シリウスに到着すると、俺達は車内で受けた指示通り、第十三会議室に向かった。
第十三会議室とは、主に俺達ソルジャーがミスターファウストから任務を言い渡される時や、その任務についての作戦会議をする時に使う所だ。基本的に俺達ソルジャーしか入らない部屋である。アウリガの言葉を使えば、“溜まり場”だ。
「ここに君達の上司が来るのか?」
「いや、俺達はいつもそこのモニター越しで会話している。ミスター、並びにシリウスの上層部の人間は、基本的に下の人間に素顔はさらさない」
俺達は、この部屋のスクランブル処理された立体映像でしかミスターの顔は見たことはない。無論、他の社員も誰一人として見た事はない。
シリウスは政府解体を目的として作られた組織であるため、幹部クラスの人間は政府に対して細心の注意を払っているのだ。ナノ・コードの呪縛からは逃れる事は出来ないため、姿を隠して俺達に命令を出すのである。
「気に入らないな」
結城はトランクケースをテーブルの上に置き、黒いロングコートを脱ぎながらそうつぶやいた。
「え?」
「気に入らない、と言ったのさ。組織に上下の主従関係は必要だが、信頼関係は誰にでも一律に等しく必要だ。結束の固さが組織の強度となる。信頼とは、人体で言えば血液のようなものだ。下の者には顔すら見せない、という事は、組織が信頼関係で動いているのではなく、ただ作業的に物事が流れているにしか過ぎない。部下を信用しない上司の下で、どれだけ精力的に活動するのか見物ではあるな」
と、皮肉っぽく口元を歪めてイスの上に腰を降ろす。
「まあ、いいさ。それで、君達の上司は何時になったら来るんだい?」
「もう間もなくです。照明を落としますよ」
照明を落とすと部屋が真っ暗になる。立体映像を見やすくするためだ。
「あの、結城さん。少し思ったのですが」
「なんだい?」
「あの、RRというプログラムには、何故、『寂しい』という感情もつけたのですか?」
「人間には、誰しも多かれ少なかれ、その感情はあると思うが?」
「では、あなたは人間を作ったのですね」
「いや、前も言ったが、あれは人間に“似たもの”だよ。所詮、人間に人間は創れないのさ。いや、造るべきではないのかもしれないな……」
結城は薄闇の中で目を伏せた。
俺は、なんとなく結城がRRを造った後悔しているように思えた。
それは何故?
あんなに高度な自我を持つ存在を作り出したのならば、むしろ誇らしく思うべきなのではないのだろうか。
自分で思っておきながら、いまいちその理由までは掴めなかった。
『待たせたな』
と、予告もなしにスクランブル処理をされた立体映像が奥に映し出される。
上司の登場に、俄かに俺たちの間に緊張が走る。だが、相変わらず結城は平然とした表情でイスに腰掛けている。
「ミスター、ジェミニ=結城氏をお連れしました」
『御苦労』
そう短くミスターは労いの言葉を言う。
『さて、ミスター結城。こちらの用件はそこの三人に聞いていると思うが』
「了解している。ただ、それなりにこちらの条件も飲んでいただきたい」
『どのような条件かね?』
「僕の行動を拘束しない事。それと、今後僕はこの三人と行動を共にしたい」
なんだって?
最初に出した条件は、まあうなずけるものだ。しかし、その次の“俺達と行動を共にしたい”とはどういう事だ?
俺達がミスターの命令で結城の協力を得たのは、政府のマザーコンピューターのシステムダウン、そしてそれに伴うシリウスの技術水準の向上といったところだ。どちらにせよ、デスクワークである。
しかし、俺達の任務は全て前戦で行う戦闘という、常に危険が付きまとうなものだ。どうしてわざわざそんな所に好き好んで出ようというのだろう?
結城とミスターのやりとりを、俺達は息を飲んで見守っていた。
水面下での二人の駆け引き。それが場の空気を硬く張り詰めさせている。
『その三人は前線で戦うソルジャーだ。あなたの役割とはかけ離れているが?』
「政府のマザーコンピューターのシステムを解析するなら、一日もあれば可能だ。後はそのデータを使ってウィルスなりをこちらの技術部が作ればいい。僕の作ったアンクウも提供しよう。僕が前戦に出る事についてだが、僕はそれなりに場は踏んでいる。ある程度、銃火器も扱える。それに、物理的な力のみでは、これまでシリウスが襲撃したような小さな施設ならともかく、国会議事堂などのアッパーエリアでは通用はしない。僕が、いわゆる彼らのブレインになろうという事だ。現状の構成では、悪いが信頼は置けない。表社会に出る以上、僕は政府の解体は確実なものにしたいのでね」
『そうか。ならば、いいだろう。では今後あなたは、通信を担当してもらおう』
「御理解、感謝する」
『では、明朝、早速システム解析に取り掛かってもらう。今夜はここに泊まるならば、その三人にゲストルームまで案内してもらうといい』
「分かった」
ようやく、張り詰めていた空気が解けて行った。心なしか感じていた息苦しさから開放される。
『それと、こちらからそれなりの報酬は支払わせてもらう。口座番号を経理に伝えたまえ』
「それはいい。金には困っていない。ネット上にあるもので、欲しいものは全て自分で手に入れられるからな」
結城は偽造したナノ・コードを用いて、政府の国庫金で買い物をしていた。通常では考えられない技術だが、結城にとっては大した事ではない、日常の些末事と一緒なのだ。
『なるほど。さすがは』
結城の言葉にミスターは苦笑する。ミスターも、相手にしているのがあの結城である事を忘れていたようだ。
『では、これで以上だ』
そう言って、ぷつんと映像が切れる。
「では、結城さん。ゲストルームに御案内いたしましょうか?」
「そうだな。そろそろRRの相手をしてやらないと、また機嫌を損ねてしまう」
結城は微苦笑する。
人間がプログラムの機嫌を窺うなんて……。なんともおかしな話だ。
結城は、あれは人間に似たものだと言ったが、これはRRが限りなく人間近いという事の現われなのだろう。
そういえば、厳密に言えば俺達も人間ではなく、人間に似たものだったっけ。
いや……俺達は人間だ。ただ、生まれてきた所が培養カプセルの中だという事だけで。