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 今回の事件は、北斗に多大な被害を及ぼした。
 十二あった流派のうち、現在組織体系を維持しているのは、夜叉、雷夢、白鳳、の三流派。他にも組織として残っている流派はあるものの、頭目を失うなどの命令系統には甚大な支障を来たしていた。その上、北斗の中核を成す双璧のもう一つ、北斗総括部の失墜はあまりに大きい。これまで総括部が政を管理し、十二衆が武力的な分野を担当していたのだが、政治を仕切る存在を失ってしまったからには以後、十二衆は単なる武力行使のみならず政界の分野に関しても重責を負わなくてはならない。
 目に見えた北斗の弱体化は、北斗に住んでいた者のみならずヨツンヘイム国内はおろか近隣諸国にも明らかだった。北斗に住んでいた一般人は皆、これまでの絶対的な庇護が失われてしまった事を自覚していた。しかし、かと言って他の戦闘集団の元に身を寄せる事も出来なかった。必ずしも北斗と同じ環境で生活出来るとは限らないからである。少なくとも、北斗には戦闘集団としての実力と同じ程の信頼があった。一般人の視線に立って快適な生活に尽力してくれる戦闘集団は他に考えられなかったのである。
 公式の終結内容の文句にはこうあった。
 反乱軍の首謀者エスタシアは、総括部天守閣内にて粛清。彼の腹心とされる流派『凍姫』頭目と浄禍八神格も同様の処分に処せられ、反乱軍に加担した流派『悲竜』の頭目は戦死、流派『修羅』の頭目は現在処分の決定待ちで幽閉中、流派『白鳳』は召集命令に応じなかった疑いがあったものの、現在は不問とされている。
 北斗側の被害状況も報じられたが、あまり詳細には触れなかった。わざわざどれだけ自分らが弱体化したのかまでを知らしめる必要はないからである。かと言って、全く報じなければ市井の間に北斗に対する不信感が募る。そのため、最低限の報道はしなければならないのである。
 公開された情報は二つ。総括部の失墜、流派『逆宵』『幻舞』『烈火』『雪乱』がいづれも壊滅的な状態にある事だ。十二衆はもはや十二の流派に区分けする必要性を失い、残された戦力はむしろ一本化した方が遥かに効率的ではないのかと思われるほどの惨状である。報道が無いにせよ、北斗はこれまでとは全く異なった体制で運営していかなくてはならない事が露見するのは時間の問題である。それが北斗を敵視するヨツンヘイム中の戦闘集団の知る所となれば、北斗が戦火に晒される事は明白である。
 しかし。
 そういった情勢はリュネスにとってどうでも良い事だった。
 終結から一夜明け、リュネスはシャルトの部屋の寝室に居た。
 ベッドの脇に寄り添い、クッションも引かず床へ直に腰を下ろすリュネスは、ただじっとベッドの中に視線を落とし続けていた。ベッドに横たわるシャルトは規則的な呼吸を静かに繰り返している。顔のすぐ隣ではテュリアスが同じように視線を落とし続けていた。シャルトと対面したのは朝、それ以来一睡もせずこうしてテュリアスと共に寄り添い続けている。リュネスにとっての世界は、まさにこの部屋の中で起こる事が全てだ。
 夜明けから間も無く発令された終結宣言を聞きつけ、一般人の中でも気の早い者は午前中から少しずつ市街地へ戻っていった。その中から、更なる衝撃的な事実を聞かされた事ですっかり我を失っていたリュネスは、無我夢中で医者を一人見つけ出しては引っ張っていきシャルトを診させた。医者もまた、こういう時だからこそ自分のような人間が一番必要とされる事を自覚して逸早く市街地へ戻っていたため、すぐさま状況を理解し自分のするべき事に最善を尽くした。
