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それは、夜を吹き飛ばしそうなほどの熱気に包まれた時間だった。
流派『夜叉』本部の中庭。そこに、夜空を焦がさんばかりに燃え盛るこの空間はあった。中庭の中心に石を積み上げ窯を作り、その上に巨大な鉄板を乗せ火が焚かれている。激しい炎に熱せられた鉄板の上では、大まかに切り揃えられた肉と野菜達が白い煙を上げながら踊るように炒められている。その動きを操るのは片手にショットグラスを携え、もう片方の手で鉄のへらを振るレジェイドだった。その周囲を取り皿とグラスを手にした一同がぐるりと取り囲んでいる。互いにグラスの酒をかわしつつ、楽しげに談笑している。そしてそこから僅かに離れた所に、シャルトとリュネスがベンチに並んで座っている。シャルトはまだ足の怪我が治っていないため、一人で立ち上がる事が出来ないからである。リュネスはそんなシャルトに寄り添っているのだった。
二人は楽しげに談笑する彼らとは違い、空気こそ張り詰めてはいないものの眼差しは真剣そのものだった。何か深刻な事について話し合っているようだった。けれどテュリアスは、まるで自分には関係ないと言わんばかりにリュネスの膝の上でごろごろと転がったり、二人の体をよじ登ってみたりしていた。
「おし、出来たぞ。さあ、食え」
鉄板の前で左右のへらを打ち鳴らして合図するレジェイド。それを聞きつけた一同は、我先にと箸やフォークを伸ばし群がった。まるで砂糖に群がる蟻のようである。だが、蟻のように列を成して順序を守るという秩序はない。
「ちょっと、それアタシが先に手ェつけた」
「愚か者め。集団立食では結果が全てだ」
がちがちと箸で鍔迫り合いを繰り広げるリーシェイとラクシェル。まだ全てが無くなってはいないというのに、たった一切れの肉を争っている。ラクシェルは右手にフォークとスプーンを指で挟んでハサミのように操り、リーシェイにいたっては、左腕をまるまる固定されているにもかかわらず右手だけで巧みに皿と箸を操っていた。そんな二人を見ていたレジェイドは傍らのミシュアにウィスキーを注いでもらいながら呆れた表情を浮かべる。
「ケンカすんな。まだまだあるっつの」
「そういう問題ではない」
「白黒はっきりさせなきゃなんないのよ、こういう事は」
馬鹿な意地の張り合いだ。
溜息をつきながらショットグラスの中身を一気に煽ると、レジェイドは再び残りの肉と野菜を炒め始める。この肉はようやく一件だけ見つけ出した、早くも営業を再開していた肉屋の在庫にあったブロックを買いつけたものである。北斗の復興はまだまだ始まったばかりで、肉に限らず野菜一つ手に入れるにしても非常に困難を極めた。食料を各自の持ち寄りにしたのもそういった理由があった。
レジェイドは若干苛立っていた。それは会が始まってからというもの、ほとんど食べ物を口に出来ていなかったからである。ある程度周りが落ち着いてから自分も食べ始めるつもりでいたのだが、まるで落ち着く気配が感じられない。誰かに代わって貰えば良いのだが主催者が自分から言う訳にもいかず、また誰一人として名乗り出る者もいなかった。一番期待していたミシュアは足を怪我しているため、先程から立ち上がったり座ったりを繰り返している。そんな彼女に立作業を代わらせる訳にはいかない。
と、その時。ふとレジェイドの目が一点に止まった。
「おい、そこ! 肉ばっか取ってんじゃねえ! 野菜を食え、野菜を!」
「何言ってるんですか。私は怪我人ですよ? ああ、たちどころに死んじゃいそう」
「僕も怪我人。血が足りなくてさ、今にも死にそうなんだよね」
「死に体が、揃いも揃って口いっぱいに頬張ってんじゃねえよ」
やがて鉄板の上を躍らせていた最後の肉達が焼き上がると、レジェイドはベンチに座るシャルトとリュネスの事を思い出した。初め、たまたま見つけた屋台の惣菜を買ってあてがっていたが、あれだけでは少なくともシャルトは満腹にはならない。既に焼き上げたばかりの肉も半分も無くなっており、野菜ばかりが目立った。
