回り押し付けるしよお」

 アリエスはシリウスの方でネットワークを使って情報収集に専念している。

ネットならば、政府の目の届かないアンダーグラウンドで大手を振って結城に関する情報提供を求める事が出来る。それなりの見返りは要求されるだろうが、金ならシリウスが調査費用として幾らでも用意してくれる。

「彼女は彼女でサボっている訳じゃないさ。俺達は出来る事をしよう」

「だったら、俺は何も出来ねえ」

「言ってろ」

 車で走る事一時間弱。俺達はプレペデスに到着する。

 受付で連絡したシリウスからの者である旨を伝えると、すぐに応接室に通された。

基本的に民衆はシリウスには協力的だ。政府管轄下に置かれている治安機構よりも信頼がある。誰もが政府の圧政に対する不満感を持っており、俺達がそれを打破する唯一の存在であるからだ。

「受付の娘、なかなかポイント高かったなあ。帰り、ちょっと時間くれない? 五分でいいんだ」

「一分もありゃあ、フラれるには十分だろ」

 待つこと数分。

 部屋に入ってきたのは一人の大柄な中年の男性だった。

「初めまして。スピカ=ハイランズです」

「突然すみませんでした。お忙しい所」

「いえ、丁度仕事も一段落した所ですから」

 スピカ=ハイランズと名乗った男は俺達の向かいに腰を降ろした。

「早速ですが、ハイランズさんはジェミニ=結城とはどういった御関係で?」

「あいつが入社してからの上司です。割と世話を焼いていたので、それなりにあいつの事は知っています」

「そうですか。では、ジェミニ=結城が当時アンタレスに所属していた事はご存知でしたか?」

「いえ。十五、六の子供がまさか銃を持ってドンパチやってたなんて……。俺には想像もつきませんでした」

 確かにそうだろう。あの戸籍データを見た時は、正直俺もいささか驚いた。

「他に何かお気づきの点は?」

「……考えてみれば、特にこれといったものはなかったですね。あいつ、ガキのくせにどんなに辛くても絶対に弱音は吐かないヤツだったんですよ。自分の事は全部自分一人で背負って。なんだかんだ言ったって、所詮ガキなんてのは無力なもんだ。だから、困っているならもっと大人を頼ればいいのに。俺だって、一人でなんとかしようとしてる子供なんて見てしまうと、やっぱり手を差し伸べてやりたいですから」

「ハイランズさんは、その後のジェミニ=結城の消息はご存知ですか?」

「いいえ……。あの日、俺の所に一通のメールを送ったきりです。今はどこで何をしているのだか……」

「メール? それはどのような?」

 ハイランズ氏は僅かに逡巡した後、

「……お時間はありますか?」

「え? ええ」

「説明するよりも、実際に見ていただいた方が早いですので。御案内いたします」

「分かりました。お願いします」

 

 

 それから俺達はまた車に乗り、ハイランズ氏の案内で走り出した。

 およそ三十分後。

到着したのは、校外の墓地だった。

 ハイランズ氏は無言のまま、園内のどこかを目指して歩き続ける。

 ふと俺達は、この空気に飲まれてしまったのか、気がつくとやけに無口になっていた。

 ニ、三分ほど歩いた後、やがてハイランズ氏は一つの墓石を指し示した。

 訳の分からぬまま、取り敢えず俺は墓石に刻まれた文字を読んでみる。

「『ラン=結城』……結城?」

 ジェミニ=結城と同じ姓だ。これが何か関係するのだろうか?

 俺は更なる疑問を顔に浮かべ、ハイランズ氏を振り返った。

「あいつの妹です。なんでも重い病気にかかっていて、その手術の費用のためあいつは一生懸命になっていました。両親も早くに先立たれて、あいつにとってはたった一人の肉親でしたから。結局はこんな結果になってしまいましたが。皮肉にもあれ(命日)は、丁度アンタレスの事件が起こった日の事でした……」

 なるほど……。

 俺は結城という人物像が幾らか見えてきた。

 医療に対して何の保証もないこの国では、手術を受けるには多額の費用がかかる。おそらく結城は、このまま地道に働いても費用は稼げないと判断し、ならば新たに制度を作り出そうと考えた。その結果、アンタレスのようなテログループに加わり、政府解体を目論んだ。

「メールには、これまでの自分の経緯と、俺に対する礼が書かれていました。そして最後の方に、あいつの自宅近くの公園に来るように書かれていました。慌ててそこに行ってみると、政府の役人の射殺死体が二つ、そして何故か冷たくなったあいつの妹、ランちゃんがいました。後から聞いたんですが、あいつ、ランちゃんが亡くなった後、こっそり病院から連れ出したみたいなんです。“ランの葬儀をお願いします。”メールの末尾にはそう書かれていました。すると俺の口座には、そのための費用のつもりでしょうか随分な額の金が振り込まれていました。おそらく、あいつが手術費用のために貯めていた金でしょう。なのに、助けてやるための金で葬儀をする事になるなんて。なんとも救われない話です」

