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人を守るということ。
それは、死と隣り合わせの血生臭い日常だ。
守るとは、戦う事の一種。
戦いは、生と死でしか決着はつかない。
誰かを守るために誰かを殺す。
それに、大義名分と最大限の効率を加えたのが『北斗』の本質だ。
殺戮、略奪の本質は失われていないけれど、皆のためという免罪符が万人に受け入れられる形に正当化する。
だが、生死に起こる怨恨は決して拭い切れない。
「バ、化物め……」
足元に崩れ落ちる影。
「これで、最後ですか」
僕はゆっくりと抜いた二刀を鞘に納める。かつて僕が籍を置いていた流派『悲竜』で習得した二刀剣術だ。悲竜は武具の流派、その特徴は武器を二本用い、攻防を自在に繰り広げるスタイルにある。そこへ更に精霊術法を重ねるのだ。単純な力技だけでかなうものではない。
振り返ると、屍の山が雲越しから降り注ぐ淡い月光にほの暗く照らされていた。とにかく発見次第、殲滅に向かったのだが。おそらくこれが連中の本隊だろう。
化物。
普通は日常には決して存在しないような生物を差す時に用いられる言葉だが、それは時として、自分が知りうる人間の範疇を超えた人間を差すのにも用いられる。北斗の列強は皆、普通の人間とは比べ物にならない力を生身で発揮する事が出来る。格流派の頭目クラス、中でも『浄禍』の浄禍八神格は人間の範疇を超えたとまで言われている。一人一人が一個師団に匹敵する能力を持っていながらも、ヨツンヘイムは未だに混沌とした無政府状態が続いている。この北斗でさえも、統一、平定させることが難しいほど戦乱の渦は深く大きいのだ。我々北斗が化物と呼ばれるならば、ヨツンヘイムはその化物を飼い慣らす更に強大な化物だ。この化物を飼い慣らすためには、僕程度の化物一人ではどうにもならないだろう。
「この辺りはまだ、それほどの被害は出ていませんね」
周囲を見渡すと、深夜という事もあり閑散とした静寂が漂う住宅街が闇に映えている。しかし、この突然の招かざる客のおかげでその静寂も、限界まで伸びた蜘蛛の糸のように破れかけている。
北斗が襲撃されるのは珍しい事ではないのだが、これほど深くまで入ってこられたのはおそらく初めての事だ。南区には一般人の住む居住地が多いため、まだ正確な情報は入ってきてはいないものの、かなり深刻な状況である事が予想される。一応、今、僕が本隊を叩いたのでこれ以上の深刻な事態にはならないと思うのだが。
それにしても、これはどういうことだろう? たまたま仕事を終えたばかりの僕が対応してしまったが、他の守星は何をしているのだろうか。未だに本隊を討ちに来ないなんて。
守星が機能していない?
一瞬、そんな恐ろしい考えが頭に浮かんだ。守星とは常に北斗を守る最前線の防衛ライン。ここを破られてしまうような敵が現れてしまえば、その際は一般人の犠牲も覚悟しなくてはならず、北斗も十二衆総動員せざるを得ない本格的な戦闘が行われるという事になる。しかし守星を構成する人間は皆、北斗でも指折りの実力者ばかりだ。その強固な包囲網を破られた事は、北斗の史上でも本当に片手の指で数えられるぐらいしかない。
守星がいる以上、北斗のこんな深くの居住区まで敵が入り込む事はあり得ない。にも関わらず、我が物顔で乗り込んできた、僕が既に始末した彼ら。守星を打ち破るような強敵が現れたというのであれば考えられなくもない。だが実際に応戦してみた所、何の事はない、目をつぶっていても片付けられるようなあっけない連中だった。守星は全区域に点々と配置されている。その全ての目を掻い潜って、これだけの大人数を誘導する事は不可能だ。となると、やはりどうしても守星のどこか一角に穴があったとしか考えられないのだ。
何か不測の事態が起きているのかもしれない。
既に二十時間近く働いているため、体も疲弊し無視できない眠気も出ている。しかし、北斗の急時かもしれないとあっては、ゆっくり休んでなどはいられない。守星は何よりも北斗の治安を維持するために存在するのだ。
本隊は壊滅させたのだから、次は残党の殲滅だ。しかしその前に、『風無』に連絡をして戦況の詳細を調べてもらい、場合によっては本部に連絡する必要がある。ひとまず事態を正確に把握しておかなければ、最優先すべき次の行動も見誤ってしまう。
僕は進路を北斗の東区にある流派『風無』本部に向けて走り出した。
春も近いというのに、やけに冷たい風が吹く。
不吉で、嫌な風だ。
TO BE CONTINUED...