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「さーて、お仕事しますかね」
早朝六時。
晴れ渡った雲一つ無い空とは対照的に吐く息は白く、肌がぴりぴりと痛むほど寒い。日中は暖かくなりそうだけれど、朝の内はどうしても多少曇っていた方が過ごし易い。それでも僕はかじかむ両手を擦り合わせて温めると、首の動きを邪魔しないように襟元を指で引っ張って緩めた。
夜明け前からシフトした僕の目の前に、早速本日最初の相手が登場した。シフトするまで後二十時間以上あるというのに。なんともせっかちな連中だ。
北斗の南大通りのど真ん中。そこには商業関係のロゴマークが入った大きな荷馬車が止まっている。ヨツンヘイムで最も商業の盛んな北斗では一日に何百という荷馬車が行き交うため、一見しただけではそれほど珍しいとは言えない。けれど実際に積み込まれていたのは食べ物でも生活用品でも衣類でもない。当然、珍しくないと呼ぶには少々物騒だ。
ひー、ふー、みー、よー、っと……八人か。
僕を取り囲む、いかにも物騒な空気を放つ八人。荷馬車に積み込まれていたのはこいつらなのだ。
周囲をぐるりと見渡す。時間も時間という訳で、周囲には人気がほとんどない。相手は大した事もなさそうだし、このままおっぱじめても問題はないだろう。
「じゃあ行くよ」
僕は頭の中に音を立てて弾ける紫の雷をイメージする。ゆっくりと右拳と左拳を腰の脇で重ね合わせ、イメージをその結合部分から具現化させていく。現れたのは、一振りの片手剣を模った雷だ。雷で作った剣だから雷神剣、なんて名前で呼んでいる。わざわざ腰から抜き放つような動作は僕の趣味だけど、全く無意味という事でもない。こうして本物の剣のように振舞う事で、よりイメージを強く作り出す事が出来るのだ。いわゆる雰囲気作りってとこだろうか。
僕が臨戦態勢を取ったことで、八人もまた次々と身構える。
まさかヨツンヘイム最強の戦闘集団『北斗』の事を知らずに襲撃をかけた訳でもないだろう。最強の名を知らしめす要因の一つが、この北斗という同名の街が保つ絶対の治安だ。そしてその治安を保っているのは、僕達『守星』が尽力しているからに他ならない。
守星が北斗の中でも選りすぐりの実力者集団である事は彼らも知っているだろう。たった一人の僕を相手に、八人が油断なく構えているのがその証拠だ。
「かかれっ!」
リーダー格らしい一人の掛け声を合図に、一斉に八人が堰を切ったように僕に向かって雪崩れ込んで来た。
周囲を囲み、一気に畳み掛ける。
集団戦法のセオリーに叶ったやり方だ。けれどいかんせん、教科書通りで判断がしやすい。僕はこれでも一応プロなのだ。ありふれた兵法、戦術は全て把握している。
もっと奇策を練らなきゃねえ。
僕は一斉に向かってくる八人の距離とタイミングを見計らうと、軸足を地面に固定して上体を沈める。そしてそのまま、円を描くように雷神剣で薙ぎ払った。
「ぐわああっ!」
自分が突っ込んだ勢いと僕に薙ぎ払われた相乗効果で、八人が一度に後ろへ吹っ飛んで行った。派手な衝撃音が八様に響き渡る。けれど、すぐさま八人は立ち上がって臨戦態勢を取った。
ちょっと浅かったかな。
今の一撃は確実に急所を払ったと思ったんだけど。どうやら八人の力量は僕の予測を若干上回っていたようだ。
とりあえず、優勢は依然として僕のままだ。いつも通り行こう。
八人は、今度は一人一人がタイミングを変えて襲い掛かってきた。一度に仕掛けても僕にタイミングを合わせられる事を理解したようだ。
一度に仕留めるのが一番安全なんだけど。ひとまず、一人一人確実に抑えておこう。
雷神剣を下段に構える。
僕は本格的に剣術を修めてはいないけれど、精霊術法の術者には基本的にそういった技術の習得は必要ない。知識的に持っていれば、後はそれをイメージによって体現化出来るのだ。経験と長い習得期間を要する戦闘技術に比べ、精霊術法は知識から作り出すイメージをそのまま再現する。そのため、知識と想像力さえあれば幾らでも強くなれるのだ。
一人目。
真っ向から僕の方へ向かってくる。おそらくは攻撃の足がかりを切り開く役目だろう。
僕は余裕を持って相手の動作を見定めると、下から上へ逆袈裟に斬り捨てた。
続く、二人目と三人目。
左右からの同時攻撃。しかしタイミングが安易だ。僕は先ほどと同じ、円のステップを描きながら雷神剣で薙ぎ払う。
四人目。
背後からの不意打ちを狙ってきた。だが予測の範疇内だ。紙一重で回避した僕は、続けて一挙動の内に斬り捨てる。
五人目。
上空からの重力加速度による降下攻撃。死角を突いた攻撃なんだろうけど、時間帯が悪い。今は太陽が低いのだ。感覚に頼らずとも、あっさり地面に浮き出た影で認識出来る。雷神剣の対空攻撃で迎撃。
