やがて僅かに響いていた作動音が止まり、高速エレベーターが静かに上昇を止めた。
どうやら、アッパーエリアに到着したようである。
遂にここまで来たか……。
俺はいつの間にか握り締めてしまっていたこぶしに気づき、ほどいて滲み出た汗を裾で拭う。
周囲も俺と同じだったためか、急にカプセル内部に緊張が走った。
誰かが直接口にした訳ではなかったが、はっきりとそれと分かるほど、急激に空気が張り詰めたのである。
自動でシャッターが開く。
俺は三人にチラッと視線を向けた後、ゆっくりとカプセルから降りた。
搭乗口に伸びている渡り廊下は、アンダーエリアのそれと同じ作りになっていた。ただ違うのは、高速エレベーターのパイプラインが上方ではなく下方に伸びているという点である。
結城がパネルを操作し、搭乗口に入る。そこもアンダーエリアのそれと似たような作りになっている。警備員も、各入り口に一人ずつ、四人配置されていた。
警備員はなに声をかける事もせず、ただじっとこちらに注意を向けている。
殺気にも似た冷たいものが伝わってきた。
アッパーエリアの警備員は、アンダーエリアの警備員とは格が違っている。アンダーエリアの警備員は事件が起これば動き出すが、アッパーエリアの警備員は事件が起こる可能性を感じ取った瞬間に動き出すだろう。まるでセキュリティシステムのような、そんな機能的なものさえ感じさせる。
搭乗口から出、次の目的地をどこに定めるのか、と結城にアイコンタクトを送る。
この中で、一番アッパーエリアについての知識があるのは結城だ。ここは彼に案内を頼むのが最良だろう。下手にうろうろしてしまえば、即不審人物として先ほどのような警備員達に襲い掛かられるだろう。
結城は、ついてこい、と言わんばかりに俺の前に出た。黙って俺達はついていく。
アッパーエリアのエレベーターポイントは、アンダーエリアのそれと同様に極めて殺風景な作りになっていた。必要なものを一切排除した、本当に移動するためだけの目的で作られたようだ。
階段を下り、そのまま地下へ向かう。
すれ違う警備員の数はそれほどでもなかった。アッパーエリアのエレベーターポイントは、それほど警備を強化する必要はないと考えているのだろう。
やがて地階に到着する。もっとも、アッパーエリアで地階というのもおかしな話だが。
地階は、様々な設備や機械類を保管する倉庫になっていた。電子機器類だけでなく、もっと大掛かりなものまである。
一本のアスファルトの道路が置くまで伸びている。その左右に大きなシャッターが規格的に並んでいる。そのそれぞれにナンバーが振られている。
ここまで来れば、そろそろ警備員の耳を気にする必要もないだろうと、それでも念のため小声で話し掛けた。
「ここは?」
「車庫だ。ここの車を使って、総合システムセンターに向かう」
迷わず結城は4とナンバーの振られたシャッターに向かう。そして電子ロックの操作パネルから解除コードを入力する。ロックが外れ、シャッターがゆっくりと上がっていく。
「アンダーエリアは変わらないと思っていたが、アッパーエリアはそうでもなかったようだな」
上がっていくシャッターを見つめながら、誰ともなく結城がつぶやいた。
「と、言いますと?」
「以前は、もっとけばけばしく飾り立てられていたものだったのだが。随分と簡素になったと思ってね」
シャッターの奥には、一台の六人乗り乗用車があった。ナンバープレートには政府関係者を現すナンバーが振られている。
「では私が運転をしますので、センターまでのナビをお願いします」
「了解した」
車に乗り込み、エンジンをかける。
車に搭載されている識別信号装置を調節し、車内が見えないようにウィンドウにマジックスモークを入れる。マジックスモークとは、特殊な加工を施したガラスに電気的な信号を送り、透明だったガラスがマジックミラーと化すものの事である。スイッチを入れたガラスを外側から見ると、まるでスモークガラスのように見えるため、その名がついたのだ。
アクセルを踏み、出口へ向かう。
僅かに上りになった緩い坂をのぼりきると、そこには再びシャッターが現れた。
「出入り口のようだな。さて、ここのシステムに侵入して、シャッターの開放の承認を降ろす」
結城はモバイルを開き、回線からシステムに侵入を始める。
数十秒後。音を立ててゆっくりとシャッターが上がっていく。
「では、まずはここの敷地から出よう」
「分かった」
俺はアクセルを踏み込んだ。