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アールトンの拠点を出てひたすら西へ向かう四人。この先の川の対岸には主戦派の一人であるケアリエル少佐の部隊が布陣している。そして今自分達は、信じられない事に、ケアリエル少佐からの一騎打ちの申し出を受けてのこのことそんな危険な場所を目指しているのだ。
「ねー、エクス。本当のところ、マジで一騎打ちするつもり?」
「当然だ。俺はこれまで一騎打ちを挑まれて断った事はない」
「そうじゃなくてさ……相手の罠の可能性とかちょっとは考えないのかなって」
「そんな卑劣な者が一騎打ちなど挑んでくるはずがないさ」
しかしそれでは物事の順序があべこべである。一騎打ちというものをあまりに神聖視し過ぎだ。卑劣な者がエクスの性格を利用して誘き出そうとするなど普通にあり得るはずなのに。
レスティンが幾ら問い掛けてもエクスは少しも見解を変えようとはしない。心の底から、これまで一度も会った事が無いであろうケアリエル少佐を信頼しているのだ。
ずんずんと進んでいくエクスから少し離れ、三人は声をひそめて話し始める。
「やっぱダメだわこれ。完全に一騎打ちするつもりだ。なんでそんな確信が持てるんだか」
「いざって時のための転送魔法、エリノーラから教えて貰ったから、まあ最悪はこれで強制的に戻れるよ。根本的な解決にはならないけどね」
「それにしても、本当に大丈夫でしょうか……。一騎打ちが嘘だろうと本当だろうと、どの道私達はきっと危険でしょうから」
一騎打ちの申し出が罠であれば、単純に大軍を差し向けられるだけである。逃げるのは転送魔法で一瞬だが、その後ケアリエル少佐の軍は間違い無く東へ直進してエリノーラ達と衝突するだろう。大軍同士のぶつかり合う、血みどろの消耗戦だ。
万が一、申し出が真実だとすれば。今度はケアリエル少佐の軍がコントロールを失って暴走しかねない。それこそどんな行動に出るのか予測が不可能であるため、対策の立てようが無いのだ。
これまでエクスと共に旅をして来た者達は全て、死ぬか再起不能の怪我を負ってしまっている。その失敗を教訓に、今後は味方を危険に晒すようなことはしないという風な事をエクスは言っていた。しかし、危険というのはあくまでエクス基準の危険である。自分にとって危険そうな場所へ無闇に切り込まないと言った所で、エクスにとって危険ではない場所が誰にでも安全とは言えないのだ。そう、まさに今この状況である。
不測の事態が起こる前提で、素早い判断と素早い行動、前もって心掛けておけば危険は相当減らせるはず。三人はとにかく周囲の変化に過敏になって警戒をしながらエクスの後をついて行った。
やがて、件の川が見え始めた頃だった。その対岸にびっしりと黒い軍勢が並んでいる光景を目の当たりにし、三人は思わず息を飲んだ。この内戦寸前のソルヘルムの一勢力に数えられるのだからそれなりの大軍だとは思っていたが、実際目の当たりにした衝撃と威圧感は言葉で表し尽くせないものがある。
「うわ……これもう個人が警戒してどうこうってレベルじゃないじゃん」
「いやあ、流石にこの数は……あはは」
「私は……エクス様を信じております」
ドロラータもレスティンも揃って弱音を漏らす光景だったが、シェリッサだけは普段のように気丈なセリフを口にする。しかし良く見れば真っ青と顔に冷や汗をかいて肩が小刻みに震えている。相当な痩せ我慢をしているようだった。
ケアリエル少佐の部隊は不気味なほど対岸から動かなかった。明らかにこちらの姿は捕捉しているはずだが、動き出す気配どころか一言の声すら発しなかった。おそらく待機命令をうけているからなのだろうが、一人としてそれを乱さないのはそれほどケアリエル少佐の統率力が高いという事だろう。
ただ大量の視線だけを浴びながら進んでいくと、やがてエクスの前に不意に光の波が走ったかと思うと次の瞬間には一人の青年将校が姿を現した。魔族特有の魔法である転送魔法の一種だ。
「エクス殿、突然の申し出を受けて頂き感謝する。僕はケアリエル、魔王軍では少佐だった者だ」
「なに、決闘を挑まれれば受ける主義なのだ。気にしなくて構わないさ」
「ところで、後ろの彼女らは立会人といった所かな?」
「彼女らは俺の大切な仲間だ。だが、この一騎打ちには一切手を出させないので、そこは安心して欲しい」
「立会人どうこう言うなら、こちらも既に大勢侍らせている。無論、手出しはさせないよ」
「ならば心置きなく戦えると言うものだ!」
そして二人は顔を合わせたばかりだというのに、程なく決闘の体勢へ入る。もはや二人はお互いしか見えていないほど集中を始めていて、今から口を挟んだ所で到底止められそうに無い。三人は巻き込まれぬようそそくさと後方へ下がる。
ああ、本当にやるつもりなのか。いや、やるつもりだったのか。それも二人揃って。この時代に、戦争の勝者を一騎打ちで決めるような情緒的なことを。
「『盟約に従い出よ我がしもべ』」
ケアリエル少佐は魔力を漲らせたかと思うと、左右のそれぞれの空間に紋様を描き出した。すると紋様からは、小さな人の形をした光と金属の塊がそれぞれ現れた。それらはまるで己の意思を持っているかのように浮遊しながら、何やら未知の言葉でケアリエル少佐と会話している。
「ねえ、ちょっと! 何あれ!? 一対一じゃなかったの!?」
「多分あれは使役している精霊か何かかな。ああいうのは術者の魔力を代償に戦わせるような使い方をするらしいよ」
「らしいって、アンタ専門家でしょ」
「ああいうのは人類の魔導には無い技術なの。あたしも文献で読んだことがあるくらいだし。へー、あれがそうなんだ。勉強になるなあ」
「勉強してる場合!?」
「他に何が出来るのよ。取り乱すより前向きでしょ」
いきなり実質的には一対三の戦力比になったのではないか。そう不安がるレスティンだったが、エクスはさほども驚く様子を見せずゆっくりと剣を構える。それに対してケアリエル少佐は武器を構えず素手のままだった。おそらく彼は武器を使わず魔導を駆使して戦うタイプなのだろう。
「精霊使いは久し振りに見た! うむ、相手にとって不足無し!」