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貧困地区の無料医院に突入したのは、患者が多く訪れる正午前の事だった。大勢の患者に紛れて院内へ入った四人は、患者を強引に片っ端から問い詰め、責任者である院長の所在を確認する。院長は一階奥の事務室にいる事が分かり、真っ直ぐそこへ向かった。
「何だね騒々しい。君達はどこの誰だ? 薬が必要そうには見えないな」
そう不快感を露わにする老人。男の佇まいからして、白衣をまとってはいるものの、それは形式的なものだとエリックは感じた。この老人は医者ではなく医者の格好をしているだけに過ぎない、そんな直感である。
「政府の人間です。あなたの配布するエリクシルという薬について、取り締まりに来ました。これ以上は言わなくとも、理由は分かりますね」
政府の言葉に、老人の表情に一瞬だが明らかに動揺の色が浮かんだ。明らかに取り締まられる理由がある人間の反応である。
「私の行為は慈善事業、一切の対価は貰っていない。政府に口出しされる覚えはないね」
「薬事法違反は、事業内容とは無関係です。まさかそれすらも知らなかったとしらを切るつもりですか?」
「私のエリクシルは万能薬、あらゆる病を癒やして来た実績がある。君達も見たであろう! 偽の薬であれば、ああも患者が私を頼って押し寄せて来るはずがなかろう!」
「病に苦しむ人々の弱みにつけこんだだけでしょう」
「ほう、お上の人間は面白い事を言いなさる。自分達は弱者に何も施しをしないくせに、身を切って施しをする者に対しては弱みにつけこむなどと罵るとは」
「我々はあなたと社会保証の在り方について議論しに来た訳ではありません。あなたの身柄は拘束させて貰います。当然エリクシルについても、全て押収させて貰います」
そしてウォレンが犯人拘束用の縄を取り出しながら前に出る。丁度その直後だった。
「ボス! 御無事ですか!?」
突然と事務室に飛び込んできたのは、如何にもな人相の悪い若者達だった。彼らはいずれもナイフなどで武装していて、顔を紅潮させ鼻息も荒い。確かにここまで強引に入っては来たが、争った訳でもない。にもかかわらずいきなり武器を持ち出してまう、血気盛んで自制の利かない男達、そういう印象だった。
「ここは私が」
マリオンは落ち着き払って袋からサーベルを取り出し彼らの前に立ちはだかる。男達はわめきちらしながら武器を振りかぶって襲い掛かるがマリオンはあっさりとそれらを払い落とし、サーベルの峰や護拳で強く打ち据え瞬く間に制圧してしまった。
「随分と行儀の悪い病院スタッフだな。どれ」
そしてウォレンは力ずくで老人を縛り上げる。それでも老人は観念せず体を揺さぶったりしながら罵詈雑言を吐き抵抗を続ける。
「んー? ねえ、こいつらもしかして、どっかの組織の人間? 末端の雑魚っぽいけど、明らかにカタギじゃないよね」
床に這い蹲る男達を検分しながら、ルーシーはそんな事を口にした。
「もしかして、マフィアとかそういう? 確かに一般人ではなさそうですね。麻薬を入手したルートも、それなら納得がいきますが」
彼らにとって麻薬は重要な商品のはず。ただで無闇にばら撒いたりするだろうか。
それを聞いていたウォレンは縛り上げた老人を更に強く締め上げ抵抗の自由を奪った。
「なあ、爺さんよ。アンタ、どこの組織の人間だ? ボスって呼ばれてたってことは、それなりの身分だよな?」
「けっ、俺