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私は、走る。風のように。
私は、走る。何物にも囚われず。
私は、走る。障害を打ち抜き。
私は、走る。何もかも忘れて。
ルテラが雪乱に所属してから一ヶ月。
元々、即戦力を短期間の内に育成する事が目的である精霊術法だったが、ルテラは驚異的と言ってもいい早さで成長を遂げた。
これまで何の目的もなく惰性だけの生活を送ってきたルテラは、まるで自分の半身でも見つけたかのように一心不乱に自らの精進に励んだ。ゆっくりと流れていた時間が加速度的に流れていく。ルテラはこれほど一分一秒を惜しんだ事は初めてだった。一日があっという間に過ぎる。本当はもっとトレーニングメニューをこなしたいのに、時間がそれを許してくれない。毎晩ベッドにつく事を口惜しく感じていた。本当はもっと時間が作れたのではないのか、メニューを後一つはこなせたのではないのか、無駄な時間はなかったのか、いつもそればかり考えながら眠りについていた。もっと早く踏み切っておけば良かった。毎日の充実さの反面、そんな後悔の念も抱いた。
ただ、一つだけルテラには心残りがあった。それは兄であるレジェイドの事だった。
さすがに、住居を移した当日はすぐさまレジェイドが訪ねて来た。というよりも、力ずくでも連れて帰ろうといった勢いだった。しかし、ルテラは決してドアを開けなかった。今、レジェイドの顔を見たら決意が揺らいでしまうような気がしたからだ。結局、レジェイドは別な雪乱の人間に強制退去させられた。雪乱は抗争中であるため、迂闊に他流派の人間は入れないのである。どうやらレジェイドはどこからか忍び込んできたようだった。
それからも、レジェイドは三日と間を開けずにルテラとコンタクトを取ろうとしてきた。それでもルテラは、街中を歩く時はレジェイドの気配を感じたら一目散に走り逃げ、再び宿舎を訪ねて来られようともドアを開ける事はなかった。
ふとルテラは、いつの間にか自分がレジェイドを避けている事に気がついた。
レジェイドに会わないようにしていたのは、顔を合わせると自分の中にあの甘えがもう一度芽生えてしまうからだと思っていた。だがトレーニングを積むに連れて心身共に鍛えられてくると、少しの事には決して動じず自らの力で何とかする、という習慣が出来ていた。だからレジェイドと顔を合わせても、以前のような怠惰な自分に戻る心配は全くと言ってなかった。にも関わらず、ルテラはレジェイドと顔を合わせたくなかった。あんな一方的な別れ方をして、今更顔を会わせ辛い、というのもある。だがそれ以上に、レジェイドの保護下に入る事への抵抗があった。レジェイドはきっと前と同じように自分を扱う。迎えに来るのは、自分の目の届く所に私を置きたいから。それが何よりもルテラは嫌だった。
レジェイドの保護下でぬくぬくと怠惰な日々を過ごしていた頃。その追憶を振り払うかのように、ルテラはとにかく精霊術法のトレーニングを積んだ。今、全力で前へ進む事でこれまでの自分の姿が払拭されるような錯覚すらあった。この時間この瞬間を精一杯生きる事が、自分にとって何か形を成す情熱の対象に思えた。いや、そう見出したのだ。
そして、雪乱に所属してから二ヶ月。ルテラは遂に次の段階へと進んだ。
抗争相手である凍姫との実戦である。
TO BE CONTINUED...