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それは飛び立とうとする雛鳥のように弱々しくて。
闇に降る雨の中を駆ける獣のように雄々しくて。
水面に羽を絡め取られた羽虫のように向こう見ずな。
懐かしい、未熟だった自分の情景。
一つ一つを思い浮かべ、噛む。
その苦味に、私は思う。
なんて不器用だったんだ、と。
束の間の、故人への訪問を終え。ルテラとリーシェイは、連れ立って墓地を後にした。
北斗は商工興業が盛んな街だ。昼はいつでもお祭りのような勢いで賑わい、人々の声が途切れる事は無い。しかし、そんな北斗にも唯一人気がなく物静かな場所があった。それが、今二人がいるこの墓地である。
「相変わらず、ここは辛気臭いな」
と、リーシェイは普段の淡々とした口調で呟いた。
「お墓しかないんだもん。静かなのは当然でしょ。でも、あの人は逆におちおち眠れないかもね。あれで意外と寂しがり屋だったもの」
「男とはそういうものだ。一生、そうやって母親の影を引き摺っていく」
それでも墓地の出入り口が見えてくると、遠目に街の賑わう音が聞こえてきた。二人はしばし別れたその賑わいに懐かしさを感じながら、尚も墓地の外へ向かい歩いていく。
「いつもそうだが」
ふと、リーシェイが視線は真っ直ぐ前方に向けたまま口を開いた。
「ここに来る都度、初めてお前と会った時の事を思い出す」
目を細め、まるで過去を覗き見ているかのような表情のリーシェイ。そんな彼女の様子に、ルテラはふと苦い笑いを浮かべた。
「やあね。あの時の話はあまりして欲しくないって、前も言ったじゃない」
「なんだ。そんなに恥ずかしいのか?」
「荒んでたもん。誰だって嫌でしょ? そういう頃の話をされるのは」
そんなものか、とリーシェイもまた口元を綻ばせる。
「しかし、あの時は正直寒気がしたな。未だに忘れようにも忘れられん衝撃だ」
「まったく、人を化物みたいに」
「そして、その人間と今、こうして当たり前に談笑している事が何よりも信じられん」
確かにそれは一理ある。そう、ルテラは思った。今でこそ良き友人として付き合っているが、雪乱と凍姫の抗争の最中は全くの敵同士だった。互いの死を終了条件として事を交えたのも一度や二度ではない。敵同士とは言え、憎み合う仲ではなかった。ただ、組織として方針に忠実に従ったから故のこと。だからこそ、騒乱が終わった今ではこうして笑い合えるのかもしれない。ルテラは自分なりにそんな解釈をしていた。
「まあ、その他大勢にしてみれば化物に思えなくもなかっただろう。新顔でありながら実力も貫禄も圧倒的だったからな。だから『雪魔女』なんて仇名がつけられた。奇しくも、お前が投入されてから傾きかけた戦況が再び振り出しに戻ったからな」
雪魔女。
それは騒乱当時、突如として雪乱に出現した新戦力につけられた畏名だった。ルテラを未だにその名で呼ぶ人間はまだまだいる。騒乱時代から抜け切れていないだけだが、そうならざるを得ない強烈なインパクトと深い恐怖を雪魔女に刻み込まれてしまったためである。
幾ら精霊術法が即戦力を短期間で育成する事に特化しているとはいえ、ルテラの成長は驚異的だった。それは天性のものや素質というものではなく、ただ単純な熱中度の違いだった。ルテラは自分の全てのエネルギーを、戦う事へ注いでいたのである。他の人間と比べ、戦闘そのものに置く重みがあまりに違い過ぎた。結果、ルテラは短期間で仇名をつけられるほどの実力を手にし、同時に心のゆとりを失った。そして焼き切れる寸前まで加速した心は飽く事無く力を増長させる。
今でも思う、どうしてそこまで自分を荒ませたのか、理解に苦しい時代。どうしてそこまで自分を追い詰め、逸らせ、走らせたのか。もしかすると、未だに何もしていない自分への焦りだったのだと思う。肥大し過ぎた焦りが爆発した反動の大きさに、私自身が気づけなかった。それはある意味、精霊術法の暴走みたいなものだ。自分が正しい。自分は間違っていない。省みないその姿勢が特に。
「でも、あの時は自分なりに一生懸命だったんだけどね」
「その割には随分と落ち着いていたようだが」
「ま、ね。私って考える事が限定されてると、かなり集中できるみたいだから」
苦笑を浮かべるルテラ。
その返答は、当時の自分を明確に思い出した上であえて濁した表現を用いていた。
集中と固執。
両者は似て非なる、盲目的な精神状態。ルテラは、自分はその後者である事を自覚していた。目の前に次々に立ちはだかる壁を打ち破り、とにかく進んでいけば何かに辿り着ける。頑なにそれを信じ、大儀もなく主義もなく、障害という障害を打ち砕き進む事しか考えられなかった。今では思い出したくないほど稚拙だった自分。それを指摘された事が、ルテラにとって肌に針を刺されるように痛かった。
闇雲に駆け抜ける事でしか自分の存在意義を証明できなかった頃。
どうして立ち止まり、自分の周囲を見回す事が出来なかったのか。
それが自分を深みへ追い込ませていたと気づけなかったのか。
今でも、そう悔やむ。
TO BE CONTINUED...