BACK
欲しいものは奪え。
殴られたら殴り返せ。
大人を信じるな。
物心ついた頃から一人で生きる術を身につけざるを得なかった私は、一人で辿り着いたこの三カ条を常に胸の中へ誇りと共に刻み付けていた。
自分は何物にも左右されない自由な人間。
それは突如現れて街を蹂躙しては何処となく消え去っていく風のように、暴力性と神出鬼没な不明瞭さを兼ね備えた、要するに自分の都合だけで生きる存在だ。
誰から何と蔑まれようとも、私には逆に信頼を寄せ合える仲間達が居る。みんな私と同じように、生まれてすぐ親に捨てられた子供達だ。
みんなで力を合わせれば、こんな自分勝手な街だってパラダイスのように過ごせる。欲しいものはみんなで協力すれば簡単に手に入る。街は広いから寝床だって困りはしない。大人はちゃんとした部屋の中に住む事が人間らしいというけど、冗談じゃない。誰が大人と同じ事をするものか。第一、その人間らしい大人ってヤツに私らは捨てられたんだ。みんな欺瞞の仮面を被った鬼畜ばかりじゃないか。私らをくだらない存在に見ているけど、ああ上等だ、こっちだってあんたらなんか犬以下のちっぽけな存在にしか見ていないんだから。
「うまくいったな!」
「さっすが、ファルティア。度胸あるわね」
手にアタッシュケースを持ってひた走る私達はそう嬉々としながら互いに笑顔を見合わせ、こぼしていた。
背後からはマヌケな憲兵が必死になって追いかけてくる。しかし体格は饅頭のように丸々として、とても私らに追いつけるほど俊足ではない。まず私達に追いつくには、体についたその余分なものを捨ててくるべきだ。ゼーハーゼーハーと、全身から汗を噴出して叫ぶ事すらままならぬ見苦しい姿。この街が平和ボケしている、もっとも明朗な象徴だ。
「あったりまえじゃん。私を誰だと思ってんのよ」
二人が繰り出すその讃辞に、私はそう素直に誇らしげな表情で答える。
事の顛末はこうだ。とある筋から、街のとある金融業者がお金を会社内に運び込むという情報を手に入れ、私達は全てとはいかなくとも少々それを失敬しようと作戦を立てた。作戦と言っても何の事は無い、警備員がお金を馬車から運び出している最中に奇襲をかけ、怯んだ隙に持てるだけ持って逃げるという至極単純なものだ。そして、その奇襲の一番槍を務めたのが私という訳である。一番打たれ弱そうなヤツの腰を目掛けて、力いっぱい飛び蹴りを食らわせてやったのだ。腰は人間の行動の中心部分だ。ここをやられると、ほとんどの行動が制限されて動けなくなってしまう。
「しかし、あれだな。ファルティアは下手な男よりずっと男らしい」
私はすかさず肘を繰り出す。そして遅れてじろっと睨みつけた。順番は間違っているが、心情的には間違っていない。まずは気持ちの憂さを取り払ってから、ようやく睨みつけるというまどろこしい行為が出来るのだ。
「さて、今夜は久々にいいもの食えそうね。なにがいいかなあ」
「チビ共は食べ盛りだからね。お腹一杯食べさせてやらないと」
それぞれが手にした現金の重さに、色々と使い道のイメージが頭の中で馳せていく。とはいっても、私らは生きていくのに最低限必要なものだけに費やす事がほとんどだ。新聞やらアクセサリーやら、直接生活に関係の無いものは買ってる余裕が無い以前に、興味そのものがないのである。もっとも、私自身は甘いものとかお菓子の類に関しては出来るだけ流行に遅れないようにする意地があるのだけれど。
大通りから無数に派生していく路地を幾つも跨り、私達は自らのテリトリーである街の最も深く、滅多に街の一般人は近寄らない、俗称で『掃き溜め』と呼ばれている区外へと駆けて行く。ここは、自治区でありながら官憲は滅多に足を踏み入れない事実上の治外法権区域だ。主に私らのような孤児や、人には言えない訳アリの人間が多く根城にしている。ここには細かいルールはないけれど、身内同士だけは絶対に大切にする。そしてテリトリーに入ってくる官憲に対しては何が何でも反抗するスタンスを取っている。
