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新たな魔王、戴冠する。
その報は瞬く間に世界中を駆け巡った。そして何よりも人々を驚愕させたのは、新たな魔王はあの勇者エクスという事実である。
エクスがアリスタン王朝に対する反逆罪で投獄されるものの、三人の仲間の協力で脱獄した経緯は既に誰もが知っている。それについて、アリスタン王朝が一方的に濡れ衣を着せただの、エクスは世間で謳われるほど素晴らしい人柄ではなかっただの、様々な憶測が飛び交っていた。しかし世論は概ねエクスに対して好意的で同情的だった。それは誰よりも魔王の脅威に対して最前線で戦っていたこと、その後も世界中を巡り困っている人々を助けていたこと、それらの功績が評価されエクスへの信頼に繋がっていったからだ。
エクス達の脱獄後、人々の興味は四人が一体何処へ向かったのかに向けられていった。脱獄直後から多くの目撃情報があった。それらの情報を頼りに分析していくが、未だ続く魔族との戦争の最前線付近の街アングヒルを最後に足取りがぷっつりと途絶えていて、結局行方は分からず仕舞となっていた。そのため様々な流言飛語や憶測が飛び交い、脱獄囚として指名手配されているエクスと知りながらわざと見逃したと証言する者や、先日エクス本人と会ったなど堂々と公言する者まで現れる。未だアリスタン王朝はエクスを反逆罪の脱獄囚として指名手配中だが、それにも関わらず人々は勇者エクスを様々な形で親しみを覚えているのだった。
そんな最中に報じられた、魔王エクス誕生の報。この事件は文字通り世論を二分するほど過熱していく。
エクスは自らへの仕打ちに耐えかね人類を見限り、復讐のために魔王になった。
エクスは人類の世界には居場所が無いのだと思い、あえて魔族の元を訪れたら魔王に担ぎ上げられてしまった。
エクスは人類の敵になったのか否か、争点はその一点に尽きる。エクスは心変わりしたのかが重要であるものの、直接本人に訊ねる事が出来ないため、尚更憶測のトバし記事が世界中で報じられる。精度の低い報道を繰り返し噂が噂を呼ぶような状況でエクスの心境が不鮮明になってきた頃、何故か世論は突然とエクスが人類の敵となったという悲観的な見解へ傾き始める。そしてそうなるきっかけを作った主犯、アリスタン王朝に対して徐々に非難する者が増え始めた。一体何故エクスを反逆者扱いしたのか、公式見解と詳細な理由の開示を強く求める。だがそれについてアリスタン王朝は沈黙を貫き通した。そしてそういった姿勢を続けるアリスタン王朝に対する世間の批判は強まり続け、人類連合軍としても他国から懐疑的な目で見られ国際的な立場を失っていった。
今後、この新たな魔王は一体どんな事をするのか。停滞していた戦線の動かすため軍備を編成し直し、人類に対する再侵攻を仕掛けて来るのか。かつて人類最強とまで言われた勇者エクスが、今度は人類の敵になるのかも知れない。そんな不安が世界中の人々の心へのし掛かっていく。
戦々恐々とする中、ある日人類連合軍の本部に魔王軍からの使者が現れる。使者はエクスからの信書を携えており、返答も待たず去っていってしまった。
信書には、ハイランドにおける人類連合軍と魔王軍の双方について、無条件で停戦し撤退することの要請が記されていた。人類連合軍は信書の内容について慎重に検討をする事にしたが、翌日にハイランド戦線から実際に魔王軍が撤退を始めたため、信用せざるを得なくなってしまった。唯一アリスタン王朝だけが継戦を主張するものの国際的な信頼が低いため取り合って貰えず、そもそも長い戦いで将兵達に厭戦の気分が蔓延していた事から、人類連合軍も魔王軍の完全撤退を待った上で完全な撤退に踏み切る事になった。
停戦という形ではあるが、かつての勇者エクスは魔王軍を率いて人類へ侵略する考えはないのだという認識が世間に広まる。魔族という人類の脅威は、少なくともエクスが魔王でいる間は取り除かれたのだ。それにより世間のエクスへの評価と信頼は大きく高まったが、平和な時代の流れがその事も風化させて行きやがて人々の記憶から消し去ってしまった。
魔王を討伐し、反逆者の汚名を着せられた後に新たな魔王となった勇者エクス。その後半生は魔族と共に魔王として君臨し続けた事を除いて、人類側には詳しく語られる事はなかったのだった。