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「ぐっ……!」
虚ろだった感覚が突然リアルになる。瞬間、まるでナイフでも突き刺されたかのような鋭い痛みが後頭部から突き抜けてくる。そのあまりの感覚のギャップに、俺の意識は一瞬で鮮明化した。
目を開け、その鋭い痛みの走る後頭部を押さえながら、俺は目もろくに開けない内にとにかく立ち上がった。意識を取り戻しても、どこか全身の感覚が鈍い。唯一痛みだけが普段通り俺に牙を向いてくる。
どうやら頭を打ったみたいだな……。
そう苦々しく思いながら、何気なしに霞んだ目で後頭部を押さえた手のひらを見やる。するとそこには、案の定べっとりと赤黒い血が広がっていた。どうやら先ほどシャルトを庇った時、運悪く頭に術式の一つが当たってしまったようだ。服はかなり傷んでしまったようだが、痛みの割にダメージはそれほどでもないようだ。頭の怪我も出血が派手なだけで大した事は無い。
一体どれぐらい意識を失っていたのだろうか。
ゆっくりそれを考えながら、緩慢にしかならない動作で落ちた自分の大剣を手に取り、ふらつきながらも何とか立ち上がる。鈍い感覚は気合で強引にカバーする。しかしそれでも万全には程遠い。
シャルトは……どこだ?
霞む目を擦りながら、俺は状況を確かめる。
徐々に記憶が戻ってくる。そう、俺が意識を失う前。俺達は左右上方から姿も見えない敵の術式で狙い撃ちにされていた。それで何とか廃墟街を抜けて不利な状況だけでも打破しようとしたのだが、そこでうっかり下手を打ってしまってこんな事になっちまったんだ……。
「まずい!」
と。
俺はまるで稲妻のように事態の切迫さに気がつき、全身が戦いの緊張を思い出す。俺は反射的に剣の柄を強く握り、周囲を素早く見渡し注意深く気配を探る。
いない。
シャルトの姿が無い。
くそっ。
直後、俺はすぐさま足を踏み出し駆けた。シャルトの容姿は一目見ただけですぐに識別がつく非常に目立つものだ。どんなに視界があやふやでも、そうは簡単に見落とす事はない。そもそも俺の周囲には、あれほど渦巻いていた無数の殺気が、今ではまるで嘘のように消えてなくなっている。つまり連中がどこにもいないのだ。
やがて。
駆け出した俺は、その消えたはずの連中の行方を目の当たりにした。
「……なんだ? こりゃ」
おぼつかない足でひた駆ける俺は、思わず息を飲んだ。
ただでさえ廃墟となった建物が建ち並んでいる戦闘解放区だが、明らかに分かるほど風景が変わっていた。俺達は確かに比較的形がしっかりと残っている廃墟に両側を挟まれた道を走っていた。にも関わらず、まるで俺が意識を失っている間に別の所へ移動でもさせられたかのように周囲の風通しが良くなっているのだ。何かしらの破壊活動が行なわれたのだろう。普通ならばそう考えるのだが、周辺には瓦礫の代わりに幾人もの人間が点々と散乱していた。
「どうなっていやがる……?」
けれど今は一刻も早くシャルトを見つけなければならず、俺は首を傾げる暇も惜しんで駆け続けたが、正直不気味な気持ちでいっぱいだった。おそらくこいつらは、俺達を狙っていた連中だと思っていいだろう。けれど、一体誰がこんな事をしたのだろうか?
連中は皆、凍傷と裂傷を負って倒れていた。それはまず精霊術法の仕業と捉えて間違いはない。まさか連中は仲間割れでも起こしたのだろうか? その割には規模があまりに大き過ぎる……。いや、今はそんな事よりもシャルトを先に見つけなければ。
漠然としていた不安感が、この異常事態を目の当たりにさせられたからだろう、リアルなものとして浮き上がってきた。俺らしくもないが、怯えにも似た慎重さに自分の行動全てを縛り付けられる。
やはり、まだ早かったのだろうか?
今更とは思ったが、そう後悔せずにはいられなかった。
もし、シャルトの身に何かがあったら、それは全て俺の責任になる。俺がシャルトを守ると言っておきながら、守りきれなかったのだ。当然、責任は全て俺に行き着く。しかしそんな事よりも、まずはシャルト自身を実質的に擁護する責任を果たさなくては。ただ『責任は果たす』なんて安易な言葉、俺にとっては見苦しい自己弁護でしかない。何よりも結果、徹底した現実主義こそが北斗の本質。周囲の評価なんて結果さえ出してれば後からついてくるものだ。
―――と。
「うおっ!?」
不意に響き渡った、空気を震わす凄まじい轟音。まるで無防備だった耳へ土足で上がり込み、鼓膜を遠慮なく叩く。音が鳴り止んでも止まぬ耳鳴りに顔をしかめつつ、俺はすぐさま立ち止まって今の音が聞こえてきた方向を探る。すると実に分かりやすく立ち昇っていた硝煙を目にした。
「こっちか!」
今の音は間違いなく精霊術法の音だ。仕事柄、精霊術法を操るヤツは嫌と言うほど相手にしている。一般人よりもはるかにそのものの経験は多い俺がそう思うのだから間違いはない。
この音の主が、あの屍を作ったヤツなのだろうか。現時点の状況証拠にも満たないそれでは、せいぜいそこまでが推測域の限界だが、悪い想像だけが次から次へと飛躍していく。そして募った焦りは俺の額へ冷たい汗となって浮かび上がる。
そして。
「な……」
俺が目指し駆けたそこに立っていたのは。
異様にギラついた目で冷たく俺を見据え、両腕を真っ赤に染めて立ち尽くすシャルトだった。
その姿は思わず我が目を疑うほどの変貌ぶりだった。元々色白な顔にある真っ赤な返り血が尚更凄惨な表情を彩っている。俺にはまるで獰猛な動物と鉢合わせたような衝撃が感じられた。
シャルトの周囲がキラキラと光を反射する塵のようなものに覆われている。ほぼ間違いなく精霊術法だ。となれば、先ほどの爆発はシャルトの仕業なのだろうか? しかしその割に、シャルトは確か雪乱での研修では術式の攻撃法は習っていなかったはずだ。にも関わらず、明らかな現象を起こしたという事は。考えたくは無い事態に、もう片足を突っ込んでいるのかもしれない。
足元には幾つもの屍が折り重なっている。それらをまるでゴミか何かのようにシャルトは踏みつけている。しかし、それとは対照的に。シャルトの表情は酷く怯えていた。
TO BE CONTINUED...