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その晩、四人は揃って村に続く一本の古い街道を歩いていた。この街道では何人もの人間が奇怪な死に方をしており、魔族の呪いではないのかと恐れられている。しかし村の生活にはこの街道が欠かせない以上、通らないという選択肢はない。そこで勇者エクスが近くに来ているという噂を聞きつけ、村長自らがやってきて事態の解決を懇願する。当然エクスは二つ返事で了承し、早速こうして見回りに出て来ていたのだった。
「うー、何か不気味ね夜の街道って。街灯もないから真っ暗じゃない」
しきりにきょろきょろと辺りを見回すレスティン。ギルド連合の長の一人娘であらゆる武芸に長けると謳われる彼女だが、どうやらこういった状況には不慣れらしい。
「なあに、今夜は月明かりも出ている。それにドロラータが魔法の灯りを作ってくれている。何も危なくはないよ」
「そうじゃなくて、魔族の呪いの方ですよう。山賊とかの方がよっぽど安心ですって」
レスティンの言うように山賊の方が気楽だとドロラータも同意する。その手の連中なら例え一人でも魔法であっと言う間に片付ける事が出来る。それより魔族が振り撒いたと言われている未知の呪いの方が厄介だ。
「呪いならシェリッサさんが得意分野だよ。どんなに呪いにかかっても解いて貰えるんだから、何も怖がる事はないさ」
「どんな呪いもとはいきませんが……やれるだけの事はさせて戴きます」
そう不安げに答えるシェリッサ。聖霊正教会から派遣された司祭で、様々な傷を癒やす法術や呪いなどの神秘学にも長けている。司祭クラスなら大抵の呪いに対応出来ると思うのだが、自信なさげに答えるのは明らかに解呪の経験が不足しているからだ。
「なに、最悪の場合でも俺が皆の盾となろう! 俺には創世の女神の加護があるから、呪いなど恐れるものではないのだ!」
「いやあ、呪いはまずいと思うけど。だって剣でも斬れないし、盾でも防げないし」
「そうです、エクス様。もしもの時は何とか結界を張ってしのぎますから、あまり無茶はされませんように……」
未知の呪いに対して明らかに及び腰の二人。いや、それは積極的に前へ出ないドロラータ自身も同じようなものである。遠征の経験があるのはレスティンくらいで、ドロラータもシェリッサもこういった旅そのものが初めてである。幾らエクスにはサポートが役目と言っても不安感は拭えない。
魔王を討った勇者エクスの仲間が何故こんな人選なのか。
そもそも勇者エクスに同行者を送り込んだのは魔導連盟だけではない。世界中の傭兵から職人など様々な技術者を束ねるギルド連合、二大宗教の一派であり創世の女神を信仰する最も歴史ある宗教の聖霊正教会、それぞれからドロラータと同じような名目で派遣されて来ている。そしていずれも、ベテランの人間ではなくエクスに年の近い女性だ。
彼女達の目的も魔導連盟と似たようなものだろう、そうドロラータは察する。エクスのサポートではなく引き込むことを目的としているから、結果的に冒険者として素人の三人が集まる異常事態になってしまった。そして肝心のエクスはこの危険性を認識していない。何も考えていないのか、もしくは本当にこの素人三人を頼れる仲間と思っているのか。少なくとも自分の身は自分で守らねばならない、そうドロラータは気を引き締める。
「ねえ、そもそも何で夜なの? 呪いの元を調べるなら、別に昼間でも良くない?」
「事件は全て夜間に起こっているので、昼間に来ても無意味だからです」
「どうして夜だけって言い切れるの!?」
「では、泣いてる子もいるようなので、あたしの方から村長らの証言も踏まえた情報を共有しましょうか」
「な、泣いてなんかないもん! ってか、情報共有が今頃!?」
「訊かれなかったですし」
「アンタねえ、幾ら目的地を決める役割だからって……!」
ギリギリと歯軋りをしながらドロラータを睨み付けるレスティンだったが、今一つ迫力に欠けるのはこのシチュエーションだからだろうか。ドロラータは柳に風とばかりに平然とした表情でレスティンの視線を流す。
「被害者はいずれも夜にこの街道を通っていたそうです。今年に入ってからは三人、村人以外にも何人か被害者はいたそうですがそこは正確な人数は分からないようです。被害者は街道を通っている時に何らかの攻撃を受けたと見られ、翌朝通りかかった人に発見されるという流れですね」
「何らかの攻撃って何よ。そこが大事なんじゃない」
「それが分からないんですよ。被害者はみんな首を押さえ、血を吐き散らしながら死んでいるくらいしか確かな情報はありません。その異様な死に様から呪いだって思われてるみたいですね。まあ、生きて帰ってきた人がいないから実際何が起こったのか分からないって事です」
想像よりも遥かに酷い有り様だったのか、レスティンは想像だけで青ざめる。
「分からないなら意味ないじゃないの! ったく、魔導連盟もとんだエース寄越したわね」
「うちには泣き虫の魔導師はいないんです。すみません」
「だから泣いてないって!」
「まあまあ、お二人共。今は調査に集中しましょう。ケンカは良くありませんよ、エクス様の邪魔になってしまいますから」
かなり遅れて仲裁に入るシェリッサ。こののんびりとした振る舞いは生まれつきのものだろうが、実戦ではかなり致命的だ。そうドロラータは思う。そして自分とレスティンはつくづく相性が悪いと溜め息をつきたくなった。ギルド連合の傭兵や冒険者にも魔導の心得がある人間は少なくないが、歩む道の相違など以前にレスティンとは物事の考え方や捉え方が根本的に違う。これはパーティーとしては致命的だろう。その上、頻繁に衝突している様を見てもエクスはまるで申告に捉えていない。これも仲の良い証拠だと本気で思っているからだ。
魔導連盟から言い渡された目的以前に、この四人はパーティーとして機能していない。この状態で魔族との戦いに赴くのはあまりに危険である。これは早々に目的を果たす必要がありそうである。急がなければ、エクスを引き込む前に自分が死んでしまいかねない。