BACK

「どうか……どうか、よろしくお願いします……!」
 そう涙ながらに何度も頭を下げて懇願する老夫婦と別れ、一行は村の近くにある山林へと入っていった。この峠はある山賊の一団が縄張りとしている。彼らは付近の街道や村などを狙い、略奪や誘拐といった悪事を働いていた。昔から辺りを縄張りにしていたのではなく、現れたのは丁度人類軍と魔族軍の戦争が激化し始めた頃だ。そのため山賊の正体は落ち延びた魔族ではないかとすら言われている。
 エクス達に懇願していたあの老夫婦は、まだ幼い孫娘を山賊にさらわれていた。息子夫婦を亡くした老夫婦にとって孫娘がどれだけ大切な存在かは語るまでもない。エクスが孫娘の奪還を熱く約束するのは当然の成り行きだった。
「まったく、山賊なんてどこにでもいるんだね。ホント、鬱陶しい」
「こんな御時世ですから、取り締まる側も人手が足りないのでしょう。その分、私達が頑張るしかありません」
「ほとんど火事場泥棒みたいな連中よね。じゃあ手加減は要らないってカンジ」
 エクス達は旅の途中で山賊の話は何度も耳にする。その都度可能な限り山賊退治には努めて来たが、未だ山賊は無くならない。山賊を相手に出来るような人間はほとんど魔族との戦いへ駆り出されているからだ。取り締まる者がいないのなら、山賊は無くならない。
「ま、ちゃっちゃと縛り上げて番所に預けましょ」
「レスティンさん、大事なのは誘拐された子の安全ですよ」
「分かってるって。人質を確保、首謀者をみんなの前でボコボコにする、後は流れで取り締まっておしまい! 簡単簡単、いつも通りよ」
 レスティンはギルド連合の長の名代として世界各地で様々な事件に関わって来ている。大小の揉め事から小国の騒乱まで経験しており、人質や誘拐事件の対応についても詳しかった。だがレスティンの言葉に今一つ説得力が無いのは、手順の説明を簡潔にし過ぎるからだろう。
 山賊の根城である古い砦は、村を出てから小一時間程度で着く場所にあった。街道からも外れ僅かな獣道がある程度の立地だが、何より村との距離の近さに驚きを覚えた。彼らはもう自らの住処を隠すつもりもないのだろう。取り締まりはおろか、村人達の報復すら恐れていないのだ。
「では手筈通り裏から入ってみようか」
 ドロラータは全員に存在感を薄くし身を隠す特殊な魔法をかける。幾らか魔導をかじった者なら気付く程度の簡易的なものだが、山賊退治では十分過ぎる効果がある。四人は正面の見張りを楽々超えて裏口の方まで回り込み、砦の中へ侵入する。
 山賊達の根城は、酷い悪臭と下卑た笑い声が交互にあちこちから一行に襲い掛かって来る、とても長居の出来るような場所ではなかった。古い砦の中が元々あった内装はあらかた如何にも手作りの粗野な物に作り足され、寸法の狂った窓や棚なども見掛けた。何より掃除らしい掃除を行っていないのが明白で、埃や脂汚れがそこかしこにこびり付いているのは否が応でも皆の表情を曇らせる。
 ドロラータは低級の精霊に交信する魔法を駆使し、誘拐された子の大まかな位置を割り出す。それに従って廊下の突き当たりから地下へ降りていく。そこは元々砦へ備えていたらしい脱出用の地下トンネルがあった。その壁を掘る事で簡素な牢を幾つもこしらえている。トンネルの入り口にたった一人の見張りが粗末な椅子に座ったままずっと居眠りを続けている。ドロラータはそっと更に深く眠る魔法をかけ、見張りの意識を絶つ。そこで一行はようやく一息をついた。
「ふーしんどかった。何ここ? 臭くてたまんないわよ。ねえドロラータ、何とか出来たりしない?」
「あるよ。ほら、この超高温に圧縮した火の玉を鼻に突っ込むだけ」
「そういうんじゃないっての」
 酷くすえた生活臭は地下に来てもさほど変わらなかった。それだけ長くここを根城として使っているのだろう。敵のアジトに忍び込むとなり、まさか最も苦戦させられたのが悪臭だったとは。レスティンのこれまでの経験にはなかった事態だった。
「うむ、それでは早速牢を確認して回るとしよう! おーい―――」
 咄嗟にレスティンがエクスに飛び付き口を無理やり手のひらで塞ぐ。エクスは驚いて目を見開いていたが、ドロラータやシェリッサは呆れの混じった小さな溜め息をついている。
「エクス、地下の声は上にも響いて聞こえるんだから。あんま馬鹿みたいに騒がないで」
「これは失敬。どうも生まれつき声が大きくて、つい」
 そもそもエクスが居る状態で隠密を必須とするような作戦そのものが合わない。エクスには陽動でもしてもらった方が良かったのではないか、そう今更思う。
 小さな声で呼び掛けながらトンネルの中の牢を改めていく。この中のどこかにあの老夫婦の孫娘が捕らわれているはずなのだが、意外と簡単に見付けられるようなものではなかった。トンネルが長く広く掘られているため、牢の数も思っていたより多い。山賊達はそれだけ多くの人間を一度に拐かして来る事もあった事になる。これまでレスティンはギルド連合の仕事で、誘拐も行う犯罪組織と戦った事が何度もあったが、そのたびに殺人とは比べ物にならない非人間性を彼らから感じ取っていた。今回も全く同じである。禍根の根は絶つしかないのだと改めて確信する。
「それにしても……本当にここにいるのでしょうか? 私達に気付けば、自ら居場所を教えてくれても良いと思うのですが」
「そうとも限んないよ。誘拐されたり拉致された人って情報が集められない分、近づいて来る知らない人間は全部敵だと疑っちゃうから。ただでさえ精神的にきてるんだし、幼い子供だったら尚更よ」
 捕らわれた孫娘も今まさにそんな心境なのだろう。誰彼もが敵に思え、ひたすら人の存在に怯えているのだ。
「つまり、頼れる大人の我々がいち早く見つけ出してやるという事だな! うむ、待っていろ少女よ!」
「だからエクス……もうちょい声量落としてって」