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何も持っていない私だけれど。
生まれてこの方、信念だけは捨てた事は無い。
自分が思う人生を拓き。
立ち塞がるものを取り除き。
誰よりも前を進む。
そのために、私は自分への妥協は一切はしなかった。常に自分を渦中の中心に置く事で、少しでも高めているつもりだった。
私は一番強い。
私が正しい。
私なら何とか出来る。
ずっと、そう思っていた。それだけが私の取り得、いわば唯一の財産だ。
だけど……。
「よっす、お疲れ〜」
合流地点に到着すると、既にみんなは着いており退屈しのぎに駄弁っていた所だった。どうやら先ほど撒いて来た連中の中によほど面白い奴がいたらしく、それが話題の中心となっているようだった。
「どう? 成果の方は」
そう問われた私は、やや苦笑いしながら肩に担いでいた袋を放り投げた。つまり、投げて渡せるほどのものしか得られなかったと、そういう訳である。袋を受け取った時点で問うてきた仲間はこちらの成果があまり芳しくは無い事に気がつき、表情にやや申し訳無さそうな苦味が走る。
「ま、まあ、しょうがないわよ。派手な事は当分出来ないんだしさ」
「理屈では分かってるけどね。ほら、どうしても感情は言うことを聞いてくれないし」
「そもそも、ファルティアって理屈で考えるタイプじゃないじゃん」
ひとまず今居る分だけの成果の方を数えてみた。やはり思った通りの額だ。もしかすると思い違いをしているのでは、と思ってはみたけれど、何度数えても額は僅かも変わったりはしない。
しばらくすると、別行動を取っていた他のチームも続々と集まってきた。どこも成果の方は私のとこと似たり寄ったりで、全部掻き集めても今夜の夕食は格段に質素になる。米代ぐらいにしかならないだろう。今回と同じ成果だったなら、最低でも後ニ回。そのぐらいないと少々厳しいだろう。本来は今夜の夕食の他に若干の蓄え分も考えておきたいのだ。今は派手に稼げない以上、最低でもプラマイゼロぐらいの稼ぎはしたい。そのノルマは二回ないし三回。一回事に間隔も開けなきゃならない。ホント、面倒臭いったらありゃしない。
そして私達は互いの成果の報告をし合うと、何か分かった事や今日襲撃をかけておいた所などの情報交換を行った。しかしどこも取り立てて新しい情報は無く、依然としてこの状況を続けざるを得ないようだ。一つ気になったのは、どうもこの辺をまとめている自治団体が何か行動を起こしているらしい、といった情報だ。先日の件もあり、もしかすると今後の活動に支障を来たす事も考えられる。大金をやり取りする大手どころなんかがやり辛くなるかもしれない。もしもそうなってしまったら、この先ずっと小口ばかり狙うハメになる。詳細は分からないものの、決して良いニュースではない。
「では、次回は四時間後にしよう。先に昼食だ」
そして一通り成果確認を終えると、私達は一旦貧民街へ引き返した。
いつもだったら、その日の成果で先に買出しをするのが常なのだが。最近はこうやって何回か繰り返した一番最後の帰りにだけ買出しをする。そろそろ一回だけ大口を狙い、その金で欲しいものを存分に買い、大手を振って帰るような事をしてみたいものだ。以前はこれが普通だっただけに、最近のセコくて細かいやり方が退屈で仕方ない。何事も派手な事を好む性分なのだ。こそこそやるのはどうにも私には合わない。
それから、今日もまた同じように昼と夕方の二回ずつ、襲撃をかけて金を稼いだ。本日の総成果は昨日とほぼ同額、夕食でトントンになる程度だ。何とか昨日より少しでも多く稼ごうと思っても、いつも平均額を上まれないでいる。まんじりとしたこの状況、いい加減早く脱出したいものだ。
チビ共は相変わらずこちらの苦労も知らないで、あれが食べたいこれが食べたいとブーブー文句をたれる。その文句を、初めは適当に切り返していたけれど、今は耳にするたびにうんざりしてくる。私だってもっとうまいものを食べたいのだ。文句だったら私じゃなくて他を当たって欲しい。たとえば、これっぽちしか持ってない今日襲ったやつらとか、コカなんてものを堂々と街中を運んでいた政府の連中とかを。
いまいち食べ足りない八分目の腹で、私はごろりと寝転がった。以前なら立ち上がるのも億劫んあるほど苦しくて動けなかったのだけれど、今は別段その苦しさとは無縁で、普通に立ち上がって歩けるほどだ。眠気さだけはいつものようにあった。ただし、いつもの眠さではなく疲労感から来るものだ。普段の三倍働いたにも関わらず、このザマだ。気分は重いし体もだるい。おまけに明日への希望すらない。否が応にも気持ちは磨り減っていく。
まあ、とにかく。明日に備えて早めに休むとするか。
私は寝転んだばかりの体をもう一度起こすと、立ち上がって自分の部屋に向かった。
