「こっちだ」
そう言って結城が俺達をリビングに通した。
「かけてくれ」
リビングは、窓がない事を除いては特に変わった所のない極普通のものだった。ソファーやテーブル、ディスプレイなどの調度品もある。空気清浄機が置かれているのは、窓がないため換気が出来ないからだろう。
恐る恐るソファーを触って確かめる。ソファーの下に誰かが隠れていて、油断した所をざっくりやられる事もあるのだ。
「そんなに警戒しなくていい。ここには僕以外、誰も人間はいないからね」
過剰とも思える俺達の警戒ぶりに、結城が苦笑を浮かべる。
注意網を周囲に広げる。俺達は訓練により、常人よりもこういった感覚が優れている。集中すれば、かなり小さな物音も聞き分ける事が出来る。
辺りから聞こえてくるのは空気清浄機の作動音ぐらいなもので、人の気配は全く感じられない。どこからか不意打ちされる可能性はこれでなくなったので、一応周囲への警戒は解く。
「何か飲むものでも用意しようと思ったけど、その様子じゃいらないみたいだね」
未だ苦笑しつつ、結城は俺達の向かいのソファーに座った。
「あの、先ほどの女の子は一体どなたですか?」
「あの子かい? あの子は僕が作った、この部屋のセキュリティシステムだよ。言葉で簡単に命令が出来るように、人格プログラムとコミュニケーション機能を持たせている。まあ、他にも機能は付加させているけどね」
「あれがプログラム?! うっそ、信じらんない。まるで人間じゃない」
驚きの声をあげるアリエス。
結城が作ったという先ほどの少女は、現在のプログラム水準を遥かに越えたものだからである。結城は天才ハッカーと謳われているが、あのような優れた製作物からも彼の実力の片鱗が窺える。
「人間とは違うさ。人間に似たものは作れても、それはあくまで人間に似たもの。本物の人間ではないさ」
しかし、パッと見た限りは本物の人間と見紛うほど、先ほどの少女は人間らしかった。あれが、結城の言うようにアルゴリズムが生み出したものとはとても思えない。それだけ、結城の技術が優れているという事なのだろう。
「では、結城さん。早速なのですが、用件を」
「ああ、そうだったね」
結城は、何故か今まで接触を避け続けてきた俺達に、突然自分から接触して来たのだ。徹底的に排除するために罠らしい罠を張っている訳でもなし、かと言って今更俺達に協力をするにしては話がうま過ぎる。とにかく、最後まで油断してはいけない。
「君達シリウスは、政府解体を目的として活動しているんだったよね?」
「ええ。政府の圧政に苦しむ民衆を解放するのがシリウスの存在意義ですから」
「そのために、僕の力が欲しい、と」
シリウスも含め、現在この世で結城より優れたハッカーを俺は知らない。結城の力は、シリウスの総力を結集してもまだ及ばないほどなのだ。そのため、ミスターは俺達に結城を捜索し連れてくるように命令したのだ。
「アッパーエリアに乗り込むためには、ナノ・コードを制御するマザーコンピューターをシステムダウンさせなければなりません。現在のシリウスの技術ではそれは不可能なのです。かつて、国会議事堂まで乗り込んだアンタレスのメンバーの一人である貴方ならばそれが可能に出来ると、私達の上司は申しています」
「そうか……。やってみるまでは分からないけど、一応の自信はある。だが、まず僕は君達に訊いておきたい事がある」
「なんでしょうか?」
すると、突然、結城の顔つきが神妙になった。
「君達は、本当にこの世界を変えたいと思っているのか、という事だ」
一体何を俺に問い掛けるつもりなのだろうか?
