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最高に気持ちがいいです。
なんだ、やれば出来るじゃないですか。私でも。
ほら、こんなに簡単。
それなのに。
どうで誰も誉めてくれないのでしょうか?
私は頭の中に次々とイメージを描きました。
驚くほど繊細なイメージが淀みなく頭の中に浮かび上がります。そのイメージを開ききった門の中へ放り込み、すぐさま体現化します。この一連の動作が連続的かつ加速的に繰り返し行われます。まるで私の意識から切り離されて自動的に行われているような感さえあります。
右手には氷の大剣を、そして左手には体現化しかけている氷の魔力を握り締めます。そのまま私は正面に相対する、流派『風無』の頭目に向かって大きく右足を踏み込みました。
「貫け」
その掛け声と共に、魔力の奔流を握り締めた左手を大きく振りかぶり、手のひらの中で一気に体現化します。描いていたイメージは、先端が鋭く尖った氷の長針を数十本束ねたものです。そして針の重みを感じるとほぼ同時に、それを彼に目掛けて撃ち放ちます。
針を投げても、私は意識を切り離しませんでした。それどころか、更に別なイメージを与えます。イメージを受けた針が質量を倍以上に膨らませました。針の雨はあっという間に矢の雨に変わります。
彼はその攻撃を前にしても、顔を覆う布の間から僅かに覗く眼差しはピクリとも動きません。この攻撃を前にしても、確実に回避出来る自信があるからでしょう。彼はミシュアさんを翻弄したほどのスピードを持っています。だからこのぐらいの攻撃は何とも思っていないのです。その余裕が鼻につきました。そうやってミシュアさんにあんな怪我を負わせたかと思うと、苛立って苛立って仕方ありません。
もちろん、私は彼の持つスピードを考えに入れていない訳ではありませんでした。この次の手も、またその先の先の手まで、既に考え付いているのです。
予想通り、彼は矢の雨が寸前に来るまで動こうとはしませんでした。風無のまるで消えるような回避術の仕組みはとっくに分かっています。あれは突然高速で動く事により起こる目の錯覚を利用しているのです。しかしそのためには、攻撃を当たる寸前まで引き付ける必要があるのです。そして私の作戦は。その回避術を行おうとする彼の心理の裏をかく事にありました。もしも、ただ真っ直ぐ飛んで来るだけの攻撃が予想外の行動を起こしたら。狙いはそこにあります。
私はまだ放った氷の矢から意識を切り離してはいませんでした。そして再度イメージを与えます。与えたイメージは『破裂』です。
小気味良い音を立て、彼の目の前まで迫っていた矢が一斉に弾け飛びました。破裂の勢いに乗って氷の粒がぱぁっと周囲に霧散します。そのまま中空を漂い、まるで霧のようなもやが彼の周囲に漂います。狙い通り、彼は一瞬ではありますが回避動作の移行を躊躇いました。私もまた、次の行動に移すにはそれだけの時間があれば十分です。
中空に散りばめた氷の粒から、私はまだ意識を切り離してはいません。更に新しいイメージを描き体現化します。描いたイメージは無数に張り巡らされた蜘蛛の巣。
次の瞬間、無数の六角形が敷き詰めたような幾何学模様を描いた巨大な蜘蛛の巣が、彼の周辺を取り囲むように体現化されました。そして蜘蛛の巣は急速的に窄まっていき、彼の体にまとわりつきます。この氷で体現化された蜘蛛の糸はそのまま彼の体に癒着し、幾重にも束ねられたロープの姿に凍結します。
初めに放った氷の矢も、回避動作直前の破裂も、これへの布石だったのです。身のこなしはどうやら向こうの方が上な訳ですが、それに付き合う必要はありません。当たるまで術式を続けるのもいいですが、それでは私が暴走を起こしてしまいます。ならばより効率的に倒すには、まず相手の動きを拘束してからの方が手っ取り早いのです。無駄に術を使う必要もなく、一撃で仕留める事が出来ます。
体の自由を拘束され、顔を覆う布の隙間から覗く彼の眼差しが明らかな動揺を見せました。すかさず私は体を拘束する氷を伸ばし、路面と接着します。これで彼は身動き一つ取る事が出来ません。
「ハアアッ!」
私はすぐさま右手に体現化していた氷の大剣を構えると、身動きの取れない彼の元へ猛然と突進していきます。私は剣術の心得も何もありませんが、相手はその場から一歩も動けないのです。どれだけ下手だったとしても、まさか動けない相手を前に攻撃が当てられないはずがありません。まな板の上で魚をさばくのと同じなのです。それならば私も得意です。
迷わず大剣を動けない彼の頭に目掛けて振り下ろしました。この氷の刃は鋭く研ぎ澄ましています。人間なんて容易に両断することが可能です。
すとんっ、とまるで引っかかりがなく大剣が振り落とされました。予想通り、訳もなく二等分になります。けれど私は攻撃の手を休めません。続け様に一太刀、二太刀と次々に繰り出します。あっという間に彼の体は無数の細切れになりました。
