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 動きを止めたリアンダを見て、ギネビアは笑みを浮かべた。リアンダの動揺は間違いなく自分の方へ傾く、その確信があったからだ。そして同じく、エリック室長補佐とウォレンは表情を強張らせる。リアンダの動揺が背信の予兆に見えたからだ。
 やがてリアンダはギネビアの方へ歩き出す。それを見て真っ先に動いたのは、意外にも落ち着いた振る舞いが印象に強いエリック室長補佐の方だった。
「待った! 君は自分が何を選択したのか理解しているんですか!?」
 リアンダの腕を掴んで無理やり留まらせ、エリック室長補佐はリアンダに向かって声を荒げる。するとリアンダはゆっくりと無表情なまま振り返った。
「理解してますよ。俺はステラが無事ならそれでいいんです。考えてみりゃ、直接会って無事を確かめるなんてどうしても必要な事じゃない、ただの自己満足ですし。別にそこまで拘らなくてもいいかなって」
「だからって、テロ側へ付く理由になるんですか!」
「そう言えば、ステラの人生が滅茶苦茶になったきっかけって、あんたらが作ったんじゃないですか。俺は親父の事なんてどうでも良かったけど、ステラの事なら話は別だ。なんでステラを不幸にした原因のあんたらに頭下げなくちゃいけないんだって話ですよ」
 冷たく突き放すリアンダの様子に、エリック室長補佐も奥歯を強く噛み表情が歪む。するとそこにウォレンが割って入って来た。ウォレンはいきなりリアンダの胸倉を掴むと、顔を近づけ怒鳴りつける。
「こっちはお前の信条なんか知ったこっちゃねーんだよ! お前が今ここでテロの片棒担ぐってんなら、ただじゃおかねえってだけの話だ!」
「グリゼルダチェアを触れるの、俺だけですよ。俺抜きでここからどうやって持ち帰るつもりですか?」
「てめーが協力しないんなら居なくても一緒だろうが!」
 ふてぶてしい態度が勘に障ったウォレンは、思わずリアンダの顔を一発殴打する。そして二発目を入れようとした時、その腕を咄嗟にエリック室長補佐が抑えた。
「とにかく! 我々に協力出来ないというなら、それは仕方ありません。ですが、彼女に協力するのも止めて戴きたい」
「元々あっち側の人間ですよ、俺。忘れたんですか?」
「だからと言って―――!」
 リアンダは説得に応じない。そもそも何故こんな急に心変わりしてしまったのか。予想もしていなかった事態に焦るエリック室長補佐とウォレンの二人。だが、その時だった。不意にリアンダは何やら意味ありげな視線をエリック室長補佐に向け合図をして来る。その眼差しは、態度と本心が同じではない事を伝えているようだった。
 そしてリアンダは小声で何かを話す。それはギネビアに聞かれたくない話だと直感した二人は、
「おい、いいだろエリック! こいつ、絞め落として黙らせてやる」
「止めて下さい! 意識の無い人間がいると、避難が難しくなる!」
 これまでのように声を荒げながらも、なるべく自然に距離が詰められるよう揉み合いを始める。そして、
「多分、ウォレンさんの方が違うと思うんで。室長補佐、あんたは童貞ですか?」
 小さな声で訊ねて来たリアンダの言葉に、二人は一瞬眉をひそめる。だがリアンダの表情は真剣そのもので、とてもふざけているような様子ではなかった。
「頼みます、本当に大事なことなんで」
「……僕はそうですが」
「分かった。じゃあ、ウォレンさんは絶対に触らないで。あんただけで運ぶのをお願いします」
「は? それはどういう意味―――」
 そう問い返した直後、突然リアンダはウォレンを突き飛ばして振り払うと同時に一発殴りつける。そして慌てた様子でギネビアの方へ駆け寄って行った。
「お前らのそういう所が嫌いなんだよ! 馬鹿! 税金泥棒! ここでまとめて死んじまえ!」
 リアンダは血の混じった唾を吐きながら二人へ暴言を並べる。だが息が切れているせいか言葉はすらすらと続かなかった。
「フフ、大丈夫リアンダ君?」
「別に大丈夫です。それよりギネビアさん、次はどうするんです? 上にいる奴らは待機って命令されてるから、多分降りて来ないですよ」
「そう。だったら、それはそれで別にいいわ。もうこれ以上待っても仕方ないなら、始めてしまいましょうか」
 ギネビアは傍らのグリゼルダチェアへ視線を落とす。そしてゆっくり手を伸ばそうとし、リアンダは咄嗟にその手を取って制止した。
「やっぱりギネビアさん、死ぬつもりなんですね。あのクソ親父……っても、ギネビアさんには大事な人でしたね。あれがもう娑婆には出て来れないからですか」
「概ねそんな所よ。でも、今はちょっと違うかしら」
 そう言ってギネビアは、リアンダに取られた手をそっと抜いて今度は逆にリアンダの頬に触れる。ウォレンに殴られ俄かに熱っぽくなった頬には、ギネビアの指はやけに冷たく感じた。
「死ぬ時の状況なんてそんなに真剣に考えてなかったんだけれど。あの時に君の表情を見てね、君と一緒がいいなって思ったの。あの人にそっくりな表情をする君なら、死ぬ直前なんかきっと最高に追い詰められて私をぞくぞくさせる顔をしてくれるはずだから」
「……だから俺がこうして此処に来るように、嘘の決行日を伝えて動かしたんですか。でも、必ずしも此処に来るなんて確証なんか無かったんじゃないですか?」
「そうね。来てくれればいいなって、その程度で期待していただけ。でも君は来てくれた。思い返せば、君は入党以来仕事の期待には必ず応え続けてきてくれたわ。私の期待を裏切らないとても良い子。そんな君だから、今回ももしかしてって思ったのよ」
 嫌な信頼だ。そうリアンダは内心思う。