BacK

 

 

「く、くそお!」

 落ち着きのない動作で銃を構えながら、銃口でアウリガの姿を追う。

 快音が五発、連続でこだまする。

 しかし、

「狙いがバレバレだっつーの。駄目の駄目駄目」

 アウリガはまるでダンスに興じるかのように、その銃撃を全てかわしていく。

「な……そんな?!」

 驚愕する政府の役人。彼らの常識では、銃弾は人間には回避不可能のものであるからだ。

「はい、ごくろうさん」

 アウリガの右足が役人のこめかみを鮮やかに打ち抜く。そのまま連続で膝を喉へ。鈍い音と共に、役人は動かなくなった。喉を完全に潰されたのだ。

 役人の銃がきかないのは、アウリガが銃口の向きから弾丸の軌道を読み取っているからだ。弾丸は銃口からほぼ直線状に飛んでいく。それが分かれば、避けるのはそう難しいものではない。

「この!」

 と、別の役人が小さなカードをアウリガに向けキーを押す。

「はいはい。残念賞」

 役人の胸からヒートナイフの真っ赤な刃が飛び出る。じゅっ、と音を立てて肉を焦げる匂いが漂う。横隔膜を貫かれ、そのまま声もあげる事が出来ず地面に崩れ落ちる。

 今の役人が向けたのは、左手のナノ・コードを爆破するための装置だ。そこに各役人が与えられた自分の権限コードを入力する事により、与えられた権限内での爆破処理が出来るのである。

通常、政府の役人に手を上げるような真似をすれば、ただちにあのカードによって左手のナノ・コードを爆破されてしまう。だが、俺達の左手にあるナノ・コードはシールの飾りだ。ヤツらの装置にはなんの効果も示さない。

「これで終わり?」

 ぶん、とナイフを振って血を払いながら訊ねるアリエス。

 問われた俺は周囲をぐるっと見渡す。

「あ」

 と、その時。俺はこの場を大慌てで逃げ出す後ろ姿を見つける。

 今、ここにいた全ての役人は、俺達がナノ・コードによる爆破が通用しない事を知ってしまっている。俺達は政府解体のために極秘裏に作られた人工生命体。当然の事ながら、戸籍データも出生届もない。そのため、左腕には通常誰しもが刻まれているナノ・コードが存在しないのだ。そんな俺達のような存在を、今政府に知られる訳にはいかない。

「機密漏洩は最大限阻止すべし」

 シリウスから俺達に厳重に言い渡された機密保守命令。それは何時如何なる時でも厳守しなければならない義務がある。

 俺は銃を構え、狙いを役人の後頭部へ。

 撃鉄を起こし、程好い力でトリガーに指を当てて引く。

 快音。

 役人はそのまま前のめりになりながら地面に正面から倒れた。

「フィニッシュ」

 くるっと銃を回して、上着の中のホルスターへ仕舞う。嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが心地良い。

「取り敢えず、シリウスの方に連絡を取って死体を処理してもらいましょう」

「だな」

 墓地で謎の死体の山が見つかったとなれば、政府の監視の目も厳しくなる。ナノ・コードがない俺達がそう簡単には見つかるはずはないのだが、やはり警戒はされないに越した事はない。行動の自由は広いに越した事はない。

 俺はカード型の携帯を取り出し、シリウスの現場処理班へ連絡を取る。こういった特殊な状況になってしまった現場を元通りに片付け証拠を残さないように工作する部隊の事だ。

 結城がタレこんだせいで政府の役人に襲われる羽目になった俺達だったが、まあそこは俺達の専門分野だ。この通り、全て片付けるのには十分と必要としなかった。

 当然の結果だろう。俺達がこれまでの任務で相手にしてきたのは皆、俺達のように戦闘の訓練を専門的に受けてきた人間ばかりだ。政府役人の中でも末端中の末端ごとき、幾ら武装していようがものの数には入らない。さすがに五十も百もいるとなると話は別になるが、十人程度では肩慣らしにもならない。

「よし、シリウスに戻るぞ。アリエスは結城の件の解析、俺らはそれまでネットの方で情報を集めるぞ」

「ええ〜っ、私に全部押し付ける気?」

 ヒートナイフを冷却モードにしながら、アリエスが文句をたれる。

「俺もアウリガも、そういった知識はないんだ。お前がやるしかないだろ?」

「別の部署に頼んでもいい? 私よりも詳しい人がいっぱいいるモン」

「駄目だ。これは、ミスターが俺達に与えた任務だ。俺達だけで結城を見つけ出すんだ」

「チェッ。もっとレディには優しくしなさいよ」

「任務の遂行に男も女もない」

 

