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一つの通過点を前に。
私は踏み出した一歩の大きさに気がつかず、ただただ思うがままに前進を続ける。
一歩、踏み誤れば闇。
そんな危険にも気がつかず、私はひたすら自分が思うように進み続ける。
進む自由と寄り道する自由と。
決して楽な道じゃないと人は言う。
けれど私は、進む事に喜びを見出す。
それは、その一歩一歩に何物にも変え難い喜びを見出せるからだ。
進むことは自らの成長。
そこまでの道程は、実力の布石。
そう、私は常に強くなり続けている。
誰にも私は止められない。
私は吹き続ける自由な風なのだ。
いや、風『だった』のだ。
私を遮る存在は、この世にまだまだある。
そいつも、またその一人だ。
涼やかな戦場の風。
肌が張り詰めるようなその風を額で突っ切りながら、私は縦横無尽に戦場を駆ける。
「どけどけぇっ!」
戦闘形態となった右腕を振り回しながら、雪乱の布陣をかき回し、命令体系を崩して混乱を作り出す。前後の命令の繋がりを失って立ち往生をする雪乱の連中を突き、私が配属された小隊の人達が一気に畳み掛ける。私が作り出した小さな機転に流れ込んで叩き潰す、単純ながら効率のいい戦術だ。とは言っても、これを考えたのはミシュアさんなんだけれど。私には細やかな戦術を把握するのは当分不可能だからって考えたらしい。ミシュアさんはいつまでも私を未熟者扱いするが、もうちょっと私が上げてきた数々の戦果を評価して欲しいものだ。
私の役目はいわゆる切込み隊長ってヤツだった。戦闘に入った直後の、まだこちらに対して身構えている状態に亀裂を生じさせるのが主な仕事だけど、前からそういうのは私の役目だった事を思い出す。私はこういう時は誰よりも先に敵へと向かっていって、攻略のきっかけを作り出していた。いうなれば、私がいるのといないのがそのまま勝敗の如何を決する。それだけ、私という存在は大きいのだ。
単身で飛び込む私には、雪乱の白い術式が雨のように降り注がれてくる。けれど私の右腕には豆鉄砲も同然で、どれだけ一度に行使されようともたったの一振りで弾き返す。リーシェイやラクシェルからは、普段もっとレベルの高い術式を当然のようにもらっている。この程度じゃ私の足は一歩たりともとめられやしない。せいぜい、呼吸を二度三度、増やす程度だ。
数々の攻撃をかいくぐり、繰り出していく私の攻撃は片っ端から雪乱の陣形を修正不能へ追いやっていく。思っていたよりも大した事ガ内。それが正直な印象だ。
初陣の頃に比べ、今はまるで重圧を感じなかった。戸惑いや違和感があったのは最初の内だけで、すぐに自分がどのように立ち回ればいいのかなんて体で覚えてしまった。結局はこれまでとなんら変わりはない。精霊術法の存在が若干、戦場を特異な空間にしてしまうだけで、結局のところはどっちが強いかのぶつかりあいだ。そのシビアさは子供の頃から身近に置いている。この状況でどれだけうまく立ち回れるのか、私には誰にも負けない自信がある。そもそもポテンシャルってのが違うのだ。
無数の攻撃をかいくぐり、逆にこちらの改心の一撃を食らわせてやる。
その快感は何物にも変えがたく、憎んでもいない人間を相手にどれだけ戦えるのか、なんて頭を悩ませていた戦場へ来る前の自分が馬鹿らしく思えてくる。
今、私にあるのは戦うへの興奮と喜び。
一本、ネジでも飛んでしまったような、どこか自分が壊れてしまった危機感、もしくは喪失感にも似たものさえ感じてしまう。
しかし、興奮はそんな小さな不安さえ吹き飛ばして執拗に戦いへと駆り立てる。私の中にはそれに応えるほどの充実したエネルギーが溢れていた。
相手を踏破する事が気持ちよくて仕方なかった。踏みにじる喜びが、カーッと燃え盛る炎のように私の胸を焼き焦がす。私は馬鹿みたいになってひたすら前へ前へと突き進んでは群がるやつらを次々と弾き飛ばしていった。そこに目的や合理性はなく、ただ進む事だけを強要する意識が本能を支配している。自分の内から湧き上がる衝動に身を任せるのは眠りに落ちる瞬間にも似た気持ち良さがある。言うまでも無く、私はその衝動の虜となる。
戦うことがこんなにも楽しいなんて。
戦い自体を拒んだりした事はなかったけれど、夢中になった事もまた一度もなかった。必要以前の戦いに、私は必要性をまるで見出せなかった。趣味でやらかすなんて腹の減るような真似はしたって仕方が無い。だからなんだけど、まさか戦う事自体にこれほどの喜びを覚えるなんて。どうしてもっとはやく気がつけなかったのか。
全ては、この精霊術法と交わってから。
それがきっかけで、私の中の何かが、スイッチが入ったように走り始めたのだ。
少しずつ、少しずつ。回を重ねるごとに、自分が強くなっていく実感以上に、戦う楽しさに目覚めていった。
前進。
とにかく前進。
それが本当に私が望んだものなのか、今の興奮した頭では皆目見当がつかない。
食べていくために戦うのか。
強くなるために戦うのか。
ただ、楽しいから戦うのか。
ふと思い返せば、自分が何故この北斗に居続けるのか、その理由が見つからなかった。スファイルに連れて来られたのは右腕の怪我のせいなので、しばらくはじっとしていても仕方が無い。けれど、凍姫に属して北斗を守るためにこうやって戦う理由が私には無い。北斗は確かにいい街だし、うまいものや面白いものが沢山ある。けれど、体を張ってまで守ろうなんて俄かに思う事は出来ない。なんだかんだ言ったって、所詮は他人の街だ。去ろうと思えばいつだって去れる。しかし私は、今ここに自分の意思で留まっている。それは何故か。自分の事なのに、いまいち不明瞭ではっきりとした言葉で表せない。
どうして私は戦ってるんだったっけ?
