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五人のファルティアの一斉攻撃。
右腕を大きく引き絞り、リュネスに向かって前傾姿勢で自らを打ち出す。先程に比べ段違いの速さだ。
速過ぎる。
リュネスは咄嗟に自分の反応速度では回避できない事を判断すると、すかさず手のひらを目の前に並べて広げイメージを描き体現化した。描いたイメージは、先程展開した障壁と同じ半透明色の多面体の障壁。しかし全方位をカバーするものではなく、前方のみに障壁を集中させ、より平均的な密度を高めたものだ。
それはまるで爆発音にも似た轟音が鳴り響く。
初打が展開した障壁を捉えると同時に、一斉に障壁は色が濁り硬質化、正面から向かってくる豪腕と火花の散るような激しい衝突を起こした。
元から自重の軽いリュネスは衝撃に踏ん張る事が出来ず、彼女の歩幅で二歩ほどの距離を強制的に後退させられる。だが、障壁から伝わる衝撃は先程よりも遥かに軽いものだった。接近戦を得意とするファルティアの攻撃には、ピンポイントに絞った高圧の障壁を用いた方が遥かに防御効果が高い事を確信する。
第二打が障壁を打ちつける。
足の裏で地面を削りながら強制的に後退させられ二本の轍を作る。
先頭のファルティアの動作を、術式で作り出された分身が一呼吸遅れてそっくりそのままなぞる。
姿形だけではなく、威力もオリジナルと比べまるで遜色が無い。術式で作り出された分身とはとても信じられなかった。本当に本人が五人に増えてしまったかのように錯覚してしまう。
第三打。
第四打。
更にそれぞれ一呼吸ずつ遅れて本体とまるで同じ動作で攻撃を放つ。
全く同じ動作によって放たれた攻撃は、必然と全く同じ場所へ威力が集中する。
直接触れていないはずの両腕が粉々に砕けてしまいそうなほどの衝撃を抱えるリュネス。続いた二、三打目の威力に押し負け、目の前に障壁を展開したまま両足が地面の上を離れてしまった。
第五打。
最後の分身はすかさず空中のリュネスに向かって最後の一撃を繰り出した。
障壁とのぶつかり合いによる硬質の衝突音。そして自らを支える事の出来ないリュネス体は、まるで紙のように飛ばされてしまった。
宙を舞った僅かの間、リュネスはすかさず己の負傷状況を調べる。腕は痺れこそあるものの問題なく動く。体も直接打たれた訳ではないのでダメージは全く無い。
随分と冷静に考えられるようになった、とそんな自分の行動を素直に驚いた。つまりそれだけこの戦いに自分は集中しているのだ。
着地。
同時に突進してくる五人のファルティアに合わせ、リュネスは脳裏に描いたイメージを体現化する。
描いたイメージ、それは氷の大剣。
「それはッ……!?」
驚きにファルティアの眉尻が上がる。
自分とファルティアとでは自重に差がある。その上、ファルティアの一撃は倍以上の体格を持つ人間のそれとほぼ同程度の重く強烈なものだ。たとえ障壁を展開しているとは言え、真っ向から受け止めていては体格で劣る自分は衝撃に耐える事が出来ない。接近戦など自殺行為以外の何物でもないのだ。
近寄らせてはいけない。
リュネスは大剣を横薙ぎに旋回させた後、方向を変えて袈裟切りに繰り出した。凄まじい剣圧と共に冷気が巨大な刃のように放たれる。それに合わせて、分身を伴うファルティアは横へ回避。しかし一呼吸ずつ遅れていく分身達は、ファルティアの回避が主観で計られたものであるため、結果的に回避動作が後になるほど遅れてしまう。結局回避の間に合わなかった一番最後の分身は真正面から冷気の刃を受け、真っ二つにされ砕け散った。
本体は外した。ファルティアの反応速度を考えれば、この距離からの攻撃では当然の結果と言える。しかし、分身を一つ破壊する事に成功した。単純に捌かなければならない攻撃の回数が一つ減るという事は実に大きい。このまま遠距離戦に徹し、出来る限り残りの分身を削り落としておけば展開が随分有利になる。
だが。
「甘い」
すかさずファルティアは胸の前で、右の手のひらに左の拳を打ちつけ韻を踏んだ。すると砕け散った分身の残骸が自分の意思を持ったかのように一点に集まり互いに結合し合い、瞬く間に元の姿を再生してしまった。
ファルティアが術式で作り出す分身は、ラグのある同じ動作しか出来ないものの、能力は本人と遜色無い。動作が読み易いという欠点をまず考えるが、術者の動作をそのまま追走する以上はファルティア本人の動きを掴めなければ意味は無い。しかも分身は術者により何度でも復活が可能である。つまり、本体を叩かなければ何度分身を倒してもキリがないのだ。