 

 ここもか……。

 第十三会議室で、俺はディスプレイを見つめながらそう呟いた。

 今、ディスプレイにはとある犯罪を扱う掲示板が映し出されている。

 ここも、と呟いたのは、この掲示板でも結城の事が書かれていたからだ。

 シリウスが結城の存在を掴んだのはそう昔の事ではなかったが、真偽の定かではない噂程度の事ならば、大分前から飛び交っていたようである。だが、ここ最近の書き込みを見ていると、どうも結城の話題が頻繁に交わされるようになっている。シリウスが結城を探しているという話題も載っていた。出任せを書いているようではあったが、結城の事で騒ぎ出している事は確かのようだ。まったく、一体どこから嗅ぎ付けてきたのだろうか。

「アウリガ、そっちはどうだ?」

 俺は向かい側の端末に向かっているアウリガにそう訊ねた。

「ああ……うん。そこそこだな」

 が、アウリガの視線は食い入るようにディスプレイを見つめている。

 何か様子がおかしいな。

 俺は音を立てぬように席を立ち、そっとアウリガの背後へ回る。

「ほうほう……」

 それらしい表情でそれらしいつぶやきを漏らすアウリガ。

 だが、真剣な眼差しで見つめているディスプレイに映し出されていたのは、女性の裸だった。

 またやってやがるのか……。

 怒りの前に思わず脱力してしまう事を押さえられなかった。

「おい」

 俺はアウリガの頭をがしっと掴んだ。

「うわっ?! な、なんだよ、オリオン」

 夢中なるあまり俺の気配に気づいていなかったらしく、少々過剰なまでにアウリガは驚いた。

「お前、組織の金で何を見ているんだ? 結城の情報を探せって言っただろう?」

「だってよぉ、どこ行っても同じ事ばっかり言ってるしさあ。だったらやるだけ無駄かなあ、と」

「あのな、こういうの見つける労力があるんなら、結城の情報を探す方に使え」

 ったく……。こいつはいつも嫌な事があるとすぐに別な事を始めようとする。

「ちゃんとやれよ。時間がないんだからな」

 アウリガにきつく釘を刺し、俺は席に戻って再び右手でマウスを持つ。

 確かにアウリガの言う通り、大体どこの掲示板でも語られている事は似たような内容だ。退屈になる気持ちも分からなくはないが、かといってそういう姿勢のあり方は任務遂行に携わる人間として正しいとは言えないのだ。

「それにしても、よくもまあ見つけてくるものだ」

 結城の存在は、本来ならば知る者自体が少ないはずなのだが。

 ここ数日、結城が頻繁に表にその姿を現しているからネットでも騒ぎ出しているのだろうか。

 と、その時。

「PCの特定できたわよ」

 アリエスが会議室の中に入ってきた。

「もうか? 随分早いな」

「手空きの人間を何人か捕まえて手伝わせたの。頼んだ訳じゃないよ? あくまで私の指揮下でやらせたんだから」

「分かった分かった。で、どこのPCだったんだ?」

「シルキー通りの、プロキオンっていうネットカフェ。そっから色んなサーバーを経由して来てたわ」

「よし、じゃあ早速そこに行って聞き込みしてみるか。もしかしたら、防犯カメラに映ってるかもしれないしな」

「付近の人にも聞き込みすれば、もしかしたらその後の足取りも掴めるかもね」

「そうだな。おい、アウリガ」

 イスにかけた上着を掴み上げ、袖に腕を通しながらアウリガに声をかける。

「……ん」

 しかし、アウリガは未だディスプレイを真剣な眼差しで見ている。完全に夢中になっているようで、返事も上の空だ。

「行くぞ」

「ああ……おっ?!」

 またやってるな……。

 怒鳴るのも馬鹿らしくなった俺は、上着の中から銃を取り出してわざと聞こえるように激鉄を起こした。

「だあっ! わ、分かったって!」

 すると、途端に飛び上がって立ち上がる。

 前に一度、似たような状況でアウリガの髪の毛の先を打ち抜いた事があるのだ。おそらくそれを思い出したのだろう。

「それでいい」

 慌てて仕度を整えるアウリガに、俺は満足げにうなずいた。