BacK

 

 

 アリエスのモバイルにハッキングしてきた際に結城が使用したPCの所在が判明した。

シルキー通りのプロキオンというネットカフェ。

早速車に乗り込み、その店に到着するまでは一時間とかからなかった。

 シルキー通りには若者達の姿で溢れ返っていた。ここは若者向けの店が多く、彼らの情報発信地にもなっているのだ。

 若者、という定義ならば俺達にも当てはまるだろう。俺達の実年齢は五歳にも満たないが、肉体年齢は二十歳前後、精神年齢もそれ相応のものを脳に書き込まれている。

 プロキオンは周囲の店と同じく、オシャレな雰囲気のいかにも若者向けといった店だった。店内にいる客層は、十代から二十代が圧倒的に多い。

「いらっしゃいませ」

 入ってきた俺達に、受け付けカウンターの女性が愛想良く話し掛けてくる。

 俺は周囲を窺いながらカウンターにそっと歩み寄る。

「ここの店長、もしくは責任者に会いたいのだが」

 聞き取れる程度の小声でそう用件を言い、自分がシリウスに所属している人間である事を示す証明証を見せる。

 それを見るなり、途端に彼女の表情が営業スマイルから緊張したものに変わった。

「少々お待ち下さい」

 血相を変えてスタッフルームの方へ駆けて行く。

 シリウスは民間組織でありながら、実質政府機関以上の介入力がある。それは主に民衆の協力で成り立っている。このU−TOPIAにおいて、政府の圧政に不満を持たない人間はほとんどいない。政府の懐に入っていき甘い汁を吸っている一部少数派を除き、民衆の誰しもが政府の傲慢なやり方には反感を抱いている。

 その、最も顕著な例が、この民間軍事組織シリウスだ。シリウスは他にも事業は手がけているが、その中の一番の設立目的は、武力介入による政府の解体だ。そして、その暁には、新政府を完全に民営化する事を公言している。現在のような、一部の人間による閉鎖的な政治体制を一蹴し、民衆に開けた政治体制を敷こうというのである。

 このため、民衆はシリウスに対して非常に協力的だ。シリウスは政府に対する最後の砦であり、唯一の心の拠り所でもある。ナノ・コードによる管理下におかれても、シリウウがいずれ何とかしてくれる、と希望を持つ事で日々を過ごせているのだ。だからこそ、俺達ソルジャーも彼らの期待には最大限応えて結果を出さなくてはいけないのだ。

 受付の女性がスタッフルームの中へ姿を消してから、間もなく一人の男性が姿を現した。年の頃は三十代に入ったばかりだろうか。中肉中背でやや背が高めだ。いかにも女性ウケしそうな雰囲気の男である。

「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」

 彼は礼儀正しく奥の別室へ俺達を通した。

 スタッフルームの更に奥の応接室のような整然とした部屋に案内される。

「どうぞ、お座り下さい」

 しかし、そう言われる前にアウリガはもう座って、しかもソファーの感触を確かめていた。このままではシリウスの風紀や意識レベルを疑われてしまう。俺がこいつらの呼ぶリーダー(・・・・)として、しっかりと教育しなくてはならないようだ。

 男は俺達に相対するようにローテーブルを挟んだ向こう側のソファーに浅く座った。

 と、そこに。失礼します、と挨拶の後に静かに先ほどの女性が入ってきた。先に俺達に、最後にこの男にお茶を出してまた静かに退室する。

「本日は当店に如何な御用で?」

 アリエスはもうお茶に手をつけ、アウリガはきょろきょろと視線というより本人自体が落ち着かない。

 そんな二人の様子に頭を痛めつつ、俺は出来るだけ男の注意を自分に集めるように努力する。

「実は、現在シリウスではとある重要人物を追っています。詳細は明かせませんが、その人物が本日の昼頃、この店に来た疑いがあるのです。それで、捜査協力のお願いに上がりました次第です」

「分かりました。シリウスのためでしたら、是非協力させて下さい。では、こちらとしてはまずは何を?」

「その人物の特徴なのですが、二十歳程の男性で黒いロングコートを着ている、程度しかこちらは把握していないのです。どなたか店員の方で、それらしき人物を目撃していませんでしょうか?」

