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「よし! 俺達は話し合える!」
 突然、エクスがそんな事を言い出したかと思うと、剣を置き自分も地面に腰を下ろして胡座をかいた。
 エクスの唐突なその行動には、場にいた全ての者が目を丸くし言葉を失った。エクスの取った行動の意味が俄には理解できなかったためだ。だが言葉の意味と座したまま地面を叩いて催促する姿を見る内に、徐々にエクスが何を考えているのか察し、互いに従うかどうか視線で牽制をし合う。
「さあ、立ち話では落ち着いて話せないだろう。まずは座って、共に火を囲もうじゃないか」
「……何を考えている? これは何かの罠なのか?」
「そんなものは無いぞ。俺は罠なんて小難しいものは使えたためしがない」
 彼の言う罠とエクスの言う罠の意味は若干食い違っている。そのせいか二人は一層困惑の表情を浮かべた。これが何かの罠ではないのだとしたら、この突拍子もない提案そのままがエクスの目的になるからだ。
 今はまず戦意を削ぐ方が重要だろう。そう考えたドロラータは、エクスに続いてその隣に腰を下ろした。それを見たレスティンとシェリッサも、一旦悩みはしたものの結局ドロラータに倣った。彼女らは仲間ではないが、この場で立っている人数が目に見えて少ないと、まるで立っている方が間違っているように見えてくる。そんな些細な事がプレッシャーとなった。
「ほら、話し合おうじゃないか。俺達には必ず落とし所があるはずだ。それでも戦うしか無かったなら、その時はその時だ。戦うのは話し合った後でも出来るが、その逆は無理だ」
 敵を前に見せるエクスの姿勢は、エクスが圧倒的強者である故の余裕とも取れる。実際、二人は座って武器も手放しているエクスを前にしても、自分達が勝てるイメージがまるで湧かなかった。それほどエクスの強さが存在感に出ていたからだ。
 強い人間はわざわざ策を弄さない。そう結論付けた二人は、やがてどちらからともなく焚き火を挟んだ反対側に座った。
「俺はエクス、そして連れはこっちからドロラータ、レスティン、シェリッサだ。まあ俺の事は言うまでもなく知っているようだな!」
「私はブラッドリック、元魔族軍の第三師団長だ」
「ぼ、僕はボルド。元曹長で、第八砦から脱走してきました」
 エクスの勢いに乗せられたか、二人は素直に自己紹介する。ブラッドリックはこのエクスが作る流れがあまり気に入らなかった。
「師団長とは驚いたな! まだ若いようだが、優秀な方だ!」
「元、だ。それに、本当に優秀なら脱走なんて企てない」
 師団長という肩書きに、先程の強烈な殺気には納得がいった。魔族は元々戦闘力の高い種族であり、組織化されていても肩書きだけで兵達をまとめ従わせる事は出来ないため、必然的に階級と戦闘力は比例する。師団長ともなれば従わせる兵の数も質も桁違いであり、よってその戦闘力も非凡なものになって当然である。
「それで、一体何を話し合おうというのか。我々は平穏に暮らしたいだけだ。それを脅かすなら徹底的に排除させて貰う」
「うん、確かにそれは大事な事だ。それよりも、キミ達の暮らしについて聞かせてくれないかな?」
「何だと?」
「まずは互いを知ることだよ。結論ばかり求めるとかえって結論から遠ざかるものさ」
 落とし所を探る談義ではなかったのか。そう訝しむものの、既にエクスは雑談を始める様子で、三人はそれを咎める様子も無かった。
 エクスのペースに乗せられていると二人は自覚していたが、ここで立ち上がっては再び状況が膠着してしまう。エクスは交渉も得意なのだろうか、そんな事を考えながら話を続ける。
「我々の住む場所は、ここからもう近い。この先には隠蔽や攪乱の魔法も施されていないから、実際手間暇かけて虱潰しに探せば必ず見つける事は出来るだろう。その前に、私達はここまで辿り着いた者を見定めるのが仕事だ。守衛とでも思ってくれていい」
「好ましくない者が来たら追い出すのかい? 苦労してここまで来た相手に、なかなか非情にも思えるな」
「集落の維持のためだ。誰かがやらねばならない仕事だ。それに、誰彼も追い返している訳じゃない。争い事を持ち込まず、協力し合って生活する意思があれば歓迎する。出自を問わずに」
 だからこそ、こうして人間と魔族が組んで生活が出来ているのだろう。だがどうしても魔族は人類の敵である認識が消えず、二人が並んでいる様は違和感が否めなかった。
「集落とはどんな所なんだい? そんなにみんなで過ごしやすいのかな」
「そうだな。この渓谷に偶然出来た広い平地とでも言うような場所だ。日の光も差し、花や作物も不思議と良く育つ。それに綺麗な滝の溜池や川も流れている。大昔、世俗を嫌って修行に明け暮れていた魔法使いが拓いた場所と言われている。そのせいか、明らかに自然ではない地形もちらほら見受けられるな。不便なのは、やたら濃い霧が良く出るくらいか」
「皆さん、ここに来たという事は道中の魔法を破ってきたんですよね。あれもその魔法使いが仕掛けたものだって言われてるそうです。いやー、あれには俺も本当に参った。何度も何度も道を間違って、ようやくここに辿り着いた時はもう遭難寸前だったんです」
「そうだな。行き倒れ同然で倒れているのを私が見つけて集落に運んだ。しばらくはみんなで意見が分かれたよ。こいつは遭難者なのか、それとも脱走兵なのかって」
「ハハハ! それでもきちんと経緯を説明すれば受け入れてくれるんだな」
「と言うより、嘘をつくデメリットが大き過ぎるという事だ。集落の人間は皆、この難所を抜けて辿り着けた者ばかり。そして全て脱走兵だ。集落中の者を一斉に相手にするなど、普通の人間はやらない」
 ブラッドリックとボルドの話から、何となしに集落の雰囲気や様子が窺い知る事が出来た。話の通りであるなら、本当にただただ戦いが嫌で逃げ出して来た脱走兵にとっては、こんな都合の良い場所はないだろう。
「ねえ、ちょっと訊いてもいいかな」
 ふと傍らのドロラータが会話に入って来る。
「そっちの、あーボルドだっけ。脱走はさておき、どうやってこの場所を知ったの? そもそもこんな場所があると知ったから脱走を決意したの?」