BACK

 ……え、本当……ですか?
 やっぱり、運命ってあるものだと私は思います。
 だって―――。
 私とシャルトさんは、まだ繋がっているのですから。




 シャアアアアアア……。
 今日一日の訓練が終わり、私はシャワールームで熱いシャワーに打たれていました。
 結局、何の進歩も得られないまま訓練が終わってしまいました。私のチャネルは人よりもかなり大きく、そこから供給される魔力は凄まじい量なのだそうです。だからこそ、暴走という危険な状態に陥らぬように制御方法を一日でも早く習得しなくてはいけないのですが。一朝一夕でものに出来るほど安易なものではないとは言え、まるで進歩がない自分に落胆を隠せません。
 体を動かす訓練をした訳ではないのですが、酷く体が重く感じられます。それに、一日中精霊術法の制御のため集中し続けたので額の奥が僅かにズキズキと痛みます。熱いシャワーが頭に当たると、幾分かそれが楽になっていくように感じました。ただ、どうしても鉛のようなそれは頭から出て行ってはくれません。
 はあ、どうして私って駄目なんだろう……?
 もはや口癖となりつつある、その言葉。何かしら失敗をするたびに私は胸の中でそれを復唱していました。
 私はそれほど映える容姿をしていません。そればかりか、性格も酷く内向的で話し方もうまくなく、人に自慢できるような能力もありません。そんな私だからこそ、人がしないような失敗をすると余計に自分が情けなく思ってしまうのです。一体自分の取り柄とはなんなのでしょうか? その疑問が昂じて来ると、自分という唯一であるはずの存在そのものの意味すら無いように思えてきます。
 駄目だ……こんなんじゃ。
 すぐに私は気持ちを立て直しました。まだ訓練は始まったばかりなのです。一日目にして思うようにならないからと言って、いきなり落ち込んでしまってはいけません。こういった壁にぶつかって苦しい思いをしたのは私だけではないのです。ファルティアさんもリーシェイさんもラクシェルさんも、その壁を何日も努力して乗り越えたのです。だから大して努力を積み重ねてもいない私が音を上げるのは早過ぎるのです。それに私は人よりも劣る所の多い人間です。だから壁を乗り越えるには、少なくとも倍の努力が必要なのです。
 気持ちを切り替えて、今日の所はこれ以上思い悩むのはやめておく事にします。どうせ悩んでいても仕方がないのです。私はとにかくわき目も振らず無我夢中で訓練に従事し続けなければいけないのです。他のことは後回しです。
 と。
「リュネス」
 突然、私は名前を呼ばれて我に帰りました。
「どうしたの? ボーッとしちゃって」
 いつの間にか隣の個室にファルティアさんが入っていました。どうやら私は思い悩むあまりボーッと止まってしまっていたようです。
「い、いえ。ちょっと疲れたなあと」
「そっか。まだ始めたばかりだからね」
 そう言ってファルティアさんがシャワーのコックを捻ります。
「ああ、いい気持ち」
 ファルティアさんは目を瞑りながら降って来るシャワーを仰ぎます。普段は結んでいる長い髪は解かれ、濡れて綺麗に輝きながら下へ真っ直ぐに揺れています。思わず見とれてしまいそうな光景です。
 正直、ファルティアさんが羨ましいと思いました。ファルティアさんは背も高くてスタイルもよく、本当に綺麗な人です。しかも凍姫の頭目を務めるほどの強さもあります。掃除や整理が出来ないという欠点もありますけど、私のように何もない人間にしてみればまるで別格の人に思えてしまいます。ファルティアさんの持つ魅力がほんの少しでいいから分けてもらえれば。随分自分の世界が変わってしまうように思えるのですが。
「あ、そうだ」
 急にファルティアさんが私の方を振り向きました。私は慌てて正面を向きます。ジーッとファルティアさんを見ていたと思われたくなかったのです。別におかしな気持ちで見ていた訳ではないのですが、弁解の言葉にも困ります。
「これからさみんなでゴハン食べに行くんだけど、一緒に来るよね?」
 来るよね。
 行かない、とは言わせないような是否の選択を許さない強引な言葉。ファルティアさんは常に自分の主張は正しいと信じ押し通す人なので、こういう言葉が飛び出すのは珍しくはありません。けどそれは決して不快感もなく嫌味なものではありません。ファルティアさんが良い人で人徳に溢れているからでしょう。
「はい、ご一緒させていただきます」
「堅ッ苦しいわねえ。行く行く、だけでいいって」
 ケラケラとファルティアさんは愉快そうに笑います。
 そんなにおかしいでしょうか? ファルティアさんは先輩に当たる訳ですから、多少なりとも言葉使いは気をつけるべきとは思うのですが。それとも、かえってファルティアさんはこういう気づかいが苦手なのかもしれません。
「ま、楽しくパーッとやりましょう。今日はさ、昼間に会ったレイとかルテラとか来るしね。どいつも馬鹿ばっかりだから、気兼ねしなくていいよ」
 はあ、と私は気のない返事を返します。
