BacK

 

 

 真っ白な空間。

 僕はまだ自分の体を持っていないが、体の感覚だけはある。

『パーソナルデータをロード中……完了。バーチャルボディを作成しますか?』

 目の前にYESとNOの二枚のボードが現れる。僕は迷わずYESのボードをタッチする。

『必要なデータを集めています……NOW LOADING……作成完了』

 無数の光の粒子が集まり僕の体を構築していく。

 出来上がった自分の体をしげしげと見つめる。手のひらを見つめ、握ったり開いたりして感触を確かめる。仮想の指は僕の意思と寸分違わず自在に動く。マシンの調子は問題ない。

 バーチャル空間用に作った僕の体だ。体型や顔は実際の僕とほぼ同じだが、着ている衣装はかなりファンタジックだ。

『ニューロシステムとのプラグイン完了。これよりバーチャル空間にシフトします』

 周囲の真っ白な風景がぶれ、真っ黒な空間に移行する。

そのまま前へ向かって飛ぶ浮遊感。仮想の風が体に吹き付ける。

 そして数秒後。

 真っ暗だった風景は突如入れ替わり、僕は広大な草原の中に立っていた。

『ようこそ“レジェンド・オブ・イリュージョナリー”の世界へ!』

 目の前に半透明のメッセージボードが現れる。が、僕はすぐにボードを閉じる。何度もこれは見たので、憶えたくなくとも記述内容は憶えてしまっている。簡単なゲームの説明、ゲームをする上の警告、公共秩序についての注意書きだ。

 これが、僕のハマっている今話題のオンラインゲームだ。

 プレイヤーはゲーム会社の専用サーバーにアクセスし、バーチャルシステムによって仮想空間にダイブする。

 仮想空間の中では、プレイヤーはそれぞれが設定したキャラになる事が出来る。キャラのグラフィックの設定、初期クラスの選択、初期パラメータの振り分けなどの各種設定が必要だが、ゲームの面白さを考えればオリジナリティの一環として全く苦にならない。

 ゲームジャンルは、アクションRPGといったところだろうか。酒場等でシナリオや情報を入手し、世界中に点在するダンジョンに向かうのである。そこにはボスがいたり、貴重なアイテムがあったりする訳だ。

 知り合いのアクセス状況を見てみる。やはり今日もこの世界に来ているようだ。

「さて、と」

 まずはアイテムの確認。

 システムボタンを押す。すると目の前に僕のステータスが記述されている半透明のボードが現れる。

 所持アイテムをチェック。HP、SP、状態異常の回復アイテムは十分にある。

次に重要アイテム。

先週偶然見つけた謎の石版がある。この一週間、これについての情報を集めた所、かなり強い敵のいる塔へ入るための必須アイテムである事が分かった。だから今日まで、十分にレベル上げをしていたのだ。

そして装備アイテム。僕はこのゲームでは戦士だ。使っている武器は、刀身が長く刃幅も広いバスターソードだ。破壊力、リーチ、攻撃範囲に優れる武器である。

現実の僕は、こんなものは振るどころか持ち上げる事すら出来ないだろう。だが、この世界では数値が全てだ。こう見えても僕の腕力はかなりのレベルである。

最後に特殊技。SPを消費する行動の事だ。僕は戦士なのであまり幅はないが、魔術師などはこれを消費して様々な魔法を使う事が出来る。

「よし、じゃあ行くかな」

 いつもは、こういった強敵のいるダンジョンに向かう時はネットで知り合った友人達とパーティを組んで潜入するのだが、今回ばかりは違う。僕一人で、それもようやく見つける事が出来たダンジョンだ。出来れば僕一人の力でクリアしたいのだ。そうすれば、クリア時のボーナスが独り占め出来る。到底僕一人でクリアできない時はみんなに頼めばいい。このゲームでの暗黙のルールだ。やたら他の人のダンジョンに付き合いたがるヤツは嫌われるのである。

 このゲームは自由度の高さがウリだ。攻撃目標に出来るのは、何もモンスターだけではない。プレイヤー同士で戦う事も出来るのだ。そしてやられたヤツは、アイテムを一つだけ奪われるのである。

 ナビゲーションマップを開き、草原を歩く。

 すると、幾らも経たずにモンスターが現れる。基本的に街以外のフィールドではモンスターが現れるのだ。

 角の生えた体毛の長い四足動物型のモンスターが三匹。見慣れたモンスターである。

 僕はリアルスペースでの自分の指で攻撃準備のボタンを押す。と、バーチャルスペースでの僕の右手に大きなバスタードソードが現われた。それを握り締めて構える。

 右手に力を込めて、アタック。握る手に固い柄の感触。

ゲーム中は、リアルスペースとバーチャルスペースと両方の空間での感覚を共有する。剣を握る一方で、攻撃ボタンも押しているのである。初めは少し戸惑ってしまうが、慣れてしまえば大した難しい事でもない。

