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「おい、シャルト」
 昼休み。
 俺は昼食を食べに行こうと訓練所の外へと向かったが。そこをレジェイドに後ろから呼び止められた。
「なに?」
 午前の訓練はいつも通りハードなもので、日曜休み翌日の気だるい月曜日と言えどもレジェイドは一切の手加減がなかった。体はヘトヘトで酷くお腹も空いた。何かを食べて回復させようと体が食事を求めているのだ。
 その第一歩を、レジェイドが止めた。
 別にレジェイドに悪気がある訳じゃないけれど、空腹のせいでつい苛立った返事をしてしまった。空腹は感情を荒めてしまい、こんな些細な事にも腹が立ってしまうのだ。
「ちょっと話がある。歩きながら話そう」
 俺はいつもの調子で答えたのだが、何故かレジェイドの表情はそれに対するいつものものではなく、どこか穏やかならぬ深刻の色を浮べていた。
 かなり重要そうな話だ。
 出鼻を挫かれ、そうか、と一言答えて俺は踵を戻し歩き始めた。その隣にすぐレジェイドが並んだ。少しだけ歩くのが早い。本人は気づいてないと思うけど、それはレジェイドの方が足が長いせいだ。長いと言っても、それは相対的な意味での長さだ。レジェイドはその分背も高いから胴も長いのだ。
「話ってなんだよ」
「お前、最近他の流派のやつらと関わっていないか?」
 ドキッ。そんな擬音を心臓が発した。
 それは、金曜日の事を言っているのだろうか?
 確かに関わってる。でもレジェイドにはまだ一言も言っていないし、他の誰にも言うつもりもなかったんだけど。それとも俺が思っている以上に、あの日の事は大きな問題として取り沙汰されてしまったのだろうか? レジェイドは『夜叉』の頭目だし、毎週末本部の方で行われる会議でこの事を知ったとしてもおかしくはない。
 レジェイドは何をどこまで知っているのだろうか?
 別に俺は疚しい事なんてしてはいないのだけれど、レジェイドの口調が深刻色のせいか、どうにも俺が関わった事を隠し通したい気持ちになった。
 すると、
「知ってる顔だな」
 レジェイドが俺の心内を見透かしたかのようにため息をついた。余計な事に首を突っ込みやがって、もしくは、また面倒な事を起こしたな、とでも言いたげな表情だ。
「い、いや、そんな事は無い」
「所詮、お前はポーカーに向かない人種なんだよ」
 嘘をつくだけ無駄だ。
 そう言いたげなレジェイドの言葉。
 確かに今の慌てた口調での否定文句は不自然だったと思う。けど、有無を言わさずにそれが事実であると言い切る、その根拠はどこにあるんだろうか? 実際にレジェイドの指摘が当たっているのは本当だけど、どうしてそう思ったのかその根拠はきっちり説明してもらいたい。まさか、理論付けも必要ないほど分かりやすかったとでも言うのか? いや、それは幾らなんでも……。
 困惑する俺を余所に、レジェイドは完全に俺が何らかのかかわりを持ったものとして話を進めていく。もう確証も手に入れてるんだろうか? そんな気にさえさせられる。たとえ俺にそんな事実が無かったとしても、本当にあるものだと押し切られそうな勢いだ。
「一応、お前にも北斗としての自覚がそれなりにあるものとして話しておこう。俺達北斗の役目、義務とは何だ? 考えるまでも無いな。そのために取り得る最善の行動を常に心がけるんだ。その自信がないのであれば、初めから首は突っ込むな」
 いつものご高説か。
 頭ごなしに俺が関わったと決め付けるレジェイドの態度に、遂に俺は反撃の決心をした。
「俺はまだ何も言ってない」
 きっぱりと、だが目を合わさずに前方を向いたまま言い切った。
 勝手な事を言ってるな。
 そういう意味を込めて。
 けれど、
「言わないと分からないか? 『修羅』のやつらと関わるな、って言ってるんだよ」
 修羅。
 レジェイドの口からその単語が発せられた途端、俺はギクッと動揺を隠せない表情をしてしまった。
 やっぱり知ってたんだ。
 そう思うより先に、俺の口から言い訳が飛び出す。
「ち、違う! あの人はもう『修羅』の人じゃなくて―――」
「元も現もあるか。今も『修羅』と何らかの繋がりがあれば、それだけで十分なんだよ」
 ゾラスは確かに『修羅』の人間だけど、それは昔の話だ。だから俺が関わったのは厳密には『修羅』の人間じゃない。
 でもレジェイドの理屈は違う。過去であろうと現在であろうと、『修羅』と何らかの繋がりがあった人間と接触を持てば、その時点で『修羅』と関わった事になる。そういう理屈だ。
