そして、決戦の前々日。
俺達はミスターに第十三会議室へ召集された。
ミスター、並びにシリウスの上層部を交えた作戦会議である。
決戦において、俺達には非常に重要な役割がある。
マザーコンピューターをシステムダウンさせるまでは、ナノ・コードの管理下に置かれていない俺達と結城しか動く事が出来ない。つまり、システムダウンは俺達四人で行わなくてはならないのだ。
全体で見ればシステムダウンが作戦の第一段階だが、同時にそれが作戦の成功を左右する最重要ポイントでもある。ナノ・コードのコントロールを破壊しない限り、政府エリアに大数勢力による武力介入は出来ないのだ。
マザーコンピューターは、タンデムシステムを複雑かつ大規模にしたものである。無数のコンピューターをニューロネットワークと呼ばれる複雑に張り巡らされた回線で繋ぎ、人間の大脳を模した微細な構成になっている。複雑性から管理は困難だが、その分エラーや障害に強く、緊急時は故障部分を容易に切り離して補修出来るのである。
アンタレスの頃は、三つのコンピューターがそれぞれを見張って不正アクセスに備えるという形を取っていたそうだ。しかし、それはアンクウによって一度に三つ破壊されたため、絶対の保全性を誇る訳ではない事が判明し、それで現在のような構成に改善したのである。
今回の作戦で、俺達は先行部隊として政府エリアに乗り込む。
目的は、ニューロネットワークの集中部分、総合処理装置に直接新型アンクウを流す事だ。この装置は交換回線から切り離されており、外部からの侵入は不可能なのである。結城がそう言ったのだから、どうしようもないのだ。
この間、結城がミラーリングして再現した政府のマザーコンピューターは、あくまでニューロネットワークは仮想的なものだ。結城の話では、ミラーリングのシステムでアンクウがうまく作動しても、実際のシステムではうまく作動する保証はないそうだ。新型アンクウを交換回線から送っても、システムを破壊しきるまでにニューロネットワーク内で切り離し処理が行われる可能性が極めて高い。予想される最大感染率は15%と、システムダウンどころかかすり傷にしかならないのである。
ただし、主制御装置に直接アンクウを流せば、事態は一変する。
主制御装置にはニューロネットワークが集中しており、全てのコンピューターと繋がっているのだ。つまり、マザーコンピューターを統括するいわば元締めなのである。元締めが感染すれば、あっという間に残りのコンピューターに感染する。親機が子機を切り離す事は可能だが、子機には親機を切り離す権限はない。従って、爆発的にシステムを破壊する事が出来るのだ。
これが成功すれば、後はシリウス、並び系列から集められた武装集団が一気に国会議事堂に攻め込む。そして俺達もそれに加わって、まずは政府機関や国会議事堂を物理的に解体する。そして首脳陣を拘束して、あらゆるマスメディアを駆使し全権をシリウスに委譲する旨を喋らせ機能的な解体をする。
これらの過程を経て、この世からこれまで圧政を敷き続けてきた政府が消え去るのだ。同時に全民衆が政府の呪縛から開放され、シリウスを新たな行政機関とした真の意味で住み良い平和な世界が訪れるのである。
『さて、始めようか』
薄暗い会議室の中には、立体映像のディスプレイが五つ浮かんでいる。それぞれがシルエットのみで、映像にはスクランブル処理がかけられている。
五つの内の一つはミスターだ。残りの四つは、同じシリウスの上層部の人間である。顔ははっきりしていないとは言え、ミスター以外の上層部の人間は初めて見た。
俺達は並んで席について五人と並ぶ。
さすがに、普段から態度のだらしないアリエスとアウリガも、五人の上層部を前にして緊張しているらしく、かしこまっているのか無駄口を一切叩かない。
程良い緊張感の中、会議が静かに始められる。
『作戦の概要を説明する』
新たに別のウィンドウが開いた。説明用のものである。
ウィンドウに映し出されたのは、アンダーエリアの地図だった。
まるで枡の目を連想させるような、規格的に建物が建てられている。政府が土地をそのように区分けして、自分達が管理しやすいようにしたのである。
その一角がクローズアップされる。
『君達にはこの第18エレベーターポイントに潜入してもらう』
「潜入? 忍び込めという事ですか?」
これまで俺達は、破壊工作を主な任務としていた。セオリーも大体同じで、指定された機関をあらかじめ決めた時刻に奇襲するのである。
『ここで派手に暴れてしまっては、アッパーエリアの警戒網が厳しくなる。わざわざ知らせる必要はないだろう』
確かにその通りだ。ただでさえ、制御装置の周辺は警戒が厳しいものと考えられるのだから。
『アッパーエリアの見取り図はこのようになっている。制御装置が置かれている総合システムセンターは、この地点だ』
ウィンドウの映像が切り替わり、今度はアッパーエリアの見取り図に変わった。
アッパーエリアはアンダーエリアとは違い、それぞれの建物が自由な間取りで建てられている。管理する側の特権と言わんばかりだ。
『内部の見取り図までは分からなかった。後は君達で何とかして欲しい』
「分かった。内部端末から僕が調べよう。だからその件について問題はない」
結城が自信に満ちた表情で答える。
考えてみれば、結城がネットから取り出す情報は俺達にとって非常に有益なものだ。俺達はほとんど戦いのみでしか力を発揮できないが、結城はそういった情報関係においては無敵の強さを誇っている。俺達が力、結城が情報を担当すれば、これまでにない凄まじい威力を発揮できるだろう。
『了解した。では、こちらで専用の通信端末を用意するので、当日はそれを持って行ってくれたまえ』
分かった、と結城はうなずく。
さて、いよいよ革命を起こす時がやってきた。
全ての国民の悲願。
自由を奪われた人々が渇望した、明るい未来と自由な人生。
これまでは、その全ての前に政府という存在が立ちはだかっていた。まるで嘲笑うかのように。
しかし、今、その壁に風穴を開ける時が来た。壁を突破し、希望をその手に掴む時が。
その全てのカギを自分達が握っている。
プレッシャーを感じないはずはなかった。幾ら自分の存在意義を守るための戦いとは言っても、やはり気持ちは高ぶってナーバスにならずにはいられない。
だけど、同時にそれらを克服する強さも俺にはある。たとえ恐怖に慄いても、俺は最後まで銃を構え続ける。
さあ、いよいよだ。気を引き締めなければ。
知らず内に、俺は手のひらを何度もズボンに擦りつけていた。嫌な汗が、次々と滲み出てくるからだ。