 だが、その見立てを聞いてリュネスは愕然とした。
 シャルトの足は、おそらく二度と元に戻らないという宣告を受けたのである。
 急激に酷使したため、筋繊維だけでなく腱にも大きなダメージを負ってしまったのだ。手術を試みようにもあまり箇所が多く繊細な部分であるため、現状の医学では手の施しようがないのである。下手に手を入れれば足の動脈を傷つけかねない。それが元で命を落としてしまっては元も子もないのである。別な国の最先端医療を受けさせるか、もしくはよほど名の知れた法術師でなければ完治は不可能なのだそうだ。
 そして、肝心の神経毒の件。
 それについて医者は何とも判断がつけられなかった。ただ曖昧に、目覚めるのは本人次第だ、と告げるだけに留めた。シャルトは既に血清を投与され容態も安定しているため、後は目覚めるのを待つしか無かったのである。未だに目が覚めないのは、単純に血清の投与が致命的ではないまでも遅かったためであり、まだ目を覚ますだけの体力が無いだけなのだ。
 リュネスは乾いた手のひらでシーツをぎゅっと掴んでいた。どこかに力を発しなければ、感情を抑え切れなかったからである。しかし、とうに涙は流れ出ていた。真っ赤に腫らした目元は乾く事が無く、次から次へと溢れ出てくる涙を受けていた。
 どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 問うだけ無駄と分かっている事を問うのは久し振りの事だった。
 そう、問うのは無駄なのだ。物事の流れとは人の意思で移り行くものであるが、個人の意思を如実に反映する事は決して無い。北斗が半壊の状態に追い詰められたのも、シャルトが足を負傷し毒に倒れて目を覚まさないのも、ファルティアが突然失踪してしまったのも、全ては自分の意思が及ばない領域でのシナリオだ。
 だが、リュネスはこうも思った。
 もしも神のように、自分の意思の及ばない高みから人の運命を操作できる存在がいるとしたならば。自分はそれに向かって言いたい。どうして、自分から次々と大切な存在を奪っていくのかと。そんなに多くを望んだはずではなかったはずだ。それなのに、何一つ持っていない自分から、どうして悉く奪い去る必要性があるのか。それとも、自分は生まれながらに持ってはならないと決められてでもいるのというのか。
 ファルティアの失踪はリュネスを深い悲しみの淵へ突き落とした。
 天守閣でエスタシアと共に姿を消した二人の姿は、後の捜索にも発見される事は無かった。遺体が見つかる事は無く、忽然と姿を消してしまったのである。そこへ追い討ちをかけるように、このシャルトの状態である。瞬く間に状況を理解し受け入れるなど、人並の感情を持つ人間ならば絶対に不可能な事だ。
 シャルトは静かな寝息を立てながら懇々と眠り続けている。時折、テュリアスはシャルトの頬に触れてみるものの、眠りがあまりに深いせいかぴくりとも反応しない。
 呼吸こそすれ、まるで死んでいるみたいだ。
 そう言葉が頭を過ぎり、慌てて振り払った。そんな忌まわしい言葉、考えるだけでも気分が悪い。シャルトはただ眠っているだけなのだ。こんな風に深く眠る様子を、自分は何度も見てきている。だから今日はちょっと寝坊しているだけで、またいつものように目を擦りながらむっくりと起き上がってくるだろう。
 努めて前向きに考えれば考えるほど、リュネスは胸が痛くなった。
 もし、このまま目を覚まさなければどうしよう?
