BacK

 

 

 システムセンターのメインルームまで、結城の調べでは後およそ10分ほどだ。

 ここに警備員などの妨害要素を踏まえると、合計して20分ぐらいだろうか。

 まずいな……。

 どう考えても、強行突入の時間にしてはかかり過ぎている時間だ。通常は全体で10分以内に一気に畳み掛けてしまうのがセオリーだ。短時間で集中的に行う事により、相手に対策を練る時間を与えないためである。

 視線をチラッとアウリガに支えられている結城に向ける。

 相変わらず、運悪く跳弾を受けた右足を引き摺りながら、頼りなげにもなんとか歩を合わせようとしている。

 現在の経過時間は少し致命的だ。時間短縮を図らなければならない状況なのだが、なんとか削れそうな時間と言えば、移動時間ぐらいなものだ。しかし結城がこの様子では、移動時間の短縮どころか大幅な延長さえ見込まなくてはいけない。

 時間がかかればかかるほど、より遂行が困難になる任務だ。幾らこれまでに何度も行ってきたため、経験も豊富にあるので慣れたものだとは言っても、やはりアッパーエリアの施設となってはこれまで通りにやすやすと行くものではなかったようだ。

 今更後悔しても仕方がない。とにかく今は、一秒でも早くメインルームに辿り着く事を考えなければ。そのためにも、警備員には出来るだけ遭遇しない事を願うばかりだ。

「そこを右だ」

結城の指示に従いながらメインルームへと急ぐ。

天井付近の壁には、相変わらずレーザーシステムや監視スコープの類が目を光らせている。俺は先頭に向かいながら、そういったセキュリティシステムを銃で撃ち抜き露払いをしていく。

 建物のかなり中心部まで来ると、通路は真っ白な廊下ばかりになってきた。

 デザインは極めて簡素で企画的である。まるで、ゲームのマップを作るようにテクスチャを張って作ったような雰囲気だ。

 突き抜けるような白い空間ばかりが続く。時折、四つ角や三つ角の岐路に出くわすものの、一旦曲がってしまえば、後は再び白い空間の繰り返しだ。

 こうも目印に乏しい空間を向かっていると、自分の位置感覚や方向感覚、そして距離感覚までもが麻痺してくる。今は結城が調べ上げたこの建物のマップを頼りにしているため、辛うじて迷ってはいないようだが、もし、マップもナビもなしにここの建物内部へ入り込んだら、おそらくあっさりと道に迷って出られなくなってしまっていただろう。

 と。

 ん? あれ……? これは……。

 ふと、その時。俺はある異変に気づき、足を止めた。

「おい、どうした?」

「いや……あれを見てくれ」

 そう言って俺は、天井付近の壁に備え付けられているレーザーシステムを指差す。

「あれがどうかしたのか? ほら、早く撃ち落せよ」

「よく見てみろ。気づかないか?」

「あ……もしかして、作動してない?」

 アリエスがそう正解を指摘する。

「そうだ」

 レーザーシステムだけではない。追っ手が全く来ない所を見ると、もしかすると監視系統も停止している可能性がある。

「とにかく、先を急ごうぜ? 少なくとも俺らにとってマイナスじゃあねえだろ? 弾丸も節約できるしよ」

「そうだな……」

 一般企業のセキュリティシステムでさえ、よほどのクラッカーにクラックされない以上、自然に起きるエラーによる機能停止は、遅くとも10分で再起動するものだ。にも拘わらず、政府アッパーエリアのシステムセンターがかれこれ5分以上はセキュリティをダウンさせているなんて。どうしても俺は疑問を抱かずにはいられない。

