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 エリノーラ達が拠点とするこの町はアールトンという名前である。人口はおよそ一万人の田舎町だが、人間とは違う高度な魔導文化があるためか、町を見る限りでの印象は規模よりも遥かに洗練され栄えた雰囲気だった。
 敵軍の出方が分かるまでエクス達の出番は無い。その間、魔族の世情に少しでも馴染むため、四人は特に目的も無く町に繰り出していた。町の外れはエリノーラ達穏健派が軍事拠点化して物々しい雰囲気だが、町の中に入るとそこはまるで内戦とは無縁の穏やかな光景が広がっている。町を行き交う人々は全て魔族だ。それも戦闘などと無縁の一般人である。どれも見た目や造形は人間とほとんど変わりは無い。髪や目の色素が人間とは異なる場合が多いだけで、こうして見てみると人間とさほど違いが無い事を強く意識させられる。
 町の人々はエクス達を遠目から幾度と眺めている。エクスの顔を知っていること、有名人であるため興味があること、しかし声をかけるのは躊躇われるといった所だ。魔族は人間よりも控え目な性格なのだろう。有名人だからといきなり大勢で取り囲むような事はしない。
「なんか思ったより平和そうね。店もあちこちで普通にやってるし、流通も死んでないって事でしょ。内戦内戦って騒ぐ割には、あんまり物々しい雰囲気が無いなあ」
「基本的に軍閥同士の戦いだし、後の統治の事を考えると一般人の迷惑にはならないようにしてるんじゃない。流石に自国では軍票も発行しないだろうし、それこそ補給も出来なくなったら詰みだね」
「それでは、皆さんどのように戦っているのでしょうか? 会戦があれば少なからず周囲に被害は及ぶでしょうし」
「ああ、魔族には伝統的な戦いのルールがあるからね。強さに応じて、どんどん少人数での戦いになるんだ。参加しない兵は立ち会うだけで」
「え? じゃあ、何のための拠点なのアレ? そんなお行儀良いなら、別に防衛戦も何も要らないじゃない」
「本来ならそうなんだが、現代では必ずしもそうとは限らないから、そういう時に備えての防備さ。それに、拠点の作りを見て気が付かなかったかい? ああいう拠点作りなんかはかなり人類軍の影響を受けてるんだよ。戦い方だってそうだし。元々個々の強さで勝る魔族が人類軍に手をこまねき続けたのは、正攻法しか知らない魔族が人類軍の色々な戦術に対応出来なかったからだそうだ」
 エクスが魔王を討つまでは、人類軍は確実に押されていて戦況は良くなかった。それは魔族の方が強いからだと漠然と思っていたが、本当に強ければ何十年も戦いが長引いたりはしない。それだけ人類軍の様々な戦法が功を奏していたのだ。だがそのせいで魔王軍も戦術を学んでいったのは皮肉な話である。エクスの故郷が焼き討ちにあったのも、人類軍から学んだ戦術の一つなのかも知れない。
「それで、人類の悪い所に影響されたやつには警戒しなきゃいけないってことね」
「そうだね。それに、相手側もどういった意図や意思で戦っているかも気なるな。いわゆる昔ながらの魔族の軍閥とは限らない訳だからね。古参の魔族なんかは今時の若い者は伝統を守らんとか怒ってるらしいけれど、軍閥一つ取っても世代間のギャップは少なからずあるんじゃないかな」
「昔ながらって言ったら、そういや前にグレゴリーって魔族の爺さんいたでしょ? 人形の兵隊で都市を丸ごと支配するようなヤバいやつ」
「ああ、彼には悪いことをした。助けてやりたかったのだが」
「あれって結局、内戦の影響だったのかな。魔王の命令って感じじゃなかったし」
「グレゴリー殿もああ見えて野心がまだ残っていたのだろう。もしくは、後継者争いそのものを嫌っていて、自分が継承することで終止符を打つつもりだったのか」
 今となっては確かめる術もない。グレゴリーは全てを語らずエクスと戦って敗れたからだ。けれどあの一件は確かに不自然な事ばかりだった。本人は頑なに話す事を拒んでいたが、完全に本意での侵略ではなかったようにも感じた。魔王が歪な政治を行っていた事も原因の一つだろうが、内戦が起こってしまった今となっては魔族の間にそもそも理由となる出来事があったのかも知れない。
 町を軽く流しながら見て回り、途中立ち寄った古いレストランで食事を取る。年季の入ったメニューは魔族の言葉で書かれているが、それはエリノーラから教わった翻訳の魔法でどうにか理解出来た。注文した食事はどれも美味しかったが、何より驚いたのはそれらが全て名前が違うだけで同じ料理を自分達も知っているという事だ。
 食事を終えて再び町に繰り出しては見て回るが、やはり気になるのは洗練さこそ違うものの、建物や道路整備の仕方を初めとする全体的な町の景観にさほど異文化というものを強く感じない事だ。せいぜい生まれ育った国とは違う国の文化という程度で、類似している部分が数多く見つけられる。人間と魔族は全く異なる生物であり、魔族は危険な忌むべき存在であると大人に教えられて育った。だから漠然と、魔族の文化など人間には理解できないような異質な物ばかりだと勝手に想像していたのだが。まさか魔族と人間でここまで文化的に近いなんて。
 エクスと違い、三人には実のところそこまで魔族の内戦には干渉する積極的な理由も無ければ動機も無い。ただ行く当てが無い事と、エクスと離れたく無いという思いで今ここまで来ている。そのため、魔族同士のいざこざに首を突っ込んで命を懸けるような事など有り得ないと思っていた。しかし、これほど人間の文化に類似した部分を見せられてしまうと、少なくとも全く見て見ぬ振りは出来ないのではないかという思いに駆られてしまう。
 ただエクスに付き従うだけでなく、一度みんなでそれぞれの思いを話し合い心境の整理をすべきではないだろうか。
 そんな事を思っていると、おもむろに空中からエリノーラ達と同じ軍服を来た青年が降り立った。血相を変え、如何にも急いで来たという様子だった。
「失礼します! 斥候からの連絡で、近辺に不穏な動きがあるとのこと! 急ぎお戻り下さい!」