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 エクスの力を温存させてやりたい。恐らく自分達ではアマデウスには敵わないだろう。だから自分達でも倒せる敵は自分達で片付けて、エクスに力を温存させるのだ。
 そのはずだったのだが。
「ハッ! せいやあああ!」
 エクスは気合いの掛け声と共に次々と魔導人形達を斬り伏せていく。その鋭く力強い太刀筋は、魔導防御を施された人形の体を紙のように切り裂いてしまう。場に漂っていた呪いのもやはほぼ気合いだけで晴らし、エクスは三階への階段を辿り進んでいく。ドロラータ達はその後からエクスの倒し損ねた人形の残骸などを片付けるくらいしかやることは無く、ただただエクスの背中を眺め付いていくだけだった。
 三階へ到着すると、丁度正面には大きな両開きの扉が見えた。豪華な意匠と厚く威厳あるデザインから、ここがハイランズの政治を行う議事堂である事が想像出来た。
「頼もう!」
 エクスはこちらが準備をするのも待たず、豪快に扉を開けて中へ入る。ドロラータ達も慌ててそれに続く。
 議事堂の中は驚くほど広く、そして机や椅子などの家具も無い、絨毯のない剥き出しの床があるだけの空室になっていた。左右には大きなガラスを使った窓もあったがカーテンすらない。破壊したにしては床には破片や残骸は一つも見当たらない。まるで引っ越し前の空き部屋のようだった。
「勇者エクス、ですか。久し振りだ」
 部屋には艶のある黒いロープを身にまとった一人の老人が立っていた。フードを被り顔立ちは良く見えなかったが、肌の色が薄い緑色をしていて明らかに魔族であることが分かった。
「おお、グレゴリー殿ではないですか! そちらもお変わりなく」
「そちらもな。まあ、連れは随分と毛色が変わったようだが」
 グレゴリーと呼ばれた魔族の老人は、ドロラータ達を順に見定める。表情には何の変化も無く、これは自分達が遥か格下と思われているのが察せた。
 二人の様子からどうやら既知の間柄のようだった。魔王討伐の時に戦った相手の一人なのだろうか。
「エクス! 一人なら四人でやれるよ! もうあの人形は打ち止めなんだろ!」
 剣を構えレスティンが威勢良く叫ぶ。すると、
「ほう、一人とな?」
 グレゴリーは左手をそっと伸ばし、手のひらを上へ向ける。そこから眩しい光が灯ったと思った次の瞬間、グレゴリーの左側には咄嗟には数え切れないほどの魔導人形が現れていた。
「まだまだ出せるぞ、小娘。なんせこの街は人形を作る材料に事欠かない」
「うぐっ……」
 恐らく魔族の転送魔法の応用だろう。グレゴリーは自在に様々なものを瞬時に呼び出せるようだ。そうなると彼の正確な戦力は見た目では計り知れない。
「待ってくれ! 俺は不要な争いはしたくない!」
「ほう、ではまた決闘をお望みかな? 良いだろう、受けて立とう」
「いや……それは、どうしても必要なのか?」
「む?」
「今はあの時とは違う。以前は魔王へ到達するため、どうしても押し通らねばならなかった。けれど、今は積極的に戦う理由は無いはずだ。あなたもわざわざ決闘のルールに従ってくれた。お互いが全滅するまで殺し合う事もしなかった。今のあなたの戦う理由とはなんだ!? 守るべき魔族の王はもういないのに!」
「なるほど……お主は我らが魔王を守る義務のため戦っていると思っておったのだな」
 今の会話、ドロラータは違和感を覚えた。グレゴリー達アマデウスが魔王を守る義務があるのであれば、エクスの提案したという決闘など従う理由はないからだ。
「ち、違うのか? 俺はてっきり、そうかと……。今回だって、魔族軍再興のための拠点を獲得しようとしているんじゃ?」
「我が魔力を持ってすれば、こんな端切れのような領地などと言わずもっと人間共の喉元を狙える土地を奪える」
「では一体何故こんなことを? それに、ここにはまさかあなた一人しか?」
「これ以上、若者を暗愚に振り回させる訳にはいかんのでな」
