BacK

 

 

 アリエスと連れ立って射撃場を後にする。向かうは、第十三会議室。

 が、その前にもう一人連れて来なければならない。

「アウリガのヤツは?」

「そこら辺にいると思うんだけど……。まあ、あいつの居る所なんて想像できるけどね」

 そうだな、と俺は苦笑する。

「じゃあ、どこから探す?」

「受付」

「その根拠は?」

「今日付けで配属された、新人の娘がいるから」

「なるほど」

 なんの調度品もない殺風景な廊下を歩く。

 時折、ライフルを携帯した警備員とすれ違う。彼らは皆、そういう風に教育されているのだろうか、擦れ違う時は必ず一度足を止め、視線を絶対に合わせずに敬礼する。みんながみんな全く同じ動作をするので、正直アンドロイドかと思ったりする事もある。

 もっとも、現在の科学力を持ってしてもヒューマンタイプのアンドロイドは実用化されていない。複雑かつ膨大な演算を強いられるボディバランス、メインフレームの強度、各間接部の摩擦、CPUの放熱効率等々。亜人間型(デミ・ヒューマン)のアンドロイドが実用化されてから随分経つそうだが、完全なヒューマンタイプアンドロイドの実用化の前には依然として問題が山積みなのだ。

廊下の突き当りまで来ると、そこにあるエレベーターに乗り込む。目的の階を指定し、24時間サイクルで更新されるIDカードを指し込んでパスコードを入力する。

軍事組織と銘打つだけ合って、エレベーターにもこれだけのセキュリティシステムが搭載されている。ここで不正な操作を行うとエレベーターの中に閉じ込められ、警備員が到着するまで拘禁状態になるのである。

「だーから、別にやましい気持ちなんかないって」

 と、一階に下りた途端、そんな声が聞こえてきた。

「ほら、俺の瞳を見てごらん? まるで誠意の塊みたいな澄んだ瞳だろ?」

 入り口の受付カウンターの中に上体を乗り出し、なにやらしきりに説得、いや御託を並べている男がいる。

 一方カウンターの中では、二人の受付嬢が男のしつこさに困り果てた表情をしている。

「アウリガ、なに歯の浮くようなセリフ並べてる訳?」

 アリエスの非難めいた言葉に、おやっ、とその男―――アウリガはこちらを向く。

 この男も俺達と同じソルジャーだ。得意としているのは格闘技全般で、旧世紀から今も現存する古今東西の格闘技から暗殺術を極め尽くした、徒手のスペシャリストなのだ。

「やあやあ、どったのお二人さん?」

「召集命令だ。ミスターがお呼びだそうだ」

「ええっ? なんだよ、もうちょっとでデートの約束を取り付けられそうだったのに」

 だが、二人の受付嬢は、そんな事実は一切ない、と言わんばかりに首を横に振る。

「あんたがナンパで成功した事なんかないじゃない。ほら、仕事の邪魔になるからとっとと行くわよ」

「ちぇっ。はいはい、分かりましたよーだ。まったく、なあんでいつもうまくいかないかな? そうだ、うまくいきそうな時に限って、あのオッサンの邪魔が入るからだ」

「性格よ」

 未練がましいアウリガに、アリエスはびしっとそう言い捨てた。

 

 

 第十三会議室には俺達以外に人の姿はない。

 それもそのはず。

 そもそもこの第十三会議室は、俺達ソルジャーが任務の指令を受けるための場所なのだ。

 組織の内部の人間でも、俺達が培養液の中で細胞単位から創造された人工生命体と知るのは、上層部のごく少数だ。他の人間は皆、単なる戦闘構成員の一人としか認識していない。政府に俺達のような存在が創り出された事を知られないようにするためだ。俺達も普段は普通の人間として振舞うように言われており、左腕にもダミーのシール・ナノ・コードを貼っている。

「さって、今日はなんだろねえ?」

 イスに腰掛け、デスクの上に足を乗っけた姿勢でアウリガは言う。

「この間も確か、政府関係の御役所の破壊だったわよね? 今回もそんなトコじゃない?」

 と、その時。

 急に照明が落ちて薄暗くなったかと思うと、正面に大画面の立体映像のウィンドウが映し出された。

 その中にぼうっと微かに人影と分かるようなものが浮かび上がる。だが、それ以上映像は鮮明にはならない。意図的に映像を編集して顔を隠しているのである。

『諸君、全員揃っているかね?』

 変調されたマシンボイスの声がスピーカーから響く。

 この男が、このシリウスの最高統括者であるMr.ファウストだ。彼の素性は一切謎で、その素顔を知るものは上層部のほんの一握りなのだそうだ。

「はい、ミスター。それで、今回は?」

『いつもの如く、任務指令だ』

 やっぱりね、と溜息をつくアウリガ。

「ほいほい。んで、今回はどこを吹っ飛ばすんだ?」

『いや、今回は爆破ではない』

「え?」

『今回の任務は、人探しだ』

 人探しだって?

