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普段は何かといがみあっているけど。
今はこいつらほど頼もしい存在はない。状況が状況だけに尚更だ。
決して失敗は許されない。
失敗しても、多分死にはしない。でも、自分の事は許せないだろうから同じ事だ。
そんな人生最大の危機を前に、安心して背中を預けられるのはこいつら以外に考えられない。
エスタシア様では恐れ多過ぎるし。
さて、さっさと終わらせないとね。いい加減、リュネスも苦しいだろうしさ。
でも、絶望の足音はすぐそこまで迫っている。
「行くぞ」
リーシェイの低い掛け声と共に、私とリーシェイ、ラクシェル、ルテラ、レジェイドの五人が一斉にリュネスへと向かった。
すぐさまリュネスの左手の平が向けられ、そこから青い光の帯が放たれた。そう安々と食らう事はないのだが、すれ違っただけでもその破壊力の恐ろしさはビリビリと肌に伝わってくる。うっかり避けそこなったら、十中八九大怪我、もしくはそれ以上の事態は免れない。けどそれがかえって良い緊張感を持たせてくれる。
「射」
まず最初に仕掛けたのはリーシェイだった。
リーシェイは体現化した六本の氷針をリュネスに目掛けて放つ。針は中空で飛びながら一本により合わさり、一つの氷の矢へ姿を変えた。そして矢は鏃に白い靄のような冷気を纏いながら一直線にリュネスへと向かっていく。
案の定、すぐさまリュネスの周りにはドーム状の障壁が展開されて矢の侵入を拒絶した。しかし、それで矢の推進力が失われた訳ではない。矢は拒絶されようとも無理やり中へ入り込もうとして、尚も障壁に食い下がる。さすがに貫通力に優れているだけあり、鏃が入り込もうとしている所がやんわりと内側へへこむように押され始めている。
「おし、行くぜ!」
そして、続いたのはレジェイドだった。
やけに馬鹿長い剣を頭の上まで振り上げると、飛び上がりながら加速をつけてリーシェイの矢が障壁と拮抗しているところへ叩きつけた。だが、それでもやはりレジェイドの剣は障壁の内側へ破り入っていく事が出来ない。レジェイドは障壁が外へ弾こうとする力に逆らいながら剣を食い込ませ続ける。レジェイドは精霊術法の使い手ではないが、さすが流派『夜叉』の頭目を張るだけあり、その力は見事のなものだ。斬る事よりも叩き潰す事に重点を置いた豪剣であるため、ちょっとやそっとの反発力に弾かれるほど軽い剣圧ではない。
「一、二の」
「三!」
更にそこへ、ラクシェルとルテラが魔力を乗せた拳を同時に繰り出した。放たれた双拳が、先に放たれた攻撃の威力を加速させて障壁をより内側へ歪めさせる。
二人は共に精霊術法の恩恵で筋力が見た目以上に強化されている。それを魔力で強化しているのだから、体術に関して破壊力だけならば、北斗でも有数の使い手である事は間違いない。
暴走し、際限なく魔力を使うリュネスの展開した障壁は、それでも四人の攻撃を食い止め続ける。常人なら十回は消し飛ぶ威力があるのだが、それを尚も弾き返そうとするその障壁の異常な強さはさすがのものである。精霊術法は便利な反面、暴走というダークな危険性も常に付きまとう。その影の濃さをこうして目の前でまざまざと見せ付けられ、私は身の震えるような気分にさせられた。
「よし、もうちょっと!」
ラクシェルの言葉に、四人が更に攻撃へ力を込めた。すると、内側へ歪んでいた障壁の一点から僅かに内部へ攻撃がめり込み始めた。遂にこちらの攻撃力がリュネスの障壁の防御限界を超えたのである。
少しずつ、障壁の中へめり込んでいく四者四様の攻撃。攻撃負荷が集中しているそこは既に空気が張り詰めた風船のように質量が薄くなっている。もう少し。もう少しで破れる。私は呼吸を整え、近づいた自分の出番に備える。
やがて。
ぱりん、という、あれだけ強固な防御力を誇っていた割には意外と可愛らしい音と共に障壁が砕けた。
「ファルティア!」
そう誰かが叫ぶのが先か、その瞬間に私はリュネスの元へ向かって駆け出していた。
無呼吸状態で駆けながら、私は右手にチャネルから流れ込む魔力を伝えていく。私の右手は精霊術法で出来た特殊な義手だ。魔力で体現化した腕と思えばいいだろう。イメージによる体現化のため自分の思い通りに動くのはもちろんの事、見た目や質感、触り心地と何から何まで本物とそっくりなのである。だが、今必要なのは、戦闘のための力を秘めた強い腕だ。その様をイメージしながら右腕を変質させていく。
