BacK

 

 

 翌日―――。

さて、これからどうするんだ?

 互いにそんな空気を漂わせながら、何する訳でもなく、イスに深く腰掛けたまま黙りこくっている俺達。

 第十三会議室はいつになく険悪な雰囲気だった。

 それも仕方がない。

 俺達はあれだけの有力な情報を手に入れておきながら、結城にまんまと逃げられてしまったのだから。

 これで結城はシリウスが自分を捜索している事を知ってしまった。つまり今後の捜索は、結城が自身の情報が流れないように特に警戒するため、ただでさえ少なかった結城の情報が得られる所からの情報量が更に狭まってしまうのだ。

 それは、これ以上の捜索が絶望的であることを意味する。いきあたりばったりの捜索で見つけられるような相手ではない。とにかく情報がなければ、結城の捜索はどうしようもないのだ。一に情報、二に情報。それがなければどうしようもない。砂場の中から米粒を探すようなものだ。

「どうにもなんねえなあ、こりゃ」

「ホント、手詰まり状態ね」

 投げやりな口調の二人。

 そうなる気持ちも分からなくもないが、シリウスのソルジャーとしての自覚の足りなさだけは放ってはおけない。俺達の任務の結果の如何によって、政府の圧政に苦しむ民衆の未来が大きく左右されるのだ。いい加減な気持ちではいけない。

「なんだよ、お前ら。任務放棄する気か?」

「放棄も何も、打つ手がないんだぜ? 他にどうしようってのさ」

「それとも何かいい手があるの、リーダー(・・・・)?」

 わざとらしく、リーダーと強調して俺を呼ぶ。

「誰がリーダーだよ。勝手に決めんな。責任押し付けやがって。まあ、手段はなくもないんだけどさ」

 と、俺のその言葉に二人の表情が変わった。

「あんのかよ? だったらもっと早く言えよなあ」

「あんまりこういう手は使いたくないんだが……」

「とにかく、その非人道的な手ってヤツを聞かせて」

 まあ、聞かせる分にはいいかな。

 そう思って俺は口を開いた。

「早い話、結城の弱点を突くって事さ」

「弱点? あいつにあるのかねえ。結城にまんまとコケにされた、体ばっか鍛えてた俺達にどうにか出来るようなさあ」

「なに卑屈になってんだよ。まあ、取り敢えず聞くだけ聞け」

「ハイハイ」

 まったく。アウリガは俺達の中で一番、ソルジャーとしての使命の重さに対する自覚に欠けている。態度は軽薄だし、気に入らない任務にはすぐに愚痴をたれるし、暇さえあればたとえ任務中でも女の事ばかりに注意が行くし。

 っと、ここで俺が愚痴っても仕方がないか。

 俺は気を取り直し、話を続ける。

「結城の弱点、それは、あいつの身内さ」

「身内? 確か両親はいなかったよな。アンタレスの仲間もみんな死んじまってるし」

 結城の戸籍データには、結城は幼い頃に両親とは死別していた。そして養子として引き取られた先の両親にも既に先立たれている。

「でも、ほら。会社の同僚がいるじゃない」

「いや、それでは弱い」

 確かに、結城は会社ではおとなしくも仕事はきっちりこなす優秀な社員であったため、同僚とは折り合いが良かったらしい。しかし、自分がアンタレスで活動しているという秘密も打ち明けない程度の親しさの人間では、この場合はいまいち押しに欠けてしまうのだ。

 と、なると。ベストなのはただ一人。

「俺が考えているのは、あいつの妹。ラン=結城だ」

「は? ヤツの妹って死んじまってるだろうが」

 かつて結城の上司だった男、スピカ=ハイランズの話では、結城には重い病を患っていた妹がいた。だが、その妹は結城の奮闘も虚しく、病院で一人静かに息を引き取っている。

 だが、今回の場合は、実は生死はあまり関係がないのだ。

「仮にだ。“我々の要求に従わなければ、お前の妹の墓を爆破する”なんて聞いたら、ヤツはどう思う?」

 すると、二人は驚きのあまり目を丸くした。

「ぐえ。えげつなーい。悪党」

 そして、予想通りの反応をアリエスが見せた。

 そうだ、こんな手はえげつなくて気が進まないのだ。そもそも、正義であるはずの自分達が人質を取ってこういう行動に出るなんて、どう考えてもスマートではない。確かに任務を遂行する上には問題のない行動ではあるが、人道的に考えてみれば問題だらけの手段なのだ。

「だから、あんまりやりたくないって言ったんだよ。人質作戦なんてさ」

「でもよう、それしか他にいい方法ってないんでないの? とにかく、それで行ってみっか。どうせ、他に手段はないんだし。こうしていつまでもダラダラやってる訳にはいかねーだろ」

「そうね。いいわよね、リーダー(・・・・)?」

 またも、アリエスが嫌味なほどリーダーの部分を強調して俺に訊ねる。

「……どうやっても俺を悪人にしたいらしいな」

「この非人道的な作戦の立案者が責任者になるのは当然の事じゃないの?」

 まったく。俺一人に汚名を着せようってハラなのか? 確かに立案者は俺だけどさ、一応俺は、気乗りはしない、って言ったからな。お前らが勝手に推し進めたんだぞ。

「好きにしろよ……」

 仕方がないか……。

 俺はあきらめ、渋々というよりも半ばなげやり気味にそう言い放った。

「さて、それじゃあ早速、結城にこちらの意図をお伝えしましょうか」

「伝えるっつっても、どうすんだ? あいつの連作先なんか何一つ知らないのにさ」

「物量作戦よ、物量作戦。ネット中のBBSというBBSを使うの。“ジェミニ=結城に告ぐ”って書き出しでね。あと、メーリングリストを使うのもいいわね」

「なるほど、同じ“数打ちゃ当たる”作戦でも、こっちの方がはるかに効率がいいな。結城のヤローに、素早く脅迫できるってことだな」

 そう、これは脅迫なのだ。

 相手の弱みを握って優位な立場に立ち、こちらの要求を強制する行為だ。

 と、その時。

 ふと俺の脳裏に、昨夜の結城の言葉が浮かび上がった。

『君達は政府と何ら変わりないな』

 そう、暴力で訴えかける、という点では、俺達も政府もさほど変わりはないのだ。現にこうして、俺たちは正義という旗の下、結城に望まぬ協力を強制しようとしているのだから。

 いや、仕方がないんだ。たった一人の意思と、全ての民衆の意思を天秤にかけた時。どちらが重いのか、なんてのは一目瞭然だ。結城には悪いが、民衆のためにも犠牲になってもらうしかないのだ。

「さて、私がカキコはやっとくからさ、あんたらはまたお墓の方に行って。結城が先回りするかもしれないから」

「げっ、また墓地で張り込みかよ?」

「そーゆーこと。ま、私も終わり次第駆けつけるから。頑張ってね」

「やれやれだねえ……」

 と、肩を落とすアウリガ。

 けど、こちらの脅迫文を読んだ結城は、どんな風に思うのだろうか?

 アウリガのように、やれやれ、ですまないのは確かだ。