BACK

 あと、少し。
 あと少しなんだ。本当に。
 くそっ、どうしてこうも邪魔ばかり入るんだよ!
 でも俺は絶対に退かない。
 今度こそ、今度こそ俺はリュネスを守ってみせるんだ。
 あの時、出来なかったそれを。
 あと、少し。
 あと、本当に少し。
 少しで……。

 届かない。




 ちくしょう、邪魔だ!
 右足を大きく前に踏み込み、肘を力強く前方へ突き出す。狙いは人体の急所の一つ、胸骨の終端だ。
 ぐしゃっ、という感触と共に吹き飛ばされる風無の隊員。しかし、一人倒したからと言って油断は出来ない。
 たった今、吹っ飛ばしたばかりの正面側から瞬く間にわらわらと黒い集団が押し寄せてくる。一人倒しても一歩しか進む事が出来ないこの状況。どこを見渡しても風無のやつらが後から後から押し寄せてくる。随分と叩きのめしてきたはずなのに、一向に数が減らない。
 いい加減、こちらの体力にも限界がある。ただでさえ、ここに来る途中散々体を刻まれて血を無くしているのだ。呼吸も苦しいし、何より五感が大分鈍ってきている。敵の輪郭がぼやけかかり、周囲の音がやや遠くなっている。心なしか体の動きも精彩さを欠いている気がする。しかし、泣き言を言っている暇はない。涙一つ、無駄口一つ、要する力すらも今は惜しいのだ。そんな余力があるならば、全て前進のために注ぎ込む。
 後から後から、とめどなく現れる風無の群れ。せっかく凍姫本部まで来たというのに、リュネスの位置どころか姿すらろくに見る事が出来ない。絶望も恐怖もない。あるのは焦燥感だけだ。
 早く行かなければ。
 けど、そんな気持ちとは裏腹にまるで思うように進めない。その苛立ちを、俺は拳に込めて群がる風無の軍団に立ち向かう。
 横薙ぎに襲い掛かる小太刀を掻い潜り、ボディを狙って一撃。すかさず振り落とされた別の小太刀が俺の頭を割る前に重心を移動させ、低い位置から膝を狙う失脚蹴。続け様に幾つもの小太刀が畳み掛けてくるので、逃げ道を奪われてしまう前に前方へ突進する。先ほどからこの繰り返しだ。風無の連繋攻撃は息をつかせぬほど断続的に襲い掛かってくるのだが、決して捉えきれないほどのスピードではない。回避動作は一定のパターン化していた。それは連繋攻撃が完成した最高のパターンだからこそ、その対処方法も同じ物になってくるのだ。同一の攻撃動作と回避動作の打ち合いである。この拮抗が破られるまで続けられる訳だが、俺は延々と続けるつもりはない。こんな不毛な合戦よりも俺には重要な事があるのだから。
 リュネスの所まで、本当に後少しなのに。
 早く行って、助けてやりたい。もう目と鼻の先のはずなのに。どうしてこうなんだ……くそっ!
 行動は状況を良く把握してからにしろ。
 レジェイドの訓戒が今になって頭を過ぎる。確かにその通りだ。最短ルートを取ったつもりが、逆にとんだ足止めを食らってしまった。もっと冷静になっていれば、地図上では最短のルートではなく別な迂回ルートを選択する事が出来たのに。リュネスがいる凍姫本部が反逆者である風無の本隊に襲撃されたと聞き、それですっかり舞い上がってしまっていた。やはりどうしてもレジェイドのように格好良くは出来ない。所詮はコピーキャットだ。
 と。
 ……あ!
 その時、深遠な闇のような風無の人壁に僅かな亀裂が見える。俺はようやく飛び込んだ風無の布陣の終端に辿り着いた事を実感した。
 よし!
 疲弊しきった体が再び活力に満ちていくのを感じた。今までは真っ暗な海の中を目的の方角も分からずにもがいていただけで、あとどれだけやればゴールに辿り着けるのかが分からない分、あまりに辛かった。しかし、残りのノルマが明確に提示された今。苦痛も焦燥感もいっぺんに吹き飛んでしまった。後は僅かに残されたその距離を一気に駆け抜けるだけだ。
「どけぇっ!」
 右足を大きく前に踏み込むと、左足を高々と上げて横から背中側まで一気に薙ぎ払った。集団を相手にする時は決してハイキックを使ってはならないとレジェイドに言われてはいたが、手っ取り早く道を開くにはこれが一番簡単なのだ。焦りが冷めてしまうと、次には必ず飢餓が込み上げてくる。目の前に『達成』がぶら下げられたため、早く手にしようとがっついてしまうのだ。その強過ぎる衝動を抑える事は出来ない。
 左足が再び路面についた時、俺の目の前に群がっていた風無の連中が消え、凍姫本部の建物が闇夜にくっきりと浮かんでいた。時刻はまだ深夜、空には太陽ではなく半分欠けた月が浮かんでいる。にもかかわらず、俺はまるで夜が明けたような清々しさと達成感でいっぱいだった。
 リュネスは……どこだ!?
 余韻に浸る間もなく、俺は黒い海を抜け出た。そしてすぐさまリュネスの姿を捜す。
「いた!」
 その言葉は頭に浮かぶよりも早く口を飛び出していた。
 何度も頭の中に思い描いていたリュネスの姿。それは凍姫本部からやや離れた所、風無の連中が作った壁の内側にあった。
 リュネスは右手に氷の大剣を宿し、自分の周囲をドーム状の氷の障壁を展開していた。それを狙って何処から次々と風の精霊術法が襲い掛かっている。リュネスの他にもう一人、誰かがいる。おそらくリュネスはそいつと戦っているのだろう。
 早く加勢しなければ。
 なによりもまず、そう俺の本能は叫んだ。俺もまたそれに従った。しかし、
「……ん?」
 リュネスの周囲を覆う氷の障壁が突然変質し始めた。最初はただの氷だったはずが、元の魔力に還元されていく。その魔力は術者であるリュネスからイメージを受けて再体現化していった。
 びりびりと肌を突き刺すような寒気が体に絡み付いてくる。空気の温度もぐっと下がっている。
 ふと、俺の背後に並んでいる風無の群集がサーッと退いて行く気配を感じた。振り向くと、あの黒い軍団がまるでその場から逃げ出すように慌てふためきかけた様子で次々と背を向けていた。
 どうして?
 その疑問の答えは、丁度俺が振り返った直後に判明した。
 リュネスが常軌を逸した表情で左腕を掲げている。そこにとてつもない魔力の脈流を感じた。
 ま、まさか……。
「やめろーっ!」



TO BE CONTINUED...