BACK

「もう一度、確認します。残りのグリゼルダチェアの場所は、国会議事堂の備品保管所、聖都港入国管理局、聖都民銀行の待合室、そして特務監査室の第三倉庫。以上で間違いないですね?」
「間違いありません。全て自分が指示されて運び込みました。」
 リアンダに再度確認を取るのは特務監査室のメンバーでやや小柄な男。彼は室長補佐という特務監査室でも二番目に偉い肩書きの人物で、現場責任者といった位置付けのようだった。特務監査室の執務室には全メンバー五人、それ以外にもスーツ姿の男達が数名いる。話を聞く限り、彼らは警察でもかなり階級の高い官僚や国家安全委員会という耳慣れない組織の人間だそうだ。今回の大地と赤の党のテロ活動について、彼らも捜査を行っているからだろう。
 これほど大勢の人間に囲まれ尋問を受けた経験は、生まれて初めての出来事である。しかも自分は決して心から歓迎されている立場ではない。少ない情報源だからこそ。皆のそういう本音は、言われなくともリアンダの心にはひしひしと伝わって来る。
「なるほど……それが事実なら、一カ所だけでも恐ろしいほどの被害が出るな。よし、動くのは早い方がいい。うちは国会議事堂を受け持とう。あそこには国家機密もある、うちが受け持った方が何かと不都合がない」
「なら我々警察は聖都港と聖都民銀行を。ところで、その第三倉庫というのは? あの辺りはさほど人もいないように思ったが、何か危険な物を保管しているのですか?」
 警察官僚らしい男が室長にそう訊ねる。やはり彼らも、この第三倉庫という場所が異質に見えるようである。
「うちが管理する隔離用の倉庫としかお答え出来ません。何分、国家機密とはまた違った類の機密情報ですので」
「まあ、あなた方がそう仰るのであれば深くは聞きませんが。ならそちらは特務監査室の担当という事で。人員は足りていますか?」
「ええ、御心配無く」
 増員が不要なのは、仮にグリゼルダチェアが災害を起こした所で大した被害は無いからという事なのだろう。
「最後に発見時の対応の確認ですが。グリゼルダチェアを発見した場合、決して触らず、その場から動かさず、火で完全に焼く。これしか無いのですね?」
「ええ。グリゼルダチェアの目的はあくまで自分の消滅のようですから。ただ、不可解な部分がほとんどですので、それでも絶対に災害が起こらないとは言い切れません。実際に対応する人員には、相応の覚悟が求められます」
「その割に、彼は五つものグリゼルダチェアを聖都内で運び回っていますね。しかも安全に。もしかしてグリゼルダチェアが災害を起こさない規則性を知っているのではないですか?」
 リアンダに対して当然の疑問が投げ掛けられる。彼らの目は明らかにリアンダを疑っていた。知っているのに秘匿しているのだろう、そんな目だ。
「いえ、自分は指定された場所に運べと命令されただけですから。そんな危険な物だとも知らされてませんし、万が一の事があったとしても、だからこそ自分のような下っ端に運ばせたんでしょう」
「では、今グリゼルダチェアを運ぼうとしたら災害が起こるかも知れないと?」
「何とも言えません。何も知らないんですから。災害を起こさないような仕掛けがあったのか、外的な要因だったのか。組織は大事な情報も最低限しか伝えて来ないんです」
「まあ、今は尋問しても仕方ないでしょう。ひとまず、グリゼルダチェアの発見を優先しましょう。それから市民を避難させた後に処分を」
 室長補佐がそこまで言いかけた時だった。
「キャッ!?」
 目の前が真っ白になるほどの閃光が迸り、誰かの悲鳴が聞こえる。直後、石畳を堅い物が引き摺る音を尋常ではなく大きくしたような轟音が鳴り響いた。そのあまりの音量にリアンダは全身を強ばらせて奥歯を強く噛みながら耳を塞ぐ。体はそれ以上動かせなかった。体の自由が奪われるほどの轟音など生まれて初めての経験で、一体何が起こったのかパニックになる寸前の心境ではまるで理解出来なかった。
「くそっ、一体何だってんだ!」
 音が止んでからも皆は思うように動けなかった。そんな中で真っ先に復活したのがウォレンだった。咄嗟に目を庇い、みんなよりも眩みが軽かったのだろう。
「窓が全部外側から割れてやがる。みんな下手に歩き回るんじゃ……おいおい、何だよあれ!」
 信じられない物を見ている、それだけはウォレンの口調から分かった。しかし眩んだままの目では見ている光景は共有出来ない。
「ウォレンさん! 一体何が起こったんです!?」
「あ、ああ……。あれは多分中央区内だ……。火事だぞ、とんでもねえ火の大きさだ!」
 ここから分かるほどの火の大きさ。それだけで単なる火災ではない事が容易に想像出来た。
「中央区……! くっ、まさか例の商業施設の!?」
 室長補佐が目をこすりよたよた歩きながら壁に貼られた聖都の地図を食い入るように見る。
「中央区の商業施設グラント……この付近は用水路が東西に走っているけど、火災の規模が大きければ鎮火には心許ないでしょう。くっ、こうなる事態を防ぎたかったのに……!」
 ようやく一同が目の眩みも収まってくると、真っ先に窓際から外の様子を確認し始める。そして誰もがその光景に息を飲んだ。大きな火事、ただそうとしか形容しようがなかった。この建物からそれなりに離れた場所であるはずなのに、まるでこちらに迫り来るような巨大な炎が柱のように天まで燃え盛っているのだ。
「まさか、これがグリゼルダチェアの!?」
 警察官僚が信じられないと言った様子で室長に訊ねる。
「私も実物を見た訳ではありませんが……今のは恐らく落雷でしょう。季節外れの、大規模な火災を伴うような落雷がグリゼルダチェアのある中央区を狙う。とても偶然とは思えません」
 グリゼルダチェアは大規模な災害を起こして自己消滅を計る。それは知識として知っているが、まさかその災害というのがこれほど非常識なものだなんて。
 リアンダはただ呆然とする他無かった。恐らく心のどこかで災害など大したものではないと高をくくっていたのかも知れない。それがこの惨状を目の当たりにし、こんな物を後四カ所にも運んだ事が急に恐ろしくなってきた。