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その日、相変わらずガラス部屋の中でパフォーマンスを続けるフィランダーの元に、エリックは一人おもむろに現れた。エリックの顔を憶えていたフィランダーの表情から思わず仕事用の愛想が消える。
「あ、あの! もしや先日の?」
「ええ、そうです。今、我々はあなたの救出のために動き始めています。その前に、幾つかあなたにお訊ねしたい事があるのですが」
「はい! なんなりと!」
そうはっきりと答えるフィランダー。この様子では、近くには見張りはいないのかも知れない。ただ、単に本人が知らず泳がされているだけの可能性もあり、油断は出来ない。
「あなたは脅されていますね。それは、大地と赤の党ですか?」
「誰かは分かりません。私は突然と誘拐されて、目隠しをされたまま指示に従うように言われたんです。でなきゃ殺すと脅されて。それでこんな状況になってしまって」
「どういった要求をされました?」
「とにかく目立つようにパフォーマンスをしろと言われました。特に、自分は食事を一切しない事を強調して宣伝しろと。そうすれば特務監査室の人間が釣れるはずだと。そもそも、私は別にマジシャンでも何でもないんです。ここでやっていた事だって単なる付け焼き刃、きっと本職から見たら子供騙しもいいとこでしょうし。これ以上目立つパフォーマンスなんて持ちネタはないんですよ。あ、ところで、もしかしてあなたが特務監査室なんでしょうか?」
「はい。室長補佐のエリックと申します」
「ああ、良かった。これで出してもらえる……!」
フィランダーは心底安堵した表情で膝から崩れる。やはり特務監査室の人間を釣る撒き餌として使われていたようである。という事は、やはり今のこの状況を彼らはどこかで見張っていると思って間違いないだろう。
「ところで、あなたが食事をしなくとも生きられるというのは本当なのですか?」
「ええ。昔から食べなくても平気と言えば平気なんです。ただ、全く何も食べられない訳でもなくて。流行りのお菓子だとか、祝いの会席だとか、そういった時は普通に食べます」
食べる行為自体出来ない訳でなく、単に生きていく上で必須という訳ではないという事なのだろう。それならば、特殊な体質を世間から隠すことは難しくはなく、今までも露呈することはなかっだろう。しかし、何らかの方法でそれを大地と赤の党に嗅ぎ付けられ、こうして衆目に晒させられたのだ。
「あの、それで、私はいつ助けて貰えるのでしょうか? あ、そもそもノルマを達成したのだから、私は解放して貰えるはずなんですよね。特務監査室の人が来たならどうやって伝えればいいんでしょう?」
「何も知らされていないのですか?」
「はい。さっきも話した通り、ここでちゃんと目立つ事をしていれば、特務監査室を名乗る人間が絶対に来るからとだけ。どこかで監視しているのでしょうか?」
「まずそうでしょうね。もう我々の接触は知られたものと考えるべきです」
「では、私は解放して貰えますね! やった!」
それについてエリックは何も答えられなかった。大地と赤の党の方針がまだはっきりと分からないからだ。もしも彼らが過激派のようなものであれば、用済みとなった彼は殺されてもおかしくはない。以前ラヴィニア室長が襲われた時のように、謎の銃撃を受ける事だって考えられるのだ。同時に、その銃撃はエリックも受ける危険性すらある状況である。
だがエリックは、そんな事も知らずのこのことここに現れた訳ではない。
「ところで。仮にあなたはインチキマジシャンと呼ばれることになったらどうしますか?」
「別に構いませんよ? 私の故郷はここよりずっと離れたセディアランドの端の田舎ですから。あっちで小さな商店をやってるだけですし、気にもしないどころか、知人には誰にも知られませんよ」
「安心しました。とりあえず話は合わせて下さいね」
「え? 話って?」
そうしていると、いつの間にかガラス部屋の近くに一人の青年が近付いていた事に気付いた。自分を誘拐した一味の一人か、とフィランダーは警戒する。しかし彼はエリックと目を合わせると何やら合図を送り合っていた。
「あの、お知り合いで……?」
「今からちょっと騒ぎますので、適当に否定したりして下さい」
「一体どういう……」
その時だった。
「あ! おい、何だよこれ!」
突然と青年がガラスの一部を指差して大声で叫ぶ。その声には通りを歩いていた者達までもが一斉に振り返ってフィランダー達の方を見た。
「ここに小さな窓があるぞ! ここから食事を差し入れして貰ってたんじゃないのか!?」
フィランダーが見ると、そこには丁度腕が入るくらいの小さな穴がガラスに空いていた。フィランダーは驚愕する。そんなものは今まで空いてなどいなかったからだ。
「大自然のエネルギーで生きていけるんじゃなかったんですか!? こんなのインチキパフォーマンスだ!」
続いて声を張り上げたのはエリックだった。これにはフィランダーも驚き慌てふためく。二人の声に続々と集まってくる野次馬の群れは慌てているフィランダーの様子を見て、イカサマを見破られたからだと思った。そしてフィランダーに罵詈雑言を浴びせたり、イカサマやインチキと言った言葉を連呼する。
「ちょ、ちょっと待って下さい! これは何かの間違いだ!」