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ケアリエル少佐の戦い方は、三人にとってあまりに未知のものだった。周囲に浮遊する精霊は、己の意思を持っているかのように様々な魔法を駆使して来る。光の精霊は攻撃的な魔法を使い、金属の精霊は防御的な魔法を使う。いずれも初歩的なものや高度なもの、中には全く不可解な魔法もある。それら数々の魔法を素早い判断で的確に繰り出す様は熟練の魔導士そのものである。そしてケアリエル少佐本人もまた、おそらく魔族特有らしい未知の魔法をバランス良く使う。実力はおそらく今までに見た魔族の中でも一番だろう。精霊が無くともエクスと対等以上に渡り合えるようにすら見える。
「くっ! なんと見事な魔法だ! まるで隙がない!」
「そちらこそ。この秘術でも未だ倒せない相手は初めてです」
エクスの剣とケアリエル少佐の魔法が目まぐるしく飛び交う。この凄まじい攻防の最中、二人は時折互いの強さを誉め合っていた。この戦いは、穏健派とケアリエル少佐の派閥の雌雄を決すると言っても良い戦いだ。にもかかわらず二人は互いに背負っている事などまるで気に留めていないかのように映る。むしろ、個人的な勝負を楽しんでいるようにさえ見えた。
「あ、あの……どちらが優勢なのでしょうか?」
おずおずとシェリッサが二人に戦況を訊ねる。しかし二人は分からないと首を振った。
「エクスが負けるとは思えないけど……あんなに渡り合える相手を見たのは初めてだから」
これまで数々の魔族達との戦いを見てきたが、どれもエクスは圧倒的な強さで相手を下してきた。そのため魔族の強さはこのぐらいなのだろうという大まかな基準が頭の中にあった。しかしケアリエル少佐の実力はその基準を大きく逸脱している。大軍を動かす者の実力は別次元という事なのか。
二人の戦いを固唾を飲んで見守り続ける三人、そして川岸に布陣するケアリエル少佐の軍勢。戦況は目まぐるしく動いているようで明らかに膠着していた。実力が拮抗しているため、互いに決定打を欠いてしまっている。これは我慢比べ、長期戦にもつれ込む状況か。
そう思っていた時だった。
「『唸れ白刃』!」
おそらく本当に一瞬だけエクスの意識が他へずらされたのだろう。ケアリエル少佐の青白く輝いた左手から、無数の光の刃が飛び出してエクスに直撃する。正面からそれを受けたエクスの体は大きく吹き飛ばされ、二度地面を跳ねて背中から着地した。
「ああっ……!」
「エクス!」
シェリッサが悲嘆の声を漏らし、レスティンが悲鳴のような声を上げる。ドロラータはただエクスの行方を目で追うだけで精一杯で声も出なかった。魔法が直撃したかも知れない。明らかにそんな吹き飛び方をしていた。無事で済むとは到底思えない。
「これが勇者エクス……なるほど、魔王すら討ち取るはずだ。だが今回は―――あれ?」
きっとケアリエル少佐は今の魔法に確かな手応えを感じ、自身の勝利を確信したのだろう。そのため、これまでの緊張とは打って変わって間の抜けた声を漏らしてしまっていた。
「まだまだ!」
土煙の中からエクスが元気良く立ち上がった。しかし完全な無傷とはいかず、頭からは真新しい鮮血を流している。服もあちこちが破れ大小様々な怪我が覗いていた。
「今ので仕留められないとは……今一つ浅かったか?」
「なんの、良い一撃だった!」
手応えはあったのだから、大勢は決したはず。ケアリエル少佐は気を取り直してもう一度構える。エクスは目に見えて負傷しているのだから、勝ちは既に見えている。そう思っていると、エクスは左の袖で顔から頭を二度三度と繰り返し拭った。すると溢れていたはずの鮮血がぴたりと止まってしまった。
「なっ……あなたは高度な治療魔法も使えたのか」
「いや、そういうのは専門外だ! なに、怪我の治りは昔から人より早い方だった」
自然治癒の早さではないだろう。ここに来て、これまで沈黙を貫いて来たケアリエル少佐の軍からどよめきが起こる。明らかに勝ちを確信するほどの一撃だったはずが、平然としているエクスの姿に驚き、そして想像していなかった脅威を感じ始めたのだ。
「……なんか、改めてエクスの心配するのって徒労だって思えてきた」
「心配は無駄じゃないよ! 無駄じゃないんだから!」
「レスティンさんは少し落ち着いて下さい……」
ケアリエル少佐に明らかな動揺の色が見える。エクスの負傷が想定より軽い事が信じられなかったのだろう。おそらく今まであの魔法を受けた者は皆、少なくとも自分の意志では立ち上がれないほど負傷したはず。だがエクスは前例通りとはいかなかった。
「はあぁっ!」
おもむろにケアリエル少佐は精霊を戻して目を閉じたかと思うと、深く息を吸い込み、ゆっくりと静かに吐き出し始める。そして再び精霊を召喚する。今度は銀色に輝く光と、七色の斑に反射する液体の塊という、先ほどとは異なる組み合わせだった。
「再開しましょう」
エクスに再度向かい合うケアリエル少佐。その姿からは既に先ほどの動揺は消え去っていた。動揺を無理やり建て直す方法を修得していたようである。