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自分が何を成せるのか。
私は今の自分が前進していく事だけで精一杯だった。
どんな物を成し遂げる?
後世に何を残し得る?
自分という唯一の存在をどういった形で刻む?
全く考えなかった訳ではないけれど、前進への供物としてはあまりに重荷だった。
実際、そんな事はどうでも良かったのだ。
私は前を目指す事に、あまりにわき目を振らなさ過ぎたのだ。
自分がそうである事が、正しいものだと信じて止まなかったから。
雪乱と凍姫の抗争は数を重ねるたびに苛烈さを増していった。やがて、北斗総括部から極秘裏の内部電によりこれ以上の抗争を続ける事への厳重警告がなされはしたが、顔を合わせない文字だけでの警告しかなさないそれが劇的効果を発揮し両流派の実質的抗争を圧迫するには到底及ぶ事は無かった。それどころか、表立った戦闘の回数こそ減少はしたものの、代わりに戦闘解放区を舞台とした本格的なセメントの回数が大幅に増加した。そのため両流派の負傷率は莫大に膨れ上がり、死亡率の統計が大幅に上昇した。戦闘解放区における一戦一戦の戦闘密度は通常業務や任務の比ではなかった。相対する両者が、ヨツンヘイムにおいて最強を謳われる戦闘集団『北斗』を構成する一角同士だったからである。
両流派は日々繰り返される消耗戦の渦中で次第に焦燥感を募らせていった。このままでは、自分達が相手よりも先に消耗しきってしまうのではないだろうか。焦りは一戦ごとの引き際をじりじりと前進させ、見誤り負傷する人間を次々と生み出していく。そして、それを目の当たりにした人間は更に大きな焦りを胸中に募らせる。
そんな悪循環に凍雪騒乱が陥り翻弄されている最中、それは突如として起こった。
流派『雪乱』の頭目の死去だった。
これまで流派『雪乱』の頭目は自身の高齢を理由に滅多に人前に姿を現さず、必要な公式会見も常に代役に任せていた。しかも大半の報道関係は雪乱頭目のこれ以上の職務の続行は不可能であるとの共通した見解を公然と示すほど、それは長期に渡っており、雪乱頭目の訃報は人々を驚かせるよりも納得の方が強かった。
一度は雪乱の新鋭である『雪魔女』の存在によって膠着状態まで戻した戦況も、雪乱頭目の死によって再び凍姫有利の状況に戻ってしまったかのように思われた。この下らない意地の張り合いとも流派の存在意義を死守する聖戦とも思える凍雪騒乱も、いよいよこれで幕を閉じる。今後から事実上かつ便宜上、格上流派として敗者の頭上に『凍姫』が君臨するという事実を添えて。
だが、それはすぐに安易で先走った推測である事を、人々はこれ以上ない説得力を持った視覚的事実を持って知らされる事になった。
当時の雪乱は既に頭目の力の及ぶ所が衰退の一途を辿っており、その死去の影響を受けて雪乱の士気や命令体系が萎縮する可能性は皆無だった。寝ているだけの頭目など、隊員にとっては居て存在しないようなもの。影響力などあるはずもなかった。むしろ頭目の死は新たな人事体系を築く絶好の好機となり、故頭目が悲願する所だった流派の士気高揚が皮肉にもこのような形で実現する事になった。
その高まり方は、熱狂という単語を当てはめるのに相違なかった。当時の雪乱の雰囲気は、どこかしらか妄執的な狂気を孕んでいた。新たな頭目ならば、必ずや凍姫を破り雪乱を勝利に導くだろうと。
だが彼らの熱気は、新たな頭目にとって身を焦がすほどの重圧にしかなり得なかった。
期待とは、十字架を背負う事と似た苦行である。大きければ大きいほど、際限なくゆとりを圧迫していく。
新たな頭目は、言うなれば熱狂の渦中に投じられた人柱だ。
TO BE CONTINUED...