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仲間は大切。
そう思っているけど、実際はどれほど大切なのか私は基準を明確化していない。
自分の命より大切?
自分の誇りより大切?
今夜の夕食より大切?
表向き、当然自分の命よりも、と私は答える。今の自分があるのは仲間が居たからこそ、という揺ぎ無い事実があるのだ。だからその答えには何の疑問符もない。
しかし、自分の命と引き換えに仲間を助けられるのか、と問われると。本音の部分ではどうしても即答をする事が出来ない。
命を賭ける度胸はあると思ってる。でも、それは本当に本当なのだろうか?
願わくば、せめてその証明の場に私が遭遇せん事を。
願う、という行為は、単なる逃避だ。
朝。
誰よりも遅く目を覚ましてやってきた私は、普段よりも憂鬱な気分が重く頭に圧し掛かってくる。降りてきたエントランスには、置き場が無くてそのまま放置するように積み上げられた木箱の姿があった。今日も昨日と何ら変わらず、そこに佇んでいる。
数日前、襲撃した成果がたまたまヤバイ品であったため、捨てるに捨てられずそのまま放置しているのである。金に代えられなくもないけれど、そこからアシがついてしまってはひとたまりもない。かといって捨ててしまうにしても、これほどのものを一体どこへ捨てればいいのだろうか。誰かに拾われるだけなら問題はないが、それがもしも国家騎士団の関係者だったら、略奪したのは自分達だと宣伝してしまうようなものだ。理想としては、朝起きてみたら昨夜の内に誰かに盗まれるなり、木箱が独りでに歩いてどこかへ行ってしまうなりして忽然と消えてくれればありがたいのだが。現実はそうそううまくはいかないものである。
さて、気持ちを切り替えて。
私は頭の中の不穏要素を強引に廃棄すると、今日の獲物のことを考えた。まだどうなるか分からないような事をいちいち気にしていても仕方がない。それよりも今日の食い扶持の方がずっと大切だ。頭を悩ませても、腹は確実に減るのである
「ん? ファルティア、今日も早いな」
「まあね。寝覚めは最悪だけど」
みんなは既にエントランスにたむろって、いつものようにくつろいでいた。チビ共はどこかへ遊びに出て行った後だ。あれぐらいの幼児は暇さえあれば遊びたい年頃なのである。一体何が楽しいのかは分からんが、遊ぶ事よりも日々の糧を考えなくちゃいけない私達年長者は、朝っぱらからそんな無駄な事に体力は使ってられない。
「しょうがないさ、アレの事は。犬にでも噛まれたと思って忘れよう」
「そうそう。何にも考えないのはアンタの専売特許じゃない、ファルティア」
「考えないのと忘れる事は随分違うと思うけど?」
私が来て年長者は全員揃った。毎日、金品の類を略取してくるのはこのメンバーで行っている。一応、私はこの中でもリーダー格だ。理由は至極単純、この中で最も貢献度が高いからである。作戦を立てるのは私じゃないけれど、作戦の中で危険な役回りをするのはほとんど私だ。真っ先に切り込んでいくのも大抵は私である。これは誰かに押し付けられてやっている訳ではなく、自ら進んでやっているのだ。こう言うと少々妙な趣味に取られそうだが、私は危険な事が好きなのだ。危険な状況にあえて身を置く事で私自身の力を試してみるのが好きなのである。いわば自己満足ってヤツだが、別に誰かに迷惑がかかってるわけじゃないし、それどころか誰がやるやらないでもめる事もないんだから一石二鳥である。
「で、早速だけど。今日はどこをやる?」
「その事なんだけど、当分は複数に分かれて小口でやった方がいいと思うんだけど」
「なんでさ?」
「ほら、例の件」
そう、背後に積み上げられた木箱を苦い表情で指差す。
「もしかすると、また同じ事件を起こさないように見回りだってやってるかもしれないしさ。逃げる時、まとまってたら一網打尽にされちゃうだろ? それよりもある程度分散させた方が安全だよ」
やっぱりそうなっちゃうか。
