BacK

 

 

 パアン、という快音が続けて六発、射撃場に響き渡る。

 俺の正面にある人形の的の首に、横に並んで六つの穴が空いている。やがて頭部を支えるだけの強度を失った首は重さに押し潰され、そのまま曲がって折れた。

 銃撃のセオリーは、相手の体に対して、服のファスナーを下ろすように縦に撃ち抜いていくものだ。

 しかし、今の銃撃は見事にその逆を行っている。

 荒れている……。

 自分でもそれが痛いほどよく分かった。

 今のは、わざと横に並べて撃ち抜いた訳ではない。喉の中心を撃ち抜こうとしたのにそれが出来ず、ムキになって狙い続けた結果、最終的に首自体がなくなってしまったのだ。

 これまで使っていた五連装のリボルバーから六連装に変えたせいかと思ったが、そんなレベルではない。

 この間の夜、俺の部屋を訪ねた結城が言い放った言葉が、頭をぐるぐると回っている。

『セカンドとは、君達の事だ』

『君に、真実を受け止めるだけの勇気があるかどうか訊いておきたくてね』

『君達は自分を、培養液の中で作り出された人工生命体と思っているようだが。実際、それは可能なのだろうか?』

 くそっ! そんな事があってたまるか!

 パアン、と快音。硝煙の匂いと共に、的の中心に穴が空く。

 俺は頭からその言葉を振り払い、再び囚われぬように射撃に没頭する。一心不乱で引き金を引き続ける。

 弾を込めては撃ち。

 弾を込めては撃ち。

 しかし、意識すればするほど、俺の中で結城の言葉は存在感を一層色濃くする。

 結城が政府のマザーコンピューターからハッキングしてきたデータを解析し、それに合わせてアンクウをカスタマイズするのにかかる時間は、あとおよそ一週間。それまで俺達は特にやる事もなく暇なものだが、裏を返せば、政府解体の作戦まであと一週間しかないという事になる。

 その大事な時を控えた今、俺はすっかり普段の自分を見失っていた。

 結城の言葉は信じられない。

シリウスが俺達を騙しているなんて。そんな馬鹿げた事があるはずがない。

俺は、シリウスから支給された銃を捨て、新たに自分で銃を購入した。

自分はシリウスの道具ではない。だから武器を選ぶ自由がある。そんな小さな主張から起こした、ささいな抵抗。

 俺の行動は矛盾している。

シリウスを信じていると言っておきながら、自由意志だけは支配されまいと抵抗しているのだ。

 俺達は、培養液の中で作り出された人工生命体だ。

『だが、それは本当に可能なのか?』

 では、もし不可能だったら、俺達は一体何だというのだ?

 その答えを結城は知っている。

 しかしそれは、俺達にとってはひどく衝撃的なのだそうだ。

 ならば、シリウスはやはり俺達を騙していたというのか?

 一体シリウスは、俺達に何を―――。

「グリップを強く握り過ぎじゃないのか?」

 突然、俺のすぐ隣から男の声がする。

 ッ!?

