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 エクスとケアリエル少佐の一騎打ちはそれからも一進一退の攻防が続いた。お互いが決定打に欠け、今一つ流れを呼び込めない。そんな状況である。当初は拳を握りながらじっと戦いの行く末を見守っていた三人だったが、今は腰を下ろして楽な体勢を取りながらのんびりと観戦している。
 そんな状況の中、不意に三人の側に二人の男が駆け付けて来た。それは主に偵察を役割としているブラッドリックとボルドだった。
「あれ、来たの?」
「来たのって、お前な。仮にも内戦の勢力図を決める重要な戦いだろ。それがいつまでも終わらないから、こうして様子を見に向かわされたんだ」
「それならまだ終わってないよ。もうしばらくかかるんじゃないの?」
 まるで緊張感の無いドロラータの返答に眉をひそめるブラッドリック。見るとレスティンの方もあぐらをかいた姿勢で、時折体を揺らしながらぼんやりと戦いを眺めている。エクスの決闘をまるで他人事のように見ていた。
「なんて緊張感のない……」
 ボルドはレスティンのだらけた様子が信じられないとばかりに呻くような声を漏らす。
「そりゃしょうがないじゃない。膠着状態のままかれこれ何時間も経ってるんだし。見る側も退屈になってくるわ」
「退屈ってね、仮にも命をかけた真剣勝負だっていうのに、何をそんな他人事みたいに」
「いやあ、これだけ見てれば少なくともエクスはやられないかなって分かっちゃったからね。そのうちあっちも音を上げるんじゃないの」
「そういう事ではないでしょう!? ほら、あっちの軍勢を見たまえ! みんなしっかり整列して自軍の大将を見守っているじゃないか! って、あれ? なんだ後ろの方からあがってる煙は」
「ああ、多分夕食の準備だよ。人数多いからねえ、料理にも相応に時間がかかるんでしょ。ああ、なんかワタシもお腹空いたなあ。保存食しか持ってきてなかったの、失敗だったわ。頼んでみたら分けてくれないかな」
 ドロラータもレスティンも、まるで緊張感が無い。百歩譲って、ソルヘルムの内戦に興味が無いから深く干渉もしないというのならまだ分かる。だが、自ら慕ってここまでついて来たはずのエクスが、まさに命をかけている時にこの緊張感の無さは、一体どういう情緒なのか全く理解が出来ない。
「理解出来ないって顔だけど、あんたらもしばらく見てれば分かるって。人間、そんな集中力は続かないんだから」
「そうではなくてだな―――。ん、ああシェリッサさんか。流石に彼女は違うか」
 ブラッドリックは三人目であるシェリッサの姿を見て安堵する。シェリッサはきっちり足を揃えて正座し、背筋をきっちりと伸ばした美しい姿勢で戦いを見守っている。こちらの様子にも気付いていないほど集中しているせいか、微動だにしなかった。
「ああ、あれ? シェリッサー、お客さん来たよー」
 そうレスティンが呼び掛けるが、やはりシェリッサは動かない。
 エクスの一挙手一投足にいたるまで見逃さないよう深く集中している。だからシェリッサは反応をしない。そう思っていたのだが。
「ひゃっ!?」
 突然、がくんとシェリッサの体が前に揺れる。その拍子にシェリッサは驚きの声を漏らした。
「あっ……あれ、嫌だ私ったら……」
 自分が居眠りしていた事に気付き、ばつの悪そうに顔を覆い隠す。
「あの……お疲れでしょうか?」
「い、いえ、大変お見苦しい所を……」
 生真面目な気性のシェリッサが、まさか居眠りをしているなんて。いや彼女よほど疲れているのだろう、でなければこんな重要な時に居眠りなんてできるはずがない。思わずそんな言い訳をしたくなってしまう心境である。
 ブラッドリックとボルドはもはや三人の態度云々について言及するのは諦め、自分達も並んで腰を下ろし観戦を始めた。重要なのはエクスの戦いの行方、その一点だからである。
「やはり相手は強いですか」
「そうだねー。今までエクスに挑んで来た魔族は結構いたけどさ、こんなに時間かかってるのは初めてだと思うよ。やっぱり、少佐くらいにもなるとみんな強いもんだね」
「結局のところ、力に従うのが魔族の本質ですから。何をするにも力の無いものが権力を振りかざした所で上手くはいきません。表向き従っている振りをしても、裏でこっそり追い落とす算段を立てるような者もいますから」
 生まれついた力の差を平等に揃えるのが法律であるとしたら、魔族は法律よりも純粋な強さに敬意を示す傾向にある。幾ら地位が高くとも力がなければ誰も素直に従わず、結果として指揮官や管理者は強さも兼ね備える傾向にあるのだろう。それが価値観の全てという訳でもないだろうが、力に従う民族性はそう簡単に変えられるものでもない。
 だが。
 ふとドロラータとレスティンは、ある違和感を覚えた。
 そう、魔王は力づくで魔族達を従えていた。それは魔王が単純に強かったからだと推測が出来る。そしてエクスは、この強い魔王を討ち取ったのだが。
 ケアリエル少佐はかつて魔王に従わされていた側の人物である。そんな魔王に力づくで従えさせられる程度の魔族に、何故これほどエクスが苦戦するのだろうか。