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 最も理想的な生き方ってなんだろう?
 美味い食べ物と温かい寝床。
 湯水のように使ってもなくならないお金。
 いや、そんなんじゃない。
 もっと大切な事がある。
 それは、自分が納得出来る事をしているかどうか、だ。
 だったらこのままでいいのか?
 いいはずがない。




『響け! いと高き所より降り立て紡ぐ三聖頌』
『聖なる、聖なる、聖なる全能の主、その栄光は天空を駆ける』
『父なる主の御声に耳を傾けなさい』
『神の国を見るまでに、死を味わわない者はいない』
 リュネスを中心にして展開している浄禍八神格の五人は、淀みのない歌声と仕草で強固な結界を張り、リュネスをそこに拘束する。
 その場所は光に溢れていた。眩しいほどの光、だがそれは決して神の救いのような温かで慈悲深いものではない。リュネスをこの世から消し去るためだけの、破滅の光だ。そう思うと、酷く禍々しいものに俺には思えてならなかった。
 レジェイド達は茫然とその光景を眺めながら、その場に立ち尽くしたままだ。初めこそはリュネスを止めるつもりだったけれど、それを実現する前にやって来た浄禍に場を取られてしまった。
『汝に平安が訪れる事はないでしょう』
 そして。
 十字架状の結界からやや離れた場所に立つ浄禍八神格の一人、『断罪』の座は、結界を展開する他四人よりもいっそう高らかな歌声を響き渡らせる。
『今、厳正なる裁きが下されました。汝を縛る聖なる裁きが』
 断罪が聖歌詞を紡ぐに連れて、周囲に漂う魔力の規模が恐ろしい勢いで膨れ上がっていく。空気の流れは魔力に押されて完全に止まり、まるで恐れるかのようにその身を潜める。
『安らぎも願いも慈悲も、汝には与えられないでしょう』
 歌詞が終わる。
 俺の焦りは最高潮に達した。このままではリュネスが殺されてしまう。ただそう心が逸り、一体どうすればいいのか、どうやればリュネスを守る事が出来るのかそればかりを必死で考えたが、焦り過ぎるせいで何も思い浮かばない。
 浄禍は北斗十二衆の中で最強と言われる流派だ。しかも、その中でもトップクラスの実力を誇っているのが、この浄禍八神格。その内の五人がリュネスを取り囲み、暴走を鎮圧化するという名目で殺そうとしている。俺みたいな半端者一人ではどうにかなる相手ではない。かと言って、みすみす何もせずに殺されるのを見ているのも嫌だ。助け出したい。なんとしても。
『汝は無法の限りを尽くし、人の子らにあらゆる冒涜、無法、罪悪を示した』
 そうだ。
 ふと、俺はある考えが浮かんだ。
 リュネスさえ正気を取り戻せば、幾ら浄禍でも殺す理由がなくなる。そうなればリュネスを死なせずに済む。しかしどうやって正気を取り戻させる? いや、待て。今、リュネスは八神格の四人によって体の自由を封じられている。だったら、直接結界の中に入り込んでリュネスの意識を失わせる事だって……。
 けれど、あの結界を作っているのは八神格の四人だ。果たして俺の力で破る事が出来るのだろうか? たとえ中に入れたとしても、思うように動けるとは限らない訳だし……。
『見よ! 主の御力は、全ての罪を断つ聖なる剣をお示しになられた!』
 と。
 歌詞が最後の山を迎えると同時に、『断罪』が夜空を指差した。するとそこには無数の光の粒が集まったかと思うと、一本の巨大な剣の形を成した。オーガすらも両断出来そうな、あまりに巨大な剣だ。そして剣の刃先はリュネスへ向けられている。一体浄禍が何をしようというのか、背筋を走る寒気と共にはっきりと理解する。
 もう迷っている時間はない。行動しなければ。
 俺は左足を強く蹴り込むと、全力でリュネスの元に向かって走った。三歩も走ると、目の前がぐらっと揺れてやや暗くなった。血を流し過ぎた、と心の中で舌打ちした。けれど、それでも俺は足を止めない。血は幾ら流しても後から増える。でも、リュネスはいなくなってしまったらそれっきりだ。
『弱き者よ。聖なる裁きをその身に受け、悔い改めなさい』
 終わりに近づけば近づくほど、上空に掲げられた剣が大きく膨らんでいく。
 間に合え。
 間に合え。
 間に合え。
『全ては御心のままに』
 こんな事でリュネスを死なせてたまるか。
 俺の命でどうにかなるんだったら、幾らでもくれてやって構わない。だから、リュネスだけは―――!
 間に合え。
 間に合え。
 間に合え!
『ハレルヤ』



TO BE CONTINUED...