ファルティアの最も得意とするレンジを考えると、この術式は漬け込めそうな隙らしい隙が見当たらない。術式そのものは攻撃力を持たず、ただ本人の真似をするだけ。術者は分身に拠った戦術を意識する必要も無く、術式を使用した事に生ずる穴を叩く戦術は使えないからである。
受けるこちら側は常に術式を意識して戦う事を強いられる。相手側の視点に立てば、ただ一方的にこちら側が行動を制限されるだけのように見えるだろう。自身を強化するだけのような単純な術式ほど、対処方法というものは極限られるのだ。
「ミシュアさんの技までコピーしてたのは驚いたわ。でも、無駄よ。諦めなさい。アンタにこの技は破れないわ」
再びファルティアは右腕を引き絞る構えを取る。四対の分身もまた、それぞれが一呼吸ずつ遅れて同じように構えを取る。
「私には勝てない。絶対に」
ファルティアの非情な言葉がリュネスの頭に重く圧し掛かる。決定的な実力差は、術式を駆使する技術とそれを有利に働かせる戦術という形で、これ以上に無い理解のし易い形で見せ付けられた。ああも意気軒昂としていた自分が嘘のように萎縮していくのがひしひしと感じられる。
単純な術式の出力ならば確実にチャネルの大きい自分が上。しかし、他の全ての要素において自分は劣っている。体格も、経験も、戦術や技術も、何一つ勝る要素を持ち合わせてはいない。そしてただ術式の出力が高ければ良いのではない事を、今の構図が明確に物語っている。
本当に自分は勝つことが出来ないのだろうか?
嫌だ。負けるのは。
そうリュネスははっきりと思った。それは普段のように心の中で呟くような些細な言葉ではなく、実際に口に出してもおかしくはないほど強い感情の発露だった。
負けたくない。もし、今ここで負けてしまったら、きっと後から悔しい思いをする。それに、自分の意思ではないとは言え、ファルティアさんにこれ以上こんな事をして欲しくない。
何もかもを終わりにして、元の北斗に戻す。そのためにはまず勝たなければ。最初の一歩すら踏み出せない。
リュネスはそっと目を閉じ呼吸を鎮めると共に、脳裏にこびりついたあらゆる無駄な思考や感情を拭い去る。必要なのは戦う意思と勝利への希望を繋ぐ思考。感傷的なものは一切必要無い。
よし、いける。
やがて頭の中を完全にクリアな状態に変えたリュネスは目を開き、きっと目前のファルティアを見据える。
「勝ってみせます! ここで立ち止まる訳にはいきません!」
「やってみろ! 誰にもあの人の邪魔は絶対にさせない!」
そして、三度ファルティアは右腕を引き絞ったまま自らの体を打ち出す。
そのすぐ後を術式で作り出された分身がそれぞれ一呼吸ずつ遅れ、ファルティアと全く同じ動作で追走していく。弾丸の如きその速さは、全力であろうと思われた先程とはまるで比べ物にならなかった。今度こそ、正真正銘の全力だ。
口上を述べたものの、リュネスにはファルティアに対する攻略の糸口はまるで掴めていなかった。
恐ろしいまでの速さで自分との距離を縮めてくる。破壊力とは質量と速度の相乗である以上、更に加速したファルティアの放つ一撃は比例して威力を増しているはず。先程のように障壁を展開した所で耐え切れるのか分からない。そもそも、たとえ受け止められたとしても何の手立ても講じていない以上は同じ事の繰り返しだ。
もしも自分にファルティアの言うような、人の技をコピーする才能があるのだとしたら。
それは、人の技を単純に外見だけ模写するだけの才能か、技そのものをそっくりそのまま自分のものにしてしまうものなのか、自覚がない以上判断はつかない。けれど、これは自分にしかない才能だ。もしもこれが本当ならば、この圧倒的な実力差を引っ繰り返す未知数の要素には十分成り得るはずだ。
見極めろ。
見極めろ。
どんな技にも必ず穴はある。完璧な技など存在しないのだ。
見極めろ。
見極めろ。
もしも、とは言わない。そうである事を、自分を信じて、ただこの瞬間に集中するのだ。
二人がぶつかり合うまでの刹那、リュネスは搾り出せるだけの集中力を全て己の視力に注ぎ込んだ。
一挙手一投足、どんな些細な事でも見逃さぬように。ただ、ファルティアの動作全てを己に焼き付けようと集中する。
そして。
……見つけた!
