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力って、そう安易に求めるもんじゃない。
何故なら、力は知らぬ間に人を狂わすから。
この世に力の概念が生まれた時、人は相手の力量を計り争う事を覚えた。そして争いは、種そのものを滅ぼしかねない狂気を産む。
それでも人は力と強さに魅せられる。
誰に教えられなくとも、人は皆この世に生まれてきた以上、大なり小なり力を求める。全てそれは何かを守るためだ。
私もご多分に漏れず、人並み以上に力を求めている。
力があれば、二度とあんな悔しい思いをしなくて済むわけで。それに、力は人生に潤いをもたらしてくれる。どうせ同じ人生を歩むのなら、楽しい人生の方がいいに決まってるし。
しっかりと力の指標を持って、求めればいい。意味を失わなければ、溺れる事は無い。
その覚悟で踏みしめたその第一歩目は。
うーん、いまいち。
争い特有の張り詰めた空気が辺りの漂い始める。私の神経は相手の一挙手一投足に注がれる。相手がどう出るのか、何を仕掛けてくるのか、それをゼロよりも速く認知するべく、全ての集中力はそこへ集約される。如何にして迅速かつ確実に相手を倒すか。思考はそれだけをひたすら演算し続ける。
そして。
「死ねッ!」
私は予告も無しに利き足である右足を軸とし、左足で真っ直ぐリーシェイの体を蹴り上げにかかった。だが、リーシェイはほんの紙一重のところでそれをかわす。一歩間違えれば直撃を受けてしまいそうなそのタイミング、本当にこちらの攻撃を見切っていなければ出来ないような鮮やかな回避だ。
「身の程を知れ」
攻撃の際に生ずる残身に、リーシェイが鋭い手刀を合わせてくる。
それは、まるで真剣でも振り下ろしているかのように鋭く斬撃そのものも単純に速い。どう見ても素人の繰り出すものではない。ちゃんとした始動を受けながら訓練されたものだ。
まずい。
咄嗟にそう私は思った。うっかり放ってしまった蹴りのモーションが思ったよりも大きく、相手の攻撃を見定める体勢に移行するまで時間がかかる。数字で表せば本当に僅かでしかないかもしれない。しかし、実際に感じるのと数字で表すのでは大きな開きがある。
この僅かな時間は致命的過ぎる。多分、私に許された時間ではリーシェイの繰り出す攻撃の軌道を見切ることは不可能だ。このままでは間違いなく直撃を受ける。この攻撃も、私のどこか急所を狙っていると思って間違いない。無防備な体勢で的確な攻撃を食らってしまえば、一撃でやられるという事態は非常に現実的になってくる。
ようやく体勢を戻した頃、既にすぐ目の前にリーシェイの右手が迫ってきていた。それがゆっくりと私に向かって襲い掛かる。
世界がスローモーションになる。
相手の動きも、そして自分の動きも歯がゆいほどゆっくり進む。ただ私の思考の速度だけが加速し続ける。
考えろ。一体どうすれば相手の攻撃を最小限のダメージで食い止められるか。
防御のため腕を伸ばすか? いや、それは無理だ。リーシェイの手刀の入射角は、私の右側からだ。右腕の無い私には左手を伸ばすしかないが、それでは動作が大きくなり過ぎて絶対に間に合わない。
ならば回避は?
できるだろうか。相手の攻撃の軌道を見誤れば直撃を受けてしまう。それに、見極めるには時間が決定的に足りなさ過ぎる。
だが、やるしかない。そう私は思った。間に合わない防御を試みるより、いちかばちかの回避の方がまだ勝機はある。
やってやる……!
私は目の前に迫り来ているリーシェイの右手と真っ向から対峙する。
狙いはどこなのかまでを正確に判断する必要はない。右か左なのか、どう攻撃の軌道が変化するかだけを見極められさえすれば、回避する事自体は簡単だ。
どっちだ。一体どちらに動く?
思ったほど焦りの無かった私は、落ち着いて軌道の変化を見つめていた。この、時間が遅く流れていながら思考だけは普段通りの速さで回る奇妙な世界が、私を落ち着かせているのだろう。
そして、
右だッ!