 しみじみとハイランズ氏はそう語った。

 確かに救われない話ではあるが、そこからは結城の消息は窺い知る事は出来ない。となれば、取り分け留意しておく必要もないだろう。

 自宅近くの公園で政府の役人が射殺された事件は知っている。だが、犯人の足取りは誰も知らない。俺達は、その足取りを追っているのだ。非情な言い方ではあるが、感傷的な話には興味がない。

 俺は他に何か手がかりがないか、と墓石の周囲を注意して見てみた。だが案の定、こんな所に特別な手がかりがあるはずもなく、墓石もいたって普通のものだ。

 ―――ん?

 が、その時。

 俺はこの墓石に妙な違和感を覚えた。

 あ、そうだ! この墓石、五年という月日が経っているにも拘わらず、他の墓石と比べてあまりに綺麗過ぎるのだ。

 その事にふと俺は、

「ここを訪ねる人間はどれほどいますか?」

「詳しくは知りませんが、俺と、同じ部署の同僚ぐらいでしょう。それも、年に一度。この子の命日ぐらいです」

 その割に、随分と綺麗に掃除されている……。まるで、つい先週辺りにでも誰かが掃除したように見える。

と、いう事は―――。

 俺はもう一度、墓石に刻まれている命日を確認した。

 今年の命日は、今日から三日後。

 ならば……。

 どうやら、多少運が向いて来たらしい。

「あの、もし、あいつが見つかりましたら、連絡をくれませんか?」

 ふとハイランズ氏は、そう心配げな様子で俺にそう訊ねる。

「いえ、それはできません。彼は極秘を要する任務の最重要人物ですので。申し訳ありませんが、一般人を巻き込む事はできません」

 だが俺は、その申し出はきっぱりと断った。

 任務を滞りなく進めるためにも、いらぬ情報漏洩は最小限にしたいのだ。ハイランズ氏からの更なる有力情報が見込めない以上、こちらも不要な協力はするべきではない。

「はは……やっぱりそうですよね。いえ、失礼しました」

 断った俺の意図を理解したのか、そうハイランズ氏はすまなそうに苦笑いをした。

 しつこく食い下がられなくて良かった。

 そんな安堵に胸を撫で下ろすも、奥の方に不思議と罪悪感による疼痛が走った。

 

 

 ハイランズ氏を会社に送り届けた後、俺は今日得た成果を持って組織に戻る事にした。

「結局、な〜んも分かんなかったなあ」

 助手席で、席を後に倒しボードの上に足を乗せながらアウリガは退屈そうにぼやいた。

「いや、そうでもない。もしかすると、見つかるかもしれない」

「はあ? だってあのオッサン、何も知らなかったじゃん」

「結城の妹の墓石を見て、何も気がつかなかったか?」

「なかなか高そうなイイヤツだった。ああきっと、生前の彼女もさぞや可愛かったのだろう」

 またそういう方向に繋げる。想像力が逞しいというか、煩悩が強過ぎるというか。

 俺は一呼吸置き、自分を落ち着けて話を続けた。

「他と比べて綺麗過ぎるって思わなかったか? 五年も前に建てられた墓石が、ほとんど汚れもないんだぞ」

「? どゆコト?」

「会社の同僚も年に一度しか訪ねていない。一年に一度の掃除で、ああも綺麗なままというのは考えにくい。ということは、結城が時折訪ねては掃除をしているって考えるのが自然じゃないか? ましてや三日後は大事な命日だ。もしもを考えて、その前後も含め、結城が墓の元へやってくる確率が高いとは思わないか?」

「ああ、なるほど! そこで俺達が待ち伏せしてりゃあいいって訳か」

「あのな、俺達は誘拐しに行くんじゃないんだぞ。最初は、あくまで理性的に話し合うだけだ」

「めんどくせえなあ。四の五の言わず問答無用で連れて来た方が、こんなめんどっちい任務からさっさと開放されて良くねえ?」

「任務に私情を挟むな。向き不向きはあっても、選ぶ権利はないのが任務だ。とにかく、ミスターに言われた通り、最初はあくまでこちらに協力してもらう事を要請するんだ。それで駄目だったら」

「ガツンとやってしょっ引いて来る、と。結局は同じじゃねえ?」

「違う。誠意のあるなしの問題なんだ、これは。とにかく、結城の妹の命日を挟んだ前後の三日間は、早朝から墓の周囲に張る事にするからな」

「ヘイヘイ。あ、交渉はお前がやれよ。俺は男とは交渉しない主義なの」

「わざわざお前に頼むほど、俺は愚かじゃない」