 そんな事を考える度、恐怖で冷え切った肩が細かく震えた。
 不意にリュネスは膝で立ったまま身を乗り出すと、眠り続けるシャルトに向かってそっと口付けてみた。
 昔、生みの母親に読んで貰ったどこかの国の御伽噺を思い出す。何百年も眠り続けるお姫様が、それを見初めた王子様のキスで目を覚ますお話。だけどこれでは立場が逆だ。それにこんな事で本当に目を覚ますはずは無い。あれは単なる御伽噺、こんな事で昏睡する人が目を覚ます根拠など無いのだ。
 だが、一夜という時間はリュネスにそれらの分別が付けられなくなる程の焦燥を募らせるのに十分な時間だった。気休めでも、何かしなければどうかしてしまいそうだった。たとえ神頼みだろうが万分の一の奇跡だろうが、リュネスにとってシャルトが目を覚ます事だけが今は全てだった。
「シャルトさん、起きて下さい……」
 土曜の朝、いつもしているのと同じようにリュネスはシャルトの左肩へ軽く手を置いて優しく揺り動かす。
 ……ん? あ、もう朝か。おはよう。
 シャルトはむくりと起き上がり寝惚けた顔でそう微笑む。けれど、それは回想の中だけで実際のシャルトは依然として眠り続けたままだった。
 リュネスの頬を伝う涙が急に勢いを増した。そしてそのまま込み上げてきた感情を抑え切れず、リュネスは思わずシャルトにしがみ付いた。
「私、一人じゃ生きていけない……!」
 嗚咽を漏らしながらしきりに懇願するリュネス。だがそれでもシャルトは懇々と眠り続けたままだった。リュネスはそんな自分を滑稽に思い、悲しげな視線を送るテュリアスに向かって自虐的な笑みを薄っすらと浮かべた。
 どうしてこんな事になるのだろう。
 自分はただ、ファルティアの元で北斗として役目を果たしながら、いづれはシャルトと幸せな生活を築き上げたかった。別に多くを望んだつもりは無い。ただそれだけがあれば他に何も要らなかったのに。どうして、他には何も無い自分から敢えて奪い去るのか。
 納得がいかない、けれど自分の力ではどうにもならない。後出来るのは祈る事だけだが、それは絶対にやりたくはなかった。祈る相手は神だろう、だがその神が奪い去った張本人なのだからこれではまるで命乞いだ。そして、そんな命乞いを聞いてくれるほど優しい相手とは到底思えない。
 と、その時。
 ノックも無く寝室のドアが開くと、片足がぬっと飛び出してくる。
「……っと。ああ、悪い」
 はっと振り返るリュネス。ドアの間から覗いた半身はレジェイドだった。レジェイドはリュネスの顔を見るなり、申し訳なさそうに眉間に皺を寄せると、もう一度ドアの奥に引っ込んで閉めた。
 みっともない姿を見られてしまった。
 リュネスはすぐさま顔を拭って立ち上がると、今閉めたばかりの寝室のドアを開いた。レジェイドはすぐ隣の壁にもたれかかり同様の気まずげな表情を浮かべていた。
「まだ寝てるのか?」
 こくりとリュネスは頷く。そうか、とレジェイドは深く溜息をついた。リュネスはレジェイドの溜息に、心痛とはまた別の疲労が滲んでいる事に気がついた。昨日の終結宣言から北斗の収集作業に追われて休んでいない為である。レジェイドは怪我をしてはいるものの、命に関わるようなそれでも無い以上、少しでも人員の欲しい今の状況で休んではいられないのだ。
「シャルトはさ、分かってると思うがあんまり器用じゃねえんだよ。同時に幾つもの事は出来ないし、お前との事だって本当は長い事まんじりとしたまま進展させられなくて項垂れてたんだ。けどさ、そういうヤツだから、一度決めた事には脇目も振らずに走ってしまう。真剣に打ち込むのはいいことなんだが、こいつの場合は加減をしらなくてな。根詰めるあまり、ぶっ倒れるまで走っちまうんだよ」
 だから今はこんな風に眠ってしまってるんだ。
 そうレジェイドはにやっと笑って見せた。それにつられ、リュネスもまたぎこちなく微笑んだ。リュネスはレジェイドとは普段あまり接点は無いのだが、なんとなくシャルトがレジェイドに信頼を寄せる理由が分かる気がした。レジェイドの言葉遣いは別段気を使ったものではないのだけれど、どこか温かく安心感を与えてくれる。リュネスは張り詰めていた気持ちが少しだけほぐされた気がした。
「心配するな。じきに目を覚ます。今は疲れて眠ってるだけだからな。見ろよ、あの顔」
 そういってレジェイドはドアから寝室の中を指差した。その指が指し示すのは、ベッドの上のシャルトの表情だった。
「にやけてるだろ? 大方腹いっぱい食べてる夢でも見てるのさ。こいつは昔からそういうヤツなんだよ。こっちがどれだけ心配してもまるで知ったこっちゃ無い、いつもマイペースなのさ。お前もそういうところ困ってるだろ?」