六人目、七人目。
今度は前後からの挟み撃ちだ。どうやら大分侮られているらしい。とっくに彼らのタイミングは覚えてしまっている。同じように雷神剣で難なく薙ぎ払う。
さあ、ラストだ。
八人目。
最後はどうやら正攻法で挑むらしく、真っ向から僕に向かって来た。
人間としては殊勝な心がけだ。けれど、戦士としてはダメダメである。ヤケを起こした時点で、戦士は負けなのだ。自ら進んで負けを認めるのは、生き死にの世界では自殺みたいなものになる。
相手の獲物は、奇しくも僕と同じ剣。構えは自然体の中段。我流で慣らしたようだけど、基礎はちゃんとした剣術に基づいているようだ。半端って言えば半端だけど、剣術の端もかじってない僕はそれ以下になるか。
僕は雷神剣を構える。
注意は相手の重心移動と筋肉の動きに注ぐ。その動き方から察するに、狙いは斬撃と見せかけた突撃だ。突然、正反対の方向の攻撃を放たれると斬撃に慣れてしまった目がついていけなくなる。狙いはそれだ。
ならこっちは、その突きをかわして擦れ違いざまに切り払ってやろう。丁度、少し前に見た演劇の決闘シーンのように。
視線と重心の変化に注意しながら、相手の攻撃の入射角を予測。こちらも雷神剣を下段に構えながら突進する。
そして、稲妻のような鋭い突きが予備動作も無しで繰り出される。
突きはその性質上、攻撃の軌道は必ず一直線になる。そのため、横軸をずらせば簡単にかわす事が出来る。
精霊術法の恩恵は貰えなかったけど、僕は割と目には自信がある。その突撃は、剣筋だけでなく切っ先までもがはっきりと見る事が出来た。僕は余裕を持って一呼吸つくと、体を剣よりも低く前かがみに沈める。同時に限界まで折り曲げた膝を一気に伸ばし、バネのようなその勢いを使って再加速する。男は僕に攻撃をかわされた事で狼狽の表情を浮べた。しかし、いぢと走り出した攻撃はお互いに止める事は出来ない。
相手の体が間合いに入った。僕は下段に構えている雷神剣を振り抜きにかかった。
「あれ?」
突然、僕の手から雷神剣が消失する。
イメージは切り離していない。今まさに繰り出そうとしているのに、どうして体現化を止める必要があるだろう。
僕が狼狽する番だった。
男にとって回避のしようが無い攻撃タイミングだったのだが、僕の攻撃が予期せぬ形で中断されてしまった事で大きな隙が生まれてしまう。攻守を逆転させるには十分過ぎる隙だ。
男は返す剣で僕の首を後ろから薙ぎ払いにかかった。
咄嗟に僕は体を地面に伏せてその攻撃をかわす。そのまま地面を転げ間合いを取る。だが立ち上がる前に次の攻撃が繰り出されてきた。
「くっ……!」
すかさず別のイメージを作る。
なんとなく、今は同じイメージは成功しないような気がした。よって、描いたイメージは剣ではなく、拳に纏わせた雷の塊だ。
上から下へ叩き込むような斬撃が振り下ろされる。けれど僕は前に踏み込むと、剣が触れるよりも早く雷を纏わせた拳を腹に目掛けて叩き込んだ。僕にはシャルト君みたいな腕力も格闘技術もない。当然、素人の突きなんて当たった所で大したダメージは負わせる事など出来ない。けれど、精霊術法によって作り出された雷の威力が落雷のような勢いで男の体を突き抜けた。感電した痛みにより男はへなへなと力を失ってその場にへたり込むとそのままあっさり気を失ってしまった。
「ふう。任務完了」
ようやく片付いた。僕はゆっくり立ち上がると、服についた汚れを払った。
なんだか珍しく苦戦してしまった。というより、まさかこんな風にヒヤリとするとは思ってもみなかった。相手の心理を読んだり、咄嗟の状況判断なんか僕は人よりも優れているという自負があったけど。どうも今回はいつもと違ってなんだかしっくりこない。
どうしてあの時、突然僕の意思を無視して雷神剣の術式が解除されてしまったんだろう?
僕は改めて雷神剣を体現化してみる。するといつもと何ら変わらず、空気を焦がす匂いと不規則な破裂音と共に雷神剣は変わらぬ姿で現れた。僕の意識を無視して消えたりもしない。改めて剣を収めてみると、やはり僕のイメージ通りに剣は消える。
別におかしなところはないよなあ……?
はて、と首を傾げる僕。
もしかすると、疲れが溜まってるのかもしれない。精霊術法は精神状態に大きく左右される。無意識の内に何か普段と違うものが出来ているのかもしれない。
ま、こんな日もあるでしょう。
僕は丁度近くにあった、露店のコーヒーショップに行ってコーヒーを買った。事後処理班が来るまで、コーヒーを飲んで一休みしていよう。無理は出来ない。まだまだ、僕の一日は長いのだから。
TO BE CONTINUED...