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「まさか!」
 声を上げながら駆け寄るエリック室長補佐。見るとマリオンが指摘する通り、床に設けられた地下室との出入り口は扉が無くぽっかりと開いたままになっていた。そして近くの壁に鉄製の扉が立てかけられている。
「おいおい、マジかよ……。中に何があるのか知っててやってるなら、頭イカレてるとしか思えねえぜ」
 蒼然となる特務監査室の一同。リアンダは情報としてしかこの倉庫に収められている物は知らないが、彼らにとってこれは相当に危険な状況であるようだ。
「あの、ルーシーさん? ここって何が入っているのでしょうか?」
「ここね……。人を殺す事が大好きな鎧が封印されてるの」
「え……何ですかそれ?」
 意味が分からない。そんな怪訝な顔をされるが、ルーシーは構わず話を続ける。
「今から一世紀半くらい前のセディアランドって、まだ貴族制があってね。爵位持ちじゃないと政治に関われなかったし、土地は貴族が領有権を持っていてその裁量で治められてたの。で、その鎧の持ち主ってのが第八代サンテロッサ伯爵ことジョン・サンテロッサ。彼は自分の領地に厳しい法令を敷いて領民に守らせ治安維持に努めていた、と言えば聞こえはいいけど。この伯爵はとにかく些細な事でも厳罰を科して、処刑は必ず自らが進んで執行したの。世間には君主が模範となって云々と綺麗事を言ってね。あまりに処刑をするものだから処刑好きの狂人なんて陰口叩かれて、ついた渾名が血塗れ伯爵。結局領民の一斉蜂起に遭って首を切り落とされるんだけど。それからしばらくして、伯爵が処刑の時に必ず身に着けていた鎧がどういう訳か勝手に動き出してね。人を襲うようになったの」
「人を殺す鎧って、そんな直接的な意味なんですか……。でもそんなに危険でしょうか? 鎧を着た人間の通り魔事件とあまり変わらないのでは?」
「そもそもね、そんな昔の鎧が今まで残ってるはずないでしょ? 人を襲えば当然抵抗もされるし、鎧だっていつか壊れる。鎧だけなら大したことないんだけど、鎧が壊れると今度は別の鎧が動き出すの。伯爵の怨念が鎧を動かしていて、鎧が壊れたら別の鎧に移動するなんて言われてるけど。霊なんて見えない人がほとんどだし、普通は捕まえられないでしょ? 逆に鎧が壊れない内は他の鎧へ乗り移れないようだから、昔の特務監査室が必死になってほぼ無傷のまま捕獲して閉じ込めてるって訳。大量の新品の鎧と一緒にね」
「鎧の中だけでしか存在できないということは、水槽の金魚みたいなものですか」
「大体はね。でも、その金魚がまた外に出たらどれだけの騒ぎになるかは分かるよね。人を襲う鎧を無傷で捕まえてなんて与太話、警察も軍も信じてくれないでしょうし。捕まえるまでにどれだけ人が死ぬか分かったもんじゃないわ」
 警察には逮捕出来ない殺人鬼のようなものか。そうリアンダは解釈する。確かに信じがたい話だが、与太話のためにこんな施設が作られるはずもない。グリゼルダチェアにより倉庫が破壊されるとかえって状況が悪くなるという最初の話も辻褄が合ってくる。
「扉が開いている以上、現場責任者として鎧の存在を確かめない訳にはいきません。僕が確認してきますので、それ以外はここを封鎖して下さい」
 そしてエリック室長補佐がそう毅然と宣言する。今の話を聞いた限り、この地下には血に飢えた鎧とやらが居るのである、危険は明白な行為だ。すると、
「なら俺も行くぜ。襲われたら一人だけじゃ対応できねーだろ」
 ウォレンがすかさず同行を申し出る。口調からして何が何でもついて行くつもりのようだった。ウォレンの人となりはそこまで詳しくは無いが、あのエリック室長補佐はそこまで信頼されているのかとリアンダは驚く。
「だったら私も行きます。剣の勝負だけなら負けませんから」
「いや、マリオンはここで待機だ。万が一僕らが下で失敗した場合、地下室から出ようとする鎧を撃退し扉を塞ぐ役割が居ないと駄目だから」
 ウォレン同様に同行を申し出るマリオンだが、エリック室長補佐はそれを認めなかった。その理由も合理的で反論の余地が無い。けれどマリオンは食い下がる。
「でもグリゼルダチェアはどうするんですか!? 地下にまだあるかも知れないんですよ!」
「そうだけど、だからと言ってマリオンが来ても何か変わる訳でもないでしょう? だったら、後詰めとして封鎖に専念するべきだ」
 エリック室長補佐に諭され、覆すだけの合理的な理由が見つからなかったのか、マリオンは顔をうつむけ渋々納得する。
 この人達は、危険を前にしてこんなに簡単に覚悟を決められるのか。
 リアンダは驚きや呆れよりも、ただひたすらに特務監査室の一同へ敬意の念が湧き起こった。良く比喩表現で命を懸けると言うが、リアンダは今まで本当の命懸けというものは見たことが無かった。だから命は単なる比喩表現だとしか思って来なかったのだが、今彼らは文字通り本気の命懸けをしている。それも自分ではなく他人のためにだ。
 この状況を作り出した一端を担ったのは自分である。何か出来る事はないのだろうか。
 いつの間にか強い敬意の念が、そんな義務感へと変わっていくのをリアンダは自覚した。そしてリアンダもエリック室長補佐へ同行を申し出る。
「もし地下にグリゼルダチェアがあったら、安全な場所へ運び出さないといけないはずです。俺なら安全に運び出せます。実績がありますから」
 それに対しウォレンが訝しい表情をする。
「多分安全だって程度の確信だろ。本当に大丈夫か? 保証はねえし、どっちとも守ってやれる余裕なんかねえぞ」
「けど、他にやれる人間もいないはずです。鎧の方はそんなに力にはなれないと思いますが、グリゼルダチェアだって同じくらい危険な事に変わりはありません」
 リアンダの淀みない言葉にエリック室長補佐はしばし考え込む。だがあまり時間も無い事もあり、すぐさまリアンダに向かって問いただした。
「君は一般人であり、被疑者であり、情報提供者であり、非常にややこしい立場です。おそらくこの件に関しても、何も見返りはないでしょう。補償すらありません。それでも良いのですか?」
「俺の要求は一貫して変わりません。ステラの安否が直接確認出来れば十分です」
 リアンダは迷い無くそう言い切った。根拠も保証も無い言葉。だが、言葉よりも行動で判断するべきである。そうエリック室長補佐は決心し、大きく頷いて見せた。