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 信じられない。
 と言うよりも、理解が出来ない。
 いや、理解をしたくない。
 何故?
 どうして?
 虚しい、誰何に向けられた問いだけが通り過ぎる。
 ああ。
 私、なんて空虚なのだろう。
 涙も出ないから。
 何をしたらいいのか、分からない。

 とりあえず、泣いてみる?




 私の目の前に広がる光景が、やけに遠い。
 長い列の真ん中を、私はリルフェに手を引かれながら歩いていた。
 大勢の人。長い行列。そして、一面の黒、黒、黒。
 列の先頭を行くのは。
 教会の神父。その後に続き、濃紺の布がかけられた大きな箱を担ぐ人達。
 空っぽの棺桶。
 そして、私も空っぽ。
 やがて。
 行列はひっそりと静まり返った、湿った墓地に辿り着く。その一角へ、空っぽの棺桶は運ばれていく。
 ゆっくりと、棺桶は地面に掘られた大きな穴の中へ置かれる。そして穴の前で、神父は何かの聖句を紡ぎ始めた。
 誰もが表情が暗い。泣いている人もいる。
 凍姫の制服姿しか見た事がない、面識のあるあの三人も。私の隣に居るリルフェも。
 自分だけが、ただ整然としている。何をしたらいいのか分からなくて。
 沢山の人達が順番に穴の中の棺桶に葬花を添え、土を被せていく。
 知っている顔。知らない顔。
 こんなにも大勢の人達からあの人は好かれていたんだ。そう思うと、少しだけ嬉しさが込み上げ胸を締め付ける。
「ルテラ」
 と。
 リルフェが私の肩を叩き、白く小さな花弁を持った葬花とスコップを差し出す。
 私の番だ。
 みんなに続き、穴の中に葬花を捧げ土を被せる。
 それで終わり。
 そう思った時、急に私は胸の中が騒ぎ出した。
 どうしてこんな事をするのだろうか。空っぽの棺桶をみんなで泣きながら埋めるなんて。馬鹿げてる。けど、それは揺らぎようのない事実があるから。みんな、目を背けずに対峙しているから。こんな事が出来るのだ。
 私だけ。
 私だけが目をそらしている。
 事実に感情を絡め取られるのが恐ろしくてドアにカギをかけている。外から入って来れないようにではなく、自分が外へ出て行けないように。
 考えてはいけない。
 目を向けてはいけない。
 きっと、二度と立ち直れなくほど辛い現実にぶつかるから。
「ルテラ」
 誰かが私の肩を後ろから叩く。振り返ると、そこに立っていたのはお兄ちゃんだった。
「帰るか? それとも、もうしばらく残るか?」
 私は首を横に振り、帰る、とただ一言だけ答えた。
 お兄ちゃんはただ一言、そうか、と答えるだけで、そっと私の肩を抱いてくれた。いつも私を守ってくれる、お兄ちゃんの優しくて強い腕。けど、今はそこに安らぎはなかった。変わらぬ優しさがあるだけ。
 互いに言葉をかわす事もなく、そのまま墓地の外へ向かって歩く。
 街は普段と変わらず賑やかだった。威勢のいい商店街も、道を駆け巡る子供達も、みんないつものまま。
 ただ、あの人がいなくなっただけ。
「これからどうする?」
 お兄ちゃんが訊ねて来た。
 分からない。そう私は頭を横に振る。
 気持ちに整理をつけないと。
 まずは頭の中にそう浮かんだ。
 あの人とはもう会う事は出来ないんだと。自分が納得するまで、何度も何度も自分に言い聞かせて暮らす。そんな自虐的な生活もいいかもしれない。きっと、あの人はそんな私を放って置けないはずだから。
「ルテラ……」
 俄かに受け入れられるはずがないのだ。急に『死んだ』なんて言われて。しかも、あの人の体すら帰ってこないのに。
 あの人は私の半身。あの人のいない人生なんて考えられない。
 それがどれだけ重大な事なのか。なのにこの事実をたった一言、『死』という言葉で片付けられてしまう現実。
「ルテラ」
 嬉しい時も。悲しい時も。一緒に分かち合ってくれたあの人がこの世から消えてしまった私の悲しみを、一体誰が理解してくれる?
 これから、誰もが私にこう言うだろう。早く忘れて元気になれ、と。
 軽い。軽過ぎる。
 あの人は私にとってそんな軽い存在じゃない。
 みんな上辺だけだ。私の上辺だけを、上辺だけの理解で慰める。そんな事をされたって少しも嬉しくないというのに。
「ルテラ……っ」
 忘れられる訳がない。この人とならどうなってもいいと、それほどまで愛した人を。
 あの日、あの朝が最後の別れだなんて。
 こんなの……こんなの、悪夢だ。そうに決まっている。目を覚まし、傍らにいるあの人に安心させてもらうんだ。どこにも行かない、と約束してもらって。
 ―――。
 と。
「涙、拭けよ」
 お兄ちゃんの言葉で我に帰った私は、ふと自分の頬に手を当てた。
 濡れている。
 いつの間にか涙が頬を伝っていた。
 悲しみの涙。
「我慢するなよ。辛い時は素直に泣けばいいさ……」
 お兄ちゃんが私の頭をそっと抱き寄せる。
 途端、私はお兄ちゃんにしがみ付いて堰を切ったように泣いた。
 私は泣きながら、何故かスファイルと付き合い始める前のスファイルの事を思い出していた。あの頃から彼は私に好意を寄せてくれていた。幾ら私が冷たく突き放しても、心底残念そうな顔こそするけど決して不満を口に出さない人だった。本当に優しい人だった。どこまでも広がる、大きな毛布のような人。
 でも、それはもうここにはない。
 受け入れなきゃ。
 理屈では分かっているけれど、出来ない。まるで首を自分で締めるような錯覚に陥ってしまう。
 そういえば、こんな風に泣くのって久しぶりだ……。



TO BE CONTINUED...