 馬鹿ばっかりって……。ファルティアさんなりの親愛の表現なのでしょうけど。私にとってその単語は侮蔑でしかないので、そのギャップに少し戸惑ってしまいます。
 と。
「ここにいたのか」
 突然、個室の開き戸が開けられました。
「ひゃっ!?」
 慌てて振り向いたその先には、バスタオルを巻いただけの姿のリーシェイさんが立っていました。
「ちょ、ちょっと、開けないで下さい!」
 私はすぐにリーシェイさんを押しやって開き戸を閉めました。この開き戸は丁度私の膝から肩ぐらいまでを覆う役目があります。それを開けられると、外から全部見えてしまうのです。リーシェイさんだって知らないでやったはずではありません。……意地悪です。
「別に女同士で恥ずかしがる事もあるまいに」
「……そういう問題ではありません」
 絶対に私がこういう反応をすると分かっててリーシェイさんは開けたのだと思います。その証拠に、表情が少しにやけています。
「あんたは煩悩の塊だからね。リュネスが怯えるのも当たり前なの」
 そう、隣のファルティアさんが言い放ちました。はっきりと同意はしませんが、遠からずとは思います。
「ふふふ。お前も今夜一緒に来るのだろう? 楽しくなるな」
 リーシェイさんはファルティアさんの言葉を無視し、開き戸の上に両腕を置いてもたれたまま、にこやかな表情を浮かべています。その姿勢からだと、私はじろじろと裸を観賞される事になります。けど、やめて下さい、とはっきり言う勇気もなかったので、私は視線から少しでも逃れるようにリーシェイさんには背を向けます。
「はあ……」
 背中にリーシェイさんの視線が当たっている事がひしひしと感じられます。酷く居心地が悪いです。私はすぐに出ようと急いで体を流します。
「今夜はシャルトも来るからな。お前とどちらを連れ帰ろうか真剣に悩むぐらいだ」
「はあ? あいつも来るの?」
「ルテラはレジェイドを連れて来ると行っていたぞ。だったらシャルトも来る」
「どういう理屈よ」
 シャルト……さん?
 その時、リーシェイさんの口から飛び出したその言葉に、私は思わず振り向きました。すると思わず背後のリーシェイさんと目が合います。
「なんだ? ……ああ、そうか。お前、昼間にヒュ=レイカとシャルトの事で何か話していたようだが。知り合いなのか?」
「え、ああ、まあ、その……」
 知り合いというか、何と言うか。
 私とシャルトさんの関係は、それほど親密なものではありません。ただお互いに面識があるという程度です。私はシャルトさんの事を特別な意味での好意を抱いていますが、所詮は一方的な気持ちでしかありませんし……。
 ただそれよりも、私を驚かせたのは。今夜、みんなとご飯を食べに行くそこに、数日前に別れたきりのシャルトさんが来るという事なのです。
 昼間、ヒュ=レイカさんにシャルトさんの事を聞かされて以来、ずっとシャルトさんに会いたいという気持ちが頭の真ん中に根付いていました。でも、どうしてもそれを実行に移す勇気が私には出せません。自分で行動しなくては機会は一生巡ってはきません。しかし私にはその行動力がありません。だから、ただひたすら、その機会が偶発的にやって来る幸運を待つことにしたのですが。それが、まさかこんなにも早くやってくるなんて。
 これはやっぱり……?
 思わず私はその言葉を口にしそうになりました。そんな夢みたいな話、まさかこんな私に縁があるなんて。でも、こんな偶然が続く以上……は?
 ……と。
「リュネス」
 突然、リーシェイさんは開き戸を開けると個室の中へ入ってきました。
「な、ちょっと、リーシェイさん!?」
 ずんずんと近づいて来るリーシェイさんに、私は両手で体を隠しながら狭い個室の隅へ逃げます。しかしそれ以上どこへ行ける訳でもなく、結果的に隅に追い詰められた私を更に逃がすまいと、リーシェイさんは両手を私の両側にばんと置きました。
「お前、シャルトとどういう関係だ? 言え。言うのだ」
 じっとリーシェイさんの真っ黒な瞳が私を見下ろしてきます。
「ど、どういうって、言うほどのものでも……」
「何? それは只ならぬ関係という意味か?」
「いえ、そうじゃなくて……」
 更に詰め寄ってくるリーシェイさん。その強引過ぎる気迫に、私の言葉は全てかき消されてしまいます。
 すると、
「おい、この変態」
 ゴツッという鈍い音が聞こえました。見ると隣からファルティアさんが身を乗り出し、シャワーのヘッドを構えていました。それでリーシェイさんの頭を叩いたのです。
「いい加減に離れろ。それとももう一発欲しいか?」
「ふん……今夜の宴には欠席してもらうとするか。お前だけはな」
 そしてつかつかと二人はシャワールームから出て行き……。
 どうして一日にこう何度も同じ事をするのでしょうか。
 人間とは皆違った価値観を持っているのですが。どうにも私はついていけそうもありません。
「さて、出ましょうか……」
 私は静かにコックを閉めました。



TO BE CONTINUED...