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 求めよ、さらば与えられん。
 望めよ、さらば見出さん。
 信じよ、さらば開かん。
 進めよ、されど救われぬ。




 翌週。
 ルテラは部屋の荷物を全てまとめた。レジェイドの知らぬ間にだ。
 そして全ての準備が整った頃、ルテラはその足で流派『雪乱』の本部に向かった。十二もある流派の中で、どうして雪乱を選んだのか。そもそも、北斗関係でなくとも幾らでも働き口はあるにも関わらず、どうしてそんな危険なものを選んだのか。
 全て勢いだけだった。
 ルテラが求めていたのは自身が自立する事ではなく、今までの怠惰な自分を全てかき消してくれる圧倒的な加速度を生活に得る事だった。それを考えれば、当時の北斗で最も加速感が得られるのは抗争の真っ只中である雪乱と凍姫である。そして、もう一つの選択要因。抗争は現在佳境に入っており、雪乱が比較的劣勢であるという事だ。劣勢ならば人員は不足しているはず。となれば、自分のような何の経験もスキルもない人間もすぐに入隊を許可してくれるだろうと思ったのである。
 そしてルテラの目論見どおり、あっさりと入隊は許可されて全ての手続きがサイン一つで済んだ。契約書に書かれた内容の要約はこうだった。自分が業務上に如何なる損害を被っても文句は言わない。雪乱の条約には無条件で従う。だがルテラはそれらを読み飛ばした。そんなもの、どうでも良かったからである。
 手続きが終わると、ルテラは部屋に戻って引越し業者の到着を待った。
 無人の室内で、長い間レジェイドと暮らした日々の事を思い返した。レジェイドは残っている限りの記憶の中でも、常に自分には優しかった。怒鳴られた事もあったが、後から必ずフォローもしてくれた。こんな兄を持って自分は幸せだと思った。だが今はそれ以上に、だからこそこれ以上ぶらさがってはいけないと思った。いつまでも自立出来ず兄に頼ってきた自分の姿を考えると、こうして部屋を出て行こうとしている今、ルテラは抑圧された焦燥感が解放される心地良さすら覚えた。ただ一つ、心残りなのは。レジェイドには何も告げずに出て行ってしまう事だ。なんだかんだ言って、レジェイドが過保護である事をルテラは知っていた。雪乱に入る事を告げても止められるのは目に見えている。だからこそ、事を全て黙って進めたのだ。
 ルテラは馴染み深いリビングのテーブルの上で、自分がここを出て雪乱に行く旨を告げる手紙を書いていた。文字数にしては僅かな手紙なのだけれど、ルテラは三度も書き損じた。自分がこれほど動揺しているとは思ってなく、驚いた。
 やがて業者が部屋にやって来ると、ルテラの私室から荷物が次々と持ち出されていった。だがこれらは、元はと言えばレジェイドに買ってもらったものの方が多かった。だからいつか、同じだけの額のお金を返さなくてはいけないと思った。
 全ての荷物が運び出され、がらんと殺風景になった自分の部屋。
 ルテラはしばらくの間、そこに立ってこれまでの生活を思い出していた。思えば随分と長い間、自分は兄の背中にくっついて回っていた。それをどんな風に思っていたのかは、今まで一つも考えた事がなかった。以前はともかく、きっと今では相当邪魔だっただろう。自分がいる事で、兄は家に帰ってきても気を使わなくてはならないのだから。
 本当は、もっとこれまでの事に感謝の意を表さなくてはいけないのだけれど。今はまだ、そこまでは出来ない。今は自分の見出した道を進む事で精一杯だから。
 そして、
「さようなら」
 最後にそう呟き、部屋を後にした。



TO BE CONTINUED...