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夕刻、リアンダとステラは人気のない裏路地を中心に標的を探し歩いた。
セディアランドでも聖都は比較的治安は良い。けれど、夕刻に人気の無い道を一人で歩く不用心な女性はそう簡単には見つからなかった。当然だが、若い女性が見つかれば手に掛けるのだから、人目に付かない場所である事は大前提である。必ずしも全員が全員用心深いとは限らないが、その幸運を待つには切られた期限の三日間はあまりに短い。
二人は思いつく限り女性が一人歩きするシチュエーションを探し回った。深夜の繁華街近く、早朝の住宅街、港に定期船が帰港した所も狙った。けれどよほど運に恵まれないのか、狙えそうな状況に遭遇するのは皆無だった。
リアンダは焦った。期限に間に合わなければ、ステラに大量の血を提供させてなければいけなくなるからだ。しかもステラはあまり言葉にこそ出さないが前向きである。おそらく自ら進んで提供するだろう。死ぬ事は求められていないが、大量の血液を失ってもまともな医者にかかれないのだから、どの道死ぬ事は避けられない。だから何としてもしステラの身代わりになって貰う人間を見つけ出さなくてはいけない。
もはや手段など選んでいられない。多少人目に付くのは覚悟の上でやってしまわなければ間に合わない。そんな決意をして臨んだ最終日。夜の繁華街付近で二人は、女性の二人組が歩いているのを見つけた。一人は背の高いすらっとした印象の女性、もう一人は身振りにやや落ち着きの無い小柄の女性、どちらも歳は若く、酒を飲んだ帰りといった様子だった。
どこかで別れないだろうか。そうすれば千載一遇の好機である。そう強く願ながら慎重に後をつけていくと、やがて二人組は同時に人気のない裏路地の方へと入っていった。どうやら揃って中央通りへ向かっているらしく、そのショートカットのために入ったらしかった。
この裏路地に別れ道は無い。このまま人通りの多い中央通りへ抜けて行くだろう。そうなれば人目が多く手の出しようがなくなる。
だったら。
リアンダは傍らのステラに伝える。
「あの二人、やるぞ」
ステラは驚きで目を見開く。
「待って、二人相手じゃ片方に逃げられるかも」
「だからこっちも二人同時にやる。それに、一人よりも二人をやった方が絶対にいい」
「どうして?」
「一人なら絶対に死ぬ量の血も、二人なら半分で足りる。関係のない人間を殺さず済むんだ」
それは詭弁だとリアンダもステラも自覚していた。人間の体はワインボトルではない。そんなに丁度良く必要な半分の血を流し、ぴたりと蓋を締めるように止まりはしない。血を流し始めた時点でショック症状も起こるかも知れないのだ。けれどあえて気付かない振りをした。これは手段を少しでも正当化するための言い訳であると、気付いていながらも目を背けた。二人は自分達の置かれた状況と、架せられた仕事のおぞましさを良く知っている。だから仕事を果たして生きるための言い訳が必要だった。
二人は足音を立てないよう慎重に近付いていく。それぞれの手には木の棒が握り締められていた。これで後頭部を殴りつけて昏倒させた後、腕を切って血を流させる。必要な量を正確には知らないが、血脈と呼ばれるものが十分に血に浸るくらいは必要だ。腕を切る役目はリアンダ、血に浸す役目はステラ。何かしらそうと分かる現象が起こるまで、確実に迅速にやらなければならない。
何度も何度も一連の動作を頭で反復しながら近付き、いよいよ間合いに捉えると木の棒をゆっくり振りかぶった。
その次の瞬間だった。
「っつ!?」
突然棒を握っていた腕に鋭い痛みが走り、どこかへ木の棒を飛ばされてしまう。咄嗟に見た横のステラも空の腕を振り下ろした姿勢のまま硬直している。
何が起きたのか。
目の前を見ると二人組の女性はこちらを向き、冷静な表情をしている。背の高い女性の方は、右手に短く厚みのある刃物を手にしていた。どうやらそれで二人揃って木の棒を弾かれたらしかった。
気付かれていた。いや、そもそもこの二人、この状況で少しも驚いていない辺り単なる一般市民じゃない。
そう思った直後、リアンダは背中から強い力で前のめりに伏せさせられた。地面と激突し激しい衝撃と痛みが胸から顔にかけて走る。二人以外にも近くに誰かが潜んでいたのだとリアンダは驚く。同時にステラも背の高い女性の方に組み伏せられていた。
「まさか本当にうちが引くなんて……」
やや驚きの混じった口調でそう話しながら、更にもう一人やや小柄な男が現れた。
「誰だお前ら!」
「特務監査室、といえば分かりますよね。あなた方は重要参考人として身柄を預からせて貰います」
特務監査室。その名前を知らないはずがない。ジェレマイア首相直轄の、セディアランド内におけるあらゆる超常現象を管理する組織。そして、大地と赤の党が標的とするものの一つだ。
「お前らが……お前らのせいで私は!」
特務監査室という言葉に強く反応し激高したのはステラだった。ステラは組み伏せられながらも強引に体をよじって動かし、どうやら責任者らしい小柄な男へ近付こうとする。だが、流石に体勢が悪く地面を少し這いずる程度だった。
「連行する前に、所持品を改めさせて貰います。君達が大地と赤の党なら、おそらく血脈と呼ばれる物を所持しているはず。女性を襲ったのも使う準備をするためでしょう?」
「え……? どうしてそれを」
血脈の存在を知るのは極一部、ジェレマイア首相体制になった今の特務監査室には居ないはずではなかったのか。
そんなリアンダの胸中を見透かしたかのように、小柄な男は更に言葉を続ける。
「我々を甘く見ないで貰いたい。過去の記録は全て洗い出し、テロに使われる可能性があり現在隔離倉庫に保管されていない物はピックアップ済みです。この囮作戦も聖都各地で展開しています。君達のやりそうなことは全て想定し対策済みなんですよ」