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 最西端に位置する第三砦は、ハイランドにおいても有数の激戦区とされている。周囲は文字通り荒れ果てた荒野で、廃墟と呼べるような建物の形跡すらほとんど見掛けなかった。それだけ魔族軍との戦闘が激しいものだと感じさせる。第三砦より西側の砦は、魔族軍との戦いで支配権を失っている。つまりここは下げざるを得なかった戦線であり、今後も維持できる保証は無いという事だ。
 第三砦は戦闘により繰り返し補修工事を行ったためか、外観は非常に歪だった。砦を無理やり三つ繋げたようなシルエットに、手当たり次第かき集めて張り付けた建材の防壁。塹壕も築かれているが、何故か砦の裏側にまで伸びる奇妙な形をしている。おそらく敵の襲撃に対して即席で対応せざるを得なかったからだろう。計画性の見られない第三砦の構造は、それだけ余裕のない戦況を窺わすのに十分である。
「おお! 勇者エクスだ!」
「うわ、マジだ! 本物じゃん!」
 砦に入るや否や、どこからかそんな歓声が上がった。するとそこかしこから兵士が現れ、たちまちエクスは囲まれる。握手を求める者、サインを求める者、たちまちエクスは揉みくちゃにされる。それは良く地方都市などで見られる光景だった。魔王を討伐したエクスの人気は、基本的には世界のどこでも根強いものであるからだ。
「何だか中央砦とはえらい違い」
「まあ、あっちでの方が嫌われ過ぎでしょ」
「でもよろしいのでしょうか? 一応、ここは最前線の一つなのですよね?」
 シェリッサは不安混じりに小首を傾げる。シェリッサのイメージする最前線とは、常に魔族軍が肉眼で確認出来る距離にいて少しでも隙を見せれば砦を落としにかかるような、終始緊張感に満ちた場所だからだ。エクスの来訪で気軽に持ち場を離れ握手を求めに群がるようでは、砦としても緊張感の欠片が無い。
「いやー、ハッハッハ。皆さん、ありがとう。その応援の声でいつも元気付けられますよ!」
 エクスは普段通りに律儀に応対をしている。こんな時でもブレないのか、そう三人は呆れと感心の入り混じった溜め息をついた。
 最前線、激戦区の一つである第三砦に赴いたのは、ここが一番直近で脱走兵が出た場所であると聞かされたからだ。戦線が左右されるほどの激戦区での脱走兵など、まさに重大な背信行為である。時代が時代なら国賊と呼ばれてもおかしくはないだろう。だからそれほどに危険な場所だと覚悟して赴いたのだが、砦内の弛み切った空気には拍子抜けである。戦況の悪化に伴い開き直って自棄を起こしているかとも思われたが、そういった悲壮さは感じられない。果たして、ここは本当に激戦区なのだろうか。
 一頻り応対を終えた後、ようやく砦の聞き込み調査に移る。まずは砦の責任者に挨拶を兼ねて聞き込みである。四人は案内に従って責任者の執務室へと向かう。だが部屋に居たのは階級の低い新米の兵だった。
「あ、もしかして勇者エクス殿!?」
「砦の責任者に御挨拶をと伺ったのだが……もしかして君が?」
「いえ! 自分は隊長の代理で、この部屋の留守を預かっているだけであります!」
「隊長は今どちらに?」
「第七砦の方へ出向いております。西側地方の砦を預かる責任者の懇親会に出席しておりまして」
「懇親会?」
 思わぬ言葉に四人が一斉に訊き直してしまった。懇親会、この何時戦闘が始まるかも分からない、戦線の一端を担う重要拠点の責任者が、何人も雁首を揃えてである。砦内部の弛みが著しいと思っていたが、それはこの第三砦だけでなく西側一帯に蔓延っていたもののようである。
「失礼だが、懇親会などやっていて良いのですか? ここは最前線と聞いておりますが」
「そうなのですが、そもそもここ一年近く魔族軍の動きは非常に鈍くなっておりまして。そう! エクス殿が魔王を討伐した辺りからです!」
 魔族軍の動きが鈍っているというのは初耳だった。それを各国の軍上層部が把握していないはずはない。それなのに、わざわざ戦線をこの位置で維持し続けているのか。全く持って不可解な行動である。これほど脱走兵が続出しても戦線が維持出来るのが不思議だったが、こういった事情があったためのようである。
「ところで、一つ訊ねるが。この砦で脱走兵が出たそうだが、それについて何か知っている事はないだろうか? 主観でも何でもいいので、心当たりがあれば教えて欲しい。どんな些細な事でも構わないんだ」
「ああ! 最近他の砦でも流行ってるそうですね。うちも、まあ出るだろうなという予感はしてましたよ」
「予感? 何か兆しでもあったのかな?」
 すると新兵は周囲を注意深く窺うと声を潜めて話し始めた。
「口止めを命令されてる訳ではないんですけど、内容が内容だけに事実確認も出来なくて、ちょっと」
「大丈夫、他言はしないよ」
「本当に噂なんですけどね。実は、上層部で魔族軍と通じてる者が何人か居るらしいんですよ」
「上層部に内通者が?」
「噂ですよ? どうして内通しているかは分からないんですけど、内通しているから魔族軍の動きがやたら鈍いらしいんです。魔族軍が襲撃を仕掛けてくる時も、どこからともなく妙に正確な情報が入って来るんです。それでいざ応戦しても相手も全くやる気が無くて、早々に撤退していくんです。もちろん、うち以外もみんなそうという訳じゃないんですけどね。ただ、魔族軍がやる気のない襲撃をするようになったのは自分も感じている事実です。そんなやる気のない戦いばかりするなら居ても仕方ないなと、そう思っちゃう人も居るんだろうなあと」
「それで脱走兵が……」
 だが、それだけが脱走という大きな決断をさせる理由としては弱い気がする。このように戦線に余裕があるなら衝動的に脱走などしないはず。ましてや衝動的な脱走なら集団で実行したりしない。何かしら決断させる要因が必要だ。
 上層部と魔族軍が内通しているというのも、俄には信じ難い話である。だが有り得ないと否定する根拠にも乏しいのは事実だ。もしも内通が本当なら急増する脱走兵も無関係とは考え難い。事が事だけによりデリケートな話ではあるが、もっと深堀りした調査が必要になってくるだろう。