BACK
轟音が耳を通して頭の中まで鳴り響く。僕は頭痛にも似たそれに、レジェイドに覆い被さられた状態で顔をしかめ目をつぶり体を硬く緊張させて耐えていた。
全てが連続的に起こって、僕にはすぐに把握する事が出来なかった。
まず、走っていた時に突然レジェイドが立ち止まって振り返り、大きな剣を僕の頭上に繰り出した。その時、辛うじてレジェイドが僕に襲い掛かろうとしていた敵を払ってくれたという事だけ分かった。けどそこから先は何がどうなってるのかさっぱり分からなくて。
僕は突然レジェイドに立ち止まられ、それまで全力に近い速さで走ってた僕は急には止まれず、そのままレジェイドに突っ込むように転んだ。変な転び方をしたから、元々僕は痛みが感じられないだけにどこか怪我をしてないか心配だったけれど、どうにか立ち上がってみると違和感はどこにもなかった。レジェイドが早く行くぞ、と叫んだ。僕も姿勢を取り直してずれたヘッドギアを直したんだけれど。それはその直後に起こった。
突然、レジェイドが僕に向かって突っ込んできた。僕は驚く暇もなくあっさりバランスを崩して転び、その上にレジェイドが覆い被さってきた。そして轟音が僕の頭の中に鳴り響いたのはその直後の事だった。
一体何がどうなってるんだろう。
僕は答えを考える事も出来ず、ただそう漠然と疑問だけを思い浮かべていた。頭の中が酷く混乱している。それは嵐のような激しい奔流ではなく、むしろいつまで経っても何の変化も起こらない凪のように静かな混乱だった。
茫然とした意識の中で、僕は身動き一つ取れずに仰向けのまま目に映るものを認識できずにいた。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
何かが伝い落ちて僕の顔を打つ。それは雨雫のようで、でも生温かい。
これは何だろう。
それを考えていると、
「へっ……何ボーッとしてんだよ」
僕の上から、そう聞き慣れた声が降って来る。それは、僕をいつも馬鹿にして、でもやっぱり優しい人の声。僕もあんな風になれたらと、いつもそう思う。
けれど、今の声には普段のような余裕が無い。なんというか、震えている。
「……うっ、逃げ……ろ」
そして、僕の上にどさりと力を失って倒れ込んで来た。
逃げろ。
逃げろ?
それはどういう意味なんだろう? どうして一緒じゃない?
疑問よりも先に、僕の手が違和感を捉える。
思わずしげしげと見つめてしまった、赤くべっとりと染まった僕の両手。その赤色は次から次へと、僕に倒れ込んで来た頭から流れ出てくる。
「レジェ……イド?」
ごくりと息を飲み、僕は力を失って僕に倒れこんでいるその体を揺さ振る。
返事が無い。
レジェイドの頭からはどくどくと血が流れている。次から次へと。密かに憧れていた、レジェイドの落ち着いたダーティブロンドの髪が赤茶けていく。いつも余裕に満ちて僕を馬鹿にする青い目も、今は完全に閉じてしまっている。
そんな馬鹿な。
僕は思わず首を横に振った。
レジェイドがやられるなんて、とても僕には信じられなかった。レジェイドは夜叉の頭目をしていて、僕よりも、いや誰よりも強い。僕なんか片手で簡単に捻られてしまう。そんなレジェイドがこんな姿に変わり果てるなんて。絶対にありえない。
しかし、幾ら否定しても目の前に突きつけられている現実は変えようもなく、僕は無理やり非情な事実と向かい合わされる。
レジェイドが大怪我をしてしまった。
その絶望感は、瞬く間にたとえようもない悲しみと変わった。
どうしてこんな事にならなければいけないのだろう。レジェイドに、逃げろ、と言われた事などまるで眼中になく、ただそれだけを僕はひたすら嘆いた。
涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
どうして僕はこんな目に遭わなければならないのだろう。
僕は大それたものが欲しい訳じゃない。ただ、平穏に暮らしたいだけなのに。どうしてお母さんもお兄ちゃんもいなくなって、またこうしてレジェイドがこんな事になって。僕にはそんな些細な事も許されないのだろうか? だったら、どうして僕だけは許されない? 不公平だ。
僕はひたすら泣いていた。悲しくて悲しくて仕方がなかった。涙が止まらず、悲しさを抑える事が出来ない。ただ泣く事だけが僕に許された選択肢だった。
そして。
「くたばったか?」
「いや、気を失っただけだ」
僕達の周りを、何人もの人間がぐるりと取り囲んでいる。僕は助けを請おうとして、やはりやめた。その人達の表情や視線は悪意に満ちていたからだ。
「こいつはどうする?」
「殺せ。悪い芽は早めに刈っておかなくてはな」
もういい。
やめてくれ。
僕の事はそっとしておいてくれ。
どうして僕を構うんだ。
刺すような頭痛が僕を襲う。咄嗟に僕は自らの額を押さえた。レジェイドの血がべっとりとつく。たらりとしたたり、僕の顔を伝っていく。
ぱちっ。
ぱちっ。
頭の中かどこかで何かが断続的に弾ける音が響く。徐々に音は間隔を縮め激しさを増していく。けれども僕はそれが一体なんなのかにはまるで興味がなかった。ただ悲しくて、泣きたいだけで精一杯だ。
もう嫌だ。
みんな僕に関わるな。
誰がいなければ、僕はこんなに苦しまなくて済むんだ。
一人になればいいんだ。
一人になれば。
僕を傷つける人がいなければ。
だからお願いだ。
僕を。
僕を一人に―――。
「お、おい。こいつ……」
「いや、馬鹿な……夜叉のヤツじゃないのか?」
周囲の声。
遠い。
けれど、きっと僕の近くにやって来るはずだ。
だからその前に。
ぎゅっと握り締めたその手は、レジェイドの血の生温かさと、そして奇妙な冷たさに覆われていた。
その瞬間。
僕の中で何かが弾けた。
TO BE CONTINUED...