「二十歳程の男性で黒いロングコートを着ている、ですか……」

 そうつぶやいて、やや困惑気味の表情を浮かべる。

 無理もないだろう。この条件に当てはまりそうな人間なんて、世の中には腐るほど居るのだから。

「漠然とし過ぎていますが、なんとかお願いいたします」

「では、その時間店にいた者に聞いてまいりますので、少々お待ち下さい」

 そう言って彼は部屋から退室した。

「ねえ、オリオン。これ、いい葉っぱ使ってるわねえ」

「お前な……いきなりお茶に手をつけるんじゃない。少しは緊張感ってものがないのか?」

「あれよかマシでしょ?」

 指差した先には、アウリガがもの珍しそうに周囲を見回したり、テーブルの上の灰皿を持ち上げたりしていた。

「おい、アウリガ。お前な、こんな所まで来て何やってんだよ」

「だってさあ、これ。透き通ってるぞ? 宝石かなあ?」

 灰皿を物珍しそうにしげしげと見つめる。

「ただのガラスだ。分かったら元の場所に戻せ。二人とも、これ以上俺に恥をかかせるな」

「何よ、偉そうに」

「そうだ。お前、何様のつもりだ?」

「リーダー命令だ。おとなしくしていろ」

「は? どうしてオリオンがうちらのリーダーな訳?」

「お前らが決めたんだろうが……」

 前々から思っていた事だが、こいつらはどうも肉体年齢にそぐわない幼稚な部分がある。本当に脳に年齢相応の精神を書き込まれたのか疑問に思ってしまう。同じようにして生まれた俺がちゃんと歳相応に振舞っているというのに。

「お待たせいたしました」

 しばらくして彼が部屋に戻ってきた。

「丁度その時間は客が何人も入れ替わる時間帯なので、みんなあまりよく憶えていないそうです」

 まあそんな所だろう。結城だって馬鹿じゃない。わざとそういう時間帯を選んだのだろうし。伊達に五年も政府の目から逃れ続けている訳じゃない。

「一応、防犯カメラの映像も確認しますか? 五秒一フレームで撮影していますので、画質はあまり良くありませんが」

「お願いします」

 俺達は防犯カメラの制御室に通される。

 そこには十二個のモニターが縦三横四に積み重ねられていた。そのそれぞれに、店内の様子が映し出されている。カメラに視線を送る客はなく、カメラ自体は巧妙に隠されているようだ。

「えっと、今日の昼のは……」

 彼はモニター群の脇に置かれていた制御端末を操作する。

 ここの防犯カメラの映像はPCのハードディスクの中に一時的に保存しているようだ。時間ごとにファイル別に整理し、閉店時間にメモリスティックに書き出してマスタファイルとするのだろう。

「ありました。今、メモリスティックに落とします」

 彼は新しいメモリスティックを取り出してPCのスロットに差し込み、昼頃の映像ファイルを全てスティックにコピーした。そしてまた新しくスティックを差し込む。わざわざ三人分用意してくれるようだ。

「どうぞ。こちらで見て行かれるのでしたら、先ほどの部屋に機器を用意いたしますが?」

「お願いします」

 彼は俺にメモリスティックを手渡すと、一足先に部屋を出た。

「ねえ、結城がカメラなんかにむざむざ映ると思う?」

「映るだろ。結城だって人の子だ。幽霊じゃあるまいし」

「でもさ、映像って実は簡単に編集できるよ? たとえ映ったとしてもさ、回線から侵入してきて映像データを改竄するかもしれないし。顧客データとかも、自分の記録だけまるまる削除する事だって。あいつ、そんぐらい朝飯前にやってのけるぐらいの技術を持ってるのよ?」

「まずは、その問題の映像を見てからだ」

 応接室に戻ると、テーブルの上に二台のモバイルが置かれていた。丁度そこに、彼が三台目のモバイルを持って現れる。

「お帰りの時はこのままでよろしいですので」

「御協力、感謝します」

 彼が退室して行き、俺達は早速作業に取り掛かる。

 俺達はそれぞれモバイルを立ち上げ、メモリスティックを差し込む。

 映像再生ソフトからスティックのファイルを開く。

 カメラは十二台あり、それぞれの映像が単独のファイルで保存されている。つまり、一人あたり四台分の映像をチェックしなくてはいけないのだ。

まずは二十倍速で再生だな。

 五秒一フレーム、一ファイル一時間ほどの映像を、いちいち標準で見ていたら四時間もかかってしまう。それではキリがない。取り敢えず、倍速でそれらしき人物の姿を探す事だけに集中する。

