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 馬鹿な子ほど可愛いと言うが。
 あの三人は、可愛いどころかただの馬鹿でしかないと私は思う。
 いや、その馬鹿のしでかした後始末を律儀にこなしているという事は、私が少なからず可愛いと思っているということになるのだが……。
 これも否。そもそもあの三人は、私が教育して来たのだ。だから私が代わりに三人の失態に対する責任を取っているだけの事。
 またもや否。本当に責任を取るつもりだったら、とっくに解雇している。
 認めたくはないが、やっぱりあの三人は、どんなに問題を起こそうとも可愛いのだ。
 まるで我が子のように、私の腕の中に包まれている三人。
 けど。
 ふと、いつまでも私の庇護の下にいると思っていたのが実はとんだ思い違いで、いつの間にかほんの少し先の、僅かに手が届かない場所に行ってしまっていた事に気づいた時。
 嬉しさと寂しさとを、私は同時に感じた。




「やれやれ……困ったものですね」
 凍姫の経理と頭目の雑務を兼業を始めて、早四年。
 馴染んだ仕事場のデスクの上を、山積みの書類に占領された状態で朝を迎える事は珍しくはなかった。誰よりも早く出勤し、一番最後に帰宅する。しかもその業務時間のほとんどが書類の処理。こんな新手の拷問のような生活も、まあ人間の適応力とはそれだけ驚異的なのだろう、異常な事に慣れてしまった。
 凍姫運営において、こういった書類処理も大切な業務の一つだ。その量も一山二山といった膨大な数え方だが、それ以上に多いのが器物破損等の始末書受理、そしてそれに伴う補填予算やらの算出等処理だ。しかもそのほとんどが、ファルティア、リーシェイ、ラクシェルの三名がらみである。私の仕事が一向に減らないのは、はっきり断言しよう、この三人のせいなのだ。
 一体、どこで教育し間違ったのか。この三人は日常的に問題を引き起こす。そのツケが私に回ってくる事も知ってか知らずか。
 この三人を教育したのは、まだ現役当時だった頃の私自身だ。精霊術法完了後、私が教官役となって徹底的に戦闘のイロハを叩き込んだ。今思うと、その時の戦闘に重点を置いた教育方針が良くなかったのだろう。結局私のしてきた事は、丁度子供に危険な爆弾を持たせるのと同じだったのだ。
 と、そんな経緯を経てきた私だが。
 重苦しい心境のまま、静かにデスクにつく。目の前には書類の山、山、山。
 見慣れた光景ではあるのだが。今朝ほど最悪な気分でデスクについた朝はない。
 それは、昨夜未明の事である。
 私の部屋を誰かが訪ねてきた。当然の事ながらその時間、まだ眠っていた私は手早く見せられる程度に身支度を整えて出ると、訪ねてきたのは流派『風無』の人間だった。その報告によると、私が激務に疲れて眠っている間に北斗が襲撃されたのだが、その際、南区の守星が機能していなかったらしく莫大な被害が出てしまったという事だった。そして、昨夜、南区を担当していたのはファルティアだったという。そういう訳で私の所へこの報告がよこされたのだ。
 ファルティア、リーシェイ、ラクシェルの三人に、一週間限定で守星に就かせたのは他ならぬ私だ。それは、連日のように問題を引き起こす三人へ、何か問題が起こった場合に処理を行う事がどれだけ大変なのかを教えるための判断だったのだが。それは見事に裏目に出てしまう結果になってしまった。
 そして案の定、デスクに連なるこの書類の束の大半は、その件に関するものだ。更に、午後からは北斗本部に出頭し、審議会に参加しなくてはならない。最終的な判断は私に委ねられるとは言え、これほど心苦しいものはない。
 正直、もはや限界なのかもしれない。
 このままファルティアを謹慎処分にしても、本部はきっと納得しないだろう。それに、根本的な解決にはなっていない。ファルティア自身が革まなければ、問題はこれからも繰り返されてしまうのだ。そうなるぐらいならば、いっそ―――。
 ……と。
 コンコン。
 部屋のドアが外側からノックされる。
「どうぞ」
 こんなに朝早くから、一体誰だろうか。まさか、また風無がよからぬ報告を持ってきたのではあるまいか。
「失礼します」
 しかし、ドアを開けて入って来たのは以外にもファルティアだった。そう、昨夜の事件の当事者であり、今最も危うい立場である人間だ。
「どうかしましたか?」
「昨夜の件で報告に上がりました」
「今頃? 必要はありません。既に事の詳細は風無から聞いていますので」
「そうですか……」
 ファルティアはおとなしくうつむく。
 ふと私は、普段とは様子が違っている事に気がついた。単純におとなしいだけでなく、どこか表情に影がある。これまでにこれほど落ち込んだ姿を私は見た事がない。おそらく昨夜のそれが相当応えたのだろうが……。だが、それ以上に。ファルティアからはこれまでに感じた事のない、何か力のようなものを私は感じた。
「あの、一つお願いがあるのですが」
 と、ふとファルティアは顔を上げると、厳しい表情でそう願い出た。
 まだ一度も見た事のない、実に真剣な表情、そして気迫。思わず圧倒されてしまった私は、咄嗟に口から飛び出そうとした言葉を飲み込んでしまう。
「一人、凍姫に加えたい人間がいるのです。許可出来ますでしょうか?」
 凍姫に加えたい人間?
