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子供ってヤツはなかなか面白い生き物で。
いつも私の予測通りの行動をしてくれるから愉快でたまらない。
その見事さは、本当は私の知らない所であらかじめ誰かがあらかじめ示し合わせているのではないか、と疑いたくなるくらいだ。
本当に、愛しさを感じてしまうくらいだ。
それは……そう。
思いがけず、子犬を見つけた時の気持ちに似ている。
あー、これはもう絶対、北斗は悪意を持っている。
あの事件から、二十時間近くが経過しようとしている。これでようやく守星の狂気じみたスケジュールから開放されるという期待が裏切られて以来、私はたった三時間の仮眠しか許されなかった。これでは気持ちが荒んでいくのも無理はない。
はっきり言って、幾ら北斗がかつてない打撃を受けたから厳戒態勢をそう簡単には解けないという事は分かる。しかし、いくらなんでも酷使し過ぎだ。ただでさえ連日の守星の業務で疲れているというのに。更に十時間延長だとか、さも当たり前のように言ってもらいたくないものだ。言うは易しだが、実際にやっているのは私なのだから。
「は……ふう……」
大きな欠伸。
疲労と只ならぬ眠気で意識がぐらついてきた。いい加減、もう歩くのが嫌になってきた。今度こそマジだ。今の私は、張りすぎた弦楽器の弦である。いつキレてもおかしくはない。
ベッドの中で見られると思っていた朝日は、既に西の空に半分沈んでしまっている。話によると、北斗本部は日の入りとほぼ同時にこの厳戒態勢を解除するそうだ。まあ、いつ休めるのかを明確な時刻で提示してくれたのはありがたいが。少々時期が遅過ぎた。私はもう破壊行動に移る一歩手前の兆候が出始めた所まで来ている。さっきも、私をつまづかせた街灯を張り倒してきたばかりだ。
半分閉じてしまったまま開けられない目で、北斗の中心地にそびえ立つ大時計台の針を見る。
「あと、四十分ってトコか……」
あとそれだけの時間を私は耐え抜けば、家に帰って思う存分眠る事が出来る。北斗の市民を守る事を最優先すべき職務である守星。だが、何事にも限界というものがある。一昼夜、眠らずにただ起きているのはまだいい。その間、ろくに食事も取れず、しかも目的もなく同じ道を淡々と歩かされるのがどれほどの苦痛なのか、北斗本部は分かっているのだろうか? 私はこの40分が経過したら、わき目も振らず速攻で部屋に戻り、欲望のままに眠る。誰がなんと言おうとだ。もう、本部から何の言われようが無視するぐらいの覚悟が出来ている、っていうか、もはや知った事ではない。これ以上命令に従っていたら、本当に死んでしまう。
しかも、もう一つ癪に障る事がある。
凍姫から一週間限定で守星に就かされたのは私だけではなく、ファルティア、リーシェイの三人だ。しかし今現在、その二人は凍姫の方に戻ってしまっている。それも北斗本部の命令でだ。ファルティアは処分保留の一時的な謹慎処分、リーシェイはその間の頭目代理として凍姫をまとめる事になった。そして残る私は、勤務時間を大幅に超過し、疲労困憊、睡眠不足、方々の体という情けなさ過ぎる姿で引き続き守星業務に従事。
これって、あんまりじゃないだろうか?
ファルティアはともかく。リーシェイがどうして頭目代理になったかと言えば。なんでもミシュアさんの判断で、凍姫と北斗の一般市民とを天秤にかけた時、重い方を私にやらせたから、という経緯があったそうだ。一応は私を悪名高い凍姫の三破壊魔の唯一の良心と見てくれたからこその採決だが……。もっとも、私を良心として見てくれているのであれば、元から三破壊魔なんて汚名を着せられたりはしないだろう。
まあ、愚痴るだけ体力の無駄だ。どうせ後40分の辛抱だ。そっから先は野となれ山となれ。他の守星なり南区に本部を置く流派なりが対処してくれ。疲労のあまり半狂乱になった哀れな女一人がいなくなった所で北斗の防衛力は微動だにしないんだから。
ふらふらと、我ながら酔っ払いのような歩き方で歩く私。もう、身形にも気を使う余裕そのものがない。どうでもいいやどうでもいいや、と、何かおかしな事をしてしまうたびに頭の中でそう言い訳する。
「ん?」
ふと見たその建物。
それは一軒の料理屋だった。今は丁度、仕事帰りの客を掻き入れる最も忙しい時間であるはずなのだが。そこはまるで人気すら感じさせぬほどしんと静まり返っている。
外観にはさしたる損壊の様子はないものの、これはおそらく今回の襲撃で人死にがあったに違いない。こんな風に営業そのものの続行が不可能になってしまった店を、たっぷり云十時間も南区を歩き回ったおかげで随分と目にしてきた。大半が店主からシェフからを殺されてしまって経営基盤を失ったのが原因になっている。南区は料理店が数多くひしめいていた地区だけに、この被害は実に惜しまれる。
まあ、いつまでも感傷に浸っても仕方がないか。
ひとまず私は、凍姫宿舎のある東区寄りの通りに向かう事にした。無論、時間と同時に少しでも早く部屋に帰るためだ。
―――と。
「あら?」
その時、厳戒態勢という事もあって職人も帰ってしまい、まるで人気の無いその通りにひょっこり現れた一つの人影を見つけた。やけにうろうろと足踏みを繰り返して落ち着きがなく挙動不審だ。どうやら私には気づいていないようである。
それは、思わず目を見張るような薄紅色の髪を持った一人の少年だった。歳の割にはやや背が低い気もする、どちらかと言ったら格好いいと言うよりも可愛いといった印象だ。
これに当てはまる知り合いが一人、私にはいる。というよりも、こういうヤツは北斗ですらあいつ一人しかいないはずだ。
「おーい、シャルト」
私のその声に、案の定、薄闇のそれはビクッと体を震わせる。
「な、なんだ……ラクシェルじゃないか」
「勝手に入って来たら駄目だろ? 一応、まだ厳戒態勢なんだからさ」
「あ、ああ……」
「で、何か用事でもあったの?」
「い、いや。別に。もう帰るよ」
くるりと踵を返して足早に歩き出すシャルト。まるで何かを隠しているかのように、どこか不自然な言動だ。
「で、今日はどこで拾って来たの? その背中に背負ってるの」
するとシャルトは急に慌てた様子で自分の背中を必死で探った。
「冗談冗談。何にも憑いてないから。安心して帰りねい」
ジロッをこちらを睨みつけ、そのまま走り去った。照れ隠しが見え隠れしている。
ホント、相変わらずだこと。
あのシャルト、実は大の幽霊嫌いなのだ。シャルトは私の力の事を知っているだけに、こういうセリフには敏感に反応するのである。ああやって時々からかって遊ぶのが何とも楽しい。今時、ああも過剰な反応をするヤツは滅多にいないだろう。そういった純朴というかなんというか、何とも言えぬ魅力がシャルトにはある。実体験やら聞いたやらで集めた怪談も語り甲斐があるというものだ。
さて、残るはもうちょっとか。
思わず出くわしてしまったシャルトを軽くからかえたから、少しだけ精神的余裕が出てきた。もうちょっと理性を普段レベルに戻して頑張るとしよう。
そういえば……シャルト。なんでこんな所にいたんだろ? まさか化けて出た? んな訳ないか。
TO BE CONTINUED...