 バスタードソードを構え、横薙ぎの斬撃を三連発。一撃一撃で三匹をまとめて攻撃し、そのままあっさりとHPが0になりガラスのように砕け散る。そして獲得経験値と金額を示す小さなメッセージボードが現れる。ポイントの知っている僕は、それをすぐに閉じる。

 さて目的地に急ごう。

 僕はマップナビに従って先を急ぐ。

 この世界では、幾ら走っても疲れる事がない。普通に走るよりも何倍も速く、そして疲れずに走り続ける事が可能だ。

 やがて草原の端まで到着し、僕は深い森林へと入った。

 このマップは少々敵が厄介だ。木などの障害物に隠れながら、こちらの出方を伺って奇襲するタイプのモンスターが多数生息するからである。それでも選んだのは、ここを通るのが目的地までの一番の近道だからだ。

 密林を抜けるまで、全力疾走では5分ほどだろう。とにかく今はモンスターが出ない事を祈るしかない。

『ガアア!』

 突然、背後から猛獣の咆哮が聞こえてくる。

 僕は即座に方向転換し、攻撃準備。

 剣を構えた直後、虎型のモンスターが牙を剥いて襲い掛かってくる。僕は咄嗟に防御体勢を取る。

 くっ……。

 思ったよりも攻撃力が高く、かなりの衝撃が伝わってきた。HPに目を向けると、驚いた事に3割も減っている。

 僕は剣に噛み付いているモンスターを振り払う。

 僅かに体勢を崩すモンスター。僕は迷わず必殺技を使う事にした。

 一瞬で僕の剣が炎に包まれる。その炎をまとった剣でモンスターを上から下に向かって一撃。

『ギャアアアア!』

 すると斬られたモンスターは見る間に燃え尽きて砕け散る。

 だが、その見返りにSPが大幅に減少していた。戦士系はただでさえSPが少ないのだ。必殺技も破壊力が大きい分、あまり回数は使用できない。

 やれやれ。どうやらモンスターのレベルが多少上昇修正されているようだ。これは気が抜けないな。

 剣を収め、再び走り出す。

 こんな所にいつまでも居ては、HPもSPも無駄に減らす一方だ。さっさと走り抜けてしまおう。

 走りながらマップナビを見る。

 地図の上に浮かぶ青色の点が僕だ。ここでは、モンスターの色は赤、他のプレイヤーの色は黄で判別される。ただし、ここに映るのはあくまで僕が目視確認したキャラだけだ。つまり、どこかに潜んでいるキャラは、たとえすぐそばにいたとしても、ナビには映らないのである。

 あ、こんな所に。

 ナビには回復ポイントを示す緑色の矢印が示されていた。

 丁度いい。HPが予想外に減ってしまっていた所だ。

 僕は進路を回復ポイントへ変えた。

 ポイントが近づくと、僕は走るのをやめて歩き出した。回復ポイントの付近はモンスターは出現しないように設定されている。だが、そこは当然他のプレイヤーも立ち寄る所だ。それを利用し、傷ついた者がやってくるのを狙って通り魔的に襲うヤツがいるのだ。だから、幾らモンスターが出ないといっても最大限に注意する必要がある。

 やがて木と木の間に大きな泉が広がっているのが見えてきた。どうやらここの回復ポイントは泉のようである。

 周囲には人の気配はない。どうやら待ち伏せしているヤツはいないようだ。

 僕は泉の傍にしゃがみ込み、泉に手を触れる。すると、一瞬手が緑色に光ったあと、たちまちHPとSPが全回復した。

 よし、回復したな。早速先を急ぐか。

 踵を返す。

 と。

 ばちゃっ。

 突然、水を蹴るような音が聞こえた。

 僕はすぐに振り返り剣を抜く。

 やっぱりいたのか。待ち伏せ野郎め。どこにいやがる?

 注意を周囲に油断なく向け、見えない敵の様子をうかがう。回復して安心した所を不意をついて襲おうってハラか。しかし、そう簡単にやられてたまるものか。僕はこのゲームで数少ない高レベル者なんだからな。

 おや?

 その時。俺は泉の向こう側に人影を見つけた。すぐにナビを確認したが、キャラの識別表示がなされない。他プレイヤーでもなく、モンスターでもないのだ。

 あれは……。

 そこには、泉の脇に腰掛けて足を泉に浸す少女の姿があった。真っ黒な髪と瞳。服は真っ白なワンピースだ。

 僕が今まで見た事のないキャラデザインだ。いや、そもそもあんな姿のキャラパーツなんてあったか?

 そんな疑問が頭の中を過ぎる。

 もしかして隠れキャラか? それもありうるな。だったら近づいてみるか。何かもらえるかもしれない。

 すると。

「あれ? あなたも涼みに来たの?」

 少女は俺の気配に気がつき、俺の方へ顔を向けた。

 そして、輝くような微笑を浮かべる。

 その瞬間、僕はまるで取り憑かれてしまったかのように、彼女の姿に見惚れてしまっていた。