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 旅立つこと。
 巣立つこと。
 人生はその繰り返し。
 自分の終の棲家を求め彷徨うそれは、まるで巡礼者のようでもある。
 僕に、『死』以外の終着はあるのか。
 それはまだ分からないけれど、でも今夜、僕はここから旅立つ。
 どんなに好きな人でも、僕は災いしか与えてやれないから。ここには居られないのだ。
 光差す場所を目指す前に、直接面と向かっては言えないけれど、これだけ伝えておきたい。
 ありがとう、って。




 深夜。
 僕は僅かな荷物をまとめると、静かに部屋を出た。
 気配を殺しながら、そっと階段から一階へ降りる。そして礼拝堂へと向かった。本当なら、長らく世話になったこの教会を最後にもう一度くまなく目に焼き付けておきたかったのだけれど。状況が状況だ。せめて、正面玄関から出て行く事にしよう。
 礼拝堂の一番奥には、宗教書の中に出てくる救世主を象った像が立っている。しかし夜のそれは神々しさに欠け、なんだか寂しげに見える。いや、何も今の時間に限った事じゃないのだけれど。
 僕は窓から差し込む星明りを頼りに、聖像の正面に立った。
 神父が毎日欠かさず祈りを捧げているその彫刻。遂に僕は一度も祈りなんて捧げなかったけれど、今は一度ぐらいならしてもいいような気分だった。
 最後だから。
 そう思って僕は一度、聖像の前に神父がするように跪いた。が、しかし、すぐに神に頼る行為への不快感が込み上げて立ち上がった。やはり、どうしても神を信じ崇める気にはなれない。神という存在が不快だから、空想の産物に頼るようなプライドの瓦解した行為をする事を心が拒絶しているのである。
 立ち上がった僕は、小さく折り畳んだ一枚の古い羊皮紙を聖像の前に置いた。そこにはコンテナで書かれた、僕が神父に宛てた短い言葉が綴られている。今日まで世話になった恩に対する感謝は書ききれている訳でもなく、本当は直接自分の口から伝えたかったけれど。彼は絶対に僕を止める。僕を庇えば庇うほど自分の首を締める事になるというのに、それでも彼は僕を出て行かせはしないだろう。彼はそういう人だから。
 名残惜しくならぬよう、僕は努めて淡々とした動作で教会を後にした。
 随分と冷めているな、と思ったけれど、それでいいと思った。下手に執着を持ったら、かえって出て行くのが辛くなる。それに、僕はここに居ては迷惑になるだけの存在だ。感情の問題だけで留まったり躊躇してはいけない。
 じっと前だけを見ながら、僕は教会の立つ丘陵を降りていった。星明りを頼りに細い道を下っていくのは、どこか寂しさを煽ってくる。もう二度と上がる事の無いこの道。だからこそ、目に焼き付けたりはしない方がいい。でも目を瞑って歩く訳にはいかないから、ただ道を単なる道だと思って尚も歩き続けた。
 丁度中腹まで降り切った頃、ふと僕は振り返って視界に小さくなった教会を見た。
 星明りで薄っすらと輪郭だけが闇夜に浮かび上がっている。危うく、もうここに来る事はないんだな、と思い返しそうになった。いちいち感慨に耽っていたら歩けなくなってしまう。考えちゃいけない。いつもの、村から村へ転々と移っていた頃の感覚と同じだと考えなければ。
 神父の部屋には明かりは灯っていなかった。まだ眠っているのだろう。
 翌朝、僕のいなくなった教会で一人、どんな事を思い考えるのだろうか?
 想像しただけで胸が締め付けられそうになり、目蓋の奥が熱くなる。それでも、僕は行かなきゃならない。恩を仇で返すような、そんな真似だけはしたくないから。
 僕は前へ向き直り、再び歩き出した。
 この先に僕の居場所があるのかどうか分からないけど。僕は行くしかない。まだ、この力の意味だって分からないのだ。
 もし、その意味が分かったのなら。きっと僕は自分の居場所を見つけられる。
 それだけを信じて、僕は歩いていった。



TO BE CONTINUED...