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「何が間違いだ! このペテン師!」
 二人の騒ぎに乗じ、単なる野次馬は声を揃えてフィランダーを罵り始める。これまでそれほどフィランダーのパフォーマンスには興味など無かったはずなのに、いざイカサマと分かれば途端に非難を始める。絶対に反論されない相手に対して一方的に非難する事を心地良く感じるのは、群集心理の一種だ。
 騒ぎが過熱する中、エリックは慎重に周囲に気を配る。フィランダーに対する非難に夢中になる人、その騒ぎを冷ややかに見ている人、それらは特に気にする必要は無い。重要なのは、それ以外の明らかに不自然な行動を取る人物である。
「なあ、ウォレンが見つけたみたいだぞ」
 そうエリックに小声で報せたのは、ガラスに窓があることを見つけたあの青年だった。
 見ると、通りを挟んだ歩道と路地の間にウォレンの姿があった。ウォレンはこちらに対してついて来るように合図を送る。それに従い二人はその場を騒ぎに乗じてそっと後にした。
「本当に助かりました。それにしても見事ですね。全然気が付きませんでしたよ」
「ま、昔取った杵柄ってやつだ。まだ衰えてなくて良かったぜ」
 青年はウォレンの元戦友だった。以前、別な事件の際にたまたま行きつけのバーでウォレンと再会し、その時にエリックとも面識が出来た。彼は現在は警察官として働いているが、特務監査室の事を良く知る有力な協力者でもある。そして今回は、フィランダーの入るガラス箱の一部に穴を空けて騒いで貰った。ガラス切りの技術は、彼が従軍当時に工作担当として訓練し身に付けたものである。それは音も無くガラスを切って穴を空けてしまう実に見事な手前だった。
 ウォレンと合流すると、ウォレンは路地の先を指差す。そこには、あまりに時代遅れな黒い外套を身に着けた壮年の男が、実に慌てた様子で足早に歩いていた。如何にもフィランダーを監視していたと言わんばかりの様子である。
「あれですね。行きましょう」
「ああ、そうだな。お前はもうここでいいぞ。助かったぜ」
「何言ってんだ、最後まで付き合わせろよ。今日は非番で暇なんだ」
 大地と赤の党はどういった装備をしているのか、得体の知れない部分がある。戦える人間が多いのはそれに越したことは無く、エリックも同行を了承する。
 三人は男の後を慎重につけていく。男はよほど慌てているのか、まるで周囲を警戒していなかった。尾行するにはあまりに好都合である。男はそのまま住宅街方面へと向かい、不意にとある集合住宅の中へと入っていった。そこに彼らの仮宿があるのだろうか。
「家族向けと言うより、昔は家族向けでしたという感じですね。今は老後の引退世代でしょうか」
「ああ、大分年期が入ってんな。ま、目立たないようにするには丁度良いのかもな」
 築年数も大分経つ古びた集合住宅の中へ入っていった男を追い、三人は更に慎重に後を追う。男は階段を駆け上がるたびに中腰になって息を切らせ、へとへとに疲れきった状態でようやくある一室へ入っていった。そっと部屋の前まで来ると、そこには手書きの粗末な表札が掛けられていた。これが世帯主の名前だろうか。
「偽名ですよね、当然」
「いや、そうとも限らないな。聖都では賃貸契約を交わす時は身元の確認は厳重だ。これはむしろ、住居を世話する協力者がいると見るべきだ」
「過激派みたいな連中に支援者がいるのですか?」
「そりゃ、いつだって反体制倒閣思想の奴は必ずいるさ。特に、連中はちょっと前までは我が世の春を堪能してただろ? 汚い利権繋がりだとか、そういう人脈はむしろかなり多いはずだ」
 大地と赤の党は、かつては政権与党の人間でセディアランドを我が物顔で牛耳っていた権力者ばかりだ。確かに、かつての時代を取り戻したい協力者がいてもおかしくはない。
「さて、とりあえずはどうする?」
「これは国家安全委員会に連絡して、速やかに捕縛した方が良さそうですね。逃げられ今回のようなことをまたやられても困りますから。いったん僕が庁舎に戻りますから、二人は見張りをお願いします」
「了解。予想外にフットワークが軽くて逃げ出そうとしてたら、とっつかまえていいんだろ?」
「ええ、そこは現場の判断にお任せしますよ」
 二人を残し、エリックは庁舎の方へ急いだ。兵役経験者が二人もいれば、少なくとも惨事を招くような事態にはならないだろう。むしろ、バラバラに逃げられて潜伏される方が厄介である。そのためにも、国家安全委員会と連携を取った方が効率が良い。
 しかし、本当に彼らはフィランダーを使って一体何をするつもりだったのだろうか。ラヴィニア室長の話からすると、まず間違いなく特務監査室を狙い撃ちにするためなのだろうが、具体的な方法が分からない。
 いや、考えても分からない事を考えるのは無意味だ。むしろ、連中が何かをする前にこうしてアジトを突き止める事が出来たのだ、その成果を喜ぶべきである。