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「お? あれは何だろうな」
真っ暗な獣道を進む最中、不意に立ち止まり声を上げたエクスが前方のどこかを指差す。三人は一応その方向を見るが、あまりに暗すぎるため何も見る事も出来なかった。
「えー……勘弁して下さいよそういうの。真っ暗で何も見えませんって」
「いや、確かに何かあるんだけど。何だろう? うーん……ん? あれ、もしかして墓地か?」
暗闇に目を凝らしながら呑気な口調でそんな事を口にするエクス。それを聞いたレスティンは、たまらず口から飛び出した悲鳴を辛うじて塞いで押し留めた。だがドロラータにはそんなレスティンの様子ははっきりと伝わり、微苦笑する。
「こんな所に墓地ですか。昔のものでしょうか?」
「何か手がかりがあるかも知れないね。調べてみよう」
ドロラータはエクスと手短に確認し、早速その墓地へと向かおうとする。その様子を見てすぐさまレスティンは震える声で制止する。
「ちょ、ちょっと待って! あ、あの、エクス? 流石に墓地はちょっと……」
他人の墓所に踏み込むなど行儀の良いものではない。そんな論調で止めようとするのだが、恐怖と動揺のあまり言葉がうまく出て来ない。そんなレスティンの様子を見たエクスは、さも言葉に出来なかった意図を汲んだとばかりに、
「うん、そうだね。墓地では静かに敬意を持って、荒らすような事はせず慎重に行動しよう」
朗らかに答え、ドロラータを連れ暗闇の先にあるという墓地へ向かっていく。再度制止しようとするもののもはや言葉が出て来ず、レスティンはただ呆然と立ち尽くした。
「レスティンさん……私達も向かいましょう。はぐれる訳にも行きませんから」 レスティンの後ろからシェリッサがまるで慰めるようにそっと肩へ手を置く。仕方なくレスティンは無言で頷いて二人の後を追った。
そんなレスティンの様子を窺うドロラータ。案外粘るものだと少し感心していた。エクスは、レスティンの幽霊だのを恐れる心理をまるで理解していない。エクスは悪意が無くただひたすら純粋に善人であるが、強者の自覚が無いのに何でも自分を基準に考えるため、弱者の心理が理解できないのだ。理想的ばかりを口にするが、なまじ本人に実現するだけの力があるからたちが悪い。こうしてエクスに従っていると、いつかエクスの正義に自分が殺されるのではないか、そんな不安をドロラータは覚える。
程なく辿り着いたその場所は、エクスの言う通り古い墓地だった。古びた柵は所々が朽ちており、道との境が曖昧になっている。ドロラータは魔法の灯りを増やし墓地を広く照らした。墓地は入り口と思われる段差から一頻り見渡せる程の狭さで、墓石も老朽化が著しく破損しているものも少なくない。もはや誰も墓参りには来ず、誰も管理していない。旧道を使っている者が居る以上、完全に忘れ去られた訳ではないのだが、葬られている者の縁者はもう居ないのかも知れない。
「やはり一見しただけでは分からないか。中に入って調べてみるとしよう。その前に」
エクスは片膝をついて短く祈りを捧げてから墓地の敷地内へ入っていった。宗派の無いドロラータはそのまま中へ入り、まずは不審な物が無いかを調べ始める。
事件は呪いと呼ばれる形で起こっているが、だからと言って呪いが原因であると断定出来ない。ドロラータが知る限りでも、人間が変死する理由は幾つもある。まずは何か手がかりとなりそうな痕跡を見つけるため、魔力の流れなどを探る。
「ドロラータさん、やはりここに呪いの痕跡がありそうでしょうか? 確かにおかしな空気を感じはするのですが……」
そう訊ねて来るシェリッサ。何か不穏な気配を感じ取っているらしく辺りを見回しているが、まだはっきりとは掴めていない様子だった。
「さて、ね。何にせよ思い込みは良くないから。違和感の出所を探るしかないでしょう。どっちの受け持ちになるかは出たとこ勝負ね」
呪いとひとえに言っても種類は非常に多い。ドロラータが専門とする魔導が起源の呪いなら何とかなるかも知れないが、神秘学が起源のものはシェリッサの専門になる。どちらかなら対処出来るだろうが、万が一それ以外の物が出て来た場合は事が面倒になってくる。
「アンタは案外平気そうね。ほら、あっちなんか」
ドロラータは未だ敷地の外で固まっているレスティンの方を指差す。レスティンは真っ青な顔で表情が凍りつき、その場から微動だにしなかった。あんなにぎゃあぎゃあ不平不満を口にしていたのに、すっかり大人しくなってしまった。普段からこれくらい静かなら良いのに、そうドロラータは思う。
「私はお役目柄、死者と相対する機会が多いですから。墓地も市街地のような整備されたものだけでなく、地方の簡素なものも多く巡礼して触れてきております。死者が安心して眠れるよう墓所を整備する事もお役目の一つですから、その延長線と思えば何とか」
「ああ……そういや聖職者ってそうか」
それでも大分苦労をして心を整えている、そんな印象を受ける。夜の墓場を何とも思わない人はそう多くは無い。
「ドロラータさんこそ、こういった場所なのに平気そうですね」
「別に墓は墓でしょ。心理的瑕疵? そういうのは気にしなければ気にならないのよ」
「そ、そういうのなのでしょうか……」
「魔導師って大概現実主義で観測出来る物しか信じないの」
人を襲う死霊の類の存在は知っているし、対応した魔法も習得している。だがそれらは出自こそ不明だがれっきとした魔物の一種である。だから、見える人見えない人の定義が曖昧な人間の幽霊の存在について、ドロラータは懐疑的である。そして観測出来ないものをいちいち気に留めない主義である。
レスティンを放ったまま墓地を隈無く調べ回る三人。墓地は相当に古く、手入れのされてなさや寂れ具合から参る者も居ないようである。ではこんな所に呪いなど仕掛けるだろうか、そんな疑問が起こる。仕掛けるとしたら墓泥棒対策だろうが、村人達がわざわざこんな寂れた墓地を荒らしていたとは思えない。しかも田舎の寂れた墓地になどどんな財産が隠されているというのか。
呪いの形跡も無い。ここは外れだろうから街道へ戻ろう。ドロラータがそう口に仕掛けた時だった。
「ぎゃあああ!?」
突然響き渡った悲鳴。三人が咄嗟に顔を見合わせ、いずれの悲鳴でもない事を確認する。
「むう、これはレスティンか! どうした! 何かあったか!」
エクスが驚くほど大きな声で悲鳴のした方へ向かって問う。すると、
「な、何かいる! そこ! あ、ああ! これ犬だ! 犬!」