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刃物を向けられ、咄嗟にリアンダは刃物についての知識を記憶の底から掘り返し探し出す。刃物は突いてくるのは簡単に避けられるから怖くない、傷をつける目的で振り抜いてくる相手が厄介。出て来たのはそんな知識で、今まさにその厄介なパターンと遭遇している事を再認識させられた。
「止めて下さい! そんな事をして何になるんです!」
「フフッ、いいわねその顔。焦りと恐怖が入り交じってる。とても可愛いわ」
ギネビアは構わず刃物を更に繰り出してくる。リアンダはそれを必死で避ける。お互い戦いの訓練を受けた訳ではないが、我ながら良く避けられるものだとリアンダは内心驚いていた。ギネビアの振り方が単調だからか、必死になれば見極められるのだと解釈する。
何とかしのげる。けれど、そこには安心感よりも悲しさの方が強くあった。あの優しかったギネビアが、何かと世話を焼いてくれたギネビアが、自分へ殺意を込めて刃物を繰り出して来る。経緯はともかく、この事実がただただショックだった。
「案外当たらないのね。これじゃあ宝の持ち腐れみたい」
「ギネビアさん……本当に、もう止めて下さい。あまりに不毛過ぎますよ……!」
「建設的ではないものは無意味と考えるのはセディアランド人の欠点よ。私はただ感情的になっているだけ」
「だからって! そんな簡単に善悪が分からなくなる訳ないじゃないですか!」
ギネビアを説得したい。誠心誠意、心を込めて話せば分かってくれる。けれど、それは甘い考えだと言わんばかりにギネビアの刃は次々と襲いかかって来る。だからだろうか、怖さよりも悲しさの方が上回っている事が不自然に思えなかった。
多少手荒くしても刃物を奪ってギネビアを押さえつけるしかない。刃物で刺されてはいけない場所、切られてはいけない場所を再確認し、それら以外の部分を晒してでも押さえる覚悟を決める。そしてギネビアが仕掛けるタイミングに合わせ踏み込もうとした、まさにその瞬間だった。
「止めろ、危ねえ!」
突然リアンダは後ろから服を掴まれると、強引に引っこ抜くようにして後方へ投げ飛ばされた。下に転がり痛みに耐えながらも慌てて起き上がると、目の前にはウォレンがいた。
「怪我してでも押さえようとかすんじゃねえよ。あの女が持ってるナイフ、ありゃ曰く付きの物だ」
「え、曰く付きって……」
「俺らが隔離していたやつだよ。ここの倉庫にな」
つまり、無差別に人を殺すような危険なナイフだというのだろうか。
そんなナイフが本当にあるのか。疑問に思うリアンダだったが、あの戦い慣れたウォレンがギネビアに対して構えるだけで踏み込もうとしない姿を見て、事実なのだと思わざるを得なくなった。
「特務監査室なら知ってて当然だったわね」
「切りたい物は何でも切れて、それ以外にはなまくら同然になるナイフ。作者はなんつったかな。その気になれば一度に何十何百という人間も殺せちまう最悪のナイフだ。お前、知っててわざと小僧を嬲ったな」
「誤解しないで。私は殺すつもりはなかったの。ただ、ちょっとからかっただけ。必死で抵抗する顔が可愛くてね。しょうがないじゃない。私に確認もしないで勝手な事をするんだもの。少しは怖い目を見てもらわないと躾にならないわ」
「お前の持論はどうだっていいんだよ! とにかく、大人しく武器を捨てて投降しろ! もうお前にはグリゼルダチェアはねえんだぞ!」
その言葉で、リアンダはエリック室長補佐に投げて寄越したグリゼルダチェアの存在を思い出す。振り返れば既にエリック室長補佐もグリゼルダチェアも姿は無くなっていた。おそらく既にここから運び出した後なのだろう。
「そうね、特務監査室を根絶やしにするって作戦だったけど……もう駄目みたい。それじゃあ、最後にちょっと嫌がらせでもしようかしら。重大な責任問題になるといいわね」
「嫌がらせ? お前、一体何を―――おい、待て!」
ギネビアのほのめかした事にウォレンが気付き声を上げるのと、ギネビアが踵を返して飛び出したのはほぼ同時だった。ギネビアは後方にあった鉄の扉に取り付くと、両手でナイフを持ったまま大きく振り上げそのまま扉へ振り下ろした。普通なら、あんな小さな刃物で破壊出来るはずもない強固な鉄の扉だったが、ナイフは嘘のように刃先が潜り込んでいき、一気に真下まで滑っていった。ギネビアが横にずれると、鉄の扉は音を立てて散らばっていった。明らかに振り下ろした回数よりも多い破片になっている。本当にあれは普通のナイフではなかったようだ。
「馬鹿野郎! やりやがったな!」
「さあ頑張って! じゃないと大勢に迷惑がかかるわよ! 私はそれが見たいんだけどね!」
扉の奥からゆらりと覗かせる人影。それは古めかしいデザインの全身鎧だった。当時の鎧を復刻したものなのだろうが、材質や重量など見て分かるくらいこだわって正確に再現しているようだった。中に取り憑いているという伯爵の霊魂だか何かが好むようにしたのだろうか。
「あれが、人を殺す鎧ですか……?」
「らしいな。俺も実物見るのは初めてだが……へっ、なかなか歯ごたえありそうじゃねえか」
そう不敵に笑ってみせるウォレンだったが、リアンダにはただの強がりにしか見えなかった。
現れた動く全身鎧は、右手に鉄くずを繋いで作ったらしい長物を携えていた。おそらく封印した時に武器の類は入れられなかったため、一緒に入れていた大量の予備の鎧を解体し固めて長物にしたのだろう。剣のような鋭さは無いだろうが、あんな固く重いもので殴られでもしたら一発で殴られた所が潰れるだろう。
「お前は逃げろ。ここは俺が命懸けで時間稼いでやる。急いで戻ってエリックと上がったら、そのまま入り口塞いでしまえ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。まさか死ぬ気なんですか?」
「まあな。俺はエリックに一度や二度死んだくらいじゃ返せないくらいの恩があるんだ。だからこういう時に命を使うんだよ。おら、さっさとエリックのとこ行け!」