「アウリガ、ちゃんと結城(・・)を探せよ」

「お前は俺の人格を酷く誤解しているな。ちゃんとやってるって」

 二十倍速で見ると、一ファイルに三分かかる。これが四つで十二分。

 途中、何度かそれっぽい姿を見つけて再生を止め、ズームインをかけて確認したりした分のロスを考えても十五分。

 いないな……。

 ディスプレイに映し出される防犯カメラの映像には、結城の姿は一向に見つからなかった。一応、現在の結城の姿を俺達は知っている訳だが、似たような風貌の人間は見つかるが結城本人ではない。

「やっぱり、結城に編集されている可能性があるな」

「じゃあ、見るだけ無駄じゃない?」

「いや、そんな事はない。今度は空席になっているPCに注目しろ。もし映像が編集されていれば、必ずおかしな席があるはずだ」

「どういう事?」

「映像は編集されていても、実際はそこに誰かがいるはずなんだ。たとえば、そこが空席にも関わらず、まるで誰かが居るように振舞う人がいるかもしれない。もしそんな違和感があれば、この映像が編集されている事になる。つまり、ここに結城が来たという証拠だな」

「なるほど。ところで、今更何だけど」

「何だ?」

「仮に、ここに結城が来ていた事が分かったとして、その後はどうするの?」

「という事は、目撃者が必ず居るって事になる。分かり次第、付近に聞き込みをする」

「げぇ〜っ。疲れるなあ」

「言っただろうが。人探しなんてのは地道な作業だって。しかも相手はあの結城だ。そう簡単に見つかるはずがないだろ」

 そして、およそ十五分後。

「駄目だ……。こっちはさっぱり見つからねえ。変な所も違和感もゼロだ」

「こっちも」

 二人がそれぞれ落胆した声を上げる。

「俺もだ。さて、困ったな……」

 不本意ながらも、それに俺も続く事になった。

 映像をしっかり隅から隅までチェックしたのだが、結局結城らしき人影は一つとして見つけられなかった。もちろん、編集されたような違和感も見つからない。つまり、この映像はまったく編集されていないという事になるのだ。

 結城の足取りが途絶えてしまった。これでまた捜査が一からやり直しという事になる。

「ちゃんと逆探知したつもりだったんだけどな……。やっぱバレてたのかな?」

「そうかもしれないな。知ってて、あえて適当などこかのPCから繋いだように思わせたのかもしれない」

 こうしていても仕方がない。今日の所はシリウスに戻り、もう一度作戦を立て直すしかない。

 とは言っても、元々苦肉の策からなんとか掴んだ手がかりだったのだ。作戦を立て直す、とは言っても、見通しははっきり言って暗い。

 俺達は先ほどの彼に礼を述べ、プロキオンを後にした。

 とぼとぼと車を止めた駐車場へ向かって歩く俺達。その心境は酷くどんよりと曇っていた。

「おい、今回ってちっとばっかし俺らの手には余らなくねえ?」

「だな……。そう認めざるを得ないかもしれない」

 国家的犯罪者、結城=ジェミニ。政府の目を五年もかいくぐってきたようなヤツを、やはり俺達如きでは見つけ出すのは初めから不可能だったのか……。

 しかし、こう言った政府との接触の危険性があるような任務は、俺達、ソルジャーのようなナノ・コードを持たない存在にしかできないのだ。ネットワークを駆使した情報の収集や解析は他の専門家に頼めばいいのだが、結城は更にその上を行くハッカーだ。ネットから結城の情報を引き出すのは限りなく不可能に近い。そうなれば、リアルスペースで地道な情報収集を繰り返して探し出すしかないが、それもヤツの方が何枚も上手のようだ。

「一度、ミスターにこれまでの経緯を話し、そこで改めて指示を仰ぐか」

「ええ、そうね」

 と―――。

「相変わらず、僕を探しているようだな」

 突然、俺達の目の前に一人の青年が立ちはだかった。

 黒いロングコートを羽織ったその風貌は、俺達のよく知る人物そのものだった。

「え……?」

 驚愕する俺達。

 その青年は、なんとあの結城だったのだ。

 あんなに探しに探し回った末、遂に見つける事が出来なかったというのに。そのターゲットが、どういう訳か自分から俺達の前に姿を現したのだ。

「どういう訳だ、って顔だな」

 結城は俺達の様子を見て口元を綻ばせる。結城がそんな表情を見せたのがとても意外だった。

「気が変わったんでね。少し君達と話し合いたくなった。ついてくるかい?」

 こちらの返答を求め、首を僅かにかしげる。

 一体、結城は何を考えているのだろうか……?

 何やら得たいの知れない感じもしたが、とにかくこのチャンスを布衣にする訳にはいかない。

 すかさず俺は、無言でその申し出に頷いた。