自分を見失った訳じゃない。
ただ、見つけていないのだ。どうして戦うのかを。
それでも時間は過ぎてくし、私は戦いを重ねる。同志同士の意味のない戦いだとミシュアさんは言うけれど、少なくとも『楽しいから』という理由が僅かながら噛んでいるから続けているのも事実だ。
結局、全部惰性か。
物事ははっきりと決めるのが私の性分なのに。なんでまた、こんならしくない事を続けてるんだろうか。
やっぱ、戦いそのものが楽しくなっちゃったから?
考えれば考えるほど分からなくなるし、考えたってしょうがない事。
まあ、とにかく私はそれらの考えを同時に持ってるって事だ。今はまだそんなんでいいや。どうせ、別はっきりさせようとさせなかろうと、どうかなる問題でもない。私にとって、その日その日が面白くやれりゃあそれでいいのだ。今更そんな格調高い意識問題を掲げ上げたって、そんなの私の柄じゃない。
リーシェイのバカとかラクシェルのバカと、毎日どつきあってる今の生活は、たまに血を見たりミシュアさんに地獄を見せられる事もあるけれど、やっぱ楽しい。出来るならずっと続けていきたい。生活ってのは日々変化するものだけど、恒久的に変わらないものだってある。それが多分これだ。
以前の私の生活は、単純な力の強弱に踏襲されてしまった。けど今の生活は、ただ何かを守ろうとしているだけじゃなくて、何と言うか、どこか攻めの姿勢みたいなものがある。守りたいものと、手に入れたいものと。それらを同時に手にしたい。
手に入れたいもの。
もっとうまいものを食べたい。もっと楽な暮らしがしたい。以前の欲求なんてそんなものだったけど、今は少しだけ変わってる。強くなりたい、という大前提から、数え切れないほど無数の欲求が枝分かれして常に私の背を押している。あれやこれやと目移りしそうなほどの欲求、そして好奇心。自分の世界が広がった、もしくはこれまでの自分の世界がどれだけ閉鎖的だったのかを思い知らされたか。どことなく自分の変化に清々しさを覚える。
「おっし、ここは終わり!」
あらかた片付け終わった周囲を、最後にぐるりと見回す。もう戦えそうなヤツは一人も残っていない。その確認が終わると、すぐさま私は次の戦場を求めて飛び出した。すかさず背後から誰かの制止する声が聞こえてきたが、あえて私は聞こえなかった事にする。一応、ここの小隊長みたいなヤツには持ち場を離れるな、とか言われたけど、既にここには戦う相手なんていなくなった。けれど、他ではまだ戦っているかもしれない。幾ら布陣があるからって、なんでいちいちそんなのに律儀に従って、仲間が戦ってる時に自分達だけ休んでなきゃならないのか。
なんて事を思ってみるが、実際それは内面的なタテマエであって。本当はただ、まだまだ物足りない、ってだけだ。スタミナはまだ半分も使ってない。怪我なんてする訳ないし、だったら当然、次に取る行動は考えるまでもない。
風のように疾く走る私。
視界に入る戦場の様子はどこも下火になっていて、比較的凍姫の方が雪乱を押しているといった感じだ。なんでも同時期に入った私ら三人の功績のおかげらしい。ミシュアさんはそんな事を一言も言ってくれないけど、それはリーシェイやラクシェルのバカ二人が付け上がるのを防ぐためだろう。
雪乱は、なんでも頭目が随分な年寄りで寝たきりだってから、戦闘には参加しないそうだ。となるとこっちの方が有利かと思われるけど、こっちはこっちで頭目はあんなだからプラマイゼロだ。もっとも、その頭目は先日脱獄に成功してまたどっかに消えてしまったけれど。元々戦力計算には入れてなかったので士気に大した影響はない。そうなると他の幹部が戦力差を決める重要な要素になるんだけど、凍姫にはそれなりに名の知れた人間はいるが雪乱にはほとんどいない。数でも差がほとんどないんだから、どっちが勝つのかは目に見えている。まあいずれ、凍姫の勝利で終わるだろう。
もう回れるところは回ったかな?
