土曜日。
僕は授業が終わると、大急ぎで帰り支度を始めた。
「どうしたの? レオ君。そんなに急いで」
「え? あ、いや、ちょっとね。ヤボ用」
ミスティの詮索を振り切り、僕は急いで学校を飛び出す。一度話を始めるとなかなか終わらない彼女の性格を十分知っているからだ。
学校を飛び出し、そのままターミナルに直行。そしてバスに乗る。
目指すは北五番街。このU−TOPIAで、最も栄えた電気街だ。
目的の品は、二つ。
バーチャルマシンの脳波抽出インターフェースの機能を拡張するICチップ、ニューロドライブ。
これの機能は、バーチャルマシンの脳波抽出レベルのリミッターを解除する事だ。つまり、バーチャルスペースに自分の全感覚を置くことが出来るのである。もちろん、違法な品だ。
もう一つは、サジタリアスと呼ばれるアップロードマシンだ。
これは、アップロード専用のPDAのようなものだ。よくあるアップロードソフトよりも更に支援効果が高い。ネットで見た時は、理論上、ファイル容量が幾らだろうと拡張子が何だろうと決してタイムアウトにならず、アップする事が可能なのだ。そう、どんなものであってもだ。
これをバーチャルマシンのネットワーク機能の部分に取り付けるだけでいい。あとはナビゲーションの支持に従えば、全て自動的にやってくれるそうだ。
この二つを見つけるのに、そう時間はかからなかった。それらしい店に入り、店主に訊ねてみたら意外とあっさり手に入ってしまった。値段も、まったく手が出ないというほどのものでもなかった。しかもその上、それぞれのパーツの使い方の説明書までつけてくれた。違法な商品だから、と少々不安になっていたが、案外あっさりと手に入っていささか拍子抜けした。店主の話では、政府がシリウスに変わってからというもの、随分とこういった商品が手に入りやすくなったらしい。規制が揺るいのではなく、穴だらけなのだ。
何にせよ、目的の品が手に入れば問題はない。
僕は二つの品を慎重にカバンの中に仕舞い込み、沸き立つ自分の感情を必死で押さえながら帰路についた。全身がカーッと熱くなる興奮が、帰りのバスに乗っている間中ずっと止まらなかった。心臓もどくどくと激しく波打ち、今にも破裂してしまいそうだった。
バス停から走って家に帰る。歩いても十分とかからぬ距離も、今の僕には煩わしさを増幅させるだけでしかない。
「ただいま」
家に着くと、中は朝と変わらず物静かだった。母さんはまだ眠っているのだろう。仕事上、昼夜逆転した生活を送っているのだから、ちゃんと寝られるように静かにしておかないと。
一度キッチンに向かい、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲む。興奮し過ぎているせいだろうか、やけに口の中が渇く。体はじっとりと汗ばんでいるのに、唇はかさかさに乾いている。
静寂が耳鳴りのようにうるさかったので、リビングのディスプレイをつける。僕はその正面にあるソファーに座り、もらった説明書に目を通し始めた。
分かりやすい図で、実に詳しく解説がされている。僕はそんなに機械には詳しくはないのだが、どうやら自力でなんとか出来そうだ。
あの日、遂に僕が見つけた答え。
それは、僕がバーチャルスペースに行く事だ。
この二つのパーツはそのために必要なものだ。
計画はこうだ。
僕の精神を数値化し、僕の自我をそのままネットワークに乗せるのだ。早い話、普段は半分感覚をリアルスペースに残しているが、そのもう半分もサーバーに乗せるのである。
精神の数値化は、バーチャルマシンが勝手にやってくれる。リミッターを解除すれば、全意識がネットワーク上に行くはずだ。
そして、今。それに必要なものは手に入った。ようやくこれで、僕はRRと同じ世界に行く事が出来る。
と―――。
その時、ディスプレイから早いビートの音楽が流れてきた。ふと顔を上げると、何やら派手なエフェクトが飛び出している。
そういえばこれは、ALIES.netっていう人気サイトのニュースだったけ。
先日、あの嫌味な担任がここのコラムを見せた事を思い出す。
『人気ゲーム怪死事件続報! 今度は一度に3人!』
そんなテロップが流れ、僕は思わず注意を注ぐ。
別にどうでもいい事なのだけど、つい画面に見入ってしまう。そうなるよう、うまく構成しているのだろう。これが人気サイトたる所以か。
『先日、プレイ中にプレイヤーが怪死するという事件が起こったが、今度もまったく同じ症例での死者が三人も現れた。いずれも身体に外傷が無い事から、専門家は極度の精神的ショックによるショック死であると鑑定。これにより、ゲームの発売元は各教育団体から自粛するように要請を受けている』
まずい!
