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「勇者エクス殿の事は実に残念だ。だが、気持ちは切り替えなさい。いつまでも引きずっていてはならないよ」
 諭すような口調で話すトラヴィン主教だったが、シェリッサには白々しさしか感じられなかった。
 聖霊正教会の神殿内にあるトラヴィン主教の執務室、そこに呼び出されたシェリッサはまずエクスが反逆罪となった事を知らされた。突然の事に困惑し信じられないといった心境にはなるが、予想よりも冷静に事実を受け止められていた。それはトラヴィン主教の態度にあった。星読みの占いで自分は必ずエクスと結ばれると煽っておきながら、今やそんな占いなど完全に無かった事にしてエクスとの絶交を命じてきた。つまり、初めから星読みの占いなど信じていなかったという事であり、そうさせた目的もエクスを取り込むことでの教会の知名度の増加と司祭の位を諦めさせるためだったのだ。今まで隠していた思惑がこうもはっきりと浮かび上がってくると、シェリッサは困惑している場合ではないのだと自然に冷静になる事が出来た。むしろ、恩師であるはずのトラヴィン主教に対して今まで無かった不信感が一気に込み上げて来る。
「主教はこの件についてご存知だったのですか?」
「我ら聖霊正教会は王室と懇意の仲です。自然とそういった話は伝わるのです。ただ今回は事が事です。君をエクス殿から遠ざけて不問にして貰うだけで精一杯でした」
 エクスとの共犯関係にならぬよう、聖霊正教会から働きかけたという事なのだろう。そしてそれはおそらく、あの場からほぼ同時に帰されたドロラータの魔導連盟やレスティンのギルド連合も同じだろう。アリスタン王朝の王室と言えど、エクスを反逆者に出来ても巨大勢力三つを表立って敵に回すような事は出来なかったのだ。
「ところで……シェリッサ、君はエクスとの仲はどうだったのかな? 率直な所」
「非常に親しい……信頼の出来る仲間です。その、期待されていたような関係にはまだ至っておりませんでした」
「それも今となっては好都合。縁を切るのに未練も残らないでしょう」
 勇者ともてはやしておきながら、王室の都合であっさりと翻すこの姿勢。そもそもエクスという人間に対して何のこだわりもなく、初めから聖霊正教会に対して利になるかどうかだけが重要だったのだ。
 単純な損得の話を主教はしている。
 人の営みは損得だけではない、そう教えにあるというのに。
 シェリッサの中で更に不信感が募る。恩師であるはずの主教に、こうも簡単に不信感を抱く自分こそ短慮ではないのか。そんな疑問が辛うじてシェリッサを抑えていたが、一度抱いた疑問は胸の中に残り続けて消えようとしない。
「私見ですが……エクス様には本当に創世の女神様の加護があると思います」
「本当に加護あるなら、どうして彼は大人しく捕縛され罪人となったのでしょう?」
「エクス様には戦う理由が無いからです。自分が損になろうとも、そういった信念は絶対に曲げない方ですから」
「その、損になろうともという心理が良く分かりませんが。彼は王室に対して反逆したから罪を問われているのではありませんか?」
 そこでシェリッサは、エクスが勅命を受けた事は秘匿されていた事を思い出す。エクスが反逆行為と思われたのは、クラレッドの居場所を知りながら答えなかったためだ。だから、反逆行為についての心当たりなどを口にするべきではない。もし自分までクラレッドの居場所など知っているのではと嫌疑をかけられでもしたら、どのような尋問を受けるか分からないのだ。
「……私は、エクス様が潔白であると信じております」
「…シェリッサ、気持ちは分かりますが、今後はそのような言動は厳に慎みなさい。教団内ならともかく、王室関係者の耳にでも届こうものなら、次も不問にして貰えるとは限りませんよ」
「はい……」
 エクスを庇うような発言をすると、それについて罪を問われかねない。シェリッサにとって納得のいかない事ではあったが、自分が投獄されようならそれこそエクスの潔白を証明する機会が無くなってしまう。それだけはどうしても避けなければならない。
「さあ、シェリッサ。今日はもう帰って休みなさい。しばらくお勤めも免除しよう。ゆっくり休んで気持ちが整理できれば、きっと自分にとって何が正しいのかも分かるはずです」
「はい……。それでは、これで失礼させて頂きます」
 シェリッサは主教に一礼し部屋を後にする。
 主教の言葉に従ったしおらしい態度だったが、既に頭の中ではエクスの潔白を証明するための次の行動について考え始めていた。そして思い付くのはどうしても、この先は自分一人ではどうにもならないという事だった。
 自分一人では何も出来ない。だが、三人ならどうか。きっと同じ状況下に置かれ、同じ感情を共有出来る者達と一緒なら。