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「手掛かりって言うか、何と言うか。その、お告げみたいなのを見たんです。夢で」
「夢で?」
「あれはきっと創世の女神様のお告げだったんですよ。特に真剣に戦ってる訳でもない戦況だし、俺の場合はお金が無くて兵士になっただけだし、そんなにモチベーションも無かったんで。こんなダラダラとしょうもない事をいつまで続ければいいんだろうなあと思っていたら、ある日突然とその夢を見て。こう目の前に地図とかそういう情報が書かれた何かを見せられるだけの夢なんですけど、ただの夢にしては妙にリアルと言うか。しかも目が覚めた後もはっきりと内容を憶えていて。そんな夢が一週間毎日続いたんです。こりゃ普通じゃないなと思い、それで忘れないよう書き留めておいたんです」
「その夢の内容ってこれ?」
ドロラータは魔法で書き出したウェイザック伍長の手帳の写しをボルドに見せる。
「ああ、これです! 全く同じ! それで俺は脱走を決意して、これを頼りにここまで来たんですよ」
俄には信じがたい、何とも無謀で無計画な話である。確かに一週間も続けて同じ夢を見れば普通ではないと思うところだが、それを理由に脱走を決意するというのはあまりに飛躍し過ぎている。ただの夢にそこまでの説得力や信憑性があるものなのだろうか。
「ブラッドリックも同じなのかな?」
「ええ、そうです。私も創世の女神の託宣だと感じ、すぐに行動へ移しました」
「そういうのって、普通は疑問に思ったりしないの? 単なる夢だし、信憑性も何も保証は無いじゃない。ってか、魔族って創世の女神を信じてるんだ?」
「そもそも、女神信仰は魔族の方が先で、人類の方は派生したものです。我々から見れば近代主義的な解釈をしているようですが」
魔族にも創世の女神を信仰する文化があるのは初耳だが、それ以上に魔族の方が宗教的にも歴史が長いという事実は驚きを隠せなかった。魔族はそんな敬虔な信者が居るどころか信仰という概念すら持ち合わせていない。特にシェリッサにとってはそれが正教会から教えられた事だっただけに、ただ困惑するばかりだった。
「ともかく。我々魔族は創世の女神を篤く信仰する者が多いのです。女神の託宣を受けた者の話は幾つも教典に載っている。自分がそれに選ばれたのは名誉な事であり、従うことに何の疑問もありません」
「なるほど……じゃあ少なくとも魔族側はそういった信仰心の深さから、夢のお告げに従った人が多かったという事ね」
「多いと言うより全てです。我々にとって女神の言葉はそれほど大きいのですから」
それは裏を返せば、お告げの信憑性を疑うのが当たり前のような人類は基本的に信仰心が薄い事になる。夢で見たからと脱走を決意するボルドの行動が軽率に見えるのは、創世の女神など実在していないという心理があるからだろう。今の世の中、女神の存在自体信じていない者も珍しくない。だがボルドのように夢のお告げを信じる方が、むしろ信仰心篤く純粋な人間という事になるのだろうか。
「創世の女神なら俺も信仰しているぞ! 何せ俺は創世の女神より加護を賜っているからな! おかげで今日までどんな危険にも遭わず無事に乗り越えられて来たぞ!」
そう断言するエクス。これまでもエクスは何度も自分が無事なのは女神の加護のおかげだと強調していたが、そんなに強く露骨な影響を及ぼす加護などある訳が無く、単純にエクスが規格外に強いだけだと思っていた。けれど創世の女神がこんなにはっきりとお告げをする事もあるのなら、本当にエクスにはそれほどに強い加護があるのではないかと思えてしまう。
「勇者エクスの加護の噂は聞いていますが……。まあ、それはともかくとして。いい加減本題に入らせて下さい。聞いた通り、我々は創世の女神のお告げを聞いてここで暮らしています。君達に少しでも女神への信仰心があるというなら、女神の慈悲を汚すような真似をせずこの場から立ち去って欲しい」
「むむ、確かに女神の御心に背くような真似はしたくないが……。分かった、それではせめて本人に会うだけ会わせて貰えないかな」
「会ってどうするつもりです? まさか、力ずくで拉致するというなら飲めない話ですが」
「そんな事は断じてしない! 女神に誓おう! 加護を戴いた俺が女神の御心に背くような真似をするはずがないだろう!」
「……なら目的は?」
「とりあえず、何故脱走したとか、戻る意思は無いかとか、色々聞きたいことがあるのだ。ただ理由も無しに見つかりませんでしたなどと報告すれば、それこそ捜索の手が強まるだけ。ならしっかりと本人の事情を確認し、納得して貰う他ないだろう!」
「なるほど、それは一理ありますね。ですが、その者の意思は尊重します。会いたくないと言えば会わせないし、何も言いたくないと言えばそれきりである事を承知おき下さい」
「分かった。とにかく彼に訊いてみて欲しい。名前はクラレッド、第十七砦から脱走した者だ」
そしてブラッドリックは傍らのボルドへ指示を出す。
「ボルド、クラレッドに訊きに行ってくれ。私はここで彼らを見張っている」
「分かった。くれぐれも気をつけて……」
ボルドは駆け出し、あっと言う間に霧の中への消えていった。峡谷だけでなく山で走るのは危険な事だが、それこそ霧が立ち込めていても平気なほどここの地形には精通しているのだろう。
そして五人はボルドが戻ってくるのを待ち始めた。隠れ集落はここから近いが、どれだけかかるかは事情を聞いたクラレッド次第という事もある。そして断られた場合は、もはや打つ手も無しだろう。
果たしてクラレッドは会いに来てくれるだろうか。そんな不安を抱きながらひたすら待ち続ける。そしてどれほど時間が経ったか、やがてボルドが深い霧の中から何者かを連れて現れた。ボルド以外に誰かが来ているという事は、どうやらクラレッドは承諾してくれたらしい。そう安堵するのも束の間、ボルドが連れている人影が二人いる事に気付いた。
「お待たせ、ブラッド。一応承諾してくれたんだけど……」
やや困惑気味な様子のボルド。彼が連れて来たのは、ボルドと同じ年頃の青年と、彼よりもやや年上の風貌の明らかに魔族の将校といった装いをした女性だった。
「……フン」
彼女は腕組みをし不遜な態度を見せると、非情に威圧的な態度でエクス達を睨み付ける。特にエクスに対しての威圧感は凄まじく、このまま戦うのではないかとすら思わせるほどだった。
また、人間と魔族の組み合わせ。集落で共存している以上、そういう事もあるだろうが、今回はいささか様子が違うようだった。