 正直、俺はがっくりと落胆を覚えずにはいられなかった。

 日々戦闘の訓練に勤しんで、自らを鍛えに鍛え抜いている俺達。それは、襲撃といった危険な任務を遂行するために行っているのだ。にも拘わらず、どうしてそんなつまらない任務が俺達に与えられるのだろう? 俺達は、政府の管理下に置かれていないという特権を利用した違法的な任務のための存在ではないのだろうか?

「人探しィ? おいおい、ミスターさんよ。俺達のこと、一体何だと思ってる訳?」

『君達はソルジャー。政府に存在を知られる事のない、我がシリウスの最高傑作の戦士だ』

「だったら、なんでその戦士に人探しなんて地味な任務与えんだよ。そんなあくびの出るような任務は、窓際にボーっと座ってるオッサン連中にやらせろってんだ」

 アウリガの意見に俺も賛成だ。

 俺達は戦うために生まれてきた戦士だ。どうしてそんなくだらない任務を行わなければならないのだ? 政府機関に対する襲撃は誰にでも出来るものではない。しかし、人探しなんてものは特別な才能がなくとも、時間さえあれば誰にでも出来る簡単なものだ。

『まあ、待て。まずは詳細を説明しよう』

 ミスターは何を考えているのだろうか?

 いまいち納得はいかないままだったが、まあ詳細は聞こう、と俺はミスターの話に耳を傾ける。

『君達は五年前のアンタレスの事件を知っているかね?』

「はい、ミスター。エレベーターポイントを突破し、政府のマザーコンピューターを稼動停止に追い込んで国会議事堂に潜入したってヤツでしょ?」

『そうだ。当時のテログループでここまでの戦果をあげたグループはなかった。マザーコンピューターのファイアウォールを突破し、メインCPUを時限的にウィルスで攻撃、そして突入。実に鮮やかな作戦だ』

「けどよ、結局アンタレスの連中、みんなやられちまったんだろ? 結果が出せねえんなら、俺は大して評価するまでもないと思うがねえ」

『確かに結果的には単なる失敗としか言いようがない。だが、一箇所だけ特筆すべき点がある』

「特筆すべき?」

『ウィルスだよ。今も我がシリウスの頭脳集団が総力を結集して日夜研究に励んでいるが、あれほど強力なウィルスは未だに作り出す事が出来ない』

「で? まさか探し人ってそのウィルスっすか?」

 冗談交じりにアウリガがそう口を挟んでちゃかす。

『いや、君達に探してもらいたいのは、そのウィルスの製作者だ』

「製作者? ちょっと待って下さい。アンタレスのメンバーは、皆死んだはずでは?」

『それが、実は一人だけ生き残りがいるのだよ。これまでありとあらゆるネットワークから情報を集めた結果、ようやく最近になって判明した事だが。この人物の助力があれば、政府解体の作戦がぐっと現実的になる』

「それを探せって訳ですか……で、発見したらどうするんで?」

『政府解体の達成のため、シリウスに協力するように要求してくれ。こちらもそれなりの待遇は用意させてもらうし、それに何より、その人物にとっても政府の解体は悲願のはずだ』

「もし、断られたら?」

『残念だが、その時は実力行使もやむなきものとする。ただし、あまり手荒にはしないように』

 要するに、誘拐して来いって事か。

 それが任務ならば仕方がないが、あまり気の進むものでもない。

『その人物の手がかりは、すまないが非常に乏しい。捜索は困難を極めるであろうが、シリウスのためにも健闘を祈る』と、デスクの端がパカッと開き、そこから一本のメモリスティックが飛び出した。

『それが現在シリウスの持つ、その人物に関する全データだ』

 そう言い残し、ウィンドウからミスターの姿は消え、入れ替わりに戸籍データが表示された。

「これ? あのウィルス作った、アンタレスの生き残りって」

 ウィンドウに映し出されている戸籍データに俺も視線を向ける。

「ジェミニ=結城。当時はまだ子供だったんだな。現在は……二十一歳か」

 そこにあった顔は、とてもテロリストのメンバーとは思えぬ、まだあどけなさが微かに残った少年の顔だった。

 しかし、この少年がマザーコンピューターを稼動停止まで追い込んだ天才的なプログラムセンスの持ち主なのだ。そう、あれほどのウィルスを作ることの出来ないシリウスにとっては喉から手が出るほど欲しい人材だ。ミスターが、実力行使になろうともシリウスに連れて来い、と言った理由は理解できる。

「戸籍データだけじゃねえか。これだけで探せってか? ミスターもヒデエ任務をくれたもんだぜ」

 つまらない任務に苛立っていたアウリガは、更に機嫌の悪そうにぶつくさと愚痴る。

 しかし、一度任務として与えられた以上、遂行するのが俺達の義務だ。それに、この任務の成功の有無と政府解体の成功は大きく関わっている。政府解体の達成のためにも、この任務の遂行は成功させなければならない。

「よし、まずはデータの検証から始めるか」