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 大地と赤の党は会合を行わない。それは、自分達が政府の監視対象である自覚があるからだ。不定期に届く書面が組織への帰属意識を辛うじて繋いでいる。その程度で組織が構成出来るのは、それだけジェレマイア一派への恨み辛みを強く持つ人間ばかりが集まっているからに他ならない。
 その日の夕方、一日の仕事を終えて自宅アパートに帰ってきたリアンダは、キッチンのテーブルの上に今朝は無かったはずの封筒が置かれているのを見つけた。無地の封筒に安物の便箋、書かれているのは場所と時間を暗号化した文字列のみ。これが組織からの呼び出しである。
 場所は先日グリゼルダチェアを運び込んだ北区の倉庫。指定された時間まで猶予があまりなく、リアンダは仕方なしに再び自宅アパートを後にした。組織でもまだ新参で実績の無い末端の構成員など、扱いは所詮こんなものである。
 日が落ち、大通りから外れた所はガス灯の明かりが届かず薄暗い場所が増えて来る。別段疚しい物を持っている訳ではなかったが、それでもリアンダは人目を避けるように裏路地を何度も経由しながら目的地へと向かった。
 大分遠回りしながらも指定された時刻ギリギリに間に合ったリアンダ。指定された倉庫の敷地内には二人の姿があった。一人は直属の上司とも呼べるギネビア、もう一人はリアンダの幼なじみであるステラである。
「ごめんね、二人とも。急に呼び出しちゃって」
「いえ、丁度仕事も終わった所ですから。それで何でしょうか?」
「実はね、私も上から指示されたばかりなんだけど……。決行日が遂に決まったの」
「え? それじゃあ……」
「いよいよ、グリゼルダチェアを使う時が来たのよ」
 遂に来た。来てしまった。リアンダは内心衝撃を隠せないでいた。大地と赤の党のやらんとする事は、ただの逆恨みから全く無関係の市民を巻き込むテロ活動である。決行が何を意味するのか、リアンダは考えただけでも背筋の冷たくなる思いだった。
「ああ! やっとなんですね! 本当に待ってましたよ!」
「あら、随分と張り切ってるのね」
「当然です。私は、これをやり遂げない事には人生が始まらないんですから」
 ステラはリアンダと違って意気揚々としている。テロはあくまで正当な報復、無関係の人間をどれだけ巻き込み傷つけ死なせる事になろうとも気にも留めない。そんな精神状態である。
 リアンダは見る見るうちに焦りが込み上げて来た。ステラをどうにか組織から足抜けさせようと考えていたのだが、何も名案も浮かばないままこんな事になってしまったからだ。
「ほう、やる気に満ちているというのは結構な事だな」
 その時、突然暗がりの中から一人の男が現れた。予想もしていなかった第三者の登場に、リアンダは思わず身構える。
「おっと、驚かせてしまったか。これは失敬。なに、身構えなくともよろしい。私は党の者だ」
「それじゃあ……今日呼び出したのは?」
「ええ、こちらから重要な仕事があるの」
 ギネビアの口調から、暗がりの男は大地と赤の党に所属する人間、それも幹部のような地位の人間のようである。呼び出しは彼の要請のようだが、幹部がわざわざ来るというのはかなりろくでもない事になりそうだとリアンダは思った。
「グリゼルダチェアの件は御苦労だった。これにより、作戦は最終段階を迎えるのだが。決行に当たってもう一つ、用意しなければいけないものがある」
「それは何でしょうか?」
「移動手段だよ。グリゼルダチェアを同時に起動するには、どうしてもラグが出てしまう。五箇所もあれば尚更だ。多少のラグは構わないが、何時間もズレてしまっては流石に起動前に見つけられかねない。そこで、当日五人の担当者にはこれを使って貰うのだよ」
 男が見せたのは、何本かの細い木の棒だった。鉛筆のようにも見えるが、どこか禍々しい雰囲気が漂っている。
「これは血脈と呼ばれている。ここにある六本が最後の血脈だ。かつての特務監査室でも一部の人間しか知らない道具だよ」
「つまり、超自然的な物という事ですね」
「その通りだ。これを右手に持って半分に折ると、持っている間はなんと誰にも気付かれなくなってしまうのだよ。潜入にはもってこいの道具さ」
 つまり、それを使って早めにグリゼルダチェアに近付き、五人が一斉に同じ時間に起動を試みる事が出来るという事だ。かつての特務監査室も何か良からぬ事に使っていたのだろう。その実績があるからこそ、そんな胡散臭い道具を当てにすることが出来るのだ。
「ただ、一つ問題があってね。この血脈には使えるようにするためにやらなければいけない事がある。どうしても必要な物があるのだ。それを今回君達に調達して貰いたい」
「それは一体何でしょうか?」
「大量の血液。それも若い女の、この血脈一本一本が完全に真っ赤になるほどの量だ」