 反射的に俺はそちらの方に、一挙動で銃を構えながら振り向いた。

「おいおい、ここの射撃場は人間にも銃を向けるのか?」

 俺に声をかけたのは結城だった。

 結城は俺の行動に苦笑しながら手を上げる。

「あ……すみません。突然声をかけられましたので。私はそういう風に訓練されているのです」

「生粋の戦士だな」

 相変わらずの苦笑を浮かべつつ、結城は射撃場を見渡す。

「何だ、あの的は? もはや原型を留めていないな」

「え?」

 言われて見ると、俺が使っていた的は無数の穴が空いてボロボロになっていた。結城の言う通り、原型を留めていない。

 雑念を振り払おうと夢中になって撃ち続けていたため、的を人間に見立て急所を正確に撃ち抜くという射撃訓練の本来の姿になっていなかったのだ。

「ここまで撃たなくとも、普通は死ぬよ?」

「……」

 俺は無言でスイッチを押してボロボロになった的を回収し、新しい的を設置し直す。

 まるで俺の胸中を見透かしたかのような、結城の遠回しの言葉。

 だが俺はいちいち受け答え出来るほどの余裕がないため、あえて聞き流す。

「随分、迷っているようだね」

「……そう見えますか?」

 見え透いた事を。

 そんな言葉を飲み込みながら、俺は再び新しい的に向かって銃を構える。

 激鉄を起こし、全身の力を抜いてリラックスする。

自分の体そのものが銃と一体化したイメージを作る。あくまで自然体で、集中力だけを鋭く研ぎ澄ます。

呼吸も自然体のまま、止めたりはしない。呼吸を止めると、僅かだが視力が落ちるのだ。

銃口から飛び出した弾丸が、標的の心臓を撃ち抜く光景をイメージ。

そして、柔らかくグリップを握ったまま引き金を引く。

快音。

硝煙の匂いと共に、的に穴が空く。それは丁度、人間で言えば腹部の辺りだった。

「大方、僕とシリウスのどちらを信じたらいいのか迷っているんだろう?」

「そうですね……」

 弾倉にはあと五発弾丸が残っている。ダブルアクションなので、引き金を引けばすぐに第二射が行える。

 しかし、俺はゆっくりと銃を降ろした。

 さっぱり狙い通りの射撃が出来なくなってしまっている。これは精神的な原因だ。それが取り除けない内は、これ以上は続けるだけ弾丸と的の無駄だ。

「僕が“信じろ”と言わないのは何故だと思う?」

「さあ?」

 弾倉を開け、中から弾丸を抜きながら訊ねる。

 大方、強要して拒絶されたくなかったからだろう。大した意味はないはずだ。

「極論を言えば、僕もシリウスも共に正しく、共に間違っているからさ。大事なのは、君がどれだけ既成概念から外れた視点でありのままを現実的に見据え、そしてそこから自分にとっての真実を掴み取れるかどうか、って事さ」

「全てを疑え、と?」

「どちらでもないさ。ただ、現実を現実と捉えるだけ。『空』の思考だよ」

「クウ?」

「僕の、義理の両親から教えられた言葉さ。とは言っても、僕自身も完全に理解できている訳じゃないからね」

「はあ……」

 相変わらず、結城の言っている事は訳が分からない。

 あまり間に受けない方がいいだろう。考えてみれば、結城の言葉を聞いてからこのスランプが始まったのだから。

「さて、どうする? 君は、自分達の出生の秘密を、“セカンド”についてを、聞くかどうか決心はついたかい?」

「……やめておきます。シリウスが私達に隠しているという事は、何らかの配慮があるからでしょう。それを反故にする必要はありません。それに、そういった秘密主義的な所があったとしても、目的は同じですから。シリウスを疑う必要はありません」

 なんにせよ、シリウスも俺自身も、政府解体という同じ目的を共有しているのだ。互いに疑い合う必要はない。

 だがそれは、あくまで理性が下した妥協案だ。心の奥深くでは納得していない部分が根強く残っている。

 しかし、その固執は捨て去らねばならないのだ。疑心暗鬼な精神状態がベストとは呼べない。そんな状態で政府に乗り込んだ所で、みんなの足を引っ張るだけだ。これは唯一のチャンスである。それを俺一人のせいで水泡にしてはいけないのだ。民衆の自由は、俺達にかかっているのだから。

「そうか。だったらそれでもいいだろう」

 と、結城はまるで初めから俺の返答を予想していたかのような表情を見せ、満足げにうなずいた。

 それにしても、一体こいつは何を考えているんだろう? まさか、わざとシリウスを内部からかき回して分裂させようとしているのでは? いや、そんな事をした所で、結城には何のメリットもない。それに、もしそれが目的ならば、自らの技術を生かしてシリウスのシステムを破壊してしまった方がよほど現実的だ。

 とにかく、結城には不可解な言動が多過ぎる。やはり警戒を解くのはまだまだ先だろう。

「ところで、一つ訊ねるが」

 ふと結城が口を開く。

「なんです?」

「政府が解体されたら、君は何をしてみたい?」

 結城の思わぬその問いに、俺の思考がぴたっと止まった。

 政府が解体されたら?

 そういえば、今までそんな事は一度も考えた事がなかった……。

 俺はこれまで、政府を解体する事だけを目的に生きてきた。

 確かに言われてみれば、政府解体が成功すれば、俺達は生きる目標どころかアイデンティティーそのものを喪失してしまう。今の政府がなくなってしまえば、世の中から争い事自体がなくなってしまうのだ。そうすれば、戦う事しか能のない俺達は、社会的な居場所までも失ってしまう。

「政府が解体されれば、君はもはやソルジャーではなくなる。これまでのような、破壊工作ばかりの毎日から開放されるだろう。命がどうこうという使命感に追われる事もない。君は自由を得られるんだ。何でもできるんだ。君は何がやりたい?」

「何でもと言われましても……」

 俺は答えられず、そのまま口篭もってしまった。

 そんな俺の様子を、結城はさも面白そうに微笑をたたえながら見つめていた。

 俺は、一体何がしたいのだろう?

 幾ら自問を繰り返しても、その答えは一向に浮かばなかった。

 その代わりに、俺の中に新たな恐怖が生まれた。

 “自由”への恐怖だ。