BACK

 闇夜を走る影の群れ。
 彼らは闇から闇へと水魚が泳ぐかのように音も立てず疾駆していく。
 雲霞の如き影達の向かう先は、北斗統括総本部だった。北斗の北区、そこに広がる無法地帯『戦闘解放区』の更に北。ここに戦闘集団北斗を構成する十二流派を束ねる統括部はあった。そこは左右後の三方を切り立った険しい崖に囲まれ、続く道は正面からしかないという天然の要塞である。
 影達は統括部に続く唯一の道を目指していた。その道へ辿り着けば、後は目的の総括部まではほぼ一直線なのである。
 しかし、
「待てやコラァッ!」
 静寂の中に轟と響き渡る男の蛮声。そのあまりの迫力に影達は思わず一斉に立ち止まった。
 そこは、北斗と総括部へ続く道の境界線、通称『羅生門』と呼ばれている厳重警戒区域だ。その名の通り境界線には赤錆びた鉄で建てられた巨大な門がそびえている。総括部に向かうためには必ずこの門を通らなければならず、そして通るためには正規の手続きを踏まなくてはいけない。手続きのない者は、それがたとえ頭目や総括部の人間であろうとも通過する事は決して許されない。
 もし仮に。正規手段を用いず、最も手っ取り早い武力行使という手段で強行突破を試みた者がいたとしたら。
 そんな場合のために、彼らはいた。
「テメエら、ここが一体どこだか分かってんだろうな?」
 闇夜に重厚にそびえる羅生門。その正面に二つの影が行く手を阻むかのように立ちはだかっている。
「今宵は何人の通行許可も届いてはおらぬ。お主ら、命が惜しくば早々にたちさられい。それとも」
 暗闇の中でもはっきりと分かる鋭い眼光。聞こえてきたのは癖のある口調の女性の声。静かな中に有無を言わさぬ威厳が感じられる。
 影達は羅生門を取り囲みながら、その二人を前に立ち竦んだ。数では圧倒的に優勢を誇りながら、二人の気迫に完全に気圧されてしまっていたのである。
 この二人は十二衆に属さず、羅生門を守る使命を帯びた総括部の守護神であった。女の名は前鬼、男の名は後鬼。それは代々の守護神が受け継ぐ通り名だった。守護神になる人間は何よりも羅生門を守る事に身命を賭けねばならず、その覚悟の証明として己の名を捨てる事がしきたりとなっているのである。
 影達はしばしの逡巡の後、再び羅生門に向かって疾駆する。
「討たれて消えるか」
 前鬼は鋭い視線を向けたまま、ゆっくりと右手を前方に向ける。そして、それを素早く横へ薙いだ。
 ピッ。
 刹那、鋭い単音が響いたかと思うと、彼女の正面にいた影達、全体のおよそ半数の動きが止まった。そのまま影達の体がまるでガラスが砕けていくかのように幾片もの肉塊に千切れていく。そして最後は影すらも残らなくなった。
「ケッ、ザコが。さっさと死ねよ」
 残る半数に向け、後鬼は舌打ちと共に右手を低く下段に構える。
「おら、吹っ飛べ!」
 そして気合と共に五指を開いた右手を前方へ繰り出した。すると後鬼の手のひらからは巨大な手のひら状の青白い衝撃が放たれた。衝撃はそのまま影達を飲み込んでいく。衝撃が闇夜に飲まれる頃、影達の姿はそこにはなかった。文字通り、完全に存在そのものが消え去ったのである。
「カス共が。この俺様にケンカ売ろうなんて百年早ェんだよ」
 後鬼は下らないものを見るかのような視線で鼻を鳴らし唾を吐く。
「そなたは面妖だとは思わぬか?」
 しかし、苛立ちの様相を見せる彼とは違い、前鬼は訝しい表情で問い掛けた。
「メンヨウ? ああ、おかしいってことか。別に。春先だ、こんなアホが出たところで何の不思議もねえ」
「妾にはそうは思えぬがな。見た所、今の賊は流派『風無』の者ではないかえ? 一体何ゆえ彼奴等は羅生門を襲撃いたす?」
 これまでに羅生門の強行突破を試みた人間は数え切れないほど存在した。しかし、北斗の人間があれほどの集団でやってきたのは、彼女の知る限りでは初めての事だったのである。賊のパターンは大体統一されていた。外部の人間ならば、大抵は北斗を相手にするという事である程度の数を揃えた集団で、そして奇しくも北斗の人間だったならば、守星に気取られぬよう数人の少数単位でやってくる。
 だが今回はそのどちらにも当てはまらない特異なパターンだった。北斗の人間がこれだけの数を従えてやって来るなんて、幾ら隠行術に秀でた風無だとしてもさすがに守星には気づかれているはず。これではまるで、流派単位での反逆罪に相当する事を覚悟の上で及んだ犯行であるかのようだ。まさか風無は北斗に対して背信の念を抱き実行動に移したというのだろうか? いや、それにしては、守護神を相手にこの程度の戦力しかぶつけなかったのはおかし過ぎる。
 と、なれば。
「俺にそういう事を聞くなっつうの」
 後鬼はガリガリと苛立だしそうに頭を掻く。自分は頭脳労働は苦手だからてめえがやれ。そう言いたげな口調だ。
「うむ、確かに失策であったのう。とにかく妾が言いたいのは、これだけでは終わらぬであろうということじゃ」
「だったらどうするよ? 総括部に連絡でも入れとっか?」
「無用じゃ。そろそろ本隊の方は、守星が対応しておるじゃろう。場合によっては、他の流派も緊急出動させられておるやもしれぬ」
 しかし。それは一ヶ月前に起こった南区の襲撃事件を上回る深刻な事態に陥ったという事を意味する事になる。あの事件における被害数は相当なものだったが、所詮は外部からの攻撃によるもの。必要な復興日数も微々たるものだ。これに比べれば取るに足らぬ些末事だ。
 北斗にとって最大の敵とは、北斗自身だ。強大な戦力を有しているだけに、それが一度敵に回れば、驚異的な敵と変貌する。たとえ一流派といえど、決して油断のなるものではない。最低でも三流派は出撃しなければ、最小限の被害で鎮圧する事は困難と言えるだろう。
「妾の勘じゃが、おそらく首謀者は風無の頭目じゃ。彼奴等も頭目の命令に従いここへ来たのであろう」
「頭目が総括部を襲わせてるってか? それって反乱じゃねえか」
 反乱。
 固い結束で結ばれた北斗十二衆にはこれまで無縁と思われ続けてきた言葉だ。しかし、その何よりもリアルな証拠が、たった今、目の前ではっきりと起こった。自分達が撃退した彼らは確かに風無の人間だった。たとえ自分達を打ち破るには到底及ばぬ戦力だったとしても、それなりの数を送り込んだ以上ははっきりと反乱の意思があるものと捉えて相違はない。
「あくまでさもない勘じゃがな。されど妾には関係のない事。妾の使命はあくまで羅生門を守る事だからじゃ。お主も専念せい」
「分かってらい。いちいちうっせー女だな、テメーは」



TO BE CONTINUED...