 唐突なその申し出に、私は思わず面食らう。一体、急に何を言い出すかと思えば。
「許可も何も、凍姫の頭目は他ならぬあなたでしょう? あなたが許可するのであれば、私に断る権限はありません」
「そうですか……ありがとうございます」
 そう、ファルティアは僅かに微笑を浮かべた。
 安堵。
 少なくとも私にはその表情がそう映った。
 よく考えてみれば、今になって新人を入れようなんて、しかも一人だ。まず間違いなく、何らかの事情があっての入団希望に間違いはない。だが、この三人の悪評のおかげで凍姫の入団希望者は減少傾向にある。募集している訳でもないにも関わらず、自ら望んで凍姫に入ろうというのだろうか? どう考えても只ならぬ一種の事件である。
「ファルティア、一つだけよろしいですか?」
「なんでしょうか」
「入団の希望は、あなたの意見ですか? それとも、本人の意見ですか?」
「本人です。強くなりたい。そう言っていました」
 強くなりたいから、北斗へ―――。
 強さを貪欲に求める人間は、たとえどれだけの難問を課せられても決して途中で逃げ出す事はなく、必ず最後まで完遂する努力を怠らない。言わば、実力を上げるには最も必要な資質の一つなのである。
 しかし。それは危うい資質でもある。貪欲になればなるだけ現状に満足しようとはせず、上へ上へと際限なく昇っていこうとする。それこそ、周囲の人間を踏み台にしようとも。
 少し、私は悩んだ。このタイプの人間は、正直あまり加えたくはない。後で如何なる災いの元にもなりかねないからだ。だが、一応の人事採決の権限はファルティアにある訳で。一度そう言った以上、今更翻す訳にもいくまい……。
「やっぱ駄目ですか? その、大丈夫だと思うんです。私みたいに問題は起こさないですし。おとなしい人なんですよ。だから……その」
「随分と肩を持つんですね。何か理由でもあるのですか?」
「いや……そういう訳では……なくもないんですが」
 返答に困窮した表情。どうやらファルティアはあまり言いたくはないようだ。
 だが、きっと悪い事ではないだろう。ファルティアも、自分から進んでこれ以上の問題を起こすつもりはないはず。それに、今、ファルティアは厳しい立場に立たされている。だから、せめて私だけでも信じてやらなければ。
「では、住居等の手配は全てあなたに任せます。それが整ってからで構いません。一度、私の元へ挨拶に連れて来なさい」
「はい、ありがとうございます! では失礼します!」
 生き生きとした様子で勢い良く一礼すると、そのままバタバタと部屋を後にした。ドアは開けっ放しで、廊下の壁が見える。どうも閉める事までは頭が回らなかったようだ。
「まったく、何をそんなに夢中になっているんでしょうか。まだまだ子供ですね」
 私は苦笑しながら席を立つと、閉め忘れたドアを閉めた。
 そういえば。
 ファルティアがこうして自分の失態を報告しに来たのは初めての事だった。いつも誰かに連れられるでもない限りはどこかに隠れているし、たとえ連行されても必ず言い訳ばかりしていたのに。今日はどういう訳かまるで言い訳する素振りも見せなかった。
 何かが変わっている。それも良い意味で。
 今までずっと子供だと思っていたファルティアだが。少しだけ成長を始めたという事なのだろうか?
 だったら、もう少しその過程を見ていてもいいと思う。あの子は才能もある出来る人間なのだから。何か一つの折れない志さえあれば。今の悪評以上の素晴らしい人材に成長する可能性がある。
 とにかく、今回だけは。
 今回だけは、ファルティアを守ってあげる事にしよう。昨夜の事件は決してつまらないものでも静観出来るものでもない、深刻さを極まる大事件だ。その当事者であるファルティア。今後はその十字架を否応なく背負わされる事になる。彼女の背負う十字架如何の問題は自分自身で解決しなくてはいけないことだ。ならば私は、それ以外の問題を一手に引き受けてやろう。あの子が今度こそ道を踏み違えないように。
 同じ間違いを繰り返すどうしようもない子だけれど。だからこそ、私が守らなくては。



TO BE CONTINUED...