「なんで『修羅』と関わっちゃいけないんだよ」
 その言葉は自分の敗北を認め、更に開き直りとも取れる聞き苦しいものだ。
 けれど俺は絶対に引きたくないから、そうと分かっていてもあえてレジェイドに向かっていった。
「『修羅』そのものは別に構わんさ。今まで通りでな。俺が言いたいのは、同じ十二流派内でわざわざ余計な溝を作れって事じゃない。言わなくても分かっているだろ? 北斗の中でも、ああいう連中には付き合うなって事だ」
 ああいう。
 それを指しているのは、ゾラスの事なのか、それともあの五人の事なのか。
 どちらにせよ、レジェイドには珍しい酷く差別的な言葉に、俺は反発せずにはいられなかった。当事者でもなんでもないクセに知ったような事を言って理屈を並べ、俺の頭を押さえつけようとするのが気に入らないのだ。
「言っている意味が分からない」
「お前みたいな子供が理解する必要は無いさ。ただ、関わらないようにすればいい。たったそれだけだ」
 子供。
 最近、自分でも思うのだけれど、この言葉にはやけに過敏だ。誰かに、たとえ誰もが認める大人であるレジェイドにそう言われても、絶対に認めたくないのだ。それが子供である証明なんだけれど。俺は湧き上がった激しい感情を押し殺す事が出来ず、黙ってはいられなかった。
「分からないって言ったんだ! ちゃんと説明しろ! 勝手過ぎるぞ!」
「そんなに熱くなるな。ったく、こっちだってそれなりに気遣って言ってやってるのに」
 思わず人目も憚らず叫んだ俺に対し、レジェイドは落ち着いた態度を崩さず、毅然として相対する。そこには普段のような俺を小馬鹿にした様子は見られなかった。
「気遣う? どこが!?」
 レジェイドの言っている事の方に正当性を感じる事は出来ない。正当性が無い以上、俺には従う理由が無い。
 でも。
 いつになく真剣そのもののレジェイドの表情は、俺にレジェイドの言葉への拒絶を許さなかった。
「じゃあ、あえて言わせてもらうがな。お前の知ってるそいつは、北斗の手配書に名前を連ねているヤツだ」
「……え?」
 俺は怪訝な表情でレジェイドに問い返した。
 何を馬鹿な事を言っているんだ。
 けれど、レジェイドの表情は真剣なままだ。嘘や冗談を言っている様子は無い。そもそも、これでもレジェイドはそういった性質の悪い冗談は決して言わず、人の気持ちを無闇に踏みにじらない配慮を怠らないのだ。
「犯罪者ランクは一番下で、最近は主だった動きも見られない。北斗も暇じゃないんで、今は他の凶悪犯罪者への対処を優先させているが、正真正銘紛れも無い犯罪者だ。犯罪者と下手に関われば共犯者と見なされる。俺が関わるなって言ったのはそういう意味だ」
 レジェイドは、俺を共犯者どうこうという問題に関わらせたくないから、そんな事を言ったのか。
 ようやく俺はレジェイドが、ゾラスと関わるな、と言った事、そしてあんな無理強いをしようとした意味を理解した。
 俺の頭は意外な事実で思考が飛び散っていた。
 あんな優しい人が、まさか犯罪者だったなんて。あまりに結び付けにくく、俺は頭が混乱してしまった。
「は、犯罪って……何を?」
「殺人だ。自分の孫を一人、殺している。まったく、これだけの事をしても最下位の犯罪なんだから、北斗も恐ろしい人間が増えたものだな」
「違う! あの人は殺してなんかいない!」
 それはあの五人が作り出した嘘の事実だ。
 ゾラスの事を知れば、彼がそんな事をする人じゃないって分かるはずだ。
 頭の中で言葉を組み立てるよりも先に、とにかく俺はそれをレジェイドに理解してもらおうとした。
 けれど、
「そうかもな。だが、事実は事実だ。やったやらないは問題じゃない」
 有無を言わさない、息が詰まるほどの圧迫感に満ちたレジェイドの口調。
 たとえ何を言われようとも、反射的に首を縦に振ってしまいそうなほどの迫力だ。
 レジェイドがこれまで、俺に対しここまで威圧的な態度を取ったのは初めての事だったと思う。耳に痛い忠告は何度もあったけれど、決して強要や無理強いだけはしなかったのだ。それだけに、レジェイドは何が何でも俺をゾラスとは関わらせたくないのだ。
「いいか、二度と関わるんじゃないぞ。忠告とかそんなレベルじゃない。俺の事をどう思ってくれても構わないが、これはお前のためを思っての事だ。今回は絶対に俺の言う事を聞いてその通りにしろ」



TO BE CONTINUED...