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 郊外のその一画は、富裕層向けの別荘が幾つも建ち並んでいる。王都とは目と鼻の先の距離にわざわざ別宅を構えたい、そういうニッチなニーズに応える形で建てられたものだ。本宅に自室を持てない、遊び用の別宅、仕事で自らを追い込む時用、家族に隠し事をするため、そういった用途で購入しているそうだが、レスティンの場合は驚く事に反省を促すためだけに使われているそうだった。
 日も暮れた時刻、目的の別荘の近くでドロラータとシェリッサは草陰に潜みながら建物の様子を窺っていた。三階建て、外から見た部屋数はおよそ三十未満、敷地をぐるりと高い垣根が囲んでいる。正面にはやたらと飾りのついた背の高い鉄の格子戸。内側へ開く作りだが、今は閉じられた上に鍵代わりに鎖で縛られている。更に門の中と外に二人ずつ屈強な男の見張りが立てられている。やたらと物々しい雰囲気だったが、見張りの男達にはあまり緊張感はなく、楽しげに談笑に耽っている。仕事の内容としては、レスティンを外へ出さなければそれで良いという事なのだろう。
「流石に、レスティンさんの友達だからと言っても入れてはくれませんよね」
「まー、そうだろうね。じゃあ予定通り、魔法でこっそり裏口から入るとしましょうか」
 ドロラータは自分とシェリッサに隠行の魔法を施す。極限まで自身の存在感を消す魔法だが、効果を打ち消されてしまう条件も非常に多い。ほとんどが魔法に関して素人の相手にしか使われない。見張り達が全て魔法の知識が無い確証は無いが、ああも油断し談笑に耽っているのならドロラータの技量で気付かれる心配はない。
 幾ら存在感を消していても、流石に正門を開ける事も開けて貰う事も出来ない。二人は見張りの前を横切りつつ、垣根の高さを確認する。そしてドロラータは宙に浮く魔法を使う。浮くとは言っても自在に飛べるのではなく、単に重力のしがらみを一時的に極端に減らすものである。そのためある程度の高さも飛び越える事が出来るようになり、着地の衝撃もほとんど無くなる。
 首尾良く敷地内に潜入した二人は、まず建物の裏側へ回る。丁度台所に直結している勝手口があり、そっと手をかけると鍵がかかって無いらしくドアがゆっくり開いた。僅かに隙間だけ開けて覗いてみると、中には誰もおらずかまどの火も消えている。ただ炭の匂いは残っており、消したばかりのようだった。夕食を作った担当者が帰ったのは少し前なのだろう。
 台所を抜け屋敷の内部へ入る。屋敷の中には正門に置かれているような如何にもな見張りは無く、隠行の魔法が無くとも差し支え無い状態だった。鍵も無ければ見張りは正門だけ、これでレスティンが大人しく閉じ込められたままになっているのかという疑問が出て来るが、物理的に出られるかどうかよりも親に言いつけられた事の方が大きいのだろう。
 建物内の気配を軽く探ると、三階の一室から丁度一人分の気配が見付かる。どうやらそこにレスティンは居るらしかった。早速二人は三階にあるその部屋へと急ぐ。
「おーい、元気だった?」
 そして、部屋に入るなりドロラータはそんな呑気な言葉をかける。だがその直後、部屋の光景を見たシェリッサは思わず息を飲んだ。部屋の真ん中にある広いテーブルの上には様々な料理を食べた跡が乱雑に散らかり、当のレスティンは長いソファに手足を伸ばして横になり、片手に持ったワインの瓶をそのまま飲んでいたのだ。
「うわ……やさぐれてる」
「え、ええ……」
 レスティンの姿に言葉を失う二人。ぼんやりと開いたドアの方を死んだ魚のような目で見たレスティンは、入ってきた二人が誰なのかを認識するや否や急に背筋を伸ばして立ち上がると、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。そして、
「うわーん、ドロラータ! シェリッサ! 寂しかったよお!」
 勢い良く二人へ抱き付き、おいおいと子供のように泣き出す。シェリッサは困惑し、ドロラータも普段のようにからかう気分になれなかった。レスティンは酷く酔っている。一人ここに閉じ込められた寂しさを紛らわすために飲んでいたようだった。
「シェリッサ、酔っ払いをどうにかする方法知らない? これじゃあ話が進まなさそう」
「と、取りあえず、毒などの分解を早める法術をやってみましょう」
 依然と泣きじゃくるレスティンをシェリッサは子供をあやすようになだめすかし、早速法術をかける。解毒法を泥酔している人間に使うのは初めてではあったが、一応作用の理屈は同じなのか、目に見えてレスティンの顔色は変わっていった。やがて酔いも抜けてレスティンは落ち着きを取り戻して来たようだったが、依然としてぐずったままだった。酒のせいで泣いているというより、元々泣きながら飲み始めたのかも知れない。