BACK

「よし、突入! いくぞぉ! うわあああ!」
 威勢良く雄叫びを上げながら、レスティンは飛び上がって正面玄関の扉を両足で蹴飛ばす。しかし扉はまるでびくともせず、レスティンは勢い余って跳ね返されてしまい、石床の上に背中から落ちて妙な声を上げた。
「バカ、生身で破れる設計じゃないって最初に言ったでしょ。酔っ払ってんの?」
 レスティンの異様な士気の高さは不安感の裏返しである。ドロラータやシェリッサと違い実の親と決別してまで来ているのだから、ある意味では一番覚悟が決まっているのだろう。
「飲んでない! ワタシは、エクスを助けるまで飲まない!」
「はいはい。分かったから、そっちどいて」
 ドロラータは脇の鞄から小さなインク壷を取り出すと、中のインクを使って扉に紋様を描く。魔導的な意味のある紋を使った魔導の行使には、下準備こそ必要でやり方が煩雑だが強力な魔導を安定して使える。こういった魔導対策を施されたものを突破する際、時間が惜しくて強攻策を取る時の第一選択だ。
 ドロラータが念を込めると紋様が一瞬淡く輝き、扉が内側に向かって大爆発を起こした。すぐさま三人は離宮の中へ入る。
 ここまでの三人の行動は全て予定通りだった。まず正門前で火を起こして派手に暴れて見せ、警備兵達が集まって来た所で予め別の場所に仕掛けておいたドロラータの道具を遠隔で起動する。仕掛けは二つ、大きな火の手と大勢の声だ。これにより自分達を単なる陽動と錯覚させて敵の混乱と頭数の分散を図る。警備兵達はまんまと引っかかり、残った僅かな警備兵達を蹴散らして離宮の中へ辿り着いたのである。
「ねえ、今の魔法って人間にも効くの? 結構エグくない?」
「効かないよあれは。生き物以外にしか発動しないって制限で威力を確保してるから。それにあの威力を出せる魔導の触媒って製造法を所持するだけで違法だし。材料も幾つか特定取引禁止法に抵触してるかな。ま、今進行形でもっと重い罪を犯してるとこだけど」
「まあ……罪がどうこうとか、今更ですね。とにかく、急ぎましょう」
 今夜の離宮には王族は誰もいない。王室の公務はスケジュールを確認済みである。こういった日は常駐している警備兵や使用人も少なく、居ても普段より気が抜けている。更に好都合な事に、厄介な近衛兵達も不在だ。これら離宮の内情は全て内通者からの情報により把握している。エクスが囚われているという地下の独房へのルートもだ。
 三人は予習していた通り、頭の中に離宮の見取り図を思い浮かべつつ真っ直ぐ地下独房への入り口を目指す。一階の東側の廊下の隅、そこの壁は一部ズラす事が出来てそのまま地下へ降りる事が出来るようになっている。この場所は離宮でも目立たない場所にあるため、辿り着けるなら追っ手にも見つかりにくいだろう。
「ああっ! あれがそうじゃない!?」
 運良く離宮内で誰にも遭遇せず東側の廊下まで辿り着くと、早速見つけたレスティンが指差しながら声を上げた。その先には、廊下の壁が不自然にズレた壁材があった。地下への隠し通路がここなのだろう。
 しかしこれはおかしいのではないか、そうドロラータは怪しむ。
「隠し扉って聞いてたけど。なんで開いてるのこれ」
「看守が慌てて入ったんじゃない? 地下の方が安全そうだし」
「単なる閉め忘れ? だったらいいんだけど」
 地下の独房は離宮内にいるほとんどの人間が存在を知らない。近衛兵だけでなく使用人ですら同様だ。そんな場所に待ち伏せのような罠を仕掛けておく事は現実的ではない。何より、秘密にしておきたいはずの場所を大勢の知る所になるような事をする意味が無いのだ。
「取りあえず、中に入って閉めておきましょ。何があるにしても、あたしらはもう引き返せない訳だから」
「うん、そうだよ! 出る時はエクスと一緒! みんなと同じ!」
「いい加減、そのテンションうざいなあ」
 必要以上に張り切るレスティンを余所に、ドロラータは真剣な表情で次の段階の事を考え始める。
 情報が正しければ、この先にエクスが居るのだろう。身柄を確保出来れば、後は一緒にここから脱出するだけである。しかし、そのためには非常に厄介な問題が残っている。エクスは謂われのない反逆罪を受け入れようとしている。独房からも出る気がないのだ。つまり次の問題は、脱獄を良しとしないエクスの説得である。
 説得に必要なネタは揃えて来ている。だがエクスがそれらを意に介さないほど意固地になればどうにもならない。後はうまく駆け引きが出来るかだけに掛かっている。
 いつになくドロラータは緊張しながら独房を目指し進んで行く。そんな時だった。奥から人の声が聞こえ始めて来た。声の主は二人、何やら揉めているようだった。
「だーかーら! そっちは危ないから避難するぞって言ってるだろ! こんのぉ!」
「駄目だと言っている! 俺が説得せねばならないのだ! 避難する気など俺には毛頭無いぞ!」