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 私をたとえるなら、まだ羽の生え揃っていない雛鳥です。
 自分では飛ぶ事も餌を取りに行く事も出来ないため、親鳥の庇護下に入っているのです。
 みんなの役に立ちたい意欲は沢山あります。けれど、肝心の実力がありません。
 だから結局、その意欲を抑えて、せめてみんなの邪魔にならないようにしなくてはいけません。

 いつの日か、私もみんなの輪の中へ入ろう。いえ、入ってみせます。




 ホールには凍姫に所属する全ての隊員が集まっていました。しかし、既にその半分以上がチームを編成し、指示を受けて出動しています。
 今、北斗は大変な事になっています。夜中だというのに非常招集の令を受けて凍姫本部に集まったのもそのためです。具体的にどういった事が起きたのかはまだ知らされていません。けれど、かつてない深刻な状況である事は事の始終から十分に窺えます。通常、緊急を要する事態に直面した場合、北斗中に点在し巡回している守星がその対処に応じます。守星は、十二ある北斗の諸流派においてかつては頭目や有名な実力者だった人達ばかりで構成されています。だから仮に北斗を襲撃してきたのが集団だったとしても、よほどの事がない限りは数名の守星だけで十分鎮圧は事足りるのです。
 しかし。
 今もそれと同じような事態が起こっているようなのですが、状況の深刻さはまるで違います。何故なら、通常は守星だけで処理されるはずの急事に凍姫が集められて対処に向かっているからです。これはつまり、守星だけでは対処しきれないような実力を持つ敵が現れたという事になるのです。
「あんたらは東区十三から十八番地! さっきも情報があって、フェイクかどうか微妙だから要注意! 対応はそれぞれの裁量に任せるけど、くれぐれも慎重かつ迅速に!」
 ホールの中心には沢山の隊員に囲まれ、ここからは辛うじてエメラルドグリーンの髪が見えるだけのファルティアさんが立っていました。その傍らには沢山の書類を持って何やら書き込んだりしているミシュアさんの姿もあります。ファルティアさんはその書類を確認しつつ、各隊員に指示を送っているのです。
 普段のファルティアさんは明るくて時折ふざけて周囲を和ましたりする陽気な人なのですが、今の姿はまるで別人のように鬼気迫り表情は真剣そのものです。今のファルティアさんは凍姫の頭目として、この急事の対応に責任と使命感を持って取り組んでいるのです。守星の他に出動している流派があるかどうかは分かりませんが、少なくともこの東区に住む一般人の生活を守れるか否かの一部がファルティアさんの指導力と統率力にかかっているのです。一片たりとも気を抜く事は許されません。人の命は取り返しがつかないのですから。
 私はホールの隅でぽつんとその様子をただ遠巻きに見ていました。緊急事態の対処に追われる、その迫力に気圧された事もあるのですが、私はまだ凍姫の中では一番下の見習レベルの実力しかありません。下手にでしゃばっても邪魔になるだけです。だからお呼びがかかるまで、こうして隅にいるのが賢明な判断です。
 あれだけ大勢いた隊員も、ファルティアさんの迅速な指揮によって次々と指定場所へ送り出されていき、あっという間に数える程度になってしまいました。ただの一人ももたもたとしている人はいません。必要最低限の指示さえあれば、みんな自分がするべき事は分かっているからでしょう。この時点で私との経験格差がはっきりと現れます。
「リュネス」
 と。
 ホールの隅の方でただ突っ立って事の成り行きを傍観していた時、私はファルティアさんに呼ばれました。私はすぐにファルティアさんの傍へ駆け寄ります。
「そういやリュネスはまだ集団訓練してなかったっけ。とりあえず実戦はまだ早いからさ、今回は本部で待機してて。ここの現場指揮はミシュアさんに任せるから、その指示に従うように」
 確かに、私が受けた訓練はまだ基礎段階の初歩レベルのものだけです。実戦とは必ず一対一で行われると限りませんし、集団行動の経験がなければ逆にみんなの足を引っ張ってしまう危険性もあります。市街防衛は一人で行うものではなく、チームワークが物を言います。幾ら精霊術法が出来たとしても、みんなとの円滑な連繋態勢が出来なくては被害が拡大するばかりなのです。
「はい、分かりました」
 私の返事にファルティアさんは厳しい表情の中に微かな笑みを浮かべました。その様相に、少しだけお互いの間に抱いていたもやもやしたわだかまりが解けた気がします。
「よし、じゃあ私らは東区一番地へ行くわよ。羅生門へ続くルートがあるから、もしかすると激戦になるかもしれないから気を引き締めていくように」
「皆まで言わなくともいい」
「OKよ。早く行きましょう」
 そして、ファルティアさんはリーシェイさんとラクシェルさんと一緒にホールを後にしました。
 話の内容からすると、どうやらこれから一番危険そうな場所へ向かうようです。けれど三人は凍姫で一番の実力を持っている訳ですから心配は必要ないでしょう。それに心配とは、自分自身に余裕がある人間がするものなのです。
「では、残りの全員は集まりなさい」
 ミシュアさんの声に、ホールに残っていた私を含む数十人ほどがミシュアさんの元へと集まります。誰一人としてだらだらと歩いてはおらず、実に機敏な動作です。
「私達は本部の警備を行います。臨時出動の可能性もありますので、常に出動出来る態勢でいるように。それと周囲の監視は一時間交代で」
 てきぱきと早い口調で次々指示を出すミシュアさん。私はそれを耳にして頭の中で整理するだけで精一杯でした。そう私がオロオロしている間にも、他のみんなは揃って返事をします。私だけ遅れてしまいました。
 私は実戦には出れないので蚊帳の外にいると思っていました。そしてその蚊帳の外が、本部の待機組だと。けれど、本部に残ったみんなは私と違って行動に余裕があります。こういう時のセオリーが分からない経験不足がこれほど露呈する瞬間はありません。ここでも私は単なるお荷物です。まだ入って一ヶ月ですから仕方がないのですけれど。
 もっと強くならなくてはいけない。ただ強いだけでなく、誰もが安心して仕事を任せられるぐらいの存在にならなくては。
 新しい自分、強い人間になりたい。私はその念だけで凍姫に入りました。しかし、私は未だに人の庇護を受けていなくてはいけない立場にあります。あの頃に比べ、私は精霊術法も使えるようになり、確実に強くなったと思います。けど周囲の人にしてみれば、どんぐりの背比べもいい所です。私はまだ一般人と北斗のグレーゾーンにいるのです。
 早くそこから抜け出したい。
 そう切に私は願いました。けど、そのためにはまず相応の実力を身につけなければいけません。それに、こういう時期は誰もが経験しているのです。今はただ、必死に直向に頑張って実力を少しずつつけていくしかありません。
 今は我慢の時です。
 けれど、裏腹に気持ちは逸って行きます。



TO BE CONTINUED...