BacK

 

 

 深夜。

 俺は自室のベッドで、ボーッと寝転がっていた。

 なんだか、あまりに色々な事があったような気がする。

 国家的犯罪者、ジェミニ=結城という存在。

 彼は五年前、アンタレスというテロ組織に若干十六歳という年齢で属し、政府高官の住むアッパーエリアの国会議事堂まで乗り込む足がかりを作り出した、今日のアンタレスの名声を広めることになった一番の貢献者だ。

 そんな彼をシリウスに引き込むまでには、随分と複雑な経緯を経た。一度は、政府の役人に襲われる羽目にもなった。それでもなんとかスカウトする事が出来た結城だが、未だに腑に落ちない点が多々ある。

 結城は、一体何を考えているのだろうか?

 まず頭に浮かぶのは、その一言だった。

 結城には不可解な言動が多過ぎる。

 シリウスに関わる事をあれほど拒絶していたのに、あまりに突然の心変わり。

そして、あの、異常としか思えない、意図不明のロシアンルーレット。

 彼は本当に、アンタレスが果たせなかった政府解体をシリウスで実現させようとしているのだろうか? 疑う訳ではないが、素直にそう受け止めるにはまだ引っかかりが多い。

 もし結城にその気があるのなら、初めから俺達の申し出を受けているはずだ。だが、実際結城は、初めは終始一貫してシリウスへの関わりを拒絶していた。それが突然協力的に変わるなんて、なにか下心のような意図があると疑わずにはいられない。

 結城が真に意図する事とはなんなのだろうか? それが分かるまでは、俺は結城に対しての警戒心は消える事がない。

 と、その時。

 来訪者を伝えるアラームが鳴る。

 こんな時間に、一体誰だろう? いや、それ以前に、どうしてわざわざ部屋に来るのだろうか? ちょっとした用事ならば通信を使えば済む事なのに。裏を返せば、それだけ重要な用事があるという事になるのだが。

 俺はゆっくりベッドから起き上がり、ドアを開けた。

「やあ」

 そこに立っていたのは結城だった。

「話があるのだけど、いいかな?」

「ああ、かまわない。すぐにあいつらも呼ぼう」

「いや、それはいい。君だけに話があるんだ」

 俺だけに?

 俺個人への話とは、一体なんだろう? 結城と俺の接点と言ったら、政府解体についてぐらいのものだ。だが、それならば俺だけでなく、アリエスとアウリガにも当てはまる事だ。

 とにかく俺は結城を部屋に招き入れた。

 俺の部屋はさほどの広さはないのだが、ほとんど使う事がないので、これといって荷物がない。そのため、大人が二人入っても窮屈に感じる事はない。

 俺はデスクと対になっている、この部屋唯一のイスへ結城に座ってもらい、俺は自分のベッドの上に座った。

 自分のプライベートルームに結城が居る。それが何だか妙な感覚だった。

「早速だけど。僕は一つ、疑問だった事があるんだ」

「疑問?」

 結城はイスに深く腰掛けて足を組んだまま、そう俺に話し始めた。

「君達三人は、どれだけ自分達について知っているのか、という事だ」

 俺達は培養液の中で生まれた人工生命体だ。

 しかし、それは客観的な定義で、生物学的には人間と全く変わらない。

 ただ、培養液の中で作られたという事で、僕達の左手には政府が全ての国民に刻印してきたナノ・コードが存在しない。つまり俺達は、そのメリットを得るために作り出された存在なのだ。

 俺達の動きは、政府によって監視される事がない。政府がナノ・コードの統制力を過信すればするほど、ナノ・コードのない俺達は行動がしやすくなる。それを見越してシリウスは俺達ソルジャーを作ったのだ。

「しかし案の定、君は自分自身について何も知らされていなかった。もっとも、真実を知らされた所で、普通はシリウスの命令に従うはずはないからね」

「え? 私達は自分の出生についてはしっかりと知らされているが?」

 突然、結城はおかしな事を言い出す。

 まるで、シリウスが俺達を騙しているような、そんな人聞きの悪いセリフ。

 だが結城の表情には、冗談を言っているような緩んだ表情は見られない。

「僕は、シリウスのデータベースに侵入し、あるデータを見つけたんだ」

「あるデータ!? って、あなたは、シリウスにまでハッキングを!?」

「気にするな。改竄も何もしていない。閲覧しただけだ」

 結城はニヤッと不敵に微笑んだ。

 まったく……何から何まで恐ろしい男だ。

「話を戻そう。そのデータベースの件だが、そこには“セカンド”についての詳細データがあった」

「セカンド?」

 俺達は、シリウスの中では割と多くの情報を与えられている方だ。しかし、セカンドというその単語は始めて聞く言葉だ。俺達に聞き覚えがない、という事は、そうとう上位の権限がなければ知りえない情報という事になる。

「では、そのセカンドとは一体何の事ですか?」

 ふとした興味から、俺は結城に訊ねた。

 と、何故かそこで結城は沈黙した。

 まるで何かを意図しているかのような、そんな思わせぶりなタイミングだ。

 俺はもう一度、視線で訊ねる。

 すると、結城は僅かに微苦笑したあと表情を硬くし、ゆっくり口を開いた。

「セカンドとは、君達の事だ」

「君……達?」

 つまり、そのセカンドというものは、俺達三人を現す単語という事なのか?

