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 犬、犬、と連呼しながら全力で走ってくるレスティン。ドロラータはそのみっともない姿に思わず笑いが込み上げて来るものの、呪いの正体が現れたのだとすぐに気持ちを引き締める。
「三人共、俺の後ろに!」
 そう声を張り上げ剣を抜くエクス。真っ直ぐ前方を見据えるその目は、既に標的を捉えているようだった。結界の準備を始めるシェリッサに合わせて、ドロラータは魔力を奮いすぐさま攻撃へ移れるよう集中する。
「エクス、何がいるか分かるの?」
「うむ、犬の魔物のようだな。黒くて目が赤い」
 寄りによって暗闇で黒い犬とは。魔力の網を張り相手の位置を認識するものの、姿が見えないのでは出方がはっきりと分からない。ただ警戒しているだけなら、下手に刺激せずやり過ごしたいところだが。この相手では。
「そいつは多分、黒妖犬だね」
「黒妖犬? 確か見たら呪われるとかどうとか」
「正確には、黒妖犬が敵と見なした相手を呪うの。そもそも普段は墓地に憑いているだけで姿を見せるのは呪う時だから、どっちみち警戒態勢に入ってるってこと。大方、この辺りを通った村人がこいつに呪われたってとこね」
「なるほど。では戦うしかないようだ!」
 そう言うや、エクスは剣を構え真っ直ぐ突っ込んでいく。
「待った! 武器なんか向けたらすぐ呪われるから―――」
「ていやー!」
 ドロラータの制止の途中で飛び出して行ったエクスの、やたらと気合いのこもった叫び声が暗闇の中から聞こえて来る。既に遅かったらしい。
「呪い除けの結界は張りましたが……」
「あたし達だけよね、範囲的に」
 こくりと頷くシェリッサ。一般的な呪い除けは効果が強い分範囲が限定的である。それでも使える人間は司祭以上と限られており、こういった状況で咄嗟に使える者すら世界中に何人もいない。それを知ってか知らずか、エクスは飛び込んで行ったのだが。
「ね、ねえ。エクスが呪われる前に倒したってことある……?」
 シェリッサの後ろから震え声で訊ねるレスティン。
「過去にそれを実践しようとして呪われた馬鹿が何人もいるよ。呪いってのはね、高度な魔導技術でもあるの。目が合っただけで攻撃が完了するとか、見られたら終わりとかね。呪いの成立に物理法則は関係無いの」
「ぎゃー! ワタシ、さっき目が合ったからもう呪われてる!」
「大丈夫ですよ、レスティンさん。呪いにかかっている気配はありませんから」
「本当に? 本当の本当に? 信じていいよね?」
「だけど、剣を向けたエクスはどうかしら」
 黒妖犬は、自分へ敵意を向けた者を確実に呪い殺す。だから剣で真っ向から倒しにかかるなど以ての外なのだ。
 これは死んだか? 或いは。
「エクスー! どうなった!?」
「大丈夫! 多分、仕留めた!」
 レスティンの呼びかけに、暗闇からエクスのよく通る声が聞こえてくる。まさかこんな元気な声が返って来るなんて。ドロラータは驚きで小さく一言声を漏らした。
 程なくエクスはこちらへ戻って来た。その様子は普段とまるで変わらなかった。
「斬った手応えはあったんだけど、消えていなくなってしまったよ。逃げられたかな?」
「黒妖犬は半霊の魔物だから、活動を停止すると形が保てなくて消えるから。じゃあ本当に斬ったみたいね」
「呪われてる兆しも気配もありませんね……よく御無事で」
「ハッハッハ! これも創世の女神様から授かった御加護の賜物だよ!」
 豪快に笑うエクスを前に、シェリッサとレスティンは苦笑いを浮かべる。その一方でドロラータは、真剣な眼差しでエクスを見ていた。
 司祭であるシェリッサが言うのだから、エクスが呪われていないのは確かだろう。だが過去に黒妖犬へ武器を向けて呪われなかった者はいない。女神の加護の真偽はともかく、エクスに呪いが効かないのは信じられない事に事実のようだ。そして更に驚くべきは、エクスは自分が呪われないと確信して戦った訳ではないことだ。単に仲間三人を呪わせないようにという気遣いである。呪いについて全くの無知であるはずはないが、彼にそんな行動を取らせるのはやはり生まれながらに持った呪いへの耐性なのだろう。
 とりあえず、今のところエクスには魔導連盟へ引き込む確かな価値があるようである。
 これで引き続きエクスを説得するタイミングを計らなければならなくなった。任務は終わらない。そうドロラータは密かに溜め息をついた。