 いえ、そんな。
 思わず力一杯首を振って否定するリュネス。だが、そんなリュネスの仕草にレジェイドは口元に可笑しそうに笑みを浮かべた。
「さて、お前の方こそ少し休んだ方がいい。気持ちは分かるがな、今食事を作ってやるから、それを食べて少し寝とけ。なんつうか、な、ほら。お前も色々あるだろ? お前のため以外にも食事と睡眠は必要だ。ほれ、そっちの小さいのも。魚でも焼いてやろう」
 するとテュリアスは最後にぺろっとシャルトの頬を舐めると、ぴょんとベッドを飛び降りてレジェイドの元へやってくる。そしてレジェイドが差し伸べた腕を一気に駆け上がり、肩の上に乗った。
 フレークにしたのがいい。玉子スープにごはんと一緒に混ぜて。デザートは我慢してあげる。
 テュリアスはすかさずレジェイドの耳を引っ張りながら自分の献立を要求する。レジェイドは微苦笑を浮かべながら、はいはい、と返事を返した。
 三人がリビングへやって来ると、すぐにレジェイドは台所へと入り仕度を始めた。シャルトの部屋は台所とリビングが一体になっており、リビングからは台所の様子がよく見えた。特にレジェイドの背中は大きいため、余計に目立って見える。
「あの、北斗の様子はどうなっていますか?」
「ああ、ぼちぼち一般人も戻ってきてな。みんな意外と逞しいもんさ。今、躍起になって復興作業に取り組んでる。この様子だと、一ヶ月もしない内に元の街並に戻るだろうな。ま、当分は何かと物が無くて苦労はするだろうがさ。メシさえ食えればそれで十分だろ? 酒が無いってのはいささか寂しいがな。お前もそうだろ?」
「え? わ、私ですか?」
 レジェイドに突然訊ね返され、リュネスは不意を突かれたせいでしどろもどろになってしまった。
「聞いてるぜ。お前、意外と酒豪らしいじゃねえか」
「いえ、そんな事はありませんけど……」
「リーシェイにしろラクシェルにしろ、あいつらだって相当飲むだろうに一度もお前が酔って乱れた所は見た事が無いって言ってたぜ。同じだけ飲んでいるのに」
「そ、そうでしょうか……」
 そうだと、とレジェイドは首だけ振り向いて笑って見せた。どことなく気恥ずかしかったリュネスは、じっと身を強張らせてほんのりと赤らんだ顔で視線をうつむける。そんな表情を膝の上にちょこんと乗ったテュリアスがしげしげと見上げてくる。リュネスは気まずそうにテュリアスをごろんと横にすると、そのまま毛の柔らかいお腹をくすぐり始めた。
 やがて台所の方から炒め物をする時の音が聞こえ始めた。ほんのりと薄白の湯気と香ばしい香りが漂い始める。この香りはおそらく長ネギと豚肉のものだろう。
 そういえば、義父もあんな風に料理をしていたっけ。そうリュネスは思った。驚くほど強い火力を前にしても平然と鍋を振るう姿に逞しさを覚えたものだ。未だにあのようには振舞う事は出来ないけれど、自分は一生涯あの姿をどこかしら意識し目標としていくのだろう。
「さて、出来たぞ。熱い内に食ってしまえ」
 そして、レジェイドは白い大皿と箸を手にしながら台所から現れた。細切りにした豚肉を、長ネギと筍とパプリカと一緒に胡麻油で炒めたものだ。そっとテーブルの上に置かれた大皿には、普段自分が食べないような量が盛り付けられていた。これも何らかの気遣いなのだろうか、とリュネスは差し出された箸を受け取った。
「レジェイドさん、凍姫はこれからどうなるんでしょうか?」
「当分は馬車馬のように働いてもらうさ。ま、それはどこも一緒だがな」
「それじゃあ……?」
「ああ、なんか処分とかあると思ってたか? 今回の事はエスタシアに頭ん中いじられたかららしいじゃねえか。だったら別に責任を追及する必要はねえよ。もっとも、自分の意思では無いにしろ片棒担いだっていう不祥事は不祥事だがな」
 肩をすくめて苦笑いするレジェイド。だがおそらくは、処分しようにもそんな暇や人員的な余裕が無いだけなのかもしれない、とリュネスは思った。北斗は徹底した現実主義、何よりも結果を重視する組織なのだ。たとえ意図したものではなくとも、共犯者という事実は変わらず十分処罰の対象と成り得る。しかし、今の北斗は二分した徹底交戦によって戦力が格段に減少してしまっている。一日でも早く北斗を再建せねばならない現状、北斗の人間は一人でも多く必要なのだ。
 けれどきっと、北斗の再建が終わり落ち着いた頃、凍姫の罪状は済し崩しに咎められない事になるのかもしれない。何かしら形式的な処罰を公式に発表するかもしれないが、実質的には無罪となるのだろう。事件の複雑な真相を知る北斗内部からの酌量、もしくは私的感情から来る配慮だ。
 早く、今度はこっち!