余りもの然としたものを持って行く訳にも行かない。レジェイドはそっと屈み込み、他の食材を選別すると早速新しい調理にかかった。手早く作り上げたそれを大皿に盛り付けると、二人の下へ向かう。
「悪ィが、あっちは激戦区だ。おとなしくなるまで、これでもつまんでろ」
そう言ってレジェイドは大皿を差し出した。大皿の上には手のひら大のサンドイッチが綺麗に並んでいる。
シャルトは一つつまんで食べてみた。中身はブロッコリーと小海老をホワイトソースをベースにしたドレッシングと絡めたものが挟まっていた。エビの甘さとブロッコリーの触感が実に心地良い。
「あ、おいしい!」
思わず声を漏らすリュネス。初め、エビとブロッコリーという組み合わせに難色を示してはいたものの、実際味わってみると予想外の旨さに意表を突かれてしまったのである。
「いいねえ、その反応。人間、そう素直に感想言ってくれるだけでも気持ちいいものなんだがな」
「うん、おいしい」
「お前にはそういうの期待してねえよ」
言われてからようやく気づくシャルトに、レジェイドは微苦笑を浮かべた。シャルトが旨い不味いを示すのは言葉ではなく、食べ方なのだ。旨ければ黙々と食べ続け、不味ければ手を休める回数が増えるのである。作る側としては、残さず綺麗に食べてくれるだけでも十分嬉しいものではあるのだが。
ねえ、エビ頂戴。
リュネスの膝の上でごろごろとしていたテュリアスは早速匂いを嗅ぎ付けると、シャルトの体を駆け上がって肩の上に乗ると、ぺしぺしと頬を叩いてきた。分かったよ、とシャルトはパンの間に指を差し込みエビを一つ取り出して差し出した。
ありがとう。大好き!
テュリアスは差し出されたエビを口で受け取る前に、さも嬉しそうにシャルトに強く頬擦りを二度した。
やけに今日は懐っこいな。
シャルトは普段と違うテュリアスの態度に首を傾げた。自分はそれだけ心配をかけたのだろうか。確かに一時はかなり危ない状態にまでなったらしいが、自分にしてみれば寝て起きた程度の感覚しかない。だから周囲がやたら自分を心配する態度に違和感を覚えるのだろう。
「もう少ししたらまた別なの持って来てやろう。ところで話は進んでいるか?」
「はい、幾らかは。まだ明確には決まってないけど、方向性だけは」
「そうか。北斗もこんな状態だし、しばらくは大変だろうが、なんとか頑張れよ。困った事があったら俺やルテラに相談しろ。どうせシャルトじゃ頼りないだろう?」
「うるさい! 余計なお世話だ! お前はあっち行け!」
シャルトは声を荒げてレジェイドを追い返す。レジェイドは最後までおどけた態度でシャルトをからかいながら、また鉄板の方へと戻って行った。シャルトはレジェイドにいいように丸め込まれてしまった事を未だに悔しく思っているのか、遠ざかる背中を最後まで険しい眼差しで睨みつける。そんなシャルトの様子をリュネスはくすくすと笑いながら見ていた。
なんだよ、とシャルトがばつの悪そうに視線を向ける。けれどリュネスはただにっこりと微笑むばかりで、シャルトは逆に視線を合わせ辛くなった。まるで何もかもを見透かされたような気分にさせられたのである。
少なくともリュネスだけには、頼りがいのある大人の男性として見られなければ。
特に今年に入ってからというもの、シャルトは以前よりも強くそう考えるようになっていた。具体的な理由は無いのだが、周囲の、特にレジェイドのような人間がいると自然と自分と比較してしまい、己の至らなさを自覚してしまうのである。対抗心は人間の能力を向上させる歓迎すべき要素なのだが、常に劣等感と紙一重でもある。シャルトの場合はやや劣等感に傾きかけていた。
レジェイドと入れ替わるように、二人の下に向かって一人の女性が向かってきた。大柄なレジェイドに匹敵するほどの伸長を持ちながら手足はすらりと長く均整が取れ、艶やかな黒髪は腰の辺りまである。その容姿は美しく、リュネスが羨望の眼差しで見ていた完璧としか言いようの無いスタイルが瑞々しく映えている。