また片付けるのを手伝わない私へ、すぐにチビ共の文句が飛んできた。しかし、いつものように切り返す余力はなく、適当に右手をヒラヒラ振ってそのままエントランスを後にした。自分で自分が酷く苛立っている事が分かった。その苛立ちもぶつける対象が貧民街の外の人間だけだ。それも金庫を開けるための邪魔を排除するだけである。爽快感なんて一片も無い訳だから、フラストレーションは蓄積する一方だ。原因はそれであるが、チビ共に憂さ晴らしの代役をさせても大人気ないだけだ。嫌な事があったら寝るに限る。
元からこの廃墟にあった、薄汚れたベッドの上に身を投げる。それだけで疲労感がすぐに眠気を強く誘ってきた。この眠りに入る直前の感覚が心地良い。半分眠ったまま、意識を失ってしまわないようにうまく眠気を調節する。もう少しこの心地良いまどろみを味わっていたかったのだ。
明日もまた今日の繰り返し、か。
そう思うと、また気分が重くなってしまう。だから斜に構えた視点で見るよりも、もっと楽観的に考えないと駄目だ。明日はきっと良い事がある。国政の連中がおとなしくなって仕事がやりやすくなる、とか、たまたま襲ったこじんまりとした所の金庫に大量の現金が入っていた、とか。今日はもう過ぎてしまったからどうにもならないが、明日はまだこれから来るのだ。必ずしも今日と同じとは限らない。そうでもなきゃ、貧民街では生きてられない。
心地良さも手伝ってか、楽観的な良い事が楽に考えられた。そんな事を続けている内に、明日は明日でなんとかなるだろうという気持ちになれた。気持ちが上向きになれば、後は体の疲れを癒すだけだ。そうなれば明日の体調は万全である。
そろそろ眠ろう。
私は眠気の調節を止めた。が、
『ファルティアーッ!』
意識が眠りの闇へ落ちようとしていたその時、不意にそんな騒がしい声が廊下の方から聞こえてきた。落ちかけていた意識が一気に表層へ引っ張り上げられ、私は反射的に目を開いてしまう。その時は既に遅かった。再び寝ようとしても完全に意識が覚醒してしまっている。せっかく寝ようとしていたのに。私は苛立だしげに舌打ちをした。
「ったく、何よ……」
がりがりと頭を掻き、ベッドから降りる。そしてドアを開けると、すぐ目の前に仲間の一人が息を切らせてやってきていた。
「もう、丁度寝るとこだったのに。一体なんだってのさ」
「大変なんだよ! 早く逃げないと!」
大変? 逃げる?
随分と余裕の無い様子で口をついてきたその言葉に、私は思わず顔をしかめる。
「はあ? なにテンパってるのよ。落ち着いて話せっての」
「あ、ああ、うん……。とにかく、大変だ!」
そう言って一呼吸置くと、またも上擦った声で早口な口調で話し始めた。
「政府騎士団が、貧民街の一斉掃討を始めたんだ! 早くに逃げないと、僕らも殺されちゃうよ!」
「一斉って……何? この貧民街に住んでる人間を残らず殺すって、そういう事?」
「そうだよ! だから早く逃げるんだ!」
まさか、こんな事が突然起こるなんて。
私はそんな事を考えるよりも先に、下に向かって走っていた。今更、政府連中の私達貧民を無視した政策についてどうこう言う気は更々無い。けれど、これは幾らなんでもやり過ぎだ、と思った。政府連中の考え方も恐ろしいが、それをあえて黙認する一般人も恐ろしいものだ。やはり私ら貧民街の住人を同じ人間とは思っていないようである。この掃討戦も、連中にしてみれば年末の大掃除程度にしか思っていないだろう。長年手をつけずにいた所を、遂に本格的に掃除する決心がついただけなのだ。
これを機に、今まで散々頭を悩まされ続け、同時に街の美観をも損ねるこの貧民街とその住人を始末する。けれど、案外それはただの口実で、実際は私達が数日前に奪ってきたコカの件を有耶無耶にしてしまいたいのだろう。たったあれだけの物のために、よくもこんな大勢の人間を殺す気になれたものだ。それとも、初めから同じ人間とは思っていないから良心が咎めるなんて事は無いのか。
まずはチビ共から逃がさなければ。
混乱しているかと思いきや、意外と冷静なままだった私の頭は、この状況において最も優先すべき事項を見つけ、早速実行に移した。
エントランスでは、チビ共がひきつった顔でおろおろしている。コカの事は知らなくても、今の自分達が置かれた状況がどれだけヤバイのかは分かるようだ。まあ、泣き喚いたりしないだけでも根性が座っていると言えるだろう。
「ファルティア姉ちゃん、これからどうなるの?」
打ち捨てられた子犬のような目で私を見上げる一人のチビ。
何の力も無く、ただ私らにくっついている事で食い繋いでいる子供。昔の私もこんな風に年上の人間にかばわれ、養われる事で毎日を生きてきていた。力の弱い子供を守るのは、年長者の役目。これが貧民街の伝統であり、自分勝手に生きる私らのプライドの一つでもある。
心配すんなっての。
私は努めて笑みを作り、そいつの頭をくしゃくしゃと撫でた。
TO BE CONTINUED...