ぐわっ、と震えながら右手が戦闘用に仕様化、構成する魔力は本来の氷に退化する。大きさは通常の倍以上、人間には決してあり得ない鋭く大きな爪を五指にそれぞれ持ち、腕中が私の魔力によって凄まじい凍気を発している。この腕を使って戦うのが私の戦闘スタイルだ。ラクシェルのような絶対零度の体現化までは出来ないものの、兎角破壊力にはかなり自信がある。前に凍姫訓練所の結界が四層だった頃、本気を出してないにも関わらずうっかり一撃でぶち抜いた事があるのだ。
障壁が破壊され、次の行動に移るまでの無防備な時間。私がリュネスの元へ辿り着くための時間と比べて、どちらが長いか。非常に微妙な計算結果だが、私は自分が先である事を信じて迷わず駆ける。
リュネスまで、残り三メートル。そこでじろりとリュネスの異様な笑いに歪んだ目が私に向けられた。攻撃される前に反応された。どうやら、先の計算結果はプラスマイナスゼロだったようだ。
「うおおおっ!」
途端にリュネスの周囲に魔力の流動と体現化の気配を感じ取った。私は己を鼓舞する意味で声を上げながら右手をそこへ繰り出す。すると、バチッというスパーク音と共に、私の右腕がリュネスに触れる寸前の所で別な力により遮られた。見るとリュネスの周囲には雷のような凍気の束が幾本も空気中を走っていた。その規則性と不規則性を併せ持った流れが私の右腕に集まり、それ以上の侵攻を食い止めているのである。
負けるものか。
私は押し留められる右腕へ更に力を込めて、凍気の包囲網を突破する事を試みる。だが、出せる限りの全力を発揮したこの右腕には、凍姫訓練所の四層結界をぶち破った時の倍以上の威力が込められているにも関わらず頑なに押し留めて侵入を許さない。それどころか恐ろしいほどの力で外へ弾き出そうとしてくるため、その力に負けぬよう対抗するだけで精一杯だ。
こっちは本気でやっているのに、まるで手応えらしい手応えが得られない。やはり暴走してしまった人間の術式は凄まじい威力を持っている。私は暴走しないようにある程度のリミットを設けて術式を使っているが、リュネスはそんなリミットなど設けずあるだけの魔力を使って術式を行使している。しかもリュネスのチャネルは私よりも遥かに大きいのだ。まるで大人と子供のケンカだ。ただしこの場合、攻撃に制限を設けているのは力が劣っているはずの子供の方で、手加減をしないのは大人の方であるけれど。
単純な物量差が技術と経験を凌駕してしまう最悪の状態が目の前で展開されている。けど、私はそれに怯む事無く立ち向かう。ここでリュネスを止められなかったら、半強制的に流れ込む魔力が体のキャパシティを超えて自己消滅してしまう。暴走事故だなんて、そんなくだらない事でリュネスを死なせてしまう訳にはいかない。しかも、最後にリュネスと交わした会話らしい会話があんなだ。それを最後の会話には絶対にしない。
しかし。
尚も抵抗を続ける私に、リュネスは更ににっこりと微笑みかけた。冷たい汗が背を伝いぞっとするものの、それを無理やり押し殺して包囲網の突破に専念する。するとリュネスはゆっくりと右手を振りかざした。そこにはリュネスの体躯よりも一回り以上ある巨大な氷の大剣が体現化されている。ミシュアさんが得意とする術式もまた、これと同じ剣の体現化だ。だがリュネスのそれはミシュアさんとは比べ物にならないほど大きい剣身を持ち、剣全体から禍々しい冷気を放っている。反面、剣身が宝石のように美しく輝いているという激しいギャップが、剣そのものの異様さと恐ろしさを際立たす。
リュネスが右手の大剣に視線を移した。すると、たちまち大剣が変質化を始めた。まず最初に剣のラインが崩れ、丁度同じぐらいの氷の塊になる。そこから氷塊は、まるで意思を持っているかのようにリュネスの右腕に纏わりついて包み込み始め、再び別の姿形を作り始める。
な……それは。
やがて、今度こそ精神力では抑えつける事の出来ない戦慄が私を駆け巡った。
リュネスの右腕に体現化されたのは、私と同じ氷の腕だった。しかし大きさは私の比ではなく、全体から放つ凍気の量も圧倒的だ。リュネスの腰周りほどもある指が五本、握り拳を作っている。そしてその指にはそれぞれ、指よりも一回りほど大きな爪が生えていた。
ニッコリとリュネスが私を向いて微笑んだ。
殺される。
咄嗟にそう判断した私は、攻撃を中断して後ろへと飛び退いた。
空かさずリュネスの右腕が私に目掛けて繰り出される。巨大な拳が私に向かって接近してきた。私は後方へ向かうベクトルに身を委ねながら、追って来るその拳を焦りと恐怖に似た心境で見据えていた。
