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今、私自身の真価が問われています。
この一ヶ月、私は決意に添った成長が出来たでしょうか?
出来ていなければ、その程度のものだったという事になります。
努力をしなかった訳ではありません。けど、努力するだけなら誰だって出来ます。
私の決意は努力をするためのものではありません。
何よりも結果を出すための決意なのですから。
「大変です、頭目代理!」
突如として起こった北斗の非常事態。
凍姫本部に向かった私でしたが、まだ実戦経験も訓練らしい訓練をしていないため、出動はせずに本部の待機組となりました。実戦では如何なる事態が起こるのか分かりませんので、そのフォローの役目をするのが待機組です。けど私の場合は本当に文字通りの待機です。演習ならばともかく今は実戦なのですから、私のように未熟な人間はかえって邪魔になるだけなのです。
私はみんなと一緒にロビーで随時送られてくる現在状況を記した書類に目を通しながら、一時間ごとにやってくる監視の交代時間を待っていました。何か異変がないのかどうかを見張るものですから私にもこのぐらいはなんとか出来ますが、初動の如何に関わる事と考えるといささか緊張も込み上げてきます。
そんな時でした。
突然、ロビーの中に飛び込んできたのは、凍姫の通信関係を担当している人でした。手には随時持ってきていた現在状況を知らせる書類を携えています。それ自体は先ほどから何度もしてきた事なのですが、今回ばかりは血相を変えて酷く慌てています。せっかくの書類も、力がうっかり入ってしまったため端がくしゃくしゃになっています。
「どうしたのですか?」
ロビーの奥に座っていたミシュアさんは、その様子を前にふと手元の書類から目を離しました。ミシュアさんが目を通していたのは凍姫の運営に関するものだと聞いています。
「これを!」
差し出された書類に早速ミシュアさんは目を通します。
一体何事なのかと、私を含むロビーで待機する数人が一斉にその様子へ目を向けます。すると書類に目を通すなりミシュアさんの表情が凍りつきました。
「風無が……。今現在、本部には何名残っていますか?」
「それが……現在監視をしている三名と、この場にいる人間だけです。後は全て事務関係なので……」
改めてロビーを見回すと、ここに居るのは私を含めて二十名ほどでした。先ほどホールで見た時はもっと沢山いたように思えたのですが。実際数えてみると、それほど多いとは言えません。
血相を変えてやってきた通信部の人は、酷く深刻そうな表情を浮かべています。ミシュアさんも辛うじて表情を持ち直すものの、いつになく動揺の色が浮かんでいます。なんだか雰囲気が不穏です。ロビーの温度も一気に下がりました。私も二人の緊張した会話を聞いている内に、いつの間にか手のひらをぎゅっと握り締めています。
「仕方ありませんね。あなたはただちに、ファルティア達を呼び戻して下さい。頭目が相手では、私達ではどうにもなりませんから」
そして通信部の人はうなづくと、すぐにロビーを出て行きました。慌しい足音がいつまでも廊下から聞こえてきます。
頭目が相手?
私は今の会話で聞こえた言葉を思い出しながら首を傾げました。一体何が起こったというのでしょうか。『風無』とは確か北斗十二衆の一派だったと思います。そして、これは現状報告を読んで知ったのですが、今現在北斗に混乱を起こしている『敵』でもあります。もしかして、風無の頭目が凍姫に向かっているという事なのでしょうか? だとすると大変な事です。今、この凍姫には、見ての通り戦力がほとんどないのですから……。
嫌な空気がロビーを埋め尽くします。他のみんなも、多分私と同じ考えうる最悪の状況を考えているはずです。この重苦しい空気がそれを物語っています。みんなが考えている事と私の考えている事はきっと同じだと思います。つまり、この僅かしか戦力のない凍姫の本部に、頭目を初めとする実力者ばかりで構成された風無の本隊が向かって来ている。そういう事です。
「皆さん。察しはついているでしょうが、今現在、風無の頭目を含む本隊がこちらに向かっているとの情報が入りました」
そしてゆっくりと立ち上がったミシュアさんは、重苦しい口調でそう私達に伝えました。
やっぱり。
誰が言った訳でもありませんでしたが、そんな溜息混じりの声が一斉に聞こえたような気がしました。考えうる最悪の事態です。それがミシュアさんの口からはっきりと聞かされた事によって確信へと変わり、まるで爆発するような勢いで焦りが膨れ上がります。ぎゅっと握り締められた手のひらには嫌な汗が浮かび始めました。
「目的は分かりませんが、話し合いに応ずるような状況ではないでしょう。ファルティア達が戻って来るまで、三十分はかかります。その間、私達だけで風無とは交戦を行います」
ミシュアさんのその言葉に、より場の緊張感が高まりました。
