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昼休み、皆と近場に昼食に出掛けた帰り道で、エリックはその男を初めて目にした。
男は派手なライトグリーンのスーツに紫のネクタイを締め、道行く人々に愛想を振りまいている。奇妙なのは、男のいるその場所だった。大通りの一画の非常に目立つ場所だが、そこにガラスで四方を囲んだ小さな部屋を作っている。中には最低限横になれる寝具があるばかり。ただ、これだけの大きさのガラスを作るのとなれば当然かなりの金がかかっているだろう。何のためにこんなものを作ったのか。まず一同が気になったのはそこだった。
「何でしょうね、あの男?」
「さあ、知らん。なんか妙ちきりんな格好してんなあ」
昼休みの終わりまでまだ時間もあり、四人は男の方へ近付いていった。
「やあ、皆さん! 私は世紀の大魔法使い、フィランダー!」
「ああ? なんだよ、ショーの宣伝か何かか?」
「そんなとこだね。ほら、そこを見て」
フィランダーと名乗る男は、ガラスの右側の方を指差す。そこには二枚の紙が張り付けてあった。一つは、この公共区画を一ヶ月占有する公式許可証。もう一つは、フィランダーについての紹介文とこれからしようとしている事についての内容だった。
「一ヶ月飲まず食わずで平気……?」
「そうさ! 何て言ったって、私は大魔法使い! 周囲に溢れる大自然のエネルギーを取り込むだけで生きていけるのさ!」
「うわ……ガチで許可証取ってやってんじゃん。一ヶ月は普通死ぬよ? 水無しなら一週間も無理」
「ハハッ、私は修行ではしょっちゅう似たような事をしていたから全然平気さ! これは私が本物の大魔法使いである事を信じて貰うための宣伝なのだよ!」
以前も本物の魔法使いを自称する男はいた。しかし彼は、今となって思い返すとこの男より気品と教養を感じさせる話し方だったと思う。このフィランダーという男の話し方は、そう、いわゆる詐欺師、それも下の下の詐欺師の話し方だ。それとも、今のショービジネスはこういった話し方が流行りなのだろうか。
「ま、ちゃんとお上に許可取ってやってんならいーんじゃねーの? せいぜい死なねーように頑張ってちょうだい」
「本当にインチキ無しで生きてたら観に行ったげるわ。多分」
「ありがとう! 来月、ステージで待ってるよ!」
世の中無謀な事をする人間がいるものだ。それ以上の感想を持たず、四人はそのまま真っ直ぐ執務室へと戻っていった。無名の人間が手っ取り早く知名度を上げるために、こういった過激なパフォーマンスに訴える事は大して珍しくはないからだ。そして彼の名前も程なく四人は忘れ去ってしまった。
再び彼の名が特務監査室で話題に上ったのは、それから一週間も経った頃だった。それはいつもの通りラヴィニア室長が唐突に持ってくる案件の資料の中に記述されていた。
「フィランダーという男のパフォーマンスを止めて欲しいって……確か、あの?」
「そう、大通りの一画を借りて、飲まず食わずで自分は生きられますよというパフォーマンスをしている彼。先日実際に見て来たわよね?」
「まあ、興味本位と言いますか……。あれ、まだ続いているんですか?」
「ええ、もちろん。彼、全くの元気よ。ジャグリングだとか風刺トークだとかで客もかなり集めているから、知名度も少しずつ上がってるの」
「だからそれを止めたいって、依頼主は……」
依頼主には、セディアランド医師会会長と食品連盟総長が連名で記載されている。畑違いの業界だが、双方にとって彼は非常に迷惑な存在のようである。
「医師会としては、飲まず食わずで健康になるみたいな例を出して欲しくないという事ですよね。大勢に真似をされると、とんでもない数の栄養失調者を出しかねませんから。じゃあ食品連盟は、商売の妨害になるから?」
「いいえ。単にフィランダーが、今の食品は全て体に毒だ何だと吹聴しているからだそうよ。長生きの秘訣は大自然エネルギーにあり、の根拠付けの一つでしょうね」
「誹謗中傷と受け取ったという事ですか……。まあ、実際のところ一次生産者の業務妨害になりかねない所ではありますか」
「そんな訳で、フィランダーのパフォーマンスを止めて欲しいのですが。ただ止めるだけでなく、フィランダーがインチキである事を世間に知らしめるようにとの要望も頂いています。これについては確約はしていませんので、可能な限りですけど」
長期間の飲まず食わずパフォーマンスをする男。本人にどこまで悪意があるのか、そもそも体質は事実なのか、そこが調査の始まりになるだろう。