 グレゴリーの右手が光る。そしてそこには、左側に喚んだ人形兵とはまた別の種類の人形達を同じ数ほど現れていた。グレゴリーは完全にエクスと対決する姿勢であるが、エクスはむしろ剣を納めてしまい対話を求めている。
 この流れは流石に拙いか。ドロラータは少しずつ慎重に自身の中で魔力を練り始める。
「一体何なんだ! 魔王はいない、人間と本気で事を構えたい訳でもない、しかし戦いからは退かない、聡明で慎重なあなたの行動とは思えない!」
「何故? 人間が魔族にそれを問うのか? 魔族の事情に人間如きが首を突っ込んで貰いたくはないな。我々は人間に保護されている訳ではないのだ」
「やっぱり事情があるんじゃないか! なら話してくれ! 出来る限りの事はする!」
「出来る限り程度の覚悟で関わるなと言っているのだ!」
 グレゴリーの右手がエクスに目掛けて振り下ろされる。すると、右側の人形兵達が一斉にエクスへと襲いかかった。
「『退け!』」
 咄嗟にエクスと人形兵の間にシェリッサが結界を張る。だが咄嗟で作った簡易的な結界であるため、本来の結界を後追いする前に人形兵達は質量だけでそれを破った。
「ええい、燃えろ!」
 ドロラータが火の魔力を人形兵に向かって放つ。数々の人形兵を一瞬で焼き払ったドロラータの火の魔法だったが、群れの先頭の僅かを炭に変えただけで、圧倒的質量に及ばなかった。
「くうっ!」
 人形兵達の打撃が次々とエクスへ襲い掛かる。初め防御で凌ごうとするエクスだったが、そのあまりの数に耐えかね、人形兵の一体を掴むと自分の周囲を払うように二度と三度振り回す。それだけで人形兵の津波は全て弾き返してしまった。
「相変わらずでたらめな強さ……お主は正に、我ら魔族を滅ぼすために創世の女神が遣わした人間よ。いや、女神が魔族の滅びを望んでいるのか……」
「いや、そんな事はない」
 エクスは手にしていた人形兵を放り投げる。
「俺は魔王を倒した。だが、魔族を滅ぼすつもりなんかこれっぽっちも無い」
「……なに?」
 エクスの返答はよほど意外だったのか、グレゴリーの眉が持ち上がり固まった。驚いたのはドロラータ達もだった。三人共エクスは魔族と戦う事を一番の目的としており、人助けもそのために行っていると思っていたからだ。
「お主、故郷を魔族軍に焼き払われたそうだな。その恨みが戦いの動機ではないのか?」
「少なくとも今は違う。俺は不要な争いはしたくないし、出来ればあなたとも話し合いで解決したい。剣は最後の手段にしたいんだ」
「ならお主の目的は何だ? 何が動機で未だ戦っていると?」
「俺の目的は世界平和だ。そのために無用な争いを無くしたい」
「世界平和だ? 人間の言う平和は、魔族の滅亡の先にあるものだろう」
「俺は一度たりともそんな事を言った事はない。魔族と戦い続け滅ぼした先に平和があるとも思っていない」
 エクスは今危険な言葉を発している。三人は青ざめる。エクスのそんな思想を今まで知りもしなかったが、もしもこの事が王朝の耳にでも入れば、エクスはたちまち背信者の烙印を押されるだろう。魔族とは全ての人類にとって共通の敵であるからだ。それを擁護するような思想が許される国は一つも無い。
「融和主義と言えば聞こえは良いが、ただの愚かな理想家にしか思えんな。少なくともその考えを支持する名のある人間が居るとは思えん」
「俺は自分が正しいと思った事のために行動する。俺の思想は女神の御心に添うものであり、そのために創世の女神よりこの力が与えられたと解釈している。もし背く事であるならば、加護を奪われ命を失う事も甘んじて受けるつもりだ」
 とても正気とは思えない、ドロラータは戦慄する。ドロラータは創世の女神の存在を信じてはいない。エクスは単にたまたま強く生まれただけの特異体質だ。そんな人間が宗教的思想に傾倒しこれまで戦っていたのであれば、かつてのエクスのパーティーはそれに巻き込まれて死傷していった事になる。
 エクスは微塵も揺らがない精悍な表情でグレゴリーへ再度問う。グレゴリーは更に困惑を深めているように見えた。
「聞かせてくれないか。今、魔族はどうなっているんだ? 本当にこの戦いは必要なのか? 俺にあなたを助ける事は無理なのか?」