彼女は流派『凍姫』所属のリーシェイであった。凍姫の中でも指折りの実力者であり、リュネスにとっては精霊術法の制御法をレクチャーしてもらった人間でもある。五年前に凍姫と雪乱が抗争を繰り広げていた際、ルテラとリーシェイ等が知り合い、その後レジェイドによって北斗に連れられて来たシャルトも、そういった繋がりで面識の有る仲だった。しかしシャルトは今回の戦争でリーシェイと交戦していた。リーシェイはエスタシアの神器の力によって操られてはいたものの、シャルトにとってリーシェイがリュネスを傷つけたという事実だけで戦う理由に十分相当した。
単純に考えれば、実戦経験も豊富で在職も長いリーシェイ、片や未だ新兵卒で戦術も基本的なものしか知らぬシャルト、力量差は誰の目にも明白だった。しかし、その戦況は驚くべき方向に流れた。一個人としての実力で、シャルトがリーシェイを上回ってしまったのである。その戦闘の前にもシャルトはたった一人で流派『白鳳』の部隊を切り裂き、筆頭の李連木をも撃破していた。リーシェイがシャルトの実力を過小評価していた事もあったが、シャルトを研ぎ澄ませていた集中力とはそれほどまでに凄まじいものだったのである。辛くも勝利したリーシェイではあったが、きつく固定された左腕はその時の傷である。
「シャルト……その、すまなかった」
普段はふてぶてしいまでの無表情、もしくは薄ら笑いしか浮かべる事の無いリーシェイだったが、その顔に浮かんでいるのは見た事の無い謝罪の表情だった。
「今更こんな事を言える義理でもないが、私は……」
と、シャルトは手のひらを向けてリーシェイの言葉を制した。
「いいよ、それはもう。それに僕はもう、あんな風に身内同士で争いたくないんだ。だからもう、無かった事にしよう。みんな今まで通りで」
「そうか……ありがとう」
穏やかな安堵の笑みを浮かべるリーシェイ。シャルトとリュネスはそれに応えるように微笑んで見せたが、やはりどこか相手の心境を窺うようでぎこちなさが少なくなかった。こればかりは話し合いどうこうで解決する問題ではない。時間と共に氷解するのを待つ以外ないのだ。
リーシェイはそれでも罪悪感は晴れないためか、二人の場にあまり留まろうとせず、すぐに踵を返して元の場所へと戻っていった。しかし、ふと何かを思い出したように立ち止まると、首だけをシャルトに振り向いてみせた。
「シャルト、お前は将来、好い男になる素質があるな」
「今は?」
「まだまだ、子供だ」
また子ども扱いか。
そうシャルトは拗ねた表情を作って見せ、リーシェイは何も言わず薄く笑みを浮かべ再び歩いて行った。
鉄板の傍ではレジェイドが次の仕込みに入っていた。ある程度はミシュアが手伝ってはくれるものの、既に酒に酔った周囲は要求するばかりで何も分担はしてくれず、相変わらずレジェイドばかりが働く破目になっていた。初めから役割分担というものを明示しておくべきだった、と頭の重くなる心境である。
「ところで、ルテラはどうした? 一緒じゃなかったのか、リル」
「あー、きっとスファイルさんと話し合いしてるんでしょう」
「話し合いだ?」
露骨に態度を荒げるレジェイド。しかし、ルテラの事になるとすぐに豹変するのは誰しもが知っていた事なので、特に気に留める者はいなかった。
「察して下さいよぉ。お互い、人生の分岐点なんですから」
「幾らなんでも遅過ぎる」
「こじれたんですよ、きっと。もしくは、うまくいったのかしら」
すると。
丁度にやにやと意味深な笑みを浮かべるリルフェにレジェイドが食って掛かったその時、渦中の二人が駆け足でやってきた。しかし、その姿を見たレジェイドは表情を険しくさせた。二人はそれぞれ酒の瓶と燻製焼が収まっているらしい木箱を抱えていたのだが、もう片方の手は睦まじげに繋いでいたからである。
「あ、やっと来ましたねえ。まとまりましたか?」
「ええ、まあまあね。はい、お酒持ってきたわよ。あっても困らないでしょ?」