それは暗い水の底へ伸ばしかき回していた手の中に、突然絡み付いてきた何かに似ていた。
すかさず手を握り締めしっかりと掴むリュネス。そして脳裏に描いたイメージをそのまま体現化した。
直後の爆音。
五回連続で響き渡ったそれはしばしの間周囲の静寂を掻き乱し、煌々と鳴り響いた。だが、喧騒が彼方へ消えてしまった後、最初に声を放ったのはファルティアだった。
「な……そんな」
驚愕、と呼ぶよりもうろたえと呼ぶのが相応しい声だ。
術式により作り出した四つの分身、それは皆一様の姿で硬直していた。そして、四人の目の前にはそれぞれ同じ影があった。
それはリュネスだった。全く同じ姿が四つ、それぞれの分身の右腕を受け止めているのである。しかも受け止めている腕は、ファルティアの右腕と全く同じものだった。
「私の技を、コピーした……?」
ファルティアの唇が小刻みに震えている。怒りと狼狽、それらが綯い交ぜになった表情だ。
リュネスとファルティア、それぞれ本人もまた同じように右の拳をぶつけ合ったまま硬直している。共に全く同じ、鈍い青の体格に不似合いなほど膨張した腕だ。
「所詮は猿真似よ。腕も姿形を真似ただけじゃない」
「それでも、威力は同等です」
その言葉を証明するかのように、二人の拳はぴくりとも動かなかった。決して力を抜いている訳ではない。互いの威力が全く同じであるため、交点で相殺されているのだ。
まさかこんなにもあっさりとコピーされるなんて。
ファルティアがこの術式を完璧に習得したのは本当につい最近の事だ。それほど『凍姫の微笑』と呼ばれるこの術式は高度な技術を要する難度の高い術式なのである。
にもかかわらず、リュネスはたった一度受けただけで寸分違わずにこの術式をコピーしてしまった。いかに天才と呼ばれる人間でも、これほどの短期間で習得する事は絶対に不可能だ。それを可能にしてしまったリュネスは、やはり天性の才能があると言わざるを得ない。
「ファルティアさんの言う通りでした。私には相手をコピーする才能があるみたいです」
そして、ぱりんと硬質の音を立てながら互いの分身が次々と砕け散っていった。ただ単純に、分身が互いの技の威力に耐え切れなくなったのである。
「だから、猿真似でしかないわよ。こっちは自分の技の性質から何もかもを知り尽くしてる。そう弱点もね。真似るだけのアンタには、やっぱり勝ち目はないわ」
「それは……まだ分かりません!」
確かに模倣だけでは勝てない。
ファルティアの言葉は正鵠だった。全く同じ威力の同じ技を使うとすれば、よりうまく使いこなせるのは技を使い慣れた方である。自分はただ、体現化するまでの流れを見極めただけに過ぎない。
もう一つ。もう一つ何かが欲しい。自分とファルティアとを分ける何かを。
勝つためにはもう一つ必要だ。同じ事をしていては絶対に勝てはしない。違う何か、それを見つけ出さなければ。
TO BE CONTINUED...