その言葉からして、ミシュアさんも戦闘に参加するという事が分かりました。今のミシュアさんは凍姫の雑務を頭目の代わりにこなす事を仕事としているのですが、かつては凍姫の中でも有数の実力者だったそうです。それが今のように第一線から退いているのは、四年程前に起こった凍姫と雪乱の抗争の最中に大怪我をしたからなのだそうです。詳しくは分かりませんが、そのせいで現役で続ける事は無理だと判断して現在のポジションについたのです。そんなミシュアさんが戦闘に参加するのですから、如何に今の自分達が追い込まれた状況に立たされているのかを改めて実感します。
みんなは一斉に返事をすると、直ちに戦闘の準備に入ります。凍姫は武器を使わない流派ですが、代わりに戦闘用のコートのようなものがあります。それは魔術処理を施した特殊な繊維で作られているため、防寒目的よりも受けるダメージを軽減する目的の方が強いのです。見た目には極普通の薄手のコートですが、実際は下手な武器で切りつけられても衝撃一つ感じられないそうです。とはいっても、私は実際に自分で試してみる度胸はありませんが。
私もみんなに遅れず、支給されたばかりのコートに袖を通します。一番小さなサイズでしたが、私の体よりも一回り大きくて着られているような感があります。どうも、元々ある程度の体格がある人用に合わせているようです。考えてみれば、凍姫には私よりも背の低い人はいませんから、こうなっても仕方がないのでしょうが。
戦闘用のコートを着ると、よりいっそう身の締まる思いがしました。凍姫の制服に初めて袖を通した時も、今日から自分は北斗の人間だ、という緊張感が込み上げてきました。けれど、このコートには更に重い意味が込められているのです。北斗は戦う事で様々な外部等の襲撃から街や一般人を守ります。私達は北斗に住む人達の盾であり剣なのです。みんなを守るためにも敗北する事は、たとえ死んだとしても許されないのです。如何なる敵を前にしても、命を引き換えにしてでも勝利しなくてはいけません。勝つ事でしか何かを守る事は叶わない事を、私は人よりも知っているつもりです。このコートの持つ意味の重さは、言うなれば北斗に住む人達全ての命の重みでもあるのです。その重さを身に包むのだからこそ、ここからは本当に生半可な覚悟は通用しません。本当に死ぬ事もリアルな展望として考える必要があります。
一回り大きなコートに身を包んだ私は、気持ちを落ち着けるためにゆっくりと深呼吸をしました。そして、これまで教えられた通りの事をやれば大丈夫、と自分に言い聞かせます。ファルティアさん達が来るまで時間を稼げばいいのです。目的が凍姫の本部にある以上、決して無理をし過ぎずに守る戦いをすればいいのですから。
と。
「リュネスは残っていなさい。初陣の相手にはあまりに悪過ぎます」
その時、突然ミシュアさんが私の肩を掴んでそう言いました。
はい、分かりました。
口を飛び出しかけたその言葉を、私はすぐさま飲み込みました。
何故、今。私は安心したのでしょう? それは覚悟が足りないからです。
これではいけないのです。ただ守られて何もかもを人に任せていては、これまでの私とまるで変わらないのです。私はそんな自分を変えるつもりで凍姫に入ったはず。なのに、また逃げている。
私は飲み込んだ言葉の代わりに、新たな別な言葉をすぐに放ちました。
「いえ、私も出ます。出させて下さい」
すると、予想通りミシュアさんは驚きと訝しみの入り混じった表情を浮かべました。戸惑う気持ちと、厄介そうな気持ちの協和です。ミシュアさんのこんな反応も当然のことでしょう。ミシュアさんは私の実力を考慮した上で、私にそう言ったのですから。
「これは演習ではありません。自分の身が危険に晒されようと、誰も手助けは出来ませんよ?」
「大丈夫です。自分の身ぐらい、自分で守れます」
今の私は、これまでの私とは違うのです。
目の前で大切な人が殺されようとしても、何も抵抗する事が出来なかった私は過去の人間です。今、私は。ヨツンヘイム最強を誇る戦闘集団『北斗』の一員であって、守られるのではなく守る立場に立っているのです。無力だった頃とは違い、まだ未熟ながらも精霊術法を使う事が出来ます。戦う力は既にあるのです。あと必要なのは、強い意志だけ。その有無を、私はこの状況を打破する力の一端となって、何よりも自分自身に自身の成長を証明したい。今はその気持ちでいっぱいです。だから、私は逃げません。もう、二度と。
「……分かりました。ですが、必ず私の傍にいるように。いいですね?」
「はい、ありがとうございます」
ミシュアさんが苦笑いをしながら、そっと溜息をつきました。私の意思がどうやっても変わらないという事に諦めをつけて譲歩したのです。少し強引だった、と思いました。
さあ、もう下がる足場はありません。完全な背水です。
私は勝敗がそのまま生き死に直結する場所へ足を踏み入れたのです。少なくとも自分の意に反したり、またみんなの足手まといにならないようにしなければ。いない方がマシ、と言われるようでは、今の自分はあの頃とは違う、変わったんだ、と思う事が出来ません。
起死回生。
死ぬ事も、生きる事も、覚悟はしません。それはただの結果なのです。
今の私が覚悟するのは、必ず勝つ覚悟です。
「総員、臨戦態勢! 出ます」
TO BE CONTINUED...