受け取ったリルフェは、急に真剣な表情を浮かべるとじっと視線をルテラに注いだ。唐突に見つめられたルテラは、何、と問い訊ねるような表情で首を傾げる。
「ふうん、充実しちゃってますね」
「何が?」
すると、意味深に唇を歪めたリルフェは、すっとルテラの胸元を指差した。
「ほら、ボタン掛け間違ってますよ」
「嘘ッ!?」
リルフェにそう指摘され、ルテラは血相を変えると慌てて胸元を押さえた。しかし、ルテラの着ている服には元々ボタンそのものがついておらず、リルフェの言うボタンの掛け違いも当然無かった。
「あらら。可愛い反応」
からかわれた事を悟ったルテラは、むすっとした顔でリルフェの頬をぎゅっと引っ張った。けれどリルフェは何でもないようにグラスを差し出して酒を注ぐと、そのまま子供をあしらうように取りまとめてしまった。ルテラは、自分とリルフェの構図は一生このままなのかもしれない、と額に苦々しい皺を刻んだ。
「ほう。縁りでも戻したみてぇだな」
そしてスファイルは、恐る恐る手にした木箱をレジェイドに差し出した。それをレジェイドは、瞬き一つしない筋肉だけで作っているかのような笑みで受け取った。スファイルは以前にも同じ表情を向けられた事があった。忘れもしない、その時は喫茶店の裏で自力では立てないほど腹を殴られた。
「あ、いえ、お騒がせしてすみません……」
申し訳なさそうに頭を下げるスファイル。特別レジェイドに謝る理由などないのだが、スファイルはレジェイドに対して卑屈な態度を取る事そのものが条件反射になっていた。それは丁度、犬が主人に隷属する理屈に似ている。
「まあ、いい。二度目があったら殺して埋めれば済む事だからな。丁度墓も出来ている事だし。さあ、お前も食え。肉はあらかた食い尽くされてしまったが、まだ海鮮がある」
血生臭い言葉をさらりと言ってのけるレジェイドに嘘の色は無く、スファイルは薄ら寒さを感じずにはいられなかった。本当に次は殺されるだろう。それも想像するだけでも震えそうな、少なくとも楽に死ぬ事は出来ない凄惨な手段でだ。どうしてこの人がルテラの兄なのだろうか、とスファイルは涙すら流したい気分だった。
やがて、鉄板の上に並べられた魚貝類が炒め上がると、レジェイドの裁量で分割されて取り分けられた。先程の二人のように、偏った取られ方をされないためである。
「今回の功労者には一番にやろう。そら」
レジェイドは一塊にまとめたそれをヘラの腹を使ってスファイルの目の前に差し出した。
「うわあ、おいしそ……ん?」
「どうかしたか?」
「いえ、なんか僕の目にはエビの殻の寄せ集めのように見えるんですけど」
「エビの殻にはカルシウムが豊富に含まれているんだ。これを食べれば強い子になれるぞ。良かったな」
「やったあ……あははは」
レジェイドに微笑まれては、スファイルも同じように微笑むしか出来なかった。レジェイドの笑みには下手に凄まれる以上に迫力と威圧感がある。たとえ逆らったとしてもきっと、同じあの笑顔で何事も無かったように括られるだろう。
「もう、お兄ちゃんたら。子供みたいに苛めないでよね。ほら、私の分を分けてあげる」
見ると、ルテラに取り分けられた分には明らかにエビや貝の身の部分が多く分けられていた。それは初めからルテラが分けてくれる前提で照れ隠しのためにそうしたのか、それとも単なる嫌がらせだったのか。何にせよ、針の筵ではあるがレジェイドに自分が受け入れられている事には間違いない、とスファイルは思った。
「お、知った顔が来たな」
不意にレジェイドが視線を一同の更に背中側へ向けた。そんなレジェイドの仕草に気づいたミシュアも振り向き、そして釣られた他がばらばらと遅れて振り向いた。
「生きていたか」
「ああ。俺の天寿はまだ先のようだ」
そこに立っていたのは、真っ白な制服に身を包んだ短髪の青年だった。左肩には麻袋、そして右手には血抜きした鳥を数羽縛ったものを携えている。
彼の顔には皆、見覚えがあった。流派『白鳳』に所属し、実質頭目を代行していた李連木である。
