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魔導連盟の本部に来るのは、かれこれ一年近くぶりになるだろうか。だがドロラータは少しの懐かしさも感じず、何事にも無関心で無気力なかつての表情を浮かべたまま廊下を進んでいった。
向かう先は長老会の会合用の部屋で、どこでドロラータの帰郷を嗅ぎ付けたのか魔導連盟の長老達は既に揃っているとのことだった。またあの連中と顔を合わせなければならないのか。ドロラータは心底うんざりした気分で廊下を歩いた。
時折、廊下を歩くドロラータに対する視線を感じた。それは直接的な視線ではなく、如何にも魔導士らしく魔力的な探知の一種だったり、本部内で放し飼いにされている猫の視界を借りたものだったり様々だ。勇者エクスを口説き落とすために送り込まれた若い魔導士、そこへ向けられる奇異の視線、下世話な勘ぐりも込められている。魔導連盟内で親しい人間はいない。そもそも魔導士同士がほとんど交流を持たない個人主義者ばかりであるから、他人を気にする理由というものは常にろくなものではない。そのため自然とドロラータは周囲に対して鈍感になり、感情の起伏も抑えつけていた。旅立つ前の自分はこれが当たり前の振る舞いだった、そんな事を思い出し、如何にエクスとの旅で自分が変わっていたのかを実感する。
「失礼します、ドロラータです」
目的の部屋に着くと、ドロラータはドアをいい加減にノックし返事も待たず中へ入る。部屋は相変わらず薄暗く、数名の気配こそあるがはっきりとした姿や人数は捉えられない。
「まだこの雰囲気作りやってるんですか。もう明かり点けますよ」
ドロラータは右手に炎の魔力を込める。しかし、すぐさまどこからか解除の魔力を流し込まれ炎は消えてしまった。そんなに拘るのかとドロラータは溜め息について見せる。
「まったく……相変わらず無礼な若者じゃな。本当に最近の若者ときたら、年長者の努力というものをまるで分かっておらん」
「自分を尊敬させるなんてズレた努力なんか、子供でも見透かしますよ。それで、何か用ですか。お腹空いたんで早めにして欲しいんですけど」
「お前を呼びつける理由など、一つしかなかろうが! それで、どうなっているんじゃ? もう懇ろにしたか?」
「いいえ、ヤッてませんけど。真面目で固いし、そもそもいつも危険な所へわざわざ首突っ込みたがるからそれどころじゃないし。友達ってくらいなら仲良くなりましたけど」
長老達は自分とエクスをくっつける事で、勇者の血筋を魔導連盟に取り込もうとしている。だからこそ何より気にしているのはドロラータとエクスの親密さである。
とりあえず嘘は言っていないが、それで簡単に引き下がるような手合いではない事も重々承知している。次はおそらく、くどくどしい説教か、はたまた余計な支援の申し出か。
うんざりした心境で佇むドロラータ。すると長老の一人が意外な言葉を発した。
「そうか、まだエクスとは懇ろではないのだな。ならば好都合。今よりお主の役目を解く。今後、エクスとはすっぱり縁を切るのじゃ」
「……は? 縁を切る?」
ドロラータは流石に困惑の色を露わにする。エクスとくっつけと自分をけしかけた本人が、今度は真逆の事を言い始めたからだ。
「それは、エクスを引き込む役目を別な誰かに引き継げって言ってます?」
「いいや、違う。今後、我ら魔導連盟は勇者エクスと断絶する事となった。それは即ち、一切の交流も禁ずるという事だ」
「急過ぎて言ってる意味が分かんないんですけど。エクスは諦めるってこと?」
「その真逆じゃ。今後エクスは魔導連盟の敵と見做して構わん」
それはエクスとの関係を諦めるどころか、はっきりと敵対するという事になる。
あまりに急な事態にドロラータは困惑するが、よくよく考えてみると魔導連盟がこういうスタンスを決める理由に心当たりがあった。
「エクスは……アリスタン王朝から逆賊認定されたから?」
「そういう事じゃ。明日にでも王室広報から大々的に発表されるであろう」
「進展が遅いのがかえって幸いだったわい。国賊と懇意などと思われたら、我ら魔導連盟の沽券に関わるからのう!」
確かにエクスはクラレッドについて、真相は一切話さず隠し通しただろう。しかし王室にとってクラレッド自体にそこまで執着する理由は無く、今や世界中から支持を集めるエクスを処罰するような愚を犯すはずがないと高をくくっていたのだが。
この想定外の展開に、流石のドロラータも茫然自失とし思考がしばらくの間完全に止まってしまった。
「まあ、今までご苦労であったな。近い内に慰労金を届けさせよう。お主は元の生活へ戻るといい。お主の研究している細々とした魔法は、それなりに需要もあるようだからのう」
元の生活?
その言葉に、真っ先にドロラータの脳裏に浮かんだのは、四人で食卓を囲む光景だった。固まっていたドロラータの思考が再び動き始める。
ああ、そうか。自分にとって元の生活とはあの事を指すようになっていたのか。そして今、元の生活が根底から脅かされようとしている。
ならば。組織が組織の理で動くなら、こちらにも考えがある。
その時ドロラータは、生まれて初めて自身の内側で強い感情が燃えたぎる感覚を味わった。