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 急ぎ拠点に戻って来たエクス達。エリノーラ達はテーブルの上に付近の地図を広げ、作戦会議を行っている最中だった。
「来たか、まずはこれを見てくれ」
 地図の東側には現在自分達が駐留しているアールトンがある。そこから西側に進むと北東から南西に向かって流れる川があり、川を超えてすぐの場所に赤色で着色された大きな駒が三つ並んでいる。対する青い駒はアールトンに全て集まっており、敵味方青と赤で区別しているようだった。
「この駒は?」
「ケアリエル少佐の部隊だ。魔王軍の佐官では最年少、代々軍人を輩出してきた名門の出身で非常に責任感の強い人間だ。主戦派なのは、そもそも魔王が好戦的な政策を打ち立てたから、その死後も己の義務を律儀に果たしているという所だろう」
「魔王に対する強い忠誠心がある者なのかな?」
「いや、義務というのは軍人としての義務という意味だ。一度下された命は何があろうと途中で投げ出してはいけない、そういう思考の持ち主だ」
 名門出身の由緒正しい身分に相応しく、主君の死後も命令を全うするのは軍人の義務と考えている。魔王の人柄などではなく、自分の立場を強く意識して行動するタイプなのだろう。
「目的は単純に魔王軍を自分の主導で再編し、戦争の続行といった所だろう。穏健派の兵力をそっくり戴く事で戦力増強を図りたいようだ」
「となると、渡河せず待ち構えているのはこちらの出方を窺っているのかな?」
「おそらくは。総力戦を仕掛けて兵力を損耗する事は望んでいない。何も得が無いからな」
「なら、出方次第では損害も最小限に抑えられるはずだね」
 するとエクスは、青い駒の中から一つだけ駒を取り出すと、それをケアリエル少佐の部隊から川を挟んだ反対側に置いた。
「ならば、俺がこのように代表同士での一騎打ちを申し込もう。なに、お互い兵力の損耗を望まないのだから乗ってくれるさ!」
 乗る訳が無い。むしろ願ったり叶ったりの状況だろう。そう三人は溜め息をついた。エクスの情報はまず伝わっているとして、一番の脅威となる者がわざわざ単身で近づいてくれたのだ。そこに戦力を集中させて倒した後、エクスが倒された事で動揺した穏健派の軍は楽に制圧出来る。
「エクス、そんなわざわざ一騎打ちなんて受け入れてくれると思わないよ」
「そうか? 魔王討伐の時は、結構一騎打ちを挑んでくる者はいたものだが」
「一騎打ち文化を捨ててないなら挑んでくるけど、挑んでこないという事は一騎打ちなんか興味もないって事になるよ。それに、単純に兵力はこっちが下でしょ。格下相手に一騎打ちなんて危険なことをするメリットが無いし」
「メリットはあるぞ! それが誇りというものであって、敢えて苦しい選択をする事になっても守らねばならないものだ!」
 そう力説するエクスではあったが、三人も含めてそれはかなり懐疑的な見解だった。エクスの意見は精神性ばかりを強調しているからだ。
「ねえ、エリノーラ。このケアリエルってやつ、一騎打ちを申し込まれたら受けるタイプ?」
「どうだろうな。軍人家系の出身である以上、古き良き魔族の精神文化は受け継いではいる。だが責任感から今の軍閥化を進めた手前、現実的な選択をする可能性の方が高いと考えるのが妥当だろう」
「ま、そうだろうね。そういう訳だから、エクス。一騎打ちなんて受けてくれないってよ」
「だが俺の知る魔族は挑み挑まれる事を誇りであると考える方ばかりだった。試しに挑んでみるだけの意味はあるさ。なに、受けてくれないと分かったならすぐに退く」
 久し振りに出た。エクスの力強い思い込みが。
 流石にエリノーラも怪訝な色を浮かべ始めていた。人間からするとエリノーラの価値観は魔族らしいような印象を受けるが、そんな彼女ですら魔族の古い価値観は持っていないようである。一騎打ち、決闘、そんな非合理的なものを戦場に持ち込もうとしているエクスに戸惑っている。
「エクス、一番強いあなたの意思は尊重したいが、単身で一騎打ちを求めに行くのははっきり言って無謀だ。むしろそれがきっかけで開戦の口火を切りかねない」
「魔族であるキミが何よりも同族を信用しないでどうするのだ! 大丈夫、魔族の誇りをもっと信じたまえ!」
「いや、そういう話をしている訳ではなくてな」
「二人とも待った! 取りあえず折衷案でいこうよ。まず相手の目的とか出方を知るため、エクスとあたしらが軍使として向かうとして―――」
 意志の疎通が取れているようで取れていない二人を見かねてドロラータが仲裁に入ろうとする。しかし、そんな時だった。不意に一人の青年が慌ただしくやってきた。
「報告します! ケアリエル少佐の軍使が来ております!」
「何だと!? それで、今どうしている!」
「それが、こちらの書簡をエクス殿に渡すよう言付かって、そのまま戻られました」
 青年はエクスに封筒にも入っていない手紙を差し出す。早速エクスは受け取って内容を読み始めた。そして、
「おお! ケアリエル少佐は俺との一騎打ちを望んでいるぞ!」
「何だと!?」
 エクスの言葉に血相を変えてエリノーラも手紙を読む。そしてエクスの言った事が紛れもない事実だと分かり、眉をひそめながらよろめいた。
「向こうから言い出したのだ、これで信用してくれるな!」
 そもそもエクスの性格を逆手にとって誘き出そうという罠ではないのか。そう詰めようとするが、既にエクスは準備を始めて聞き入れてくれそうになかった。そんなエクスを見て、エリノーラは困惑を深めた標準で三人に訊ねる。
「おかしいのは……私の方なのか?」
「いや、二人の方でしょ。どう考えても」