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 一行はもう一晩ブラッドリック達の監視の元で過ごし、翌日クラレッドから手紙を受け取った。そしてもう一つ、アリスタン王朝の一族の証として持たされるという王家の紋章が刻印された指輪も受け取った。王室を抜けるためのけじめ、そして何より手紙の主がクラレッド本人である事を証明するためのものだ。
 それから数日の移動を経てアングヒルまで戻って来る。ここからは船を乗り継ぎ陸路まで辿って王都サンプソムを目指す事になる。
 その晩は旅の疲れから、エクスは珍しく夕食を終えるや自室へ戻って眠ってしまった。もちろん三人も疲れはピークですぐにでも眠ってしまいたかったが、そうもいかない事情があった。それは、期せずして王都サンプソムへ戻る事になってしまった事態にある。
「はい、という訳で。第、えーと何回目だったかな。夜の女子会トークを始めるんですが」
「毎回そのフレーズ言ってるけど、気に入ってるの? いや、それよりも。今日やるのはそういう内容じゃないでしょ」
 一つのベッドに三人集まって座り、灯りはドロラータの作る小さな魔力の炎のみ。そんな密やかな状況下で始まった夜会は普段よりもいささか空気が重かった。
「しかし、まさか急に王都へ戻る事になるとはね。着くの来週くらい?」
「そうですね。順調に行けばもっと早いかも知れません」
「はあ、気が進まないなあ」
 久々の里帰りといった状況だが、三人共揃って眉をひそめて憂鬱な表情を浮かべていた。王都サンプソムへ戻る事を全く喜んでいない様子だった。
「ってことは、やっぱりみんなそれぞれ本部に寄らないとって事だよね」
「魔導連盟はそこら辺細かいから。どこかしらかですぐ嗅ぎ付けられるし」
「私も、王都へ来る事があれば必ず主教へご挨拶をせねばなりません」
「うちも似たようなもんかなあ。ギルド連合だもん。交通系ギルドからすぐパパに連絡行くし、むしろ迎えに来られるかも。うちのパパ過保護だから……」
 三者揃って深い溜め息をつく。理由もほぼ同じだった。それぞれの所属する組織の長と顔を合わせたくないのである。
「まあ、今更だけど。帰ったら進捗とか状況を訊かれる訳だよねみんな」
「そうですね……主教もエクス様の件にはとてもご執心ですから」
「うちもなあ。何が何でもエクスを婿にって何度も言い聞かされたし。ドロラータのとこもそうなの? なんか魔導連盟ってあんまり人間関係が無さそうだけど」
「交流はしないけど、欲にはまみれてるからね。何が何でもエクスの血筋を連盟に入れたいって躍起になってるし」
「……今更だけど、あんたとこのその生々しい言い方はちょっと引くわ」
「婿に婿にって躍起になってる方が健全かもね」
 三人はそれぞれ自分の所属する組織から命令を受けている。表向きはエクスのサポートだが、本当の目的はエクスをそれぞれ組織へ取り込む事にある。三人はエクスを引き込むために送り込まれた女性、旅の最中にエクスをあの手この手で獲得する。そういう内容の命令だ。
 更に、三人には共通して悩みがある。組織からの命令とは別に、そもそも個人的な感情でエクスに好意を持ってしまった事だ。組織の命令と個人の感情を混同する事が出来ず、気持ちの落とし所に困窮しているのである。
「それで、なんて答えるつもり? まあ正直に言えば、まだ全然脈無しです、みたいな」
「二人でお茶しました、くらいかなー」
「はあ? それ、いつの話よ!」
「いつって言われてもどれの事か分かんないなー。あたしは自由時間にエクスを誘ってるだけだし。知ってる? 断られない簡単なお願いでも、何度も繰り返すと段々難しいお願いでも断らなくなってくるんだって。そろそろお酒の段階かなー」
「この引き籠もり……いつの間にそんな所まで……!」
「お二人とも、今はそこまでで」
 いきり立ちそうになったレスティンをシェリッサが制する。しかし、
「シェリッサこそ、エクスとこっそりデートするのって楽しかった? やっぱりこっそりってシチュエーションが燃えたりする? 聖職者って言っても、やることはやりたいもんね」
 ドロラータが突然とそんな話を持ち出して来る。たちまちシェリッサは狼狽し始める。
「あれはデートなどではありません! 教会へ挨拶へ向かうのに、初めての街で不安だったから付き添いをお願いしただけです!」
「えっ!? シェリッサまで、そんな!」
「気にしないで。まだ子供は出来てないから」
「子供って……それこそどういうことよ!」
「ドロラータさんも勝手な事を言わないで下さい!」
 簡単な近況報告だったはずが、まさかこれほどの揉め事や言い争いになるなんて。しかも三者三様、言い訳に没頭していて、話の内容は既に脱線している。しかし、程なく三人は誰からともなくトーンを落とし矛を収めていった。普段ならこの談笑だけで済むのだが、今回はそうもいかないことを自覚しているからだ。
「……とにかく、今回は誤魔化すしかないね。それぞれで、出来るだけ二人の時間を作れるようになりました、とか」
「だよね。下手に何も進展が無いなんて言われたら、それこそえげつない援護を差し入れされそうだし」
「主教は、そのような方では……無いはず……無いはず……」
 完全なその場しのぎ、何の解決にもなっていない手段である。だが、そもそもの落とし所が見えていない以上は、他にやりようもなかった。何か名案が思い浮かぶまでは現状を維持したい。そういう消極的な考えである。
「いっそ組織から何から無くなっちゃえばなあ……そうすれば自分の気持ちだけで行動出来るのに」
「ま、ギルド連合も聖霊正教会も魔導連盟も、潰すにしては大き過ぎる組織だからね。本当に消えちゃったら大騒ぎ所じゃない混乱を招くかな」
「例えよ、例え。せめて長だけでも変わったりすれば……」
 三人は、それが決して有り得ない事だと頭では理解していた。長の代替わりはそれだけで大きな出来事であり、ありとあらゆる人間が滞りなく済むよう尽力するからこそ代替わりの失敗は有り得ないのだ。
 これは、単に受動的な解決を望む甘えた考え方だ。その事に気付いていない三人ではないが、それほどの閉塞感を覚えているのも事実だ。
「今回は誤魔化す方針で決まったんだし、この話はやめにしよ! それよりも、エクスの事を心配しないと。王室相手に、手紙渡しながら本人は見つかりませんでしたなんて、絶対通るはずないから。何かしら追及されるって」
「ええ、それについてですが……」