BACK
ここスターランドにもギルド連合の支部はあり、宿も当然レスティンの伝手で系列の非常に豪華な所になった。最上階が五階という建物は、王都サンプソムでも王宮以外には見たことがない。内装もまさにその王宮かと思うほど豪華なもので、元々王宮に出入りし慣れているはずのシェリッサでも圧倒されるほどだった。
いつものようにエクスと三人とでそれぞれの部屋に分かれて入る。客室もまたリビングと更に寝室が三部屋に分かれているような造りで、一体どれだけお金をかけて建てたのかと呆れてしまうほどだった。スターランドは自分の想像を遥かに超える金満の都市のようである。
「んじゃ、御飯食べに行こうか。何か食べたいのある?」
「あんまり外、出たくない。ここ、ギラギラして騒がしくて嫌だもん。何か適当に買ってきてよ」
「ルームサービスもあるけど、どうせならちゃんとお店行こうよ。あ、そうだ。確か地下にレストランがあったっけ。個室取れば静かでいいよ」
「そうだね。レスティンがいなければ静かで良さそう」
「それどういう意味!?」
早速レスティンとドロラータがいつもの口論をしている。二人はまず認めないだろうが、意外と仲が良く気が合う者同士だとシェリッサは思う。お互い良くも悪くも物怖じしない性格だからだろう。いがみ合っているようで、そういつまでもしつこく引き摺らないのだ。
「シェリッサもそれでいいよね? 味は大丈夫のはずだから」
「いえ、私の事はそれほどお気になさらず。ただ、あまり豪華な物は食べ慣れていませんので……」
「聖職者って、やっぱりいつもジャガイモばっかり食べてるの?」
「流石にそこまで極端では。私が申し上げたいのは、我々の旅の目的はあくまで―――」
「あー分かったってば。とにかくエクスにも訊いて、それで良ければ良いよね」
確認すると言うレスティンだが、こういった細々した判断にエクスが異議を唱えた事は一度も無い。それはエクスがパーティーのメンバーに気を使っているからだ。
魔王を討伐した勇者エクス。彼の名前は今や世界中の人間の知る所にあるが、勇者のパーティーのメンバーについて知る人はほとんどいない。それは、勇者のパーティーは入れ替わりが激しいからだ。離脱のほとんどの理由が魔王軍との戦いによる戦死、次が再起不能レベルの大怪我である。ほぼ全ての人間の存在がエクスの影に隠れ活躍もしない内に離脱する。だから世間は彼らを憶える暇が無かったのだ。
エクスがそれを気にしていないはずはない。だから少しでもパーティーの居心地も良くしようと気遣いを欠かさないのだ。つまり、エクスをサポートする側の自分達がかえってエクスの負担になっているのである。
「エクス様には私がお訊ねしますから。レスティンさんは準備をしていて下さい」
「そう? じゃあ、そうするけど……」
するとレスティンは、急に意味ありげにシェリッサの顔を覗き込んで来た。
「な、何ですか? 急に」
「いやあ、聖霊正教会の代表ってどうしてシェリッサなのかなって。普通はもっと巡礼で旅慣れたベテラン僧侶でしょ」
「私が未熟なのは否定いたしませんが、主教の命を受けて参じた以上は全力でお役目を果たすつもりです。それでは」
シェリッサは一方的に会話を打ち切って客室を後にする。
今のレスティンの態度、恐らく何かしら察していて軽く探りを入れて来たに違いない。確信を与えたくは無いが、人選の時点でそれは難しいだろう。エクスの事で企みがあるのは、魔導同盟もギルド連合も同じなのだ。
シェリッサは星読みのお告げについて、誰にも内容を明かしてはいなかった。それはエクスの目的と何ら関係が無く邪魔にしかならないことと、他二人に知られる事自体に恥ずかしさで躊躇いがあったからだ。自分は星読みのお告げが出たから、エクスと結婚するために参加した。そんな事はとても口には出来ない。
「エクス様、シェリッサです」
同じフロアにあるエクスの客室のドアをノックする。すると中からすぐ返事がして、エクスがドアを開け現れた。
「みんなで夕食を、との事なのですが。レスティンさんがここの地下のレストランの個室を取ると言い出しまして……」
「うーん、個室の分には目立たないから良いんだけど……。やはりまた、結構豪華なものになるのかな」
「ええ、まずそうなるかと。そもそもこんな街ですし」
「そうだね。俺は質素な物の方が食べ慣れてるからなあ。元々しがない羊飼いだもの」
「私もそうです。そもそも聖霊正教会では、暴食自体を魂を蝕む悪徳として定めていますから。あまり豪華な物はどうしても」
「そうか、食べ物に関しては俺達は気が合いそうだな! ハッハッハ」
互いの共通点を見つけられた事に、エクスは明るい笑顔で喜んだ。
たったそれだけの事で笑えるなんて。この人はなんて優しく温かいのだろう。
シェリッサは思わず胸が締め付けられるような思いに駆られた。エクスには今の会話以外の他意は無い。彼には表裏が無く、嘘やお世辞や駆け引きとは全く無縁だ。この人は本音で気が合うと言ってくれた。なんて素敵な人なのだろう! シェリッサはエクスの何気ない今の言葉に、内心で浮かれ喜んだ。だがすぐに脳裏を星読みの言葉が過る。自分はあくまで正教会の命でエクスと結婚しようとしているのだ。そこに個人の私的感情は無い。無いはずなのだが。
「エクスー、御飯行こう!」
背後から元気良く話し掛けて来たのはレスティンだった。その後ろにはドロラータが眠そうな顔でついて来ている。
「さ、早く行こ! 魚料理が美味しいんだってよここ」
そう言うやレスティンはエクスの右腕に自ら腕を絡ませて組んだ。咄嗟にシェリッサはエクスの顔を見る。そして表情が先ほどと何も変わってない事を確かめ、安堵する。
レスティンがぐいぐいと積極的にエクスを引っ張っていく。その後をシェリッサはドロラータを連れて遅れずについていく。
エクスとレスティンの姿を見て、シェリッサは心のざわつきを覚えた。怒りでもなければ、嫉妬心でもないと思いたい。ましてや悲しみでもないはず。この落ち着かなさ、ざわつきは一体何だろうか。納得の行く表現を探しながら、シェリッサはいつの間にか黙り込んでしまった。
すると、
「ふーん、シェリッサも割とそうなんだ」
「え? 何の事です?」
不意のドロラータに思わず上擦った声で返事する。
「ま、こういう事は早い内が良いかと思って」
「早い内? 何の事でしょう」
「ん。今夜でも、三人で女子トークしようってこと。なんかさ、あたし達って似た者同士だと思うんだよね。色々と」