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 ドロラータの発案には二人とも驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべていた。単純に可能性だけを言えば賭ける気になれる程度はあるが、内容があまりに突飛なこと、そして火を使う事への忌避感があった。
「いやいやいや。正門の前で火を起こして? まず何を燃やすのさ。それに、火なんて起こそうとなんてしてたら、即座に捕まるって」
「別に焚き火をするつもりはないって。騒ぎが起きればいいんだから。煙も起こせれば、一層現場が混乱するかな?」
「そもそも、あの広い屋敷を覆うレベルの煙なんて絶対無理。陽動くらいの煙ならともかくさ。煙ってのは、室内でこそ効果的なの。それだったら、正門付近一帯を火の海にした方がまだ効果的だよ。去年に反政府組織の拠点攻撃で、そういう作戦を実際にやった事あるし」
「じゃあそれで行こうよ。正門付近を火の海にして、対応に追われてる隙に裏口から侵入すると」
 火の海とは具体的にどれくらいの規模で延焼させる事を指しているのか。シェリッサは二人の会話に眉をひそめる。
「でもさ、単純な火だけじゃすぐに冷静になって警戒されるよ。もっと場を混乱させるため別な何かでも撹乱しないと。なんか良い魔法は無いの?」
「そういうのならなんとかなるよ。魔道具ギルドに売ろうとしてボツになったネタがあった。ちょっとお金かかるから融通して」
「あるんだ! だったらいいよ。外出出来なくて、丁度お小遣いを余らせてた所だから」
 ドロラータの発案にレスティンがどんどんと乗り気の姿勢を見せていく。まさか本当に火を使った作戦をするつもりなのだろうか。シェリッサは、火の恐ろしさもそうだが、二人が安直に物事を考えてやしないかという不安感を持った。
「あの、お二人共……。つまり、正門付近に火を沢山つけて注意を引き付けておき、裏口から入るという事ですよね。何というか、その、少し安直過ぎではないでしょうか? 火事が起こっても、侵入に警戒する人はいると思いますよ。不審火は逆に警戒態勢を強めるだけです」
「でも全員じゃないでしょ? こっちは裏口からコソコソ行くだけだし、万が一かち合った時は力ずくで黙らせればいいんだし」
「そう! ガツーンとやっちゃうよワタシ!」
「は、はあ……」
 そんな事で本当にうまくいくのだろうか。
 こういった荒事に関しては素人であるため、シェリッサはうまく反論や指摘の出来ない事を歯痒く思う。離宮地下への潜入はどの道やらなければならない事であるが、それにはもっと慎重で事を悟られ済むような繊細さが必要ではないのだろうか。
「とにかく……潜入が成功したと仮定いたしましょう。地下に降りれば、この見取り図によれば構造自体は単純そうですから、エクス様の所にはすぐ辿り着けると思いますが……」
「エクスを見付けたら、後はすぐ脱出して終了。報道ギルド辺りに犯行声明でも送って、国外脱出かな」
「ですが、エクス様は本当に脱獄をすぐに承服されるでしょうか。私達がその場に来れば、エクス様を本気で脱獄させるつもりなのだと、確かに強い説得力があるかも知れません。ですがエクス様はそもそも、罪になると分かっていながらクラレッド様の居所の開示を拒否されたのです。その重い決断を簡単に覆せるとはとても思えません。むしろ、今ならまだ引き返せるなどとこちらが説得されかねませんよ」
 エクスは自ら罪に問われる可能性が高い事を話していた。だから三人はクラレッドの元には同行しなかったと口裏を合わせていた。それは咎を自分だけに抑えておくためである。それだけの重い覚悟を決めていったのだから、簡単に覆せるはずがないのだ。
 しかし、
「そういうのはいいの別に。元々エクスに納得して貰って脱獄させるつもりは無いから」
「エクス様自身の協力が無くては、エクス様の脱獄は不可能です。私達にエクス様を力ずくで動かす事が可能だと、本当にお思いでしょうか!?」
「だから三人でエクスの所に行くんじゃない。騒ぎを起こしたんだから、遅かれ早かれ警備の人間が様子を見に来るでしょ。その前に脱獄出来るかどうか。決断が遅ければ遅いほど、どちらにとっても良くない結末になる訳だからね。大丈夫、エクスはきっと折れるから」
「……つまり、自分自身を人質にして脅迫するという事ですね」
 三人の身を案じたエクスなら、必ず見殺しにするような事はしない。エクスの優しさを逆手に取ったやり方である。しかし、人の心の問題は結論が非常に曖昧で不確定だ。果たしてそんなに簡単に結論付けて良いものだろうか。それでなくともシェリッサは、エクスの善意に付け込むようなやり方には、素直に賛同はしかねた。
「ああ、そうだ。エクスに詰め寄る話の内容も考えておかないと。決断を速めるような内容にしなくちゃ」
「責任取って! とか? ああ、男は引くんだっけそういうの」
 幾ら何でも、これ以上は見過ごせない。
 そう思ったシェリッサは、意を決したように二人の話の間に割って入った。
「……でしたら、私からも作戦を一つ提案させて戴いてもよろしいでしょうか」