「ここのシステム状態はどうなっていますか?」

 俺は自分を納得させるため、試しに結城にそう訊ねてみる。

「駄目だ。完全にアクセスをロックされてしまった。IPを抜かれたのかもしれないな」

 そう言って結城は首を横に振る。

「とにかく、今はアウリガの言う通り、先に進む事を考えよう。なんにせよ、セキュリティシステムが動いていないという事は、僕達にとって有利に働く」

 どこか釈然としなかったものの、その言葉通り俺は再びメインルームに向かい始めた。

 相も変わらず、真っ白な回廊が続く。

 すぐに方向感覚がおかしくなってくる。もしかすると、色調感覚もおかしくなっているだろう。

 走っては曲がり、走っては曲がり。

 同じ事の繰り返しをしているかのような錯覚さえ覚えてくる。

 と、その時。

『エリアA−27−9Bにてレベル3災害発生。被害拡大防止のため隔壁を降ろします』

 突然、進路の向こう側に隔壁が降りる。

「チッ、今度はそう来たか!」

 おそらく、隔壁を降ろして俺達を閉じ込めようというのだろう。これまでセキュリティがおとなしかったのは、俺達を奥深くまで引き込むための罠だったのだ。

「オリオン、こっちだ! こっちはまだ隔壁が降りてねえ!」

 アウリガは返事も待たずに、隔壁の降りていない右側の通路へ結城と駆けて行く。その後をアリエスがついて行く。

「おい、待て!」

 すぐさまその後を追う。

 気持ちは分かるが、そうやって行ける方ばかりに向かったって、かえってメインルームが遠くなるだけだと言うのに。

 すると。

「!?」

 俺の背後の方で、ガン、という音と共に、まるでギロチンの刃のように隔壁が降りた。

 これで退路を断たれてしまった。

 まるで、俺が来るのを確認してから降りたようなタイミングだ。気のせいだろうか?

 こうなってしまったら、とにかく走らなければ。早く先に向かわなければ、隔壁の間に閉じ込められてしまう。そうなってしまえばアウトだ。手持ちの火薬を全て使ったとしても、おそらくこの隔壁は破れないはずだ。

 そして、また前方で隔壁が降りる。正面と右を断たれ、俺達は左に向かうしかない。

「結城、こちらに向かっていいのですか?」

「ああ……遠回りではあるが、メインルームには向かっている」

 ならば、危惧する事はないだろう。

 ―――ッ!?

 いや、待て! これは、もしや―――。

「もしかしたら、これは罠なのでは?」

 あまり口にはしたくなかった言葉を、俺はあえて口にした。

 この隔壁が降りるタイミングが少し不自然に思えるのだ。もし本気で閉じ込めるならば、一斉に全ての隔壁を降ろせばいいのだ。だが実際は、まるで俺達を待ち構えているかのようなタイミングで隔壁を降ろしている。となれば、考えられる目的は一つしかない。

「だろうな。おそらく、俺達は今、連中に誘導されている」

 結城が苦みばしった表情でつぶやく。

「誘導って、出口か?」

「いや。もっと酷い所だろう。少なくとも、僕達に有利な場所であるはずがない」

 ならば、この先には俺達を無数の罠が待ち受けているという事になる。

 おそらく、警備員の十人二十人ではないだろう。

 だが、そうと分かっていても、俺達は進み、そして突破するしかないのだ……。

 やがて白の廊下を抜け、俺達は広いホールに出た。

 そこもまた、一面真っ白な壁であった。実際の広さも、感覚がすっかり働かなくなってしまっていたため、いまいち把握する事が出来ない。

「ようこそ、アッパーエリアへ」

 そこには、数名の人影があった。

 彼らは、何故か全員顔に黒いフルフェイスマスクをつけていた。まるで顔を隠すためにつけているようである。

と、その中の一人が前に歩み出る。

年齢は、二十代から三十代ぐらいだろうか。彼だけは顔にマスクをつけていない。

「貴方は……」

 結城がゆっくりアウリガから離れ前に歩み出た。

「誰ですか?」

 しかし、結城は答えない。

 ただ、深く憎みの眼差しを向けている。

「久しぶりだね、結城君」

 薄っすらと笑みを浮かべ、彼が手を差し伸べる。

 と、次の瞬間。

 突然、結城は腰のホルスターに手を伸ばしたかと思うと、銃を抜き出し、そして目の前の彼に向かって構える。

 あ―――!?

 快音が五発、鳴り響く。

 銃口から吐き出された弾丸は、全て男の顔に吸い込まれていく。

 が。

「やれやれ……いきなりご挨拶だね」

 男は微苦笑を浮かべながらも平然とその場に立っていた。

「立体映像か……」

 どこかで確信していながらも、やや落胆した声。

 カチン、と弾倉を開き、空になった薬莢を床へ落とし、新たに弾丸を詰めていく。

「五年ぶりだというのに冷たいね?」

「貴方には、もはや恩も義理もない」

 鋭い口調で吐き捨て、わざと音を立てて弾倉を元に戻す。