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 議事堂の地下から一階へ上がると、そこには無数の魔導人形が徘徊していた。そして魔導人形達はすぐさまこちらを検知すると、攻撃態勢へと入る。こちらもまたドロラータが予め索敵済みであり、同じく迎撃態勢に入る。
 中肉中背といった体格の木製の人形に、魔族の兵卒用の剣を持たせている。その挙動は人間では有り得ないほど一糸乱れず統一され、ずらりと隊列を組んで剣を構えている。魔導人形の恐ろしい所は、この人間では有り得ない統率された動きと、死をも恐れない積極的な行動、そして単純な物量だ。魔導人形は魔導連盟でもまだまだ研究段階のものである。現在の技術では、これほど大量の魔導人形を遠隔で戦闘に耐えうる精度での動作は不可能である。それだけアマデウスの魔導の技術が優れているのだ。もしも余裕があれば、研究用に一体くらい持って帰りたい。そうドロラータは思った。
「んじゃ取りあえず、先制するよ。ハッ!」
 ドロラータは魔力を集中させながら炎のイメージを込めて練り込む。そして突っ込んでくる魔導人形の前衛に向かって放った。ドロラータが生み出した業火のうねりはあっと言う間に魔導人形を飲み込み、強烈な熱量と爆風によって瞬く間にボロ炭に変える。
「ちょっと! 室内で火は危ないでしょうが! 馬鹿なの!?」
「魔法の火は現実の火と違うんだけど。ギルド連合の会員達の名誉のために、あんたみたいなアホの子は黙ってた方が良いね」
「なにをー!」
「お二人共! また来ますよ!」
 炭と化した最初の魔導人形を踏み越えて、また新たな魔導人形の群れが列を成して整列する。その数は先ほどよりも多く、一体どれほど揃えているのかと目眩のしてくる光景だ。
「なかなかの物量ね。ま、質は思ったほどでもないけど」
 再びドロラータは火の魔力を練り込み、魔導人形の群れに向かって繰り出す。ドロラータの火の魔法は魔導人形を悉く焼き払い炭へと変える。魔導人形の一つ一つには魔力を弾く防御魔法がかけられていた。これは魔導人形が魔法で遠隔操作されているのではなく、内部に駆動するための魔力源を持っている事を意味する。防御魔法が遠隔操作の魔力も遮断してしまうからだ。そしてドロラータの火の魔力はこの防御魔法よりも強い。少なくとも、魔導人形の使い手とは絶望的な実力差は無いという事だ。
 魔導人形を力押しで薙払いながら議事堂の上の階を目指す。その目的は、議事堂を占拠し反撃の象徴とするのが一つ、議事堂のような象徴的な建物にはアマデウスの幹部がいる可能性が高いのが一つ、そして潜入が見付かった以上は外へ出てゆっくり探索が出来ない事だ。ドロラータの見立てでは、籠城するにはあまりに物資が足りない。そのため最低でも幹部は一人でも倒さなければ、次の戦いへ繋げるチャンス自体が無いのだ。現状から推察するに、少なくともアマデウスは議事堂のどうでも良い拠点とは思っていないようである。そうなると敵の物資があるかも知れないし、それを奪う事で少しは持久戦も出来るようになるはずだ。
 魔導人形を嫌と言うほど蹴散らしていた一向は、ようやく二階の廊下へ辿り着く。するとそこでは新手の魔導人形達が姿を現した。それは真っ黒なぼろ布を身にまとった異様な風体で、妙に細長い手足と布に隠れて顔が見えないのが印象的だった。
「なーに、アイツ。気持ち悪いけど、細くて何か弱そう」
 レスティンは黒い魔導人形を見てそうせせら笑う。本当にこいつはギルド連合の手練れなのかと内心呆れながら、ドロラータは魔導人形達の出方を用心深く窺う。この魔導人形は一階にいたものより遥かに数が少ない。という事は、単純な力押しでは倒せない何かを備えている可能性が高いのだ。
『……!』
 すると黒い魔導人形が一斉に何か呪文を唱え始める。それは高度に圧縮されたドロラータにも詳細までは良く分からない呪文で、端々の言葉しか聞き取れなかった。だがその単語の中から想定される危険を予測し、すぐさまシェリッサに伝える。
「シェリッサ、心霊防御!」
 ドロラータの言葉とほぼ同時に、シェリッサの両手に法力の力が輝く。そして次の瞬間には四人の周囲を半球状の光が包み込んだ。そこから僅かに遅れて黒いもやのようなものが辺りを包む。見るからにおどろおどろしいそれは、もやの中に無数の人の顔のようなものが蠢いていて、それぞれ呻き声を上げている。
「うわ、なにこれ。気持ち悪い!」
「悪霊を使役して霊的な攻撃をする魔法みたいだけど、詳細までは分からないわ。多分、魔族特有のものだと思う。少なくとも魔導連盟では異端の部類かな」
「いえ……もしかすると古い邪教に連なる外法の一種かも知れません。このくらいなら私でも何とか出来ます」
 この魔法が、魔導寄りなのかそれとも法力寄りなのか、そこは大して重要ではない。問題なのは、魔導人形が魔法を使った事だ。これはまだ魔導連盟でも理論も確立していない技術である。アマデウスとは圧倒的な魔力の量と知識を持った集団だと思っていたが、こういった技術面でも優れているようである。
「ううむ、これでは時間を取られる一方で埒があかないな。よし、ここは俺が片付けよう!」
「え、一人でって」
「大丈夫! たかが悪霊如き、女神の加護があれば恐れるに足らん!」
 そう言うやエクスは自ら結界の外へと飛び出していった。あまりの早さ思い切りの良さに、誰も制止する暇もなかった。
「せりゃー!」
 飛び出したエクスは気合いの入った掛け声と共に魔導人形を倒していく。悪霊は物理的ではなく霊的なアプローチを行うため、肉体に依存する耐性に影響されない。エクスがどれだけ対抗できるのかと危惧していたが、エクスの様子には全く異変がなかった。それどころかエクスの通った辺りのもやは瞬く間に晴れていった。この悪霊には何の影響も受けないどころか、むしろエクス自体が浄化しているようだった。
 悪霊は恐らくエクスの霊魂を攻撃しただろう。だがエクスの自分が攻撃されていることにすら気付いていない所を見る限り、エクスの霊魂は悪霊など歯牙にもかけない強さを持っているのだろう。今までエクスはでたらめに強い体だけを持っているのだと思っていたが、霊魂までも体は見合う強さを秘めているようである。精神の豪胆さは体よりもむしろ霊魂に由来するのかも知れない。
「ま、手間が省けたわ」
 やがて全ての魔導人形が破壊され黒いもやもエクスに払われた頃、ドロラータはあまりに滅茶苦茶な解決策に思わず微苦笑する。