私はリーシェイの攻撃の軌道が、いやそれだけでなく私のどこを狙っているのかまで見極める事が出来た。上方から鋭角に袈裟斬りのような形で私の右首筋を狙っている。ならば私はそれよりも速く右へ避ければいい。
「む?」
身を沈めて右へ回避した私に一瞬遅れて、リーシェイの手刀が空を切る。まさか避けられるとは思っていなかったらしいリーシェイは、あの無表情な顔にほんの少しだけ驚きの色を浮かべる。
「よく避けたな」
「あんなハエの止まりそうなのに当たる訳ないじゃん」
そうか、と肯き返し終わるか否か、リーシェイが更に次の攻撃を繰り出してくる。今の手刀よりも更に鋭いその攻撃は、普通に構えていてもとても追い切れなさそうな速さで襲い掛かってくる。しかし、どういう訳かそれらの一連の攻撃が私ははっきりと見る事が出来た。本調子には程遠いのだけれど、ただ攻撃が見えるだけで回避自体は簡単に行える。とにかく不思議な感覚で、半分寝ているような気分で攻撃をかわしていた。まるで自分の思考だけが時間の流れを跳躍しているようである。
「ええい、うろちょろと」
攻撃がさっぱり当たらない事で業を煮やしたリーシェイが苛立だしげに口元を強張らせる。ようやくあの取り澄ました表情が崩れ、私は思わずニヤつかずにはいられなかった。
「あーやれやれ。デクノボウの相手は退屈だ」
リーシェイの攻撃にも慣れてきた私は、今度は少し調子に乗って攻撃をかわしながら挑発し始めた。リーシェイは尚も攻撃を続けるが、苛立っているせいか段々と動作が大振になってきた。最初の鋭さはなく、ただ力任せに繰り出しているだけである。
この程度なら気を張らなくてもかわせるし、反撃も可能だ。
そう思った私は、丁度繰り出された大振な攻撃を紙一重で避けると、左拳を握り締めてリーシェイに繰り出す。
が。
「ぐわっ!?」
左手を顔面に叩き込んでやろうとしたその時、不意にとんでもない衝撃が腹を突き抜けていった。その衝撃のあまりの威力に私は腹を抱えて床に膝をつく。
「ふん、単純だな。少し隙を見せれば魚のように食らいつく」
屈み込む私を、元の無表情で見下ろすリーシェイ。いや、そこには僅かだが嘲りの色がある。
どうやらカウンターで思いっきり膝を食らったらしい。まだ腹の奥が痙攣してうまく呼吸が出来ない。しかしこの息苦しさよりも、膝をついてしまった事が悔しくてたまらない。
「くそっ……」
なんとか立ち上がろうと膝に力を入れるが、どうやらかなりマズイところに貰ってしまったらしく膝が笑ってうまく体を支えてくれない。
「馬鹿め。己の力量をわきまえる事だな」
「うっさい! こんぐらい、効いてないっつーの!」
「ならば、いつまでそうしているつもりだ?」
リーシェイは胸の下で腕を組みながら、悠然と笑って見下ろし続ける。これでもかってぐらい余裕こきやがって、最高にむかつく顔だ。こっちがダメージが大きくて立てないことを知っていやがる。だが、幾らぶん殴りたくても立ち上がる事すら出来ないのではどうしようもない。
くそっ、むかつくヤツだ……!
ぎりっと強く噛み締めた奥歯が、じゃりっと変な音がした。少し欠けてしまったらしい。しかし、こんな事よりも今はこいつをこの状況からどうやってボコボコにするか、それが重要だ。
と、その時。
「む」
にやついていたリーシェイの表情が突然強張った。
視線はじっと私の背後に注がれている。せっかく取り戻した余裕の表情が再び失われてしまっていた。
一体何が起こったというんだろうか? 私は屈み込んだままそっと後ろを振り返った。
「お前ら、うるさい」
そこには、先ほどまでぐったりしていたはずの紫髪が立っていた。
もう良くなったのだろうか、と私は思ったが、どうやらそれだけのようではなかった。あのしおらしさは既になく、目を真っ赤にしてふつふつと沸き立つ怒りの表情を満面に浮かべている。
「寝れないだろうが。こっちは具合悪いってのにさ」
そう言って憤怒の紫髪は、おもむろに自分が寝ていた長椅子に手をかける。すると、自分の身長よりもあるその長椅子を、紫髪はまるで重さを感じていないかのように軽々と頭の上まで持ち上げてしまった。
「ま、待て」
「や、やめろって!」
私達は揃って紫髪のとんでもない行動に驚きを露にする。しかし、そのまま紫髪は持ち上げた長椅子を私達に目掛けて強引に振り下ろした。
TO BE CONTINUED...