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「……ですが、エクス様にはそれこそ魔族の政争に関わる積極的な理由はありませんよ。言われた所で納得していただけるでしょうか」
「ま、そこは言い回しよ言い回し。あたし達が魔族の無益な争いを止めるってことにすれば、多少は関心も向けてくるでしょ。その辺りはあたしが言いくるめるから。こういうネタがあるなら何とかなるって」
「それにつきましては、信じますとしか言いようがありませんが……」
 ドロラータは普段は口数も少なく会話に入って来る事に消極的である。しかし口のうまさは群を抜いているだろう。レスティンはすぐに焦って言葉が続かなくなるし、シェリッサは嘘や方便を駆使する事が苦手である。だがドロラータは何を言われようと一切焦る事はなく、平然とした表情で嘘や詭弁を弄するのだ。確かにエクスを動かせそうなのはドロラータしかいないが、どこか騙し討ちにしているようで、シェリッサはあまりすんなりと受け入れる事は出来なかった。
「よし、じゃあワタシ達の未来にも希望が出て来たね! えへへ……」
 そして随分とテンポが遅れてレスティンが同調してくる。話を聞いていなかった訳ではないだろうが、やはりどこか上の空といった様子が続いている。今夜が決行だと言うのに、果たしてこんな調子で大丈夫だろうか。そうシェリッサは不安に思った。
「それじゃあ、脱獄の手配は計画通りに。レスティン、ちゃんと合図は伝えられるようにしてるんだよね」
「あ、うん。こっち来る途中で言っておいたから。協力者が今週は夜勤だからね、夜勤明け狙ってね、部屋に忍び込んでね、こう無理やり静かに起こして―――」
「あー分かったから。エクスにちゃんと伝わるんならそれでいいから」
 レスティンの言う協力者は、ギルド連合とは別口で動かせる駒だ。なるべくギルド連合に発覚しないよう、レスティンが借金という弱みを握って個人的に使っている人間である。
「だったら、後は本番を待つだけだね。さてそれじゃあ、お腹空いたからご飯食べさせてよ。そしたらもう一眠りするから」
「分かりました。レスティンさんもそうしますか?」
「え、ワタシ? ワタシは……」
 食事の事を訊ねられただけでレスティンは何やら考え込んでしまう。レスティンは父親しか家族がおらず、その父親にはかなり甘やかされて育ってきた。その父親と決別したのだから、受けたショックも覚悟していた以上なのだろう。
 今はそっとしておくべきか。そうシェリッサは気を回し支度を始めようとすると、
「ワタシ達、ちゃんと正しい方に向かって行けてるよね……?」
 不意にレスティンがそんな質問を投げかけてくる。
 レスティンは随分思い詰めている、そうシェリッサは息を飲むが、ドロラータは普段の口調ですぐに問い返した。
「正しい方向って何さ。反社会的かどうかなら、脱獄はバリバリの犯罪だけど。そういうんじゃなくて、エクスがこんな死に方するのは間違ってるからやるんだって、最初に言ったじゃない。良心の観点でしょ。あたし達が正しい方を向いているかどうかなんて」
「そ、そうだけど……悪い事をしてるならそれはそれで良くて、その結果ワタシ達はどうなるのかなって」
「どうなるかなんて体制側の胸三寸でしょ。別に誰かに批判されたり誉められたりしたくてやるわけじゃないしー。ってか今更じゃない? 今まで何のためだと思ったの」
 シェリッサは慌てる。弱気なレスティンに対して煽るような言葉をドロラータが口にするように思えてきたからだ。
 関係をこじらせでもしたら、今夜までに修復する余裕は無い。シェリッサは思い切って二人の会話に割って入る。
「正しいというのは、私達の将来設計がうまく行くのかどうか、という事ですよね? そういう意味での正しさのお話ですよね?」
「えーと、まあ、うん、そうだね。エクスを助けて、魔族の問題を解決して、その後どうなるのかなって。まさかサンプソムに戻って来れるはずはないし」
「でしたら! でしたら、エクス様にも多少は責任を取って頂きましょう!」
 ドロラータとレスティンが訝しげにシェリッサを見る。自らの発言にこうも反応されると思っていなかったシェリッサは、驚きで背筋を硬直させた。
「エクス様に私達がこうせざるを得なかった事へ責任を取って頂く、と言いますか、頂けたらなあと言いますか……」
「具体的に責任を取るってどういうこと? 第二の人生としての生活基盤を整えて貰うとか? 金銭的な保障は流石に無理だと思うけど」
「概ねそうです。新生活が落ち着くまで、それくらい頼った所で罰は当たらないと思います。……そうですね、いっそ三人共エクス様に娶って貰えば。御自分の命を御自分の判断だけで使わぬようにという証明の意味で。分かりやすい形でお互いの人生に介入し合うのですよ」
 突然シェリッサが繰り広げ始めた、当初の話からは大きく脱線している提案に、ドロラータだけでなくうつむき加減だったレスティンまでもが顔を上げて目を見開いた。普段冗談も言わない堅物のシェリッサが、急に何かとんでもない事を言っているように捉えたからだ。
「シェリッサ? いや、なんか随分大胆なこと言うね。……本気で言ってる事として、重婚とかバリバリの犯罪じゃん。エクスはモラリストなの忘れた?」
「いえ、正教会の教典にあるエピソードです。創世の女神様は初め、一人の男性を創られました。しかしそれでは人間は繁栄出来ません。それで、三人の女性を創られ妻としたのです。人類の始祖と呼ばれる四人ですね。ですから何らモラルには反していません!」
 困惑して問い返すレスティンに対し、そうシェリッサはやや語気を強めて断言する。明らかに勢いに任せた発言である。理屈はともかく、思わず同意してしまいそうになる迫力が今のシェリッサにはあった。
 呆気にとられているレスティン。その様を見てドロラータは小さな拍手を送った。
「言い切った。なるほどねー。確かに角も立たないかあ。あたしは別に結婚しなくても好きに子供作ったりすればいいと思うけど、揉めないんだったらそれはそれでアリね。なるほど、エクスを契約で縛るのは有効そう」
 まるで三人でエクスをシェアするかのような言い方。ドロラータは妙に納得した様子だったが、シェリッサは自分でも今更とんでもない事を口走ってしまったものだと複雑な表情を浮かべていた。
 そして最後に、レスティンは二人から随分遅れて顔を耳まで真っ赤にし机を叩いた。
「良くない! 不倫みたいなのは駄目! ワタシは嫌だからね、そういうのは!」
「なんで? 独占したいの? あたし達の勇者様を」
「悪い!? 普通はそうでしょ!」