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 その日、シェリッサは自身が所属する教区の教会に詰めていた。勇者の称号を下賜されたばかりのエクスがパーティー再編のため、この教会を訪れる事になっているからだ。再編するパーティーに編入するかどうかを判断するため、エクスとは面接を行う事になっている。何を訊かれるのか、何をアピールすればいいのか、昨日からそういった対策は一通り済ませている。
 シェリッサは今日の面談よりも気がかりな事があった。朝から教会内の自室に一人籠もり、これから自分はどうすれば良いのかと頭を悩ませ続けるシェリッサ。悩みの理由は幾つかあった。エクスと結婚などと他人に言われて、そもそも出来るものなのか。勇者のパーティーに編入されても、一緒に旅をするのは危険ではないのか。恩師でもある主教の提案とは言え、全てうまくいった所で自分は司祭では無くなってしまうこと。これら全てを噛み砕いて飲み込めるような心の落とし所が見つからないのである。
 昼も過ぎた頃、シェリッサは修道士にエクスの訪問を伝えられ、答えを見つけられないまま自室から出て談話室へ向かった。そこにはエクスと思わしき精悍な顔立ちの男、そして面識のない女が二名。二人は風貌からして、魔導連盟とギルド連合それぞれの代表者だと察した。事前に主教からは、それら二つの組織からも代表者が選出し編入される事を聞いているからだ。
「初めまして、聖霊正教会東サンプソム第二教区司祭のシェリッサと申します」
「おお! あなたがあの、史上最年少にして史上初の女性司祭の! こちらこそ、よろしく頼むよ!」
 エクスはにこやかな笑顔で強引に手を取り、念入りな握手をする。その強く硬い手のひらの感触にシェリッサは戸惑いながらも、普段通りの笑顔でいることに努める。
「よ、よろしくお願いします。私は法術と神秘学の心得が少々ございますので、もしよろしければ……」
「少々の心得などと御謙遜を! 今後頼りにさせて貰いますよ! こっちが魔法使いのドロラータ、こっちは戦士のレスティン。改めて三人共、よろしく頼む!」
 そう言ってエクスは笑う。しかし今日はあくまでエクスのパーティー編入について判断するための面接のはずだが、エクスの口調は既に編入が決まってしまっているかのようだった。何か行き違いがあるのではないかと思ったが、エクスの笑顔に気圧されつい言いそびれてしまう。もしエクスのパーティー編入に失敗すれば、初めから抱えている悩みは全て無くなってしまうのだが。これもまた星読みが読んだ布石の一つなのだろうか。
「さて、これでメンバーも揃った事だし。まずは互いの親交でも深めるとしよう。俺達はこれから互いに背中を預け合うのだからね!」
「それなら先に昼食にしよう。もう正午も大分過ぎてるから」
「あーワタシもお腹空いたー。ランチしながらにしようよ」
「うむ、確かにそうだな。では早速どこかのお店に……っと俺は王都の店は知らなかったな! ハッハッハ!」
 エクスについては主に王宮で耳にした噂しか知識に無い。勇者エクスは非常に明るくて強く逞しく、如何なる困難にも挫けない不屈の人間だそうだ。シェリッサのエクスについての第一印象は、とにかく明るいが強引な人柄だと感じた。おそらく悪い人ではないのだろうが、流されやすい自分のような人間とは相性があまり良くないだろうと危惧する。もし星読みの読んだ通りエクスと結婚する事になったとして、性格の相性の悪さを抱えたまま末永くやっていけるのだろうかと疑問に思ってしまう。
「さあ、今日は何を食べようかな? ところでシェリッサは何か苦手な食べ物はあるかな?」
「いえ、特には―――あら?」
 そこで初めてエクスの顔を真っ向から見たシェリッサは、エクスが額を押さえるように包帯を巻いている事に気付いた。
「エクス様、お怪我をされているのですか?」
「ん? ああ、大した事はないよ。額だから少し目立つだけさ」
「でしたら私が」
 シェリッサはエクスの額へ両手を伸ばし、力を集中する。シェリッサの手がぼんやりと白く光り、エクスの額部分を柔らかく包み込んだ。
「これでもう大丈夫ですよ」
「おお、これが噂に聞いた聖霊正教会の治癒術か!」
 エクスは包帯を外し額をぺたぺたと触りながら傷口を確かめる。そこには真新しい裂傷があったはずだが、シェリッサの治療により傷口は跡形もなく無くなっていた。
「実に頼もしい! これなら道中どんな怪我を負っても安心だ!」
「いえ、そんな。元々大した傷ではありませんでしたし、もう傷口自体塞がりかけていましたから」
「ええっ!?」
 謙遜するシェリッサ。だが先ほどエクスにレスティンと紹介された彼女が妙な声を上げる。何かに驚いたような表情をしているがその理由が良く分からず、レスティンもすぐ口を閉じてそっぽを向いてしまったため、シェリッサもそれ以上追及はしなかった。隣のドロラータという女性は何やら含みのある表情をしているが特に明言もしない。何だか独特の間がある人だと、シェリッサは取りあえず無難な愛想笑いをする。
 勇者エクスのパーティーに編入されている以上、二人共秀でた人物であるのは間違い無いだろう。けれど、勇者エクスと同じように何かしら癖のある人物のようにも思う。果たして自分はこの先において、三人と真っ当な人間関係を築いていけるのだろうか。そんな不安が脳裏を過った。