そして、しばらく交戦区域を走り回っていた私だったが、どこへ行っても本格的な戦闘をしているとこはもう見当たらなかった。もはや今回の戦闘は完全に決してしまったのだろうか? まだまだ体力が有り余ってるだけに、物足りなくて物足りなくて仕方が無い。考えてみれば、たったあれだけの数しかいないとこに、なんでこの私が配置されるんだろうか。一人でどうにかしろってんならまだ分かるんだけど。こうなったら、ミシュアさんに次回からはもっと激戦区に配置してもらう事にしよう。ただミシュアさんは言葉に気をつけないとすぐにどつくから、慎重な交渉をしなければならない。
なんか、雪乱よりもミシュアさん一人の方がずっと怖いなあ……。
だったら、物足りないと思うならばミシュアさんに特別訓練をしてもらえばいいんじゃ? いや、それは駄目だ。勝ち目がないだけでなく、一つ間違ったら今夜はどこのベッドで寝る事になるのか分からないし。
どっかにいないもんだろうか。程々に強いヤツは。で、結局。いっつも当てはまるのはあのバカ二人だけなんだよなあ。
さて、もうちょっとで回り終わる。
私は今回の戦闘はもう期待できそうもないな、と気持ちを投げ、薄く凍った地面を蹴った。
ついでだ、どっかで何か食べてから帰ろうか? いや、下手な事をするとミシュアさんに……。
目的地を凍姫本隊に定めた私は、足をその方向へ向ける。
あ、思い出した。
持ち場は離れるな、ってミシュアさんにも同じ事を言われたっけ……。いかん、早く戻らないと今度こそ殺される。
存分に戦えなかった落胆も忘れてしまうほど、背筋に思い出した事による悪寒が走る。命令無視は死罪に値する、なんて言われていた。どう考えてもミシュアさんの事だ、言葉のあやなんかじゃない。それこそ考えうる最も惨い手段でやられてしまうだろう。
本気で走れば、五分もかからないはず。体力には余裕があることだし、なんとかバレない内に戻れるかな。
と、全力疾走のために全力の一歩を踏みしめたその時。
「ん?」
ふと異様な気配に気がついた私は、一歩目と同程度の勢いで放たれた二歩目を、自分の体を後ろへ引っ張るための起点にして急停止する。こんな強引な動作をしても、体のバランスは綺麗に保たれたままだ。前までなら右腕のせいで重心を狂わせ転んでしまっていただろう。これも私の運動神経が成せる技だ。
通りから外れた方に走る小さな路地、そこにあったのは一つの人影だった。
む……?
それは、雪乱の真っ白な制服を着た金髪の女だった。緩やかにウェーブがかかっていて、長さの割りにはふわふわと重ったるしさを感じない。顔はややうつむいており、表情がはっきりと見えない。
まだ雪乱のヤツがいたのか。
雪乱の制服は雪をモチーフにしているのか全てが全て真っ白な生地で出来ている。夏場なんか眩しくてたまらなさそうな服だ。柄はなくとも目立つのは、そのあまりの白さのせいだ。
初め私は、こいつは難を逃れようとここに逃げ込んでいただけだと思った。だったら別に取るに足らない人間だ、わざわざ相手にする必要はない。けれど、すぐにそれは間違った認識であると気づかされた。
その女のすぐ後ろには、凍姫の制服をまとった人間が何十人も倒れていたのである。さして争った形跡もない、一瞬でやられてしまったとしか思えない状態だ。
ふうん、どうやら少しはやるみたいだ。
私は口元を綻ばせつつ、そいつの方へ一直線に駆けていった。
向かってくる私に気がついたそいつは、ゆっくりと顔を上げる。
金髪の間から覗く二つの目。それはまるで刃物のような光を放つ、冷たい碧眼だった。
本能に、『こいつは危険だ』と訴え掛けられる。しかしそんな恐れは振り払い、私は右腕に意識を向ける。
何を恐れるものか。私に負けはないのだ。いつものように、立ちはだかるものは打ち砕くのみだ。
「ヘッ、勝負だ!」
TO BE CONTINUED...