私達はここで、自分と同じ親を持たない子供達の面倒を見ていた。私はともかく、一人では到底生きていけないような幼い子供は沢山居る。この街の人間はそれを知っているクセに見ない不利をし、尚且つ恵まれない他国の子供のためへのボランティアなんかやってるのだ。そんな馬鹿に代わって、こうして私達が稼いでは食べさせてやっているのである。
これはかつて、私がまだ幼い頃に年上の仲間達がやっていた事をそのまま引き継いだものだ。こうやって代々、年上の人間が年下の面倒を見る体制が確立されているのである。私もまたその体制に準じた訳だが、なによりもかつて自分が年上の人間に世話になった事を、成長した今そのまま年下の人間にやってやろうと思うのは至極当然の発露だ。人間である以上、縦の繋がりよりも横の繋がりを重視する。私はそれでいいんだと、そう思っている。過去のしがらみに囚われるのは最悪だが、先達の作り出した良い慣習は後世へと伝えるべきである。
ようやく自分達の庭である市街区へ辿り着くと、私達は駆ける足を止めてゆっくりと歩き始めた。歩きながら切れ始めた息を整える。この街で私達が安心して暮らせるのは、この区域を除いて他にはない。それ以外の区域に足を踏み出したときは、まるで戦場へ赴いたような心境で挑んでいる。そこでは私達が最も憎む、あまりに矛盾の孕んだ法律が絶対的な力を奮っているのだ。私達の存在はそれに反している以上、自らの身の安全は自らの力で守るしかないのである。
正直、この街は私達子供にとって非常に住み辛い。いや、それは親の居ない私達に限定された事だけれど、とにかく社会的弱者への配慮は致命的なほど欠けている。
困っている人間なんて省みようともしない大人達。彼らにとって私達は、存在自体が害虫のようなものだ。何もせずとも、ただそこに居るだけで忌み嫌われる、街の厄介ものだ。けれど私達は、そんな大人の理不尽な扱いなどにへこたれず、むしろ逆に噛み付いてやるぐらいの心意気で生きている。欲しいものは、ちょっと頭を使えば今日のように僅かな労力で手に入れられる。この街は体制が腐っている分、イリーガルな事への取り締まりも緩いというか甘いのだ。ふとっちょの警官一人で、どうして私達が捕まえられるものか。その上、基本的に街の人間の防犯意識も薄い。こちらとしてはその方が仕事もやりやすいから、これに関してはもうしばらくの間、甘く腐った体勢のまんまでいてくれて欲しいのだけれど。
「さて、先に買出しでも済ませておくか? それとも、成果の勘定でもするかい?」
「別に家計簿でもつけてる訳じゃないんだし。大体でいいじゃん、大体で。どれぐらいのものが買えるかさえ分かればいいんだし」
「それもそうだな。じゃ、いつものとこでいつものって事で」
私達は街に嫌われた存在だが、どういう訳かお金を持っていれば、少なくとも何かを買う時は客として同等の立場に見てくれる。まあ、欲しいものを直接奪ってもいいのだけれど、いちいち下見して店を選ぶのは面倒臭い。それよりも、こうやって大金を奪った方がずっと効率がいいのだ。そして奪った金は今日中に使い、出来るだけ残さない。足がつきやすいのと、証拠が無ければ何も出来ない取締りの穴を突くためである。もっとも、たとえ足がついたところで連中には私達をどうこうできる力なんて無いのだけれど。
「やっぱ肉よね、肉。せっかくこんだけあるんだし、イイ肉を食べようじゃないの」
「なんかあるとファルティアはいっつもそれだね」
「いいじゃん、別に。好きなんだから」
菜食主義だとか、そんな食べ物を選り好みする贅沢を言えるほどの余裕は私達にはない。余裕があれば、食べたいと思うものを食べる。それが最も人間らしいと思うのだが。即物的過ぎるとも言うが、そもそも人間自体がそんな生き物じゃないか。
とまあ、そんな事を考えてみるのだけれど。私らのような人間には、そういった主義主張は要らないものだ。今日をどう生き抜き明日へと繋げるか。そっちの方が重要である。そのためにも力をつけなくてはいけないわけで。だから私には肉が必要なのだ。
TO BE CONTINUED...