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「一応、確認しておきますが。あなた方がエリクシルと呼んで配布している薬、主成分は違法な麻薬です。服用すればどうなるのか、分からないはずはないですよね?」
「ああ、そうだ。けどな、何も死ぬ間際まで苦しむ必要はねえだろ! 違うか!? お前ら役人は人が死にかけても何もしちゃくれねーだろうが!」
つまり、病院にかかることもできない人達の苦しみを取り除くことが目的だった。そういう慈善事業であり、自分はあくまで善意でやっている。それが彼の主張だ。
「では、あなたはエリクシルの正体をきちんと説明していますか?」
「はあ? 何か関係あるのかよ」
「ありますよ。偽薬というのもありますが、基本的に全ての医者は処方する薬の効果はきちんと患者に説明していますから。あなたが説明出来ないのは、後ろめたい気持ちがあるからでしょう? エリクシルだなんて大層な名前、騙す以外に何の目的があるというんです。堂々と阿片とビタミンだって言えばいいじゃないですか」
エリクシルと名付けた理由は、麻薬である事を知られないため。エリックの指摘通りだったのか老人は言葉を詰まらせる。
「そもそも、麻薬で大勢の身を持ち崩させて得たお金で更に麻薬を広める神経が理解できませんね。シノギ拡大の投資だと言う方がまだ潔い。何にせよ、あなたの自称慈善事業は違法、犯罪者として裁判を受けて貰います。ここも閉める事になるでしょう」
「ふざけるな! 俺が捕まっちまったら、ここを頼って来てくれてる連中はどうなる!? 俺のエリクシルが無けりゃ、死ぬまで苦しみ続けるんだぞ! そうなると知ってても、まだ捕まえるってのか!? お前達に血も涙も無いのか!」
「今まで弱者に血と涙を流させ好き勝手生きてきて、歳を取ってから改心しましたなどと虫のいい理屈は通りません。本当に弱者のためを思うなら、財産投げ打ってでも正式な医療を手配するべきでしょう。自己完結してる自己満足の善意など、ゴミを撒き散らすのと同じです」
「俺のエリクシルが……ゴミだと?」
「ええ、ゴミです。あなたのやっている事は迷惑なただの犯罪、善意と偽善の違いくらい、その歳になっても分からなかったんですか」
それから老人は、エリックに対して歯をむいてありとあらゆる罵声を浴びせた。様々な挑発や中傷の類の言葉も、元々の語彙が少ないせいか同じ言い回しばかり繰り返される。彼の言葉に何とも感じないのは、内容の稚拙さよりも彼の怒りに正当性が何一つ伴っていないからだろう。むしろ、万能薬だなんだと耳障りの良い言葉で麻薬を広めて悔いもしない、身勝手極まる神経に怒りすら覚えた。
「なんかエリックくんって、時々怖いよねー」
そうルーシーがエリックの肩を後ろから揉んでくる。それでエリックは自分が随分と肩や首筋を緊張させていた事に気が付いた。
「ああいう勝手な理屈をごねるタイプが嫌いなんですよ。でも、ちょっと感情的になっていましたね。すみません」
「エリック先輩の言ってる事は間違ってませんよ! 私もその通りだって思います!」
「そう言ってもらえると助かるよ」
エリックは何度か深呼吸をして頭を冷やす。そして自分が冷静さを取り戻した事を確認すると、早速次の指示出しを始めた。
「では、彼の身柄は近くの警察署に連行しましょうか。ここは一応南区の管轄でいいんですよね?」
「ああ、そうだ。ま、それは俺がやっとくから」
「いえ、僕も行きますよ。責任者ですし、事情の説明もありますから。それとルーシーさんとマリオンは、物証を押さえておいて下さい。エリクシルはこの建物にあるはずです」
「りょーかい。ほら、マリオン。その辺のチンピラ起こして、生爪でも剥がしてやって。そうすりゃ流石に吐くでしょ」
「ええっ、公務員がそんなことしていいんですか!?」
この二人に任せて大丈夫だろうか。そんな不安を抱くやり取りが聞こえて来たが、取りあえずは任せておく事にする。そしてエリックはウォレンを連れて事務室を出た。
「……ん?」
事務室を出た直後だった。いつの間にか廊下には大勢の患者達がひしめき合っていた。彼らの視線は一斉に事務室から出たばかりのエリックへと注がれる。
彼らは何も言わなかった。ただ無言でじっとエリックを見つめてくる。その表情はいずれも哀願するようなものだった。エリクシルが今後二度と出回らなくなった事を察しているのかも知れない。
エリクシルは本当に彼らにとって必要不可欠なものなのだろう。奪わないで欲しい、自分達の唯一の拠り所なのだ、そんな言葉さえ聞こえてくるような気がする。けれど、それは誤った事なのだ。セディアランドで麻薬の使用は非常に限定的で管理されている。それを破る事は決して許されないのだ。
「おし、行くぞエリック。南区の警察署は来る途中の通りだ」
事務室の中から現れるウォレン。彼が力ずくで引き摺る縛り上げられた老人を見た直後、彼らの表情は瞬く間に一変した。