「って事は、『憂』を倒したのはお前か?」
「そうだ。しかし、彼女の体は塩になってしまった。だから本物かどうかまでは分からない」
「それなら本物だ。自慢していいぞ。そんな事よりもだ、本当ならお前ら『白鳳』は命令無視に加えて内情報告の虚偽等々の件で咎め立てする所なんだがな。今回はお前の金星に免じて不問にしてやるよ」
「ありがたい話だ」
そう言って二人はにやっと笑みを浮かべ合った。そもそもレジェイドには白鳳をどうこうしようという意思は無く、連木もまたレジェイドの言葉が戯言であると初めから気づいていた。今のはただの形式的なやり取りであると知っていたのである。
「鳥と米を持って来たのだが、間に合っているか?」
「ありがたい、欠食児童が多くて困っていた所だ」
連木の持ってきた米と鳥をすかさずリルフェがにこにことした表情でもぎ取っていくと、早速麻袋を力任せに開け、鉄板と一緒に持ち込んだ機材の中から大鍋を取り出して鉄板の上にどすっと置き、いきなりそこへ流し込んだ。
「お肉とお米、戴きましたー!」
鼻歌交じりで機嫌の良さそうなリルフェだが、明らかに酒の勢いで大雑把になっているのが目に見えた。
「誰か止めろ。食べ物を粗末にさせるな」
楽しい席で多少の無礼は大目に見るようにしていたのだが、さすがにレジェイドはこれには苦笑いを浮かべた。リルフェが人よりも大雑把なように見えるのは知っていたが、どうやらその傾向は酔った時に顕著になるようである。
「本当はそこの彼に個人的な用があったのだが」
と、連木はシャルトに視線を向けた。視線の合ったシャルトはきょとんとしつつも知った顔であったため、おずおずと会釈をして返した。シャルトは初め、連木が誰なのか分からなかった。その眼差しに戦場で見た寒気のする鋭さが無かったためである。
「どうやら体調が悪いようだ」
「命拾いしたな」
「抜かせ。そういえば師はお前だったな。ならば、お前に勝てば済む事だ」
「ほう、随分と簡単に言ってくれるじゃねえか。今からやろうか?」
「怪我人に勝利した所で意味は無い。今宵はこれで決着をつけよう」
そう言って連木が差し出したのは、腰の裏側に釣っていた大人の頭ほどの徳利だった。
「白鳳で酒を飲む習慣があったなんて初耳だな」
「酒ではない。命の妙薬だ。飲んだ分だけ長生き出来る」
「なるほどな。だが悪いが、俺はこっちでも負けた事は一度もねえぞ」
「これは、お前が普段飲んでいるようなジュースとは訳が違うぞ」
「いいねえ、面白くなってきやがった。ルテラ、ちょっと代わってくれ」
レジェイドはヘラを放り投げると、さも嬉しそうに不敵な笑みを浮かべる。リルフェの凶行を阻止していたルテラは咄嗟に手を伸ばしてヘラを受け取る。その間にレジェイドは連木に顎でシャルト達が座っているのと向かい側のベンチを示すと、上着を脱ぎ捨てて肩にかけ、そこにどかっと腰を降ろす。連木もそれに倣い、脱いだ上着を背もたれにかけ向かい合う形で座った。
「やれやれ、みんな大人気ないわねえ。そうだ……ねえ、リュネス! この機会だし、これ以上酔って訳分かんなくなる前にみんなにあの事を話したら?」
唐突にルテラは離れた所にいるリュネスに向かってそう叫んだ。
「え? でもあれは」
「いいの。みんなで頑張ってなんとかしましょう。それに、人が死ぬのはもう嫌だからね」
既にレジェイドと連木を除いた一同の注目はルテラの第一声によって集められ、否が応にも話さなくてはならない状況になっていた。リュネスは注目される緊張感に若干尻込みするものの、なんとか意を決して立ち上がった。
「俺が代わりに言おうか?」
「いえ、大丈夫です。私に話させて下さい」
リュネスは努めてにっこりと笑って気丈なさまを見せた。しかし唇が微かに震え、緊張しているのはシャルトにも目に見えて明らかだった。それでも止めてはならないだろう、とシャルトは内心落ち着かない様子で一同の元へ向かっていくリュネスの背中を見守った。
「あの、突然なんですけど……」
TO BE CONTINUED...