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シェリッサはどうにか書き上げた手紙を郵便局へ出したが、そのまま真っ直ぐ宿へ戻る気分にはなれず、公園に寄り道する事にした。
手紙には結局進展は無いと正直に書き記した。これまでの手紙もみんなそうだったが、進展のない事について教会は一度も催促をして来た事が無い。それは非常に難しい事だからと気を使っているのか、それとも単に呆れているだけなのか。その事がずっと気掛かりで、いつの頃からかシェリッサは町に滞在する時でも聖霊正教会の教会には近寄らなくなっていた。もしそこで自分があのシェリッサだと知られでもしたら、一体どう思われるのだろうか。想像しただけでも恐ろしかった。
ドロラータやレスティンも、それぞれ定期的に組織へ連絡はしているようである。二人共エクスとの仲について進展は無いと正直に伝えているのだろうか。その事がずっと気になっているが、一度も訊ねた事は無い。ドロラータはあの様子ではありのまま伝えているだろうし、催促された所で平然としているだろう。ではレスティンはどうなのだろうか。一度その事について訊ねてみようか、それとも流石にそれは個人の事情に踏み込み過ぎか。
公園のベンチに座ったまま何を見ることも無く、ひたすらそんな悩みに頭を抱え憂鬱な表情を浮かべるシェリッサ。そんな時、ふと公園の入り口付近に偶然にもレスティンの姿を見つけた。レスティンは片手に紙袋を携えている。買い物に出掛けると言って宿を出たが、あれはその荷物なのだろう。
レスティンは近くのベンチに座り荷物を隣に置く。買い物疲れの小休止といった所だろうか。だがこれはさり気なくレスティンと二人で会話をするチャンスでもある。近付いて声をかけよう。
そう思いシェリッサは腰を上げようとするが、すぐに思い留まってしまった。そこでシェリッサは、自分がレスティンをやや苦手に思っているのだと自覚する。奔放で協調性が無いのはドロラータも同じだが、ドロラータは人当たりが強くないからこちらからも言いやすい。だがレスティンはすぐ感情的になる傾向があるから、嫌いとまではいかなくともコミュニケーションを取るのは苦手な部類の相手である。今まで衝突した事がある訳ではないが、想像上のレスティンは決まって自分に強く当たって来るのだ。
シェリッサの存在にレスティンはまるで気付いていない。気の抜けた表情でぼんやりと空を眺めている。戦闘の時はエクスの次に鋭い彼女も、普段の生活ではあんなに気を抜いてしまうのかとシェリッサは物珍しく思い眺めていた。
そう、レスティンに苦手意識を持つ必要はそもそも無いのだ。ならもっと自然に接していくべきである。エクスとの旅がいつまで続くのか分からないのだから、パーティー内になるべく不和の種は持ち込まないようにするべきである。
そう決心したシェリッサは、努めて自然体を装い立ち上がる。そしてレスティンの方へ向かおうとしたその時だった。不意にレスティンの傍に一人の壮年の男が現れると、そのまま隣に座ってきた。まずシェリッサは先を越されてしまったと感じてまたベンチへ戻る。
二人は親しそうな様子で何か話しているようだった。男の方にシェリッサは面識が無く、心当たりもない。そもそもシェリッサはレスティンの交友関係を知るほど親しくは無いのだ。
この町にもギルド連合の支部はある。ではギルドの関係者なのだろうか。それにしては随分と親しげな様子にも見える。
男の正体についてあれこれ頭を悩ませている内に、レスティンはおもむろに紙袋を手渡した。更にシェリッサは困惑する。これは一体どういう事だろうか。まさか男への贈り物なのだろうか。中身は分からないが、少なくともレスティンの普段の金遣いの荒さからして決して安いものではないはず。そんな物を贈る相手など、ただならぬ関係としか思えない。そう、エクスへのただならぬ想いがあると言っていたにも関わらずだ。
まさか、レスティンに限ってそんな事を?
シェリッサは一層困惑を深める。ただでさえ落ち着いていない思考ではまともな推論も出せず、悪い方向にばかり考えていってしまう。
自分はとんでもないものを見てしまったのではないか。この事はエクスに打ち明けるべきか。それともドロラータに相談するのが先か。流石にこれを教会には相談出来ない。間違い無く競争相手を一人蹴落とせるとばかりに嬉々として利用してくるだろう。
そうしている内に男はレスティンに別れの挨拶をし、公園から立ち去っていった。再び一人きりになるレスティン。やはり訊ねるなら今しか無いか。だがそれでも未だ決心が付けられず、何度も立ったり座ったりを繰り返した。一度は覚悟を決められたのに、どうしてただ話すだけのことでこんなにも思い切れないのか。そんなにレスティンとの間には壁を感じてしまっていたのだろうか。
事態は自分一人で収拾がつけられそうな内容では無い。最も穏便に済ませられそうなのはレスティンと話し合う事なのだ。そのために、勇気を振り絞らなければ。
ようやく二度目の決心をしたシェリッサはきっとレスティンの方を見据える。だが、
「ひゃっ!?」
シェリッサは素っ頓狂な声をあげて仰け反る。いつの間にか自分の目の前にはレスティンが居て、こちらを覗き込んでいたからだ。
「うわっ!? な、なによ急に変な声出して」
「あ、いえ、その……ちょっと驚いてしまって」
「大丈夫? なんか具合でも悪そうだけど」
「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
「ならいいんだけど」
そう言ってレスティンはシェリッサの隣へ当たり前のように座った。
いつの間に気付かれていたのだろうか。そもそもいつから自分の存在に気付いたのか。まさか、先ほどの出来事を見られた事にも気付いているのだろうか。
そんな不安に内心怯えを感じつつ、平静を装うシェリッサ。だがレスティンは本当に具合が悪いのではないかと気遣う様子だった。
「と、ところで、レスティンさんは……今日は何をされていたのでしょう?」
「うん? 買い物に行くからって言って出たと思ったけど。ま、そんな感じ」
「何か良いものはありましたか?」
「まーこんな地方都市だからね。珍しい物はなかったなー」
「その……買ったものは今どちらに?」
「どちらにって……何? どうかした?」
レスティンは惚けているのだろうか。だが、このことは曖昧なままには出来ない。はっきりとさせ、自分が正しく導いてやらなければいけない。シェリッサは更に腹に力を込め、大きく無くも強くはっきり通る声で話す。
「私、一部始終を見ていました。あなたが見知らぬ男性に買った物を差し上げた所まで。言い逃れは出来ませんよ」