 だが、記憶を掘り返してみても、俺達が“セカンド”という単語で呼ばれた事はない。そもそも、この言葉自体が初めて聞く言葉なのだから。

「詳細は伏せておこう。今の君達に、これを受け止めるだけの精神的余裕はないだろうから」

「待って下さい!」

 思わず、俺は叫んでいた。

 射撃手には、常に冷静でいられる事が求められる。俺はその英才教育を徹底的に叩き込まれた人間だ。そんな俺が、柄にもなく声を荒げてしまったのだ。

「何故、伏せるんです? ここまで言っておきながら」

「いやその前に、君に、真実を受け止めるだけの勇気があるかどうか訊いておきたくてね」

 意味深な結城の表情。

 それに、俺は一層不安感を募らされた。

 これまで確固として俺の中にあった価値観が揺らいでいく気がして、不安のあまりいても立ってもいられなくなったのだ。

「あります。私は、真実が知りたいです」

「その場限りの一時的な感情での決断ならば、よしておいた方がいいと思うが」

 段々と俺は結城の態度に苛立ちを覚えてきた。

 自分から言い出しておきながら、思わせぶりな発言をしておいて、核心には触れさせないなんて。まるで、からかわれているようだ。

「そう怖い顔をするなよ。とにかくこれは、そんな簡単な問題じゃないんだ」

「では、あなたは一体どうしたいのですか?」

 苛立ちのせいで、自然に声が殺気立っている。

「では、少しだけヒントを出そう」

 結城は苦笑しながら足を組み直した。

「君達は自分を、培養液の中で作り出された人工生命体と思っているようだが。実際、それは可能なのだろうか?」

「可能……?」

 何を今更。改めて問うような問題ではない。現にこうして、俺達がいるじゃないか。

「無から生命体を作り出す事。人間はそんな夢を実現させるため、様々な学術分野を生み出した。しかし、いずれにしてもそれは、未だに達成されていない」

 達成されていない?

 ならば、俺は一体何なのだ?

 つまりシリウスは、俺達を騙し続けてきたという事なのか……?

「俺は信じない」

 そうだ。そんな事があるはずがない。

 どうせ、結城は出任せを言っているに過ぎない。それで、俺の反応を楽しんでいるのだ。

「別に構わない。僕も、信じろと強要もしない。しかし、セカンドというもののデータがシリウスのデータベースにあったのは紛れもない事実だ」

 嘘だ。

 嘘に決まっている。

 これは、結城の何かの企みだ。

「はっきり言おう。君はシリウスにとっては道具以外の何物でもない。それでも君は、シリウスに従うのかい? そして、シリウスの提唱する政府解体の任務に従うつもりか?」

「私は……それでも変わらない。政府解体は私の意思です。シリウスのためにやるのではなく、自分で決めた事なのですから」

「そうか。それもいいだろう。君自身が決めた事ならば」

 最後まで、意固地になってセカンドの事を否定し続けてきた俺に、結城は優しく微笑んだ。これまで向けられた事のない、意外な表情。こんな顔もできるのか、と俺は驚きを覚える。

「もうしばらく、冷静になって考えてみてくれ。それでも意思が変わらなければ、また僕の所に来ればいい」

 結城は組んだ足をほどいて立ち上がり、ドアの方へ向かった。

「結城さん、一つ教えて下さい」

「なんだい?」

「あなたは、何故、私達についてきたのですか?」

 すると結城は、依然として穏やかな表情のまま、静かに口を開いた。

「正直な所を言えば、君達が哀れに思えたのさ。第三者の意思に振り回されている君達がね。でも、君が自分の意志で動いている事を知り、だったら手伝ってやってもいいかな、と思ってね」

 そして、微笑。

 それが真実なのか?

 これまで、俺達に掴ませなかった真意がそれなのか?

 ……分からない。一体、何が嘘で、何が真実なのか。

「結城さん。あなたは、どうしてアンタレスに入ったのですか?」

「質問は一つではなかったのかい?」

 穏やかな表情。しかし、どこか一線を引いているようにも見える。

 それが、俺には沈黙を強要しているように思えた。

 結城は、決して自分についての事は語ろうとしない。それだけ忌まわしいものを思い出させる事があるからだろうか。

 俺は、それ以上の追及は断念した。

「迷いは持たない方がいい。一つの事に意識は向けろ。僅かな迷いから、決意は破綻していく」

 そう言い残し、結城は部屋を去って行った。

 俺の、結城に対する疑問は晴れたような気がした。

 だが、それ以上に重く大きな疑問が、俺の頭に圧し掛かってきた。

 頭の中が複雑に絡まって訳が分からなくなり、まとまりがつかない。

 今夜は、もう眠れないかも知れない……。

 絶望的に重い溜息を、喉の奥から吐き出すようについた。