風無の頭目なそうですが、意外とあっけないものです。あのミシュアさんがあっさりやられてしまうから、きっとかなり強いのだと思いましたが。全然大した事ありません。きっとミシュアさんは油断していたのでしょう。油断さえしなければ、私程度でもこれですから。
しかし。
「え?」
その時、私の大剣によって細切れになった肉片がスーッと闇の中に溶け込むように消えてしまいました。
私は思わず唖然としました。確かに私は動きを封じて剣で切り刻んでやったのに。まさか初めからかわされていたのに気づかなかったのでしょうか? そんなはずはありません。ちゃんと、スルッと切り裂いた手応えがありました。
せっかく晴々した良い気分でいたのに。とんだ泥をつけられました。むかつきます。
向き直った私の正面に、彼の真っ黒な姿が何事も無かったように現れました。相変わらず挑発的に腕を組んでいます。その仕草が私を馬鹿にしているように思えてなりません。
もう、足止めするとか逃げ場を奪うとか、そんな細かい戦略を練るのは面倒です。幸いにもまだ理性には余裕があります。このまま限界まで精霊術法を放ち、強引に押し切ってしまいましょう。私のチャネルはSランクで魔力のキャパシティは十分過ぎるほどありますし。幾ら一流派の頭目と言えども、直撃を受けて無事でいられるはずがありません。
私はすぐさまイメージを描きました。描いたイメージは、カーテンの間から差し込んでくる光の帯に似た凍気の帯。
そう余裕でいられるのも今の内だけです。
正面に立つ彼に向けて右の手のひらを伸ばし、私はそのイメージを体現化しました。直後、背筋を冷たい心地良さが走り抜けるのと同時に、私の手のひらから身長ほど幅のある凍気の帯が放たれました。ズザァッ、と轟音を立て道面を削りながら一直線に帯は伸びていきます。これに飲み込まれたら、凍りつく暇もなく粉々に砕け散ってしまうはずでしょう。
が。
凍気の帯が命中する直前、またもや彼の姿が闇に溶け込んで消えました。すぐさまどこへ逃げたのか目で追います。けれど一向に姿が現れません。こちらの出方を覗っているのでしょう。
突然、あの空気を切り裂く鋭い音が聞こえてきました。風無が得意とする風の刃です。その単音が聞こえたのは一度だけですが、一つの音ではなく複数の音が重なって聞こえました。直後、前後左右から気流の乱れと共に風の刃が私の元へ向かってきました。
なるほど。真っ向からやっても勝ち目はないので、逃げながらちくちくと攻めるというのですか。
面倒です。
この風の刃は見た目以上に鋭く、先ほどもミシュアさんの防御を安々と突破してしまいました。けれど問題はありません。あれで駄目ならば、更に強固な守りをすればいいのですから。
私は頭の中に半球状の氷のイメージを描き、それを自分の周囲に体現化します。私の周囲全てが氷の天幕によって覆い尽くされました。これでどこから攻撃されようとも私は大丈夫です。
ビシッという叩きつけるような音が幕の外から聞こえてきました。風の刃が衝突した音です。しかし私の張った天幕には傷一つつきません。その程度で破る事なんて不可能です。
続け様に風の刃が四つ、八つ、十二と、次々にさまざまな方向から飛んできました。先ほどよりも破壊力があったせいか、薄っすらと天幕に傷がつきます。しかしすぐに魔力を注いで傷を修復し、より強固に体現化し直します。
それにしても、彼は一体どこにいるのでしょうか? この程度の攻撃、幾ら受けても問題はありませんが、姿を捉えられないのは厄介です。このまま防御をし続ける訳にも行きません。理性には限りがあるのです。こんなダラダラとした戦いを続けていては、私は暴走してしまいます。
そして今度は、突如として巨大な竜巻が現れました。それが四方から私を取り囲むように四つ、襲い掛かってきます。
どうやらこれが全力のようです。けれど大した事はありません。また同じように防ぐだけです。
そうだ。
ふと私はある考えを思いつきました。相手の姿は私には見えませんが、この場にいる事は確実なのです。だったら、この周囲一体を一気に吹き飛ばしてしまえばいいのではないでしょうか? それだったらどこにいようとも関係ありません。粉々になって死ぬだけです。
私は頭の中にイメージを描きました。
描いたイメージは、この天幕が外に向けて広がっていき、打ち上げ式花火が爆発するように何もかもを覆い尽くし吹き飛ばすものです。
チャネルを開くと、涼しくて心地良い感覚が流れ込んできました。それに身を委ねるととても気分が落ち着き、まるでベッドの中でまどろんでいるような心地良さが味わえます。
と。
視界の片隅に、どこかで見た事のある人の姿がありました。私に向かって何事かを訴え掛けています。
ああ、そうです。きっと私の事を応援しているのでしょう。大丈夫です。私はもう終わらせますからね。
でも、早くここから逃げた方がいいですよ。今、まとめて吹き飛ばしますから。
TO BE CONTINUED...