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 魔族の魔導技術が欲しい。なるほど、それは分かりやすい理由だ。
 長老達の言葉に二つ頷き、ゆっくりと息を吐くドロラータ。もし本当に裏切り者として粛正するつもりなら、こんな尋問など煩わしいだけと考えるのが長老達である。わざわざ問いただして来るのは、今まで無かった魔族との繋がりを得ようとするため。そして魔導連盟には無い魔導の技術を得るきっかけが訪れた訳である。規則よりも実利を取るのは魔導士らしい考え方だ。
「今度は魔族を誑し込めって。本当、芸が無いと言うか」
「その魔族は男か? 女か? 男ならやりやすかろう。女なら、こちらも何か手段を考えよう。なに、お主は余計な心配はせんでもいい。報酬も十分用意しよう。エクスの件といい、労には報いねばな」
「そういう事だから、エクスの脱獄とやらは後回しにしておけ。まずはこっちの仕事を優先しろ」
「お前自身は何か魔族の魔導を教えて貰っていないのか? あるならさっさと開示せんか」
 エクスの件で大人しくなっているかと思えば、新たな興味の対象が出た途端に活気付き始めている。極論で言えば、魔導連盟はアリスタン王朝など恐れていないのだろう。魔導連盟は世界中に支部を構え、魔導士の大半を会員に置く世界的な巨大組織である。それからすればアリスタン王朝など一国の為政者程度にしか過ぎず、ご機嫌伺いくらいは多少するものの言いなりになる理由も無いのだ。
「……ったく、いつまで経っても物分かりの悪い老害共」
 姿ははっきり見えなくとも、長老達の欲望に満ちた醜悪な表情は容易に想像が出来る。ドロラータは毒づかずにはいられなかった。組織を完全に見限ると、途端に魔導連盟が目に付くもの全てに嫌悪感が増してくる。彼らの些細な一挙手一投足すら吐き気がしてくる程だ。
「相変わらず目上の人間を敬わない奴よの。とは言え、お主はエクスの時も不平不満をこぼしていたが、結局は魔導連盟の指示に従った。単身で組織に楯突く愚かさを良く理解しておる」
「どうせ服従するなら、初めから素直に従う方がお互い手間も省けて良いとは思わんかね」
 するとドロラータは、今度は大きく息を吸うと腹の底から絞り出すような威勢の良さで叫んだ。
「こっちはあんたら老害共にうんざりしてんの! 誰が服従するかって! だったら破門される前にこっちから辞めてやる!」
 決して狭くはない中庭中に響き渡る強く張りのある声。湿った場の空気を一喝するかのように震わせ、長老達の息をも飲み込ませた。恐らく生まれて初めて出した全力の大声、レスティンに大声の出し方を教えて貰っていたのが功を奏したと思った。
「ほう、そんな声を出すような激情家とは思わなんだが。さてさて」
「つまり、此度は本気で逆らうという事じゃな? ワシら魔導連盟に対して」
 すると、突然と辺りに不透明な人影が幾つも現れた。ドロラータは彼らの気配に今までずっと気付けてはいなかった。隠行の術というよりも、特定の人間の認識を妨害するような類の魔法だろう。それだけでも高度な使い手であるのだが、人払いした本部に残されているということは長老達から強く信頼されている人間になる。
「この人数相手に、まだ強がれるかのう? 別にお主の協力を得んでも、お前の部屋を探れば幾らでも手掛かりは見付けられる。ただ、お主が協力的ならば手間が省ける。そういう話だ」
「我を張った所で、何の益もあるまい。黙って下れ。そして偉大なる魔導連盟にもう一度服従せよ。これまでと同じように」
 従えば見逃すのか。いや、そんな甘い考えではないだろう。ただ単に魔族との繋がりが欲しい、手間の無い手段があるならそれに越したことはない、ただそれだけの考えだ。
 現れた魔導士達はいずれも腕の立つ使い手だろう。間違いなく自分を制裁、いや粛正のために用意された者達だ。それ一人で相手にするのは自殺行為、勝機は万に一つも有り得ないだろう。
 そう、誰もが思っているはずだ。
「嫌だって言ったでしょ。もう忘れたんですか? 耄碌してるなら隠居したほうが世の中のためですけど」
「なるほど。お主、思ったよりも賢くはないのう。小娘にしては使えると思っておったが」
「それともあのエクスの影響か? そう言えばあやつも仲間を何人も死なせておったのう」
 自分達の優位を確信しこちらを見下している下卑た笑い声が広がる。笑っているのは長老達だけだはない、魔導士達も同じだ。体制に逆らう愚か者だと見下しているのだ。しかし、ドロラータは苛立ちを鎮める。
 長老達と魔導士の連中は、大きな思い違いをしている。
 こちらも無策でのこのこやって来た訳では無い。場所が本部の中庭だからこそ来たのだ。別の場所、例えば自分が勝手に入る事の出来ない長老達の私室などだったらやり方を変えている。
 長老達は、この場所は自分で決めてから呼び出したのだと思っている。だから、ここの仕込みの存在はおろか可能性すら想像していない。
 魔導連盟と縁を切る際に、対立状況になることは想定済みである。そして、その場になると思われる全ての場所で対策も用意している。そう、この中庭もまたそういった対策済みの場所の一つなのだ。