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「全員、村長のうちに避難して! 走れない人には周りが手を貸す!」
エクスの後を追う途中、既に山賊達が向かってきている事を知り混乱する村人達がそこかしこで見られた。下手に逃げ惑ってエクスの方へ来られても困るため、レスティンは都度都度足を止めて避難の指示を出す。特に恐慌状態に陥っている人間が多い場合はシンプルな指示が効果的である。その事を過去の経験からも学んでいたレスティンの指示は的確で、村人達の流れは淀みなく村長の家の方へと向かう。それがあれば後は自然と流れに皆が従っていくのだ。
「エクス様はもう山賊と戦っているのでしょうか?」
「多分ね。もう大分先に飛び出していったし、とっくに出くわしていてもおかしくないと思う」
山賊がどれだけの頭数を揃えているかは知らないが、エクスが負ける事は万が一にも考えられない。魔法も使えなければ剣術の一つも知らない、ただ数に物を言わせた張ったりだけの集団である。戦うだけならエクス一人でも制圧は簡単だ。だから問題は別の所にある。山賊の始末をどうするのかだ。魔王軍との戦いなら解決はシンプルだが、人間同士の諍いではシンプルに解決する方が少ない。
エクスの後を追って走る中、途中でドロラータが魔法で一人高く浮遊し前方を物見する。
「いた、このまま真っ直ぐ! 結構派手にやってるよ! あっ、また一人飛んだ」
珍しく大声で伝えるドロラータ。それだけ厳しい状況になってしまったのだろう。レスティンの焦りは更に募る。
先を急ぐ三人。やがて大勢の喧騒と激しい金属音が聞こえ始める。それと同時に、レスティンは血の臭いを嗅ぎ取ってしまった。やはり血が流れてしまった、それもここまで伝わる程の血が。既に人死にも出ているかも知れない。山賊達もこれではもはや退くに退けないだろう。穏便には済まされないシビアな状況である。他の二人は気付いていないようだが、レスティンはこの事を伝えることが出来なかった。
「ううっ……ちくしょう! 痛ェよお!」
「この野郎! いい加減しねえか!」
ようやくエクスの元に辿り着くと、既にそこは血の海と評しても差し支えない状態だった。各々が得物を手にして殺気立つ山賊達、そしてエクスもまた剣を抜いている。そのエクスの周囲には何人かの動かなくなった山賊の体が転がっていた。良く見れば腕や足だけも落ちていて、少し離れた所でうずくまり痛みで涙を流しながら罵倒する者が散見された。死んでいる山賊の死体も、よくよく見直す事など出来ない。
この様子に、ドロラータもシェリッサも顔を青ざめさせていた。レスティンですら動揺が無いと言えば嘘になる。刃傷沙汰や流血沙汰など経験したのは一度や二度ではないが、そんな場慣れしているはずのレスティンが平然と見られないものを、この二人が平静を保てるはずもなかった。
「エクス、加勢に来たよ!」
レスティンはわざと大声で山賊達を引きつける。山賊達はレスティンを見て、否応なしに敵か味方を判断しなくてはならなかった。その隙を突いたエクスは、一瞬で数名の山賊を薙ぎ倒してレスティン達と合流する。
「すまない、説得は出来なかった」
「説得って、何言ったの?」
「然るべき所へ出頭して裁きを受け、罪を償うべきだと俺は思うんだ」
「そんな殊勝なやつが山賊なんかならないでしょ」
エクスもそれは分かっている。エクスはそこまで世間知らずではない。だがエクスは理想家でもある。だから取り返しのつかない状況ほど、理想を口にせざるを得なかった。エクスにとって理想をぶつけかなえさせようとする事も努力の一つである。
「くそっ、こいつら仲間か。全員ただじゃおかねえ」
血走った目で殺気立つ山賊達。戦力差の分析とか、そんな細かい事を冷静に考えられる状態ではなかった。エクスにそれだけ手酷く痛めつけられたからだ。
ドロラータとシェリッサは殺気を向けられた事でようやく我にかえると、ドロラータはじっくりと場を見ながら魔力を練り、シェリッサはいつでも仲間の支援が出来る心積もりを作る。レスティンは、そんな二人のフォローに徹する事にする。エクスが仲間に気を使わなくて良いようにする事が一番の助けになるからだ。
「それで、もう何人かやったんだね」
「仕方が無かった。村を襲う事を止めてくれないどころか、強行されそうになって。一人でこの数は止めきれなかった」
何か下手な交渉を持ち掛けたのだろう。しかし問題は山賊達の死傷者数ではない。ここまでされてもなお戦意を失わないのなら、後は文字通り全滅させるしか手段が無くなるのだ。
「男は殺せ! 女は生け捕りだ!」
使い古された号令と共に山賊達が殺到して来る。
レスティンはまず山賊達の動きを確認する。すると案の定、山賊達はただ我先に突撃してくるだけだった。集団戦とは仲間との連携が極めて重要である。規律もない動きではかえって個々の動きを制限してしまうからだ。
「ハッ!」
レスティンはまず近付いて来た三人を一刀で打ち払った。ただ武器を振り回すだけの相手ならば、レスティンにとっては得物が何だろうと止まって見えた。
「『吹き荒べ』」
レスティンの後ろからドロラータが風の魔法を放つ。風そのものに殺傷力はないが、視界を塞ぎ強く動きを制限する。そしてドロラータの場合は相手の呼吸すら困難にさせる精度があった。その風を強引に突っ切った所でレスティンが待ち受け、シェリッサの作る結界の盾が攻撃を防いでしまう。レスティンにとって二人は目的の競合相手になるが、いつの間にか戦いでの連携は上手くなっていた。
そして、エクスに至ってはそんな戦術も必要が無い。
「ぎゃあああ!」
また悲鳴と共に山賊の一人が飛んでいく。恐らくエクスの剣を武器で受けたのだろう。その衝撃で吹っ飛ばされたのだ。明らかにそれは手加減した攻撃だ。エクスの実力なら受け止める事も出来ない速さで斬るか、得物ごと斬る事が出来るからだ。
完全に囲まれているエクスだったが、傷一つ負うどころか返り血すら無い。その状況で山賊を手加減して相手が出来るのはただただ敬服するばかりである。だがそんなエクスでも、時折手加減しきれない事がある。そしてその時は必ず血が流れた。
一体どれだけの山賊を相手にしてきたか。流石に山賊達にも士気の低下が見られて来た。気が付けばあれほど勢いに任せて突っ込んできたのが、すっかり様子見の待ちの姿勢に変わっている。
いい加減諦めて、それこそエクスの言う通り出頭でもしてくれないものか。
そんな事をレスティンが思った時だった。
「お、おい! この男! どっかで見た顔だと思ったら、勇者エクスだ!」
突然、山賊の誰かがそんな声をあげる。山賊達の間にどよめきが起こる。その名前を知らない人間のおらず、その強さは名前以上に知れ渡っているのだ。
まさかその本人と知らず戦っていたのか。レスティンは内心呆れていると、
「こ、この野郎! 同じ人間を殺すのか!? 勇者の癖に!」
「勇者なら人間を助けろよ! 何で俺達の事なんか相手にするんだ!」