BacK

 

 

「伏せて!」

 突然、アリエスがそう叫んで振りかぶった。その手には黒い金属の塊が握り締められている。

 ナパーム!?

 こんな狭い所で、手榴弾を使うなんて危険過ぎる!

 しかし、キーを抜いてしまった以上、それを再びポケットに戻す訳にも行かない。

 俺は結城の上に覆い被さるようにして床に伏せた。

 ドォン!

 直後、鼓膜に突き刺さるような轟音が響き渡る。凄まじい爆熱風が背中を通り抜けていく。

「収まったか……?」

 数秒後、爆風がようやく止み、周囲に嘘のような静寂が訪れる。

 ゆっくりと体を起こし、警備員の方を確認する。先ほどまで警備員達が立っていた場所は、床や壁が崩れ落ち、幾つもの肉片が飛び散っている。

 シリウス製のナパームは、通常のものよりも軽く5倍以上の破壊力がある。一発の威力で、人間を二、三人は簡単にミンチに出来る。

 そんなものをこんな狭所でいきなり使うなんて。

 俺は大きく息を吸い込んだ。

「このバカ野郎! いきなり何考えてんだ!」

「なによぉ。いいじゃない、結果オーライで」

 怒鳴りつけられたにも拘わらず、アリエスはまるで何事もなかったかのようにヘラヘラと笑って答える。

 ったく……。どうしてこうも軽いのだろうか? 俺達は決してミスは許されない重要な任務を遂行中だというのに。

 更に糾弾を続けようかと思ったが、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。とにかく、今は言い争いに時間を費やすだけの余裕はない。内輪もめなんてもっての他だ。

 説教は諦め、俺は座り込んでいる結城の足元にしゃがみ込み、傷口の様子を見る。

 撃たれた右足からは、どくどくとドス黒い血が流れている。命に関わるほどでもないが、決して軽視できない深さだ。

「弾は抜けているようだ……。だったら問題はないさ」

「問題ない? どこがですか。酷い傷ですよ」

 これほどの出血にもかかわらず、結城はさして動揺した様子もなく平然と言ってのける。

「なんとかなるさ。とりあえず、縛ってくれないか?」

 確かにこうしていても仕方がないな……。

 俺はオプションポケットから応急セットを取り出す。

 本来ならば、ここに結城を置いていくのが任務遂行としては最良の選択だが、さすがにそれは出来ない。まだこの先、結城の力が必要になる場面が多々考えられるからだ。それに、たとえそうではなかったとしても、仮にここに結城を置いていけば、ほぼ間違いなく警備員によって射殺されてしまうだろう。それを黙認できるほど、俺は冷徹でもない。

 傷口に殺菌効果のあるジェルパックを張り、その上から収縮繊維製の包帯をややきつめに巻く。

 止血の手当てには、患部から心臓に近い所を縛るのが通説だが、正確には少々違う。血流が止まった状態で何時間も放置しておくと、今度は細胞が次々と壊死していき、結果的に傷口が悪化してしまうのだ。だから、30分おきに解放するか、もしくは血流を止めない程度に縛るしかない。

 PIPIPIP!

 と、その時。

 この緊迫した空気に似合わない間の抜けた電子呼び出し音が鳴り響いた。

「おっと」

 結城はモバイルを手繰り寄せて開く。どうやらこの呼び出し音は、結城のモバイルからだ。

『マスター!? 今のどうしたの!?』

 ディスプレイを開いて省電力モードをオフにするなり、血相を変えた女の子の声が飛び出した。

RRだ。

「ああ、別に問題ないさ」

 ニッコリとディスプレイに向かって微笑む。

 が、一瞬こちらに真剣な視線を向けてきた。この事を黙っていろ、という意味なのだろう。

「RR、あれはもう出来たか?」

『うん! 今、デバック中だよ』

「そうか。なら、それを続けてくれ。もう少しでそれが必要になる」

『はい。マスターも気をつけてね』

 ディスプレイからRRの姿が消える。

「なんなの、作ってるのって?」

「ちょっとしたプログラムさ」

「プログラム? じゃあ、RRちゃんは論理的思考も出来るって事?」

「アルゴリズムによる擬似的なものだよ。プログラムを組むと言っても、正確には既存のものを組み合わせているだけさ」

 しかし、そんなに簡単に出来るものなのだろうか?

 最初の頃ならそう疑問に思うのだろうが、今では、“結城ならそれもあるか”とあっさり肯けてしまう。

 論理的思考は人間の特権だ。どんなにプログラムによって感情を表現したとしても、新しいものを作り出す創造力というものは表現する事が出来ない。被創造物が、何かを創造する事は不可能という事だ。

「終わりましたよ」

「ああ」

 結城はゆっくりと立ち上がる。しかし、さすがに手当てしたとは言っても、撃ち抜かれた足で立つのは少々辛いらしく、一瞬表情が苦痛に歪んだ。しかし、それでも一言も痛みを訴えないその精神力には感嘆させられる。

「さあ、行こう。メインシステムはこの先だ」

 そう言って右足を引き摺りながら歩く。

 ふらふらとしてあまりに頼りなげだ。これでは、いずれ歩を止めそうな弱々しい勢いだ。

「オラ。そんなんじゃ、歩くのヒデエだろ?」

 そんな結城を見かね、アウリガがぶっきらぼうに肩を貸す。

 ふと、驚いた風な表情を浮かべる結城。だが、ゆっくりと口元を綻ばせる。

 そして、

「ありがとう」