表情からしてよほどの事を訊かれるものと気構えていた俺。
しかし、結城が問い掛けてきたのは、そんな基本的なあまりにも当たり前すぎるものだった。
答えは決まっている。
すぐに返答しようとしたその瞬間、まるで狙いすましたかのように、結城は俺が答えようとするのより僅かに早く言葉を被せた。
「一つ言っておく。理想だけでは何も変わらない。かと言って、力だけでは同じ事の繰り返しとなる。力のない正義は、あるだけ無意味だ。君達には力はあるかもしれない。しかし、心意気の方はどうなのだろう? 君達は本気でこの世界を憂い、正しい在り方に変えたいと思っているのか? シリウスとしてではなく、一個の人間としてだ」
鋭い視線が俺を射抜く。
しかし、改めて自分に問い直すほどの事ではない。
俺はこの歪んだ世界を正しい姿にするために創り出された存在。今更その存在意義を問われた所で、俺の出す答えが変わるはずがない。
「思っています。私は、この世界を変えるためならば自らの命を賭ける事も惜しまないつもりです」
それが俺達ソルジャーの存在理由だ。
命を賭ける?
そんな事、訊かれるまでもない事だ。
「結城さん、私達シリウスに協力していただけませんでしょうか? 政府の圧政に虐げられている人々のためにも。少しでも早く、圧政から開放してやりたいのです」
俺はそう結城に誓願した。
何やらよくは分からないが、俺にそんな質問をしたという事は、結城が俺達に協力しようかと考え始めているという事だ。ならば、この機会を逃す手はない。また心変わりがしない内に、なんとかこちらに引き込まなければ。
しかし、俺の言葉を聞く結城の視線は冷たいものだった。まるで、何かの実験動物を見るような、そんな刃物のような冷たい目つきだ。
「君は、命を賭ける、というのがどういう事か分かっているのか? 君は任務のために命を賭けるのか? それとも、個人的に政府に虐げられる民衆が哀れだから賭けるのか?」
「ですから、先ほども―――」
「よく考えてみてくれ。本当にそれが、自らの命を賭けるだけの価値があるのかどうかを」
どういう意味だ? 一体、結城は何が訊きたいのだ?
俺は政府解体のために自らの命を賭けている。それは揺らぎようのない事実だ。
第一、全ての民衆と自分一人の命を天秤にかけた時、どちらが重いのか、と問い掛けられ、自分一人の命、と答える人間はいないだろう。全ての人間のためならば、自分一人が犠牲になる事を厭わないはずだ。そんな事ぐらい、結城だって分かっているはず。
ならば結城は、俺に何を言わせたいというのだ……?
分からない……。
しかし、答えは決まっている。
俺の存在意義はたった一つなのだから。
「決まっています。政府の圧政からの解放、命を賭けるだけの価値はあって当然でしょう」
「そうか……」
何故か結城は、俺の返答に対して溜息混じりにそう答えた。
「ならば、君の覚悟を見せてもらおう」
すると、結城は内ポケットに手を入れた。
思わず俺達は身構えた。
「騒ぐな。三対一なんて勝てるはずもない危険な事など僕はしない」
しかし、そう言った結城が取り出したのは、38口径のリボルバーだった。
俺はすかさず自分の銃を抜いて構える。アリエスも一瞬にしてヒートナイフを抜き、アウリガもすぐ動けるように身構えた。
結城はそんな俺達の様子など見向きもせず、弾倉から全ての弾丸を抜きテーブルの上に置いた。
散らばる五発の銅色の弾丸。
結城はその中から一つだけを取り出して弾倉に込める。
「君はロシアンルーレットというものを知っているかい?」
唐突に結城は俺に向かってそう訊ねてきた。
「一応は」
「ならば、今からそれを君にやってもらおう。そうすれば、その結果に関わらず、僕はシリウスに協力しよう」
結城は残った四発の弾丸を分解し、中から火薬を抜いていく。そして出来た四発の空砲を弾倉に込め、からからと回転させた。
「これで、どれが実弾で空弾か分からない」
結城は銃を逆に握ってグリップを俺に差し向ける。
「命を賭ける覚悟を僕に見せてくれ」
そう言った結城の表情は、まるで仮面のように無表情だった。