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 到着した第三倉庫は、全く人影も無く静穏さを保っていた。しかし特務監査室の面々は皆警戒態勢のまま、慎重に近付いていく。
「ウォレンさんは周囲を確認して来て下さい。念のため裏口の施錠も」
「分かった、任せとけ」
 ウォレンは大振りの軍用ナイフを構えつつ、壁沿いに倉庫の裏手の方へ回っていく。あの付近はギネビアとの待ち合わせにも使った場所である。
 エリック室長補佐が表の扉の鍵を開け、ゆっくり中へ入る。倉庫の中へ入るのはこれで二度目になるが、今回は昼間であるためうっすら日差しが入り込んでおり、見た目の印象は異なった。倉庫とは言っても長い真っ直ぐな廊下に、左右がそれぞれ個室になって区切られている。この個室も全て厳重な外鍵が付けられているが、前回はそこまでは開けて見なかった。
 やがて倉庫の最奥である裏口の場所までやってくる。施錠を確認すると裏口は閉められたままのようだった。つまり、ここにはまだ誰も入っては来ていないようである。
「とりあえず一階は大丈夫そうですね。それで、あなたが運び込んだグリゼルダチェアはどの辺りですか」
「裏口から入って少し真っ直ぐ進んでからの小部屋の中です。暗かったので正確にどの扉かは分かりませんが、裏口から入って右側ということは確かです」
「それは個室の鍵も開けていたということ? くっ……裏口だけでも大事だというのに」
 経緯は分からないが、第三倉庫の裏口は組織への協力者が融通して開けたそうである。危険な物を隔離する倉庫である以上、自分達の預かり知らぬ所で鍵をどうこうされていた事実は確かに深刻な問題だろう。
 右側の小部屋の鍵を一つずつ解錠し中を確認していく。小部屋はどれも同じ作りで、中は窓も無く薄暗い密室だった。部屋の真ん中辺りに鉄格子が嵌められ、更にその奥の床には鉄の扉があった。恐らくあれが地下室への入り口なのだろう。グリゼルダチェアを運んだ時は気付かなかったが、普通の牢獄とも違う明らかに異様な光景である。
「ちょっと! どこにも無いんだけど!?」
 声を上げたのは小柄な女性、皆からはルーシーと呼ばれている彼女だった。
「え、これでもう全部ですか? 左側も調べましたけど……」
 動揺した様子のサーベルを帯刀した女性、マリオンと呼ばれている彼女。右側の部屋だけでなく左側の部屋も調べた、つまり第三倉庫内全てを調べ尽くしたがグリゼルダチェアは見つからなかったという事になる。
「……どうやらあなたの事は少し甘く見ていたようですね」
 冷めた視線を注ぐエリック室長補佐。第三倉庫にグリゼルダチェアを運び込んだという情報が嘘だと判断したようだった。
「待って下さい! 本当にこの中に俺は運び込んだんだ! 誓って嘘は言ってない!」
「では、あなたが知らない間に誰か別の人間が運び出したという事ですか?」
「それも……多分無い」
「何故そうと断言出来るのですか?」
「それは……」
 グリゼルダチェアを触っても災害を起こさない条件を知り、それを満たす人物が他にいないからだ。
「前から少し疑問に思っていたのですが。あなたはもしかして、本当はグリゼルダチェアについて隠している事があるのでは? 例えば、グリゼルダチェアが災害を起こすルールだとか」
「いや、そんな事は幹部からも聞いてないし……」
「そういう駆け引きをする状況じゃないと言いましたよね。こちらもあまり余裕は無いんです。うちがどういう組織なのか、改めて説明する必要は無いはずです」
 下から見上げるように睨みながら詰め寄るエリック室長補佐。その後ろに控える女性二人もただならぬ雰囲気だった。特にマリオンの方は今にもサーベルを抜き放ちそうな危うい空気を漂わせている。
 自分の目的のためにもカードは絶対に一つは切り札として残しておきたかったが、これはもはやそうも言っていられる状況ではないのか。そうリアンダが観念しようとした時だった。
「おい、何か揉めてんのか? 外は何も異常なかったぞ」
 やってきたのは外の確認を終えてきたウォレンだった。
「いえ、どうやら提供された情報は嘘だったようなので」
「ガセねえ。お前、そんなことしてどうなるか分かってるんだろ?」
「俺は嘘は言ってない! 本当にここに運び込んだんだ!」
 リアンダは必死に訴えかける。けれどウォレンの表情は特に変化は無く淡々としていた。考えてみれば、はっきり味方だと思っていない相手に情で動くようなタイプではないのだ。
「部屋の中までは調べたのか?」
「流石に入り口までです。そもそも地下室までは入ったことはありませんから」
「だよなあ……取りあえず、正確にどこの部屋に運び込んだのか調べた方がいいぞ。こういう時こそ物証を信じた方がいい」
 極めて冷静なウォレンの提案に、一同は頷き同意する。
「それで、どこの部屋に運び込んだかなんて分かりますか? 本人は暗かったので正確には憶えていないと主張しているんですが」
「そういう時は床の傷を見るんだよ。この通り鉄製でやたら重い上に、滅多な事で開けないドアだろ? 今日以外に開けたドアがあれば、床のひっかき傷が他と違ってるはずだ」
「なるほど、確かに」
 そして一同は床に這い蹲るようにして傷を探す。元々薄暗い中でランタンの明かりだけを頼りに調べるのはかなり困難だった。けれど正確な情報が必要である以上はやらなければならない事だ。
「あ、これそうじゃないですか?」
 最初に声を上げたのはマリオンだった。すかさず皆が集まり、ウォレンが傷の様子を確かめる。
「確かにこれみたいだな。傷が他より太く見える。じゃあ誰かが前にも開け閉めしたのは確かってことだ」
「なら本当にここにグリゼルダチェアはあって、今は誰かにそれを更に持ち出された後という事になりますね」
 状況証拠だけ見ればその推理が正しい事になる。けれどリアンダはにわかには信じられなかった。持ち出せる人物として真っ先に思い付くのは、どうしても第三倉庫担当のギネビアになるからだ。
「取りあえず、部屋の中を調べておこうぜ。何か手掛かりが落ちてるかも知れねえ。流石に地下室までは行きたくはねーけど、開けてはいないだろ」
 聖都そのものを危険に晒すような危険物を隔離している場所、そこから更に近付くというのか。その場の全員が明らかな難色を示すが、それでも調べなければならない状況である。一同は渋々ながら部屋の中へ入り、何か手掛かりが見つからないかと各々調べ始める。だが始めてから早々にマリオンがやや震えた声で呼び掛けて来た。彼女は部屋の奥の床を指差している。
「あの、エリック先輩……地下室への扉、これって開いてません……?」