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 私は、自分が送っている日常は、決して壊れる事のない強固な現実だと思っていました。
 でも、本当は違ったんです。
 私の日常もみんなと同じで壊れやすくて、今までずっと変化がなかった事が不思議だったのです。
 みんなはその日常を守るために必死で頑張っています。私の日常が壊れてしまったのは、その必死さがなかったからだと思います。
 私の日常は壊れました。生きていくためには新しい日常を作らなくてはいけません。
 明日の自分はどうなっているのでしょうか?
 ただ、今は私の目の前は真っ暗です。




 どうしてこんな事に……。
 ただ、その言葉だけが私の頭を駆け巡ります。
 私の目の前には、物言わなくなったお父さんとお母さんが横たわっています。その回りには変色し始めた赤黒い血溜まり。お父さんとお母さんの血が混ざり合っています。酷くグロテスクで、非現実的な光景。
 この、到底受け入れ難い光景を、少しずつ私の理性は受け入れ始めてきました。目のそらしようのない現実、立ち向かわなければいけない現実として。
 ……私には無理です。
 こんなの、受け入れられるはずがありません。理解は出来ても、心は耐えられそうもありません。全部受け入れてしまったら、きっと私は壊れてしまう……。
 全部、私のせいだ。
 お父さんもお母さんも、私の事なんて庇ったりしなければ殺されずに済んだのだと思います。そう、私のせいで二人は死んだのです。
 憎い。
 私の中に、慣れない感情が浮かび上がりました。
 誰が憎いの?
 お父さんとお母さんを殺した人?
 ちゃんと守らなかった北斗?
 いえ、どちらも違います。
 本当に憎いのは、何も出来なかった私自身。
 倉庫で襲われそうになった時も、私はシャルトさんに助けてもらうまで何も出来ませんでした。
 シャルトさんと私は違います。シャルトさんは北斗の人、私はただの一般人。
 だけど、もしも私が北斗としてちゃんと訓練を積んでいたのなら。きっとお父さんもお母さんも死ぬ事はなかったはずです。
 もしも。
 今となっては考えるだけでも虚しい、机上の空論。けど、決してただの空想ではありません。事実、私に力があればこんな事にはならなかったのですから。
 悔しい。
 大切な人がすぐ傍で殺されるのに、私は何も出来ないだなんて。
 悔しい。
 無力な事は罪なのでしょうか? いえ、単に選択権がないだけ。
 悔しい。
 また同じ事があったら、私は同じようにただ黙って大切なものを奪われていくだけなのでしょうか?
 そんなの、嫌だ。
 争い事は出来ればしたくない。
 けれど、悲しい思いもしたくない。
 こんなに辛い思いを繰り返すぐらいなら―――。
 選択肢は一つしかありません。
 でも、私に出来るのでしょうか……? 何の取り得もない、こんな私に……。
 と。
「にゃあ」
 ふと、私の膝下に居たテュリアスが、私を見上げながら可愛い声で鳴きました。
 シャルトが来たから帰る。
 そんな言葉が頭に浮かびました。そしてテュリアスはくるっと踵を返すと、入り口の方へてててっと駆けていきます。
 本当にシャルトさんが来たのでしょうか? まさか。猫は気まぐれな動物です。きっと私と一緒にいるのが飽きたんだと思います。
 ごめんね、遊んであげられなくて。私、今は自分の事で精一杯だから……。
 テュリアスが店の扉を背中で押し、丁度自分一人が通れるぐらいの隙間を作って店の外へ出て行きます。人間にしてみれば大した事ではありませんが、動物にとって扉を開けるのは非常に難しい事です。それを大した事もないようにやってのけるなんて。
 私もあんな風に何でも出来る人間になれたら……。
 涙が出そうなほど、切にそう思います。
「あ……」
 と、涙が不意を打って目から零れ落ちました。
 駄目……泣いちゃったら。後が辛くなるから……。
 私はすぐさま涙を拭います。けど、後から後から次々と涙はこぼれてきます。幾ら拭ってもきりがありません。
 シャルトさんの上着……涙で汚しちゃった。



TO BE CONTINUED...