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 ラヴィニア室長の体制で特務監査室が始まった時、メンバーはラヴィニア室長ただ一人だった。それではとても業務を回す事が出来ず、直属の管理者でもあるジェレマイア首相が紹介したのがウォレンだった。当時のウォレンは退役したばかりで特に職にもついていなかったが、ジェレマイアとは偶然知り合った飲み仲間という縁があったからだ。
「ウォレンさんを紹介されたのは、当時から既に旧体制側の報復を警戒していた側面もあります。例え襲われてもウォレンさんは応戦が出来ますからね。それから彼らの活動も目立たなくなってきた頃合いを見計らい、少しずつ増員を繰り返して今に至ります」
 大地と赤の党は、すっかりなりを潜めてしまった。そう判断してしまうほど、彼らの活動は聞かなくなっていたのだ。実際自分も、過激派についてのニュースはなるべく押さえるようにしていたが、大地と赤の党についてはほとんど知らない。
「大地と赤の党は、旧体制側の人間で構成されているため、特務監査室で扱うような危険な道具や技術にもある程度精通しています。道具の類は流石に全て回収しましたが、そういった類の物は基本的に常識が通用しませんので、回収が完璧である確証はありません。それに、彼らは未だ裏社会の異端者達とも繋がりは健在でしょうから、新たに入手している可能性も十分にあります」
「なるほど、だから普通の過激派より危険なんですね……。とにかく、我々は常に命を狙われている前提で行動しないといけませんね」
 これまでの業務でエリックは、数々の危険なオカルト物に実際関わってきた。その中には、人間を簡単に殺める事の出来る物も少なからず存在する。それらを平気で悪用するような集団がいるとしたら、警戒した所で実際どこまで意味があるのだろうか。そんな不安がエリックの脳裏をよぎる。
「ねー、室長。その大地と赤の党がフィランダーを使って何か企んでるとして、実際のところ何を企んでるのか見当はつきます?」
「そうですね。あり得るとしたら、特務監査室の人間をおびき寄せる撒き餌ではないでしょうか」
「撒き餌? 確かに、食べなくても平気な男なんていたら、我々も調査しない訳にはいきませんでしたけれど」
「今現在の特務監査室のメンバーを正確に調べたいのか、はたまた別な目的があるのか。少なくとも、復讐目的だとしてもただの復讐ではないでしょう」
「一網打尽にしたいってことか? やつらの考えそうな事ではあるが……」
 しかし、撒き餌という方法には違和感がある。裏切ったかつての特務監査室のメンバーは次々と変死させたのに、どうしてまた組織が復活するまで時間をあけたのかということだ。
 どうして今に動いたのか。本当に復讐が目的なのだろうか。実は何か違う目的があるのではないか。発端となる理由、その何かが欠けている事がどうしても引っ掛かる。
「あの、ラヴィニア室長。仮に大地と赤の党が黒幕だとして、警察だとか国家安全委員会には捜査して貰う訳にはいかないのでしょうか? 構成員と身元がはっきりしているなら、検挙も簡単だと思いますが」
「それには法的な根拠、罪状が必要です。この国では、呪いの存在は法的に認められていませんから」
「では、フィランダーに対する監禁はどうでしょう? 少なくとも彼は助けを求めてきたのですから、自分の意思であそこにいるとは思えません」
「そうなるとフィランダーに詳しい事情を聞く事になりますが、果たして彼が協力してくれるかどうか。少なくとも脅されているのは確実でしょうし、公には監禁の事実を認めないかも知れません。自分を脅している相手の素性を知っているかもあやふやでしょうし」
「フィランダーから肝心の情報が得られない可能性が高い、という事ですか……」
 フィランダーの同意が無ければ、あれは単なるパフォーマンスにしかならない。よほど決定的な根拠が無い限り、警察も国家安全委員会も動いてはくれないだろう。となれば、フィランダーの救出は特務監査室の権限でどうにかするしかない。
「まず、最優先すべきはフィランダーの安全だと思います。彼も身の安全が確保されれば、何かしら証言してくれるかも知れません。ただ、我々が撒き餌に食いつく訳ですから、それなりの危険はあるでしょう」
「だな、俺もエリックに賛成だ。釣り針が見えてても、流石に見殺しにはできねーよ」
「では、フィランダーを救出する作戦を考えましょうか。幾つか草案を出し合って、そこから練っていきましょう」
 かつて、ラヴィニア室長は凶弾に襲われた事がある。あれは明らかにラヴィニア室長だと分かっていての犯行だった。だから浮上したのが、官吏の中に特務監査室を敵視する者がいるという可能性だ。
 今回の事件も、この可能性も併せて警戒しなければならないだろう。黒幕は同じ官吏の中にいるのかも知れない。それにこの状況が大地と赤の党が時間をかけて用意したものであったとするなら、一層危険さは増していく事だろう。