そして。
ドンッ、という鈍い衝撃が体を通り抜けていった。同時に後方へ向かうベクトルが再加速する。
リュネスの繰り出した拳は、なんとか寸前で体に触れはしなかった。しかし拳自体が放った拳圧まではかわしきれず、それをまともに受けた私は大きく後ろへ吹っ飛ばされたのである。
「チッ!」
吹っ飛ばされながらも私は空中で姿勢を整えると、地面を滑りながら両足で着地した。すぐさま、拳圧に打ち抜かれた体がじんと痛む。けど、ラクシェルにボディブロウを食らった時ほどのダメージはない。あれを食らったら思いっきり吐いてしまうのだ。しかし、直接体には触れず拳圧だけでこれほどの威力があるなんて。さすがに直撃を受けたら、とても無事でいられる自信はない。
「ファルティア、無事か?」
「ああ、なんとか」
私は差し伸べられたリーシェイの手を取る事無く、自分の力だけで立ち上がった。やはりダメージはそれほど重くもなく、すぐに受けた体の痛みは引いていった。けれど、胸の中はそれ以上に暗澹としていた。まったく手加減なしで繰り出したはずの攻撃が、見事に防がれてしまった。そればかりか、私の何倍も威力のある攻撃で切り返されてしまった。頭目クラスが四人束になってようやく障壁を破壊出来たとしても、リュネス自身に近づく事すら出来ないなんて。幾らチャネルがSランクだとはいえ、暴走した時の力がこれほどまでに大きなものだとはとても考えもしなかった。
無理かもしれない。
暗黙の内に誰もがそう思った。しかし口には出さない。通用しなかったからと言ってやめる訳にはいかないのだ。人の命がかかっている。しかもそれはリュネスなのだ。たとえ無駄だと分かっていても納得などするはずがない。死ぬまで働き蜂のように何度も同じ事を成功するまで繰り返すだけだ。
ふと、私は今の自分の心境が、先ほど駄々をこねたシャルトと全く同じである事に気がついた。私は真剣にリュネスを助けたいと思っている。シャルトもまた、これほどの気持ちと覚悟で挑んでいたのだろう。
しかし、あいつはバトルホリックだ。バトルホリックは自分の同類を生み出す。やはり今回のリュネスの件は、こいつが関わったせいなのかもしれない。別に心の底からそんなジンクスを信じている訳ではない。けど、リュネスをシャルトに関わらせたくないのは、ただの嫌がらせでは決してない。シャルトの生い立ちについてある程度は情報として把握している。私の右腕のように、人には肉体的や精神的に一生消えない傷を負う事がある。ただ、あいつはその傷が深過ぎるのだ。あれほどの傷を抱えた人間と一緒になったって、とてもリュネスが幸せになれるとは思えないのだ。今はその事で恨まれてもいい。将来、リュネスがちゃんと幸せになってくれるのならば。それが、自らの不徳から引き起こしてしまった南区の事件に対する、今の私に出来る唯一の償いなのだ。
と、その時。
「大変だ!」
何の前触れもなく、唐突に私達の元へ一人の声が飛び込んできた。
振り向くと、唐突に現れたのは元流派『雷夢』で今は守星をやっているヒュ=レイカだった。
「どうした?」
ヒュ=レイカは珍しく動揺を露に顔を青褪めさせていた。自らをトリックスターと豪語し、人の迷惑を顧みず自分が楽しく感じる事ばかりをやっているヒュ=レイカ。人を食ったような性格をしているため、私はどちらかというとあまり好きにはなれないヤツだったが。これほど余裕のない表情は初めて見る。
コイツは虫が好かないヤツだが、実力だけは本物だ。なんせ、史上最年少で頭目になった実力者なのだ。本当に天才なのかどうかはともかくとして、まぐれだけで頭目になる事は、徹底した現実主義の北斗内においてはあり得ない事だ。
これで頭目クラスが更に一人増えて六人になった。この戦力があれば、もしかするとリュネスを止められるかもしれない。そう思った私だったが、ヒュ=レイカの表情は臨戦態勢からは程遠い表情だった。普段の人を見透かしたような目は焦燥に駆られ、事実と虚言を思うがままに紡いで放つ唇は不規則に開閉を繰り返しては震えている。
一体、何が起こったというのだろうか?
それを問う前に、私の頭の中に一つの予感が先走った。このヒュ=レイカをここまで動揺させ、そしてこの状況で起こりうる事。
幾ら考えても、一つしか浮かんで来ない。
そして、ヒュ=レイカはゴクリと唾を飲んで自らを落ち着かせると、震えた声でこう言った。
「『浄禍』が出臨した……」
TO BE CONTINUED...