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エクスの脱獄に向けて、まず準備として必要なのは情報である。シェリッサは持ち前の神秘学の知識により王宮で臨時講師を勤める事もあるため、比較的王宮の一部には顔が利いた。そこで王宮に勤める者や生徒である王室縁の者達から、出来る限りエクスに関する情報を集める。それにより、エクスの現在の所在と執行までの具体的なスケジュールを把握する事が出来た。
「なるほど……今はこの間の離宮の地下ね」
王都北側にある離宮、その地下には存在を知る者も限られた古い地下牢があるそうだった。おそらく過去の為政者が必要に応じて作ったものなのだろう。
三人は再びレスティンの軟禁用の別荘に集まっていた。今回は新たに集めた情報の交換と作戦立案の会議のためである。二人が別荘に忍び込んだ事は悟られていないらしく、今夜もまた呆気なく隠行の魔法でここまで辿り着けていた。
「どのようにして入り込むか。まずは方法を考えないとね」
「ドロラータさんの魔法で忍び込むのはどうでしょう?」
「無理かなー。あれって、案外見破り易い魔法だから。離宮みたいな所で働いてる人なんか、魔法の心得あるの結構多いよ。常に不審者の隠行に警戒してる人だっているし」
「やはりそういった所の警備は厳重なのですね」
「あ、そうそう。離宮の見取り図、手に入れといたよ」
レスティンが本棚の奥から一冊の薄手の本を持ってくる。その本は一枚の大きな紙が折り畳まれたもので、広げるとそこには離宮の見取り図が全ての階で記載されていた。
「お、地下牢も何気に書いてるやつじゃん。こんなの、よく手に入ったね」
「実はあの離宮にさ、一人とんでもないギャンブル狂いがいてね。ワタシが管理任されてる融資ギルドに、結構な借金してるの。バレたら離宮もクビになるらしいからね、お願いすれば大抵の事はやってくれるんだよ」
「そ、そうですか……それはそれは」
離宮の構造があらかじめ分かるかどうかは天と地程の差がある。これで地下牢を求めて闇雲に探す必要はなくなるのだ。
「隠行は駄目だとすると、正攻法で行くしかないかな? シェリッサは神秘学の授業とかの名目で入れたりしない?」
「今までそういった事はありませんでしたから、いささか難しいかと思います。特例を求める時点できっと警戒されるでしょうし。それに、どの道入ることが出来ても私だけでは」
「うーん、他に中に入れるルートはどこか無いかなあ」
そもそも、エクスの仲間である三人が揃って離宮に入ること自体が不自然である。王室側だけでなく、それぞれの組織からも訝しまれ、行動も監視されかねない。三人が再び揃って離宮を訪れるような機会は、最早期待する事は出来ないのだ。
「じゃあ、出入り業者を装ってみるとかどう?」
「ギルド経由で業者を特定するのは出来るけど、受け入れ側が顔馴染みの担当者しか許可しないかな。当然搬入する荷物も細かく調べられるし。それに、担当者はそもそもワタシら三人に協力する理由もないだろうなあ。自分が仕事無くしたり、最悪捕まったりするかも知れないんだし」
「確かに、私達は脱獄の手引きをするのですから、そもそも第三者を巻き込んではいけませんね」
では、どうやって侵入すれば良いか。正攻法も搦め手も主だった方法は全て不可。ぱっと思い付く手段に対しては、離宮側の警備に必ず引っ掛かってしまうのだ。
三人は黙り込みそれぞれが策を講じるものの、一向に現実味のある案は出て来ない。唯一荒事と接点のあったレスティンですら、離宮への潜入方法は思いつけないでいた。ドロラータやシェリッサなど、エクスとの旅の前は戦いなど全く縁のない生活をしている。辛うじて三人に分かるのは、常人が思いつける方法はどれも警備によって阻まれるという事だけだ。
完全に話し合いの場が停滞してしまった。そんな空気が流れ始めた頃、おもむろにドロラータが小さな声で口走った。
「じゃあ……いっそ火でも起こそうか」
レスティンとシェリッサは訝しげにドロラータを見る。だがドロラータの表情は、冗談を言っているようなそれではなかった。
「離宮って当然火事の対策はしている訳でしょ。火をつけてもそれは流石に……」
「そうですよ。それに、付け火は重罪です。大勢の方が亡くなるかもしれませんし、財産も失われます。とても恐ろしい行為ですよ」
だがドロラータは更に言葉を続ける。それは自分の思い付きが正しいかどうかを確かめるような、どこか他人事じみた口調だった。
「ちょっと考えたんだよね。火を起こせば絶対に様子を見に行かないといけないし、鎮火作業だってあるワケで。火も大きければ騒ぎもそれだけ大きくなるんじゃないかな」
「騒ぎを大きくしてどうするの?」
「中に潜入するの。騒ぎに乗じて、火に気を取られてる隙に裏口あたりから」
ドロラータはテーブルの上に広げた見取り図を指差す。
「ほら、ここの裏口から地下への隠し階段まではほぼ一直線でしょ。ここまで辿り着けたら、後はエクスの所まですぐだよ」