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そういやルテラが言ってたっけ。
『今週の運勢、なんか最悪みたいだよ?』
占いなんてアテになるもんじゃないと思ってたんだが。これがなかなかどうして。
いや、待て。
前に運勢が最高潮だって言われた時。ガキの頃かかりそこねたハシカをやっちまったっけ。
……。
悪いヤツしか当たらねえのか?
「う……」
ふと俺は自分が意識を失っていた事を思い出し、ハッと我に帰った。
俺は仰向けになりながら四肢を放り出した格好で土の上に寝転がっていた。いや、待て。どうして俺は土の上に寝転がっている? 北斗の大部分は石材で綺麗に舗装されている。土なんてほんの微々たる範囲しかない。だが、現にこうして俺は土の上に寝転がっている
頭がやけにクラクラする。どうやらどこかにぶつけてしまったようだ。それで気を失っていたらしいが、なんとも情けないものだ。こんな姿、部下にはとても見せられない。頭目とは、その流派の顔なのだから。
ふらつく頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。傍らには愛用の剣があった。かなり埃を浴びて汚くなってしまったが、刃こぼれ一つしていない。さすがは匠の技。モノが違う。
その剣を手にして立ち上がる。手馴れた重量と感触を確かめつつ、そのままぐるりと周囲を見渡した。
「こりゃ……すげえな」
そこに広がっているのは、月明かりと街灯に照らし出された、一面の掘り起こされたばかりで色の暗い地面だった。遥か遠くまで路石が剥がし尽くされている。しかしその割には路石の破片が見当たらない。これはつまり、剥がすだけに留まらなかったということなのだろうか? だとしたら、よく生きてたもんだ。
時間と共に記憶が急速的に呼び覚まされていった。記憶が断片的にでも戻れば、すぐにそれを繋げて現在自分が置かれた状況を推察出来る。ここに至るまでの経緯を辿りながら、その正確性を計るために状況を観察する。
そうだ。
俺はシャルトを追って凍姫本部にやってきたんだった。そこで一悶着した後、シャルトが惚れてる女、リュネス=ファンロンを見つけたんだが、暴走しかけていて。それでミシュアに止めてくれるよう頼まれたんだった。
問題はその次だ。
一夜の契りの約束は非常に魅力的だったが、どうせ実力で取れるんで丁重に断った。そして剣を構え、いざ戦場へって時だ。リュネスがとんでもない量の魔力を体現化しやがったのだ。
どうやら俺が気を失ってしまったのはそれが原因のようだ。その術式に吹っ飛ばされて頭を打ったんだろう。周囲一帯の路石がないのも、それで吹き飛んじまったってとこだろうな。
「お?」
首のこりを解しながら振り向くと、そこには濃紺の制服を着た連中が累々と倒れていた。どれもこれも気を失っており、辛うじて呼吸はしているものの他はピクリとも動かない。放っておいても目を覚ますだろう。
その中に、先ほど重傷で動けず倒れていた所を運んだミシュアの姿があった。おそらく風無の得意な風の刃に斬られたのだろう、肩から脇腹までの応急手当だけじゃどうにもならなさそうな酷い怪我を負っていただけに、すぐさま俺は彼女の元へ駆け寄った。首筋の動脈に手を当ててみると、微かだが脈はあった。呼吸も弱々しくも一定のリズムを保って繰り返されている。ただ気絶しているだけのようだが、このままでは命が危ういだろう。出来るだけ早く適切な処置を施してもらわねば。
誰か意識の残っているヤツはいないだろうか?
そう思い、俺は周囲を見回した。
目の前には変わり果てた凍姫本部の姿があった。まるで台風か竜巻にでも遭ったかのように外壁や屋根がこそげ落ち、窓ガラスは粉々に砕け散り、塀は半分ほどが完全に消し飛んでいる。どうしてこんな事になっちまったのだろうか。まさかこんな月夜に竜巻なんて起こるはずがない。リュネス=ファンロンの術式によるものだ。だが、竜巻ってのは巨大なものになると、城ぐらいは軽く吹き飛ばすほどの威力がある。天災ってのは押しなべてとんでもない破壊力があるモンだが。それとほぼ同等の破壊力がある術式をリュネスみたいな新人が使うなんざ、よっぽどの天才でもない限りはあり得ない。つまり、この状況に至ったのはもう一つの例外的可能性が働いたって事になる。早い話が、暴走しちまったって事だ。
精霊術法の使い手にとって、最も避けなければいけない事態が暴走だ。魔力には理性を侵蝕する厄介な性質がある。それに侵蝕され尽くすと、自分でも抑えが利かない状態になってしまう。これが暴走事故だ。そうなれば後は思うがままに術式をぶっ放すだけだ。自滅するか浄禍に消されちまうか、大概はそのどっちかしかない。
だから俺は精霊術法があまり好きにはなれない。こんなリスク背負ってまで強くなっても仕方がない。心身ともに強くなければ、本当に強くなったとは言えないのだ。それを手っ取り早いからって上辺だけの強さを手に入れるから、暴走なんて事になる。多少遠回りで辛くとも、毎日の努力の積み重ねが大事だと思うんだがな。
と。
「あははははッ!」
突然、嬉々とした笑い声がこの殺伐とした風景に響き渡った。
視線を向けると、そこには一人の少女の姿。髪はブラウンで肩ぐらいまでの長さ。背はそれほど高くもなく、体格もそれに合わせて小柄だ。
なんて不似合いな、異様な光景なのだろうか。少女の屈託のない笑い声は一線を超え、どこか背筋を凍りつかせるような恐怖を感じさせる。本当だったらもっと可愛らしく笑うのだろう。五年もすれば確実にイイ女になる。しかし、今はただただ不気味な空気だけをかもし出している。
そう、こいつは……。
リュネス=ファンロン。凍姫に入った新人で、Sランクのチャネルの持ち主で、そしてシャルトの惚れた女だ。
リュネスの体の周囲が薄っすらと青く光っている。時折それがバチッと雷のような音を立てて弾けた。それは俺も前に何度か見た事がある。精霊術法の使い手が陥る暴走状態の典型的な症例だ。
ひとしきり笑った後、リュネスの顔がこちらを向いた。
微笑。
それにつられ、思わず俺は剣を構えた。
やっべえな……。
周囲には幾人も転がっているが、どいつもこいつも軒並み意識がない。どうやら俺一人がたまたま打ち所が良かったのか、それとも体が丈夫だったのか。真っ先に目覚めてしまったようである。
暴走状態に入ると、もはや物事の分別はおろか人物の認識すら出来なくなる事もあるそうだ。つまり今のリュネスにとって俺は、単なる動くおもちゃでしかないって訳か。なんとも笑えねえ状況だ。
まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のような表情をリュネスは浮かべている。まともな時だったら、結構可愛い顔をしてると思うんだが。こんな状況じゃあ凄惨さを引き立たせる調味料にしかならない。
さて、どうしたものか。
暴走したヤツと戦った事はあるが、どれもが集団で畳み掛けて浄禍に仕上げてもらうってやり方だった。正直、完全に暴走した人間がどれだけ危険なのかを知っているので、一人でどうにかしようなんて気にはさらさらなれない。しかし、今となっては退くことも許されないだろうし。何より、リュネスはシャルトが惚れている女だ。だから、
「助けてやりてぇじゃねえか。なあ?」
そうだろ?
誰となく呟きながら、俺は剣の柄を握り締めた。
TO BE CONTINUED...