私は落胆を隠し切れず、大きな溜息をついてしまった。確かに言っている事は正論だし、私自身別に納得がいかないから従わない、なんて微塵も思ってはいない。私が落胆しているのは、そうせざるを得ないこの状況だ。うっかり政府のアキレスに触れちゃったのは仕方ないとしても、向こうにとってはうっかりじゃ済まされない。血眼になって虱潰しに捜すにも、貧民街は広く定住者も大勢いるのだ、そんな地道な事をやっているはずがない。だが、やはりどうしても派手な行動は当分慎むべきだ。食生活の水準は格段に落ちるが、しばらくは耐え忍ばねばならないだろう。
「んじゃ、適当にチーム作って、各自適当にやっとく事にしましょうか」
「くれぐれも慎重にって事だけは忘れないで」
そして、普段の数分の一しかない時間のミーティングは終了し、私達はばらばらと何人か単位で別々に出て行った。みんなも表情が重苦しい。私と同じように、退屈さと食事の貧しさに辟易しているのだ。
「こっちも行きますかね」
そうね、と残った特に親しい仲間三人が答えて腰を上げる。
どこを襲おうか、なんて事をいつものように考えるのだけれど、気分がなかなか乗らない。というよりも、どうせ小さくまとまらなけりゃいけない事が分かっているから、少しも気分が昂ぶらないのだ。適度な緊張感があってこそ、精神は充実するのだけれど。こんな働きアリのような生活、とても私には耐え難い。
貧民街から一歩足を踏み出すと、そこは既に別世界だった。
ここでは私らのような身寄りの無い子供達は、まるで病気か何かのように忌み嫌われる。当然、私達がうろついている様を見て快く思う人間などおらず、口には出さずとも露骨な嫌悪感を示す視線を遠慮なくぶつけてくる。けれど、そんな事でうろたえる私達でもない。既にそうある事が当たり前だったのだ。自ら目立とうと振舞ったりはしないが、決して不必要に視線を避ける事もしない。ただし、これから事を成そうとする時は慎重に姿を隠しながら歩く。少しでも相手に警戒される要素を減らすためだ。
人の目を掻い潜りながら、出来るだけ人気の少ない裏通りや路地を駆使して私達は街を進んでいく。どこを狙おうか、今は制約がある以上、特にこれといって決めてはいない。だが、結局は限られているわけだから、そんなにみんなとの意見の相違は起こり得ない。
「さて、と。とりあえず、適当に二、三軒やっちゃって終わりにする?」
「一軒だけでは苦しいかもしれないけどさ、立て続けにやるのはよしておいた方がいい。勘付かれ易いから」
「しゃあないか。ったく、めんどっちい」
小物を、それもかなりの間隔を空けて狙わなければならないなんて、退屈過ぎてどうかしてしまいそうだ。けれど、ここで自分の感情を走らせてもロクな事にならないのは目に見えているし。いちいち自分の行動が著しく制限される今の状況は、まるで見えない檻の中にでも閉じ込められているようだ。もしくは、水の張った洗面器に顔を押し付けられているとか。とにかくじんわり首を締められているようで鬱陶しいのだ。
「確かここらには……そうそう、ブルー・ソー商会とかなかったっけ? せまっちい事務所に十何人もひしめいてるとこ」
「ああ、あったあった。最後に仕掛けたのは二ヶ月も前だったか。となると、そろそろ食べ頃ではあるな。日中は取立てで警備が甘いから、妥当なところじゃないか?」
ブルー・ソー商会とは、商会とは名ばかりの、有体に言えばただの金貸しだ。しかし、法の目を巧みに掻い潜ったあくどい取り立てを行っており、その上脱税までやってるときてる。見た目のショボさ加減とは裏腹に、なかなか私腹を肥やしているのだ。事務所にはいかつい連中が何人か張っているが、所詮は使い回されているだけの腕力しか取り得の無い大人だ。燻り出す方法なんて幾らでも思いつく。腕力では勝ち目が無い以上、こちらは相手の弱点である頭の弱さを突くのだ。
私達はいつものように二手に別れると、片方は物陰に姿を隠し、もう片方は手頃な大きさの石を拾って構える。私は前者に属する。この作戦の場合だと、本当に危険なのは後者ではなく前者なのだ。後者は走って逃げ切ってしまえばそれでいいのだが、前者はそうはいかない。作戦の根本を担う役割なのだ、多少の危険を顧みているような猶予はない。
