BACK

 結構、なんとかなるものだな。人生ってさ。
 最近なんだが、俺は風を感じるようになった。
 俺の背中を後押しするような、そんな不思議な風を。
 きっと、天命とか運命とかは、そうやって俺を気がつかない内に操ってるんだろう。
 気に入る運命だったら気楽に受け入れるけど、気に入らない運命だったら断固抵抗するのが俺の主義だ。
 多分、今回は前者だろう。
 やや後味の悪い不本意さは残るものの……。




 お使いに行って来い。
 午前の訓練が終わって迎えた昼休み。昼食に行こうとしていた俺を呼び止めたのはレジェイドだった。
 なんで俺が。
 空腹だった俺は、当然そう不平を漏らしたのだが。
 東区の西よりにガラス細工の専門店があるんだが、そこに対のデザインになったワイングラスがあるから一組買ってこい。
 そう一方的に言いつけると、強引に金だけを渡して自分はさっさと逃げるようにどこかへ行ってしまった。
 結果的に俺はレジェイドのお使いを引き受けざるを得なくなったのだが。それにしても、レジェイドは知ってるのだろうか。俺が未だに北斗の街中でも道に迷ったりする方向音痴だって事を。
 とにかく、済し崩し的ではあるが、引き受けてしまったからにはきちんと果たさなくてはいけない。俺は仕方なしに東区へ足を運ぶ事にした。ついでに昼食も食べてこよう。東区は比較的地理は明るい場所だから、まあ何とかなる。それでも迷ってしまったら、テュリアスになんとかしてもらえばいい。野性の勘とでも言おうか、テュリアスには帰巣本能のような力があるのだ。
 そんな訳で。
 俺は普段あまり縁のない東区に向かった訳だが。
「シャルト君、見っけ!」
 嫌なヤツに会った。
 ヒュ=レイカ。この北斗を常に巡回して敵襲には真っ先に応戦する、北斗の防衛の要、守星。そこに所属する、おそらくは最年少のヤツだ。しかし、その性格は酷く人を驚かせる事が好きで、ネタになりそうな人をとことん食い物にするという最悪なヤツなのだ。そして、不名誉な事に俺はそのネタ人物に選ばれている。
「なんだよ」
「なんだよぉ? 冷たいなあ。僕、喜ばれる事は数知れずしてあげたけど、恨まれる事をした憶えはないんだけど」
 へらへらとまるで重みのない笑顔。明るいだけのその表情が、いつも俺に猜疑心やらの暗い感情を抱かせる。
 何を抜かす。昨夜のことを忘れたとは言わせないぞ。
 昨夜。
 俺はヒュ=レイカのお膳立てのおかげで、リュネスを含む凍姫の連中と、こちらはルテラとヒュ=レイカとで夕食を一緒に食べる事になった。まあ、それそのものは確かに感謝するべきなんだろうけど……。でも、そこに至るまでの経緯が気に食わない。結果的に俺は、ヒュ=レイカの自己満足の肥やしにされて、更にルテラにリュネスの事までバラされた。本当の所、俺はリュネスとある程度仲良くなるまでルテラには黙っておくつもりだった。それは、何らかの原因で関係が破綻してしまった時にあれこれと口出しされたり、要らない同情をかってしまったりするのを防ぐためだ。にもかかわらずだ。全部ヒュ=レイカのせいで台無しだ。ルテラは何を思ったのか、自分が仲介をやるみたいな事を言い出して。結局昨夜は飲み過ぎで酔っ払って大した行動には出ていないけれど、ルテラが凍姫の三人と知り合いな以上、なんらかのアプローチをかけるのも時間の問題だ。ルテラはきっと俺がリュネスをどうこう思ってるとかなり誇大して伝えるに違いない。ただお互い少しだけ面識がある程度だけの間柄だというのに。そこに、そんな突っ込んだものを持ち込んだらどうなるかなんて幾ら俺でも容易に想像がつく。あっさりとした関係の崩壊だ。お互い気まずくなってそれまで。フライングは気持ちをひかせてしまうのだ。それが俺のミスならまだ諦めもつくだろうが。
 まあ、とにかく。俺はこいつのせいで崖ッ淵に立たされてしまっているのだ。それを喜ばせる行為と称しているヒュ=レイカ。腹が立たずにいられるだろうか? 大抵の人間は俺と同じ気持ちになるはずだ。
「ふ〜ん。まあ、いいや。シャルト君がそうなら、僕も今後は関わらないようにするからさ」
 と。
 ヒュ=レイカはあっさりと踵を返してこの場を立ち去ろうとした。
 変だ。やけにあっさりとし過ぎてはいないだろうか? こういう時は絶対に何か企んでいるはず。
 すると、案の定。
「せっかく、リュネスのいい情報知ってたんだけどなあ」
 そう、わざとらしく寂しげな口調でつぶやき、はあ、と溜息を吐く。何から何まで演技がかってわざとらしい。それが余計にむかつく。
「まあ、シャルト君は、僕なんか友達でも何でもないって言うし? それじゃあねえ。赤の他人に、まさかこんな凄いこと言えないしなあ。ああ、残念無念」
 ちくしょう。
 やっぱり俺はこいつの言いなりになるしかないのだろうか? いつもの戯言ならば無視できるのだが。リュネスの事となれば俺は無視が出来ない。そしてこいつはそれを知った上でこうわざとらしく言い含めているのだ。つまりは俺の弱味をついて半分脅迫しているようなものである。
 仕方がないんだ。あえてこいつの言いなりになるのもさ。
 だってそうだろ? 俺は、リュネスの事と自分のプライドとを今更、天秤にかけて重さを量るような真似はしないんだから。
「悪かったよ……お前には感謝してるからさ……」
 不本意な言葉に悔しさを通り越して諦観の念が込み上げる。どうせ俺はヒュ=レイカにはどうやったって勝てないんだ。能力の可否の方向性があまりに違い過ぎる。俺は人を掌握し使役するような才能はない。欲しいとも思わない。けれど、俺はその分、別な部分で勝ってるんだ。
 そう自分に言い聞かせてなぐさめる。
「え? なんだって? 聞こえないなあ」
「だから、悪かったって! 心の友!」
 なかば自棄になって叫んだその言葉。するとヒュ=レイカはニヤッとした表情で振り返った。してやったり、という勝ち誇った表情だ。
 馬鹿みたい。意地になっちゃって。
 と、俺の肩の上でテュリアスがあくびをしながらそう淡々と言い放った。
 ……別にいいじゃんか。俺にとってリュネスは、少なくとも俺のプライドよりも大事なんだから。



TO BE CONTINUED...