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それは組織の見解なのか、それともギネビア個人の見解なのか。
まずはそこから確認したいリアンダだったが、咄嗟にはその質問を口に出来なかった。ろくに集会もせず連絡は一方的な書面ばかり、私怨だけで緩く連んでいるような組織が、こんなに早く見解をまとめられる訳がないのだ。
では、ギネビアはリアンダを疑っているのか?
しかしその結論は尚早過ぎる。あくまでギネビアはリアンダの周囲の異変を訊ねているだけであり、胸中に探りを入れている訳ではない。だからここは、落ち着いて惚けるのが無難な返答である。
「いえ、いつも通りで何事もありませんよ。ギネビアさんの方は?」
「私は大丈夫。何も無いならそれでいいのだけど、これからは用心した方がいいわね。決行日も決まったそうだから」
「え、それじゃあ遂に?」
「そう。いよいよグリゼルダチェアの出番よ」
まさか決行日がこんなに早く決まるとは。リアンダにとっては意外な展開である。近々と言っておきながら、本当はもっとだらだらと決定に時間がかかるだろうと思っていたからだ。
この流れはあまり良くはない。今は特務監査室に情報を小出しに提供し、少しずつ信頼関係を構築する段階である。その前にグリゼルダチェアを一斉に使われでもしたら、こちらは情報を提供出来なくなってしまう。そうなればステラとの件も難しくなるだろう。
「あら? もしかして緊張してるの?」
「いえ……。何というか、いや俺も確かにジェレマイアのやつは恨んでますけど、このやり方って本当にジェレマイアの痛手になるのかなって。もしかすると何人死んでも何とも思わなかったら、巻き込んだ人達の犠牲が無駄になってしまうようで」
「何言ってるの。当然大きな痛手になるに決まってるじゃない。首相就任以来初めての大きな失点、ここで強いリーダーシップを発揮させず問題解決も出来なければ、あっと言う間に支持を無くして失脚するわよ。過去にもそういう首相がいたじゃない。非常時にリーダーシップを発揮出来ない政治家なんて、特にセディアランド人は一度の失態だけでもあっさり見捨てるわ。そうやって政界に居られなくなった人、数え切れないほどいるのよ」
「ええ、そうですね……。とにかく俺達は、首相の信頼を失わせるようにやればいいんですね」
「そういうこと。ステラちゃんもいなくなって、うちは私達だけになったことだし、これからはより一層協力して頑張りましょうね」
テロにより首相の信頼を失墜させる。そのためのグリゼルダチェアだが、リアンダはその作戦にはずっと疑問を持っていた。倫理的な部分もそうだが、そもそもジェレマイア首相は不測の事態でおたおたと右往左往し何も出来なくなる凡庸な人間ではない。むしろ、不測の事態だからこそ輝くタイプだ。かえってこのテロは首相の支持を集める結果になりかねない気がする。だがそんな意見は、ギネビアやステラにすら受け入れられないだろう。二人共、積み重ねた恨み辛みで考え方が偏ったまま凝り固まっているのだ。
「それで、決行日はいつになったんですか?」
「明後日の正午よ。うちの担当はあの倉庫のグリゼルダチェア。問題はないわよね?」
「ええ、大丈夫です。元々時間に都合をつけやすい仕事ですから」
明後日の正午。いよいよもって早過ぎる。これでは特務監査室にグリゼルダチェアの在り方を一つずつ確認させる時間を作る事が出来ない。信頼関係を構築していない以上、否が応でも駆け引きが生まれてしまう。特務監査室、それもあのキレ者そうな室長と駆け引きなどする気はない。しかしそうせざるを得なくなると、こちらが一方的に不利な条件を飲まされかねない。決行日の事はどこかに潜んで聞き耳を立てているであろうウォレンから程なく特務監査室に伝わる。その時点で立場は対等ではない。グリゼルダチェアの情報は、必須から推奨程度に格下げとなるのだ。
「それじゃあ、明日はゆっくり休んで英気を養んでね。あ、なんだったら例の壮行会、これからしちゃう? もうグリゼルダチェアは運んじゃったんだし」
そう悪戯っぽい口調で話すギネビアは、明らかにこちらをからかっている意図がある。しかしリアンダは別の意味で焦る。今の自分達の会話はウォレンに聞かれているのだ。下手にグリゼルダチェアの事を絡められると、特務監査室に伝えていない災いを起こし始める条件の存在を知られてしまう。
「そういうの、今はちょっとそういう気分でも……。すみません、まだステラの事を気にしていて」
そうリアンダは神妙な様子で答える。人の生き死にの話題を絡めれば、大抵は察して話を退いてくれる。ステラをだしにする後ろめたさはあったが、他に話題を逸らす方法が思いつかなかったのだ。
「あ……そっか。ごめんなさい、ちょっと無神経だったね」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと整理はつけて立ち直りますから。それに、ステラはどこかで無事にしてるって信じてやらないと」
「そうだね。でも」
その時だった。不意にギネビアはリアンダに近付くと、そのままリアンダの頭を抱き締めて来た。胸に顔を埋もれさせられ、すぐ頭上にギネビアの顔がくっついている。恥ずかしさより困惑の方が強かった。
「辛くなったら、少しくらい甘えてもいいからね。同じ仇を持つ者同士、傷の舐め合いだってしてもおかしくはないんだから」
「はい……」
ギネビアにされるがまま、リアンダは強く後ろめたさを感じていた。ギネビアは、本当にリアンダがステラの生死不明について落ち込んでいると信じている。そして自分は、そんなギネビアを含む大地と赤の党の情報を特務監査室へ流している。この二つの事でリアンダはギネビアを騙している。下っ端の命でも平気で使い捨てにする組織だけれど、ギネビアには今まで騙された事も理不尽な扱いを受けた事もなく、むしろ世話になり続けた感謝しかない。それについて、今の自分は恩を仇で返しているのだ。
テロを実行させないという大義名分、ステラの人生を真っ当な道へ戻す取り引き、どちらも私利私欲ではなく人として正しい事をしているはずなのに。どうしてこんなにも心苦しいのか。リアンダにはこの矛盾が分からなかった。