 すると、テュリアスはレジェイドに向かってそう吠え立てた。リュネスの分が先に来た事が気に入らないのか、それほど空腹だったのか、はたまたその両方だったのか、何にしても単なる早く食事を取りたいという要求提示の過激化である。
「分かったっつの。そんなに急き立てなくたって、ちゃんとお前の分もあるわな」
 レジェイドは笑いながらテュリアスの頭の上に人差し指を伸ばし、からかうようにくるくると回す。すかさずテュリアスはリュネスの膝を蹴ってその指に食らいつく。けれどレジェイドが指を引っ込める方が僅かに早く、テュリアスはがちっと牙を鳴らした後そのまま着地した。
「それとな、ファルティア達の事なんだが」
 突然、レジェイドはリュネスの方を向き直ると気まずそうな表情を浮かべる。
 やはり自分にファルティアの話題は向け辛いのだろう。これまでの会話も、むしろこの話題を振るタイミングを計っていただけなのかもしれない。
 随分と気を使わせているんだ、自分。
 そうリュネスは申し訳なく思った。大変なのは自分だけじゃない、この戦争で大切な人を失ってしまった人だって沢山居るはず。それに比べたら、自分はまだ幸せな方だ。いつまでも落ち込んではいられない。
「やっぱり見つからねえんだ。生きてるのか死んでるのか、北斗に居るのかどうかも分からんが、どの道この状況だ、これ以上捜索に人員を割けない。こればっかりは分かってくれ」
「ええ、十分です。ありがとうございます」
 リュネスはにっこりと微笑み返した。レジェイドは予想外のあっけらかんとした笑みに意表を突かれ、返す返事がどもってしまった。レジェイドの目にリュネスは、いわゆる引っ込み思案の弱気な性格であるように映っていたのだが、そう見えて案外腹の底は意外と豪胆で辛抱強いのかもしれない。
「さて、じゃあ今度はこっちのお姫様のお食事を御用意いたしましょうかね」
 もう一度言うけど、玉子スープに御飯とフレークを混ぜたのだからね。デザートは我慢してるんだから早くね。
 尚もレジェイドに己の注文を明確に述べる。そのしつこさにレジェイドは微苦笑しながら、はいはい、と軽い返事を返すと共にテュリアスの頭を指で軽く小突いた。だが、素早くそれに反応したテュリアスは、はっしと両手でその指を挟んだ。レジェイドは何かとそうやってからかうのが好きなのだが、テュリアスは逆にからかわれる事を非常に嫌う性格だった。特に常習犯であるレジェイドにテュリアスは常に警戒し、機会があれば反撃に転じる体勢を整えているのである。
「分かったから離せってば。お前の分が作れねえじゃないか。もうやらねえからさ」
 レジェイドの言う事は信用出来ない。
 じっと非難がましい視線を飛ばすテュリアス。そんな二人のやり取りを、リュネスはさも愉快そうに眺めていた。あの戦争以来、随分と日常が非現実に侵されていたのだが、こんな事を見ていると少しずつ日常が元に戻っていくような気がした。
 と、その時。
 突然、部屋の中にくぐもった何かが倒れたような音が聞こえてきた。
「ん? なんか今、音したよな?」
 顔を見合わせ、ええ、と頷くリュネス。すると、ぴんと耳を立てていたテュリアスはすぐさまリビングを飛び出して行った。



TO BE CONTINUED...