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それが、私にとって当たり前の事でした。
自分の持つ、当たり前。周囲は気づいたとしても、自分ではなかなか気づきにくく、認めることもしません。
人は自由な存在というのは嘘です。
人は一つの場所に囚われなければ生きていけない存在です。絶えず変化していく環境に自分そのものを重ねる事は出来ないのです。それは個性の放棄であって、非体系的な思考能力、逆螺旋の自己価値観といった人間の精神面を著しく退廃させるから。
絶対に変えたくはない何か。人は誰しもが必ず持っています。
でも私は思い切ってそれを、一度思考の混沌の海へ沈めようと思います。
新しく染め直すために。
翌日。
私は昨日に続き、凍姫の訓練所のホールで精霊術法の制御トレーニングをしていました。トレーニングはファルティアさんとリーシェイさん、ラクシェルさんの三人がつき、昨日にも増して過酷なものとなりました。いえ、そう感じるのはただ私がいつまで経っても進歩を見せないからであって。せっかくの熱心な指導も、何一つ私の実にはなっていないのです。そのためか、午後の訓練は休みになってしまいました。ファルティアさん達が、何か良い制御方法を研究するのだそうです。けれど私は、それがどこかサジを投げられたように思えてなりません。もしも私がファルティアさん達の立場だったら、幾ら一生懸命指導しても私のような成長のない人間なんてまず間違いなく嫌になって投げ出しているはずですから。
昼休みの時間の開始と共に、私は訓練所を後にしました。
ファルティアさんには、このまま帰ってしまってもいいと言われています。もしかすると今夜は遅くなるかもしれないそうです。精霊術法の制御とはそれだけ難しいものなのです。にも関わらず、更に私のために新しい方法を考え出す訳ですから、それも仕方がありません。何か手伝える事があるのであれば、手伝いたいのですが。あいにく私では足手まといにしかなりません。
さて、どうしよう……?
私はとぼとぼと道を歩きながら、塞ぎ込んだ気持ちを抱えて落ち込んでいました。
立ちはだかる壁。
それは、あれほどまで願っていた強くなろうという意思の進む先へ立ち塞ぎ、頑として動こうとはしません。そればかりか、前進する意思そのものまでをも削ぎ取っていきます。
頑張れば何とかなるだろう。
努力の前に限界はない。私はそれを支えに、どんなに訓練が厳しくとも、そして思うような結果の出せない現実に苦しんでいようとも、自らの推進力として我武者羅に進んでいました。けど、それだけではどうにもならない、乗り越える事の出来ない壁があるのです。
私はいきなりその壁に行き当たってしまいました。精霊術法の生み出す魔力を制御するには、努力だけでは無理なのです。ファルティアさん達も全く努力をしなかった訳ではありません。けれど、それは元々の優れた素質があったからこそ実ったのです。原石も磨けば宝石となって光り輝きます。しかし石ころは幾ら研いても石ころのままです。決して光り輝く事はありません。
北斗に入り、『死神』と呼ばれ諸集団に恐れられる北斗の持つ、世界で唯一実用化した精霊術法の強大な力を手に入れるなんて。所詮は私の大それた空想、絵空事でしかなかったのです。にもかかわらず、私は努力さえしていればなんとかなると勘違いして強引に凍姫に入り、精霊術法を使うための第一段階である開封を行ってチャネルを開きました。しかし私のチャネルはあまりに大きく、そして私は未だに制御する事が出来ません。結果的に、私は凍姫どころか北斗そのものにとって危険で厄介な存在になってしまいました。私は、せめて自分とその周囲だけでも守る事が出来るほどに強くなりたいと願っていました。でもこれでは本末大転倒で、強くなるどころか逆に北斗にとっては敵集団の襲撃よりも性質の悪いものに成り下がってしまったのです。
生きているのが嫌になる。
その言葉が、最も簡単で効果的な現実逃避への最後のブレーキでした。自分は辛い人生を送っている、と客観的に見つめ、自虐的な加虐的になり、それをなんとも哀れだと優しい言葉をかけて慰める。まるで自分でつけた傷を舐めるかのような自責行動、過剰呵責。こんな事をしている自分さえにも私は強い自己嫌悪の念を抱いていました。こんなくだらない事を考えて自分を追い詰めて、破綻する傍らでそれを楽しむ甘え。手首一つすら切る度胸のない自分です。これ以上ないほどに自分を卑下し、失敗も『私には素質が無かった』と自らの及ばぬ部分を理由にして納得する。
こんなんじゃ駄目だ。
それは全て私の『弱さ』です。
私はそれを含めた過去の弱い自分を克服するために凍姫に入ったのです。まだ一ヶ月も経っていません。にもかかわらず、もう才能やら素質やらを理由に逃げ出そうとしている。
それでは駄目なんです。
何かを理由にして逃げるのは、もうやめなければいけないのです。やめない限り、私はいつまでも克服したかった過去の自分のままなのです。
何かを頼ってはいけません。
頼る何かを作ってもいけません。
目の前の現実から逃げてはいけません。
逃げ場所を捜してはいけません。
私にあるのは、ただひたすら前に進むための道があるだけです。
だから、もっと前向きに考えようと思います。精霊術法の制御だって、私は足の届かない深みにはまってしまっているだけなのです。足が届かなくとも、手でもがけばいいのです。まだ、諦めるのは早過ぎます。もっともっと最後の最後まで悪足掻きをして。それでも駄目で、自分の天井がはっきりと見えてしまった時。もう一度、今と同じ事を考えてみようと思います。
私は生まれ変わらなくては。
自分の弱さを知っているくせに、それを理由にして後退りし続けるリュネス=ファンロンから。
自分には無理だと思ってはみたものの、諦め悪く足掻き続けるリュネス=ファンロンへ―――。
と。
私はふと思い出したように空腹感を憶えました。今は昼休み、昼食を取る時間です。
まずはご飯を食べよう。お腹が空いていると、体だけでなく気持ちにも力が入りません。元々意志薄弱な私です。これ以上気持ちが弱くなってしまったら何も出来なくなってしまいます。
さあ、自分の足で歩きましょう。
背中は押されるためだけにあるのではないのですから。
TO BE CONTINUED...