「んじゃ、行ってくる」
そういい残して先行隊、いわば囮役の仲間がブルー・ソー商会の建物へ向かっていく。それから周囲に人がいないことを確認し、力の限り持っていた石を窓ガラスへぶつけた。
小気味良い音と共にガラスは粉々に砕け散る。直後、凄まじい怒号を上げて数名の男が飛び出してきた。しかし、それを合図に囮役の仲間達はくるりと踵を返すと、出てきた男達にあからさまな嘲笑を浮かべながら、決してすぐには振り切れないように調節した速度で逃げていく。あの連中を少しでも建物から遠ざけるためだ。こうして適度にひきつけておくと、後少し後少しとなかなか諦められずに追い掛け続けてしまうのである。
よし、行こう。
私達はあらかじめ決められた手はずに従って建物の中へ入り込む。さすがに完全に空にして子供を追いかけるほど馬鹿でもなく、今回もまた留守役が二名、私達と金庫との間に立ちはだかった。しかし、それはこちらも想定済みで対策は十二分に用意してある。今回は最も単純な手段を用いてこの障害を排除する事にした。それは身近な道具を武器として用いる、という単純明解なものだ。
私は路地に捨てられていた鉄パイプを使い、邪魔をする連中の頭を片っ端からかち割ってやった。まあ死にはしないだろうが、放っておけば死ぬかもしれない。だが私達にとって、貧民街の外に住む人間の事などどうでもいいのだ。元々同じ世界に住んでいるとは思っていないだけに、たとえ死のうが病気になろうが自分の身内じゃないんだから気に留める事はあり得ない。
邪魔者を排除すると、今度は金庫の開錠にかかった。ダイアル式の長い暗証番号を登録してロックをかけるものだが、この手のカギを人間はなかなか使いこなせない。番号を忘れてしまったらどうしようか、という強迫観念があるため、いつでも思い出せる数字の羅列、たとえば自分の誕生日なんかをつけてしまう。そうなると、たとえ暗証番号が分からなくとも資料さえあれば番号を推測して簡単に開錠する事が出来る。以前は見事にここのボスの生年月日だった。さすがに同じ番号のままではないが、方向性はあまり変わっていないだろう。試しにその生年月日を逆順に入力してみた。すると金庫はあっさり開いてしまった。金庫そのものは頑丈で、どんな災害が起こっても必ず中身を保護するだろう。けれどカギを扱う人間がこの有様では、折角の高性能も生かすことが出来ない。
金庫の中身は現金の他に債権やら念書やらの書類が沢山入っていたが、私達は現金と、即換金出来るものにしか興味はない。そこらへんから見つけた袋の中に現金を詰め込み、そそくさと仕事の済んだこの場を退散する。たまたま外に出ていて騒ぎを知らないまま帰ってきた連中と鉢合わせになったら洒落にならないからだ。
そろそろ、先ほど囮役をやったチームはあらかじめ決めておいた合流地点に向かっている頃だろう。私達も早いところそこへ向かって合流し、成果を確認する事にしよう。限りなくボウズに近いしけたもんではあるけれど、無いよりはましだ。多少食えるのと、全く食えないのでは大きく違う。手に入れられただけでも感謝しておくとしよう。この場合、感謝の対象は神様ってやつになるが、私ら貧民街の人間は違うものに感謝の意を表す。それは自らの運だ。神様どうこうという水掛け論のような存在は、あまりの不公平さがある生活の現実の前に存在を認めてもらえるはずはない。どこがどう平等なのだ、と食って掛かるところから始まる。だったらハナから信じない方が手っ取り早いのだ。
「さて、行きますか。バカ共が戻ってくる前に」
私は成果の入った袋を肩に担ぎ上げた。御世辞にも、ずしり、という表現を用いるには不十分な心許ない重量感だった。予定では後二つほど、同じぐらいの襲撃をかけるのだが。たった二回で足りるだろうか? そんな不安感が否めず、そのまま重い溜息となって口から飛び出した。
TO BE CONTINUED...