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「先生をどこへ連れて行く気だ!」
誰かがしわがれた声で叫ぶ。それを合図に、一斉にウォレンの元へ殺到する。エリックは咄嗟に間へ割って入ろうとするものの、そのあまりの数にあっさり弾き出されてしまった。
「先生は俺達を助けてくれてるんだ! 連れて行かないでくれ!」
「一体何をしたって言うんだ! 先生は悪い事なんかしちゃいねえぞ!」
ウォレンに対して口々に何かを訴え罵詈雑言を浴びせる。追いすがって来る者もいるが、ウォレンはあっさりと蹴散らしてしまった。単純に体格と腕力の差がありすぎるのだが、それ以上にウォレンに躊躇いらしい躊躇いが少しもなかった。
「やかましい! こいつは麻薬をばら撒いた犯罪者だ! だからしょっぴいていく! 文句があるなら一緒に来て警察へ訴え出ろ! 俺らは麻薬に救われましたってな!」
ウォレンの大声による一喝は、その場にいた者全てを怯ませた。挑発的だがそれ以上に威圧感のある声で、体力の無い者にとっては聞くだけで戦意を喪失してしまいそうだった。
「いいか、ここはもう店仕舞いだ。この後すぐに警察が来る。面倒事が嫌ならとっとと出て行け。エリクシルとかいうインチキ薬なんざ忘れろ。あんなもんで救われた気になってんじゃねーよ」
そしてウォレンは再び縛り上げた老人を強引に連行し始める。呆然としていたエリックは我に返り、慌ててその後を追った。しかし、
「こっちは俺だけで何とかなる。すぐ応援連れて戻って来るから、細かい仕事の方は頼むわ」
ウォレンにそう言われ、エリックは無言で頷きその後ろ姿を見送った。
これはウォレンの気遣いだ、そうエリックは思う。連行するまでの間、他の患者達に出会さないはずはない。そしてそのたびに揉め事となる。単なる揉め事だけなら大した事はない。それよりも今さっき彼らが浴びせてきたような罵詈雑言を更に浴び続けるのは辛いだろう、そんな気遣いだ。
ウォレンが医院を後にすると、途端に辺りがざわつき始めた。それは怒りや訴えではなく、これからについての落胆の嘆きだった。殺気立っていた患者達は皆どうにもならない事を悟り、完全に意気消沈してしまっていた。落胆のあまりもはや立っている事も出来ず、床に座り込んでがっくりうなだれている者もいる。
エリクシルが無くてはどうにもならない、どうやって生きていけばいいのか、そんな嘆きばかりがあちこちから飛び交う。冷静に考えれば、その嘆きは全て麻薬依存症と同じものである。自分が依存していた物を取り上げられ悲嘆に暮れているだけでしかない。中にはエリクシルを本当に万能薬だと完全に信じ込んでいる者もいたかも知れない。けれど、法治国家としてこの件は見過ごす訳にはいかないのだ。
「エリック先輩、私達は証拠品の方を確保しましょう?」
事務室のドアの隙間からそっとマリオンが顔を出して声を掛けてくる。
「ああ……そうだね」
とにかく、自分達の仕事をしなければ。気を取り直し、エリックは事務室へ向かう。その途中で、患者達がじっとエリックの方へ視線を向けて来る。彼らはもう罵詈雑言を浴びせようとする気力を失っているようだったけれど、やはり何か伝えたい事があるからこそ視線を向けて来る。エリックは彼らの罵詈雑言など実際の所はあまり気に留めてはいなかった。それよりも堪えるのは、こういった彼らの眼差しである。自分の正義が思わず感情で揺らいでしまいそうになる。
「さーて、まずは弱そうなこいつにしようかな」
事務室へ戻ると、ルーシーが縛り上げられて床に転がされた下っ端達を品定めしていた。その中から一番年下に見える小柄な男に目を付けると、うつ伏せにしたまま顔だけを上に向かせる。
「あんたのボス、どこにあのヤクをしまってるの?」
「うるせー! 誰が役人なんかに―――」
そう悪態をついた直後、ルーシーは突然と男の頭を上から力いっぱい踏みつけた。
「ちょ、ちょっとルーシーさん!? そういうのはやめて下さいよ!」
「私はつまづいただけよ? 床に転がってるんだもの、うっかりしちゃうじゃなーい」
「いや、そうではなくてですね……」
「そのうち警察も来るんでしょ? やりたいようにやれるのは今だけよ?」
それは暗に、行儀良くしなくてもいいのは今だけだとほのめかしているのだろうか。だが、セディアランドは法治国家、官吏が率先して法を破るような行動に出る訳にはいかない。
法を守る事と仕事を全うする事と板挟みになり、エリックの足が止まった。だがお構いなしにルーシーは脅迫めいた質問を続ける。
「それに、怪我しても大丈夫でしょ? ここにはいい薬があるっていうし。どうせ治るなら、鼻でも削いでみようか。マリオン、ちょっとそのサーベル貸して」
「い、いやいや、駄目ですって! ルーシーさん、本気なんですか!?」
「私、仕事ではいつも本気だけど。知らなかった?」
ぴくりとも表情を変えず即答するルーシー。マリオンは困窮した表情でエリックの方を向き助けを求める。そこでふとエリックはルーシーの思惑に気付き、マリオンに向かって一度大きく頷いた。マリオンは驚きの表情を浮かべるが、それ以上に驚愕したのは床に転がされている男達だった。
「ま、待った! 分かった! 言うって!」
「ホントに? 別に警察来てからゆっくり調べてもいいんだけど」
「嘘は言わねえから! 本当だって!」