次の瞬間、僕はカバンの中から例のパーツの入った化学繊維の袋を引っ掴んでリビングを飛び出していた。
早くしなければ、あのサーバーが閉鎖されてしまう! せっかく手に入れたのに、RRと会う前に役立たずになるなんて!
僕はそのままマシンルームへ飛び込む。
取り付け作業は簡単だが、CPUに認証させる作業とセットアップの所要時間を考えると、今からやっておけば夜にはマシンを動かせる。
すぐさま部屋の隅の棚からドライバーセットを取り出し、バーチャルマシンの裏側に回る。
ドライバーでネジを一個一個取り外していく作業がもどかしくて仕方がなかった。
ようやく蓋が外れると、今度は説明書の図と内部を照らし合わせながら、パーツを取り付ける場所を探す。
あった。
緑と黒のサーキット板が並んでいる場所。その、上から二番目を指先で摘み、おそるおそる抜き出す。
板には無数のICチップが並んでいる。僕にはどれが何の役割を果たすのかまったく理解出来ないが、説明書通りにやれば問題はないはずだ。
ICに小さく刻まれている部品番号に気をつけながら、交換するICを探す。
数分後、ようやく部品は見つかった。僕はピンセットでそのICを摘み、静かに板から取り外す。そして、買ってきたニューロドライブを空いたスペースにピンセットで取り付ける。サイズ自体は違うのだが、確かに説明書通りぴったりとはまった。
サーキット板を戻し、今度は通信制御装置部分を物色する。
今度はこの、サジタリアスを取り付ける。これがあれば、どんなに膨大なデータでも、高速でサーバーに送る事が出来るようになる。
ニューロドライブは僕の全ての感覚や精神をデータとして抽出するのだから、当然送信するデータ量は膨大なものになる。普通はすぐにタイムアップを起こしてエラーになるのだが、このサジタリアスさえあれば問題はすぐに解決する。
通信装置らしきものを見つけ、僕は説明書をもう一度見て確認する。
よし、これだ。間違いない。
僅かに空いたスペースにサジタリアスを入れ、ケーブルを装置と繋ぐ。しっかりと取り付いたのを確認し、蓋を元の位置に戻してネジを締める。
まずは新しいパーツをCPUに認証させないと。
電源を入れ、本起動状態にする。
マシンの中に入り、ナビゲーションの指示に従いながら新しいパーツを認証させる。認証作業はすぐに終わり、続いてセットアップが始まる。
『必要な時間は、およそ五時間です。続行しますか?』
五時間だって!?
どうしてそんなにかかるんだ? やはり正規品でないものは、それなりにこういった不便さがあるものなのだろうか?
仕方なく、僕はYESを選択。
現在の時刻は16:34。となると、終わるのは大体21:30か……。
マシンルームを後にし、僕はもう一度リビングへ。
そこにはつけたままのディスプレイがあった。先ほど消し忘れたのだろう。
電源を切り、放り出していたカバンを持って自室へ。
特にやる事もなく、取り敢えず端末を立ち上げてみる。すると、新しいメールを受信しているサインが出ていた。早速メールボックスを開いてみる。そのメールの件名には、『FROM MISTY』と表記されていた。
ミスティからか? なんだろう。
メールを選択し、ダブルクリック。
レオ君へ。
さっきニュースでやってたんだけど、とうとうネットワークゲームに規制が入るらしいよ。それで土日は、18歳未満の人はサーバーに繋げられなくなるんだって! ショック〜。
なんてことだ……。
マシンを購入した時のユーザー登録で、僕が18歳未満である事は会社の方に知られている。と言う事は、セットアップが終了してもサーバーに繋げられないじゃないか!
「ちくしょう……」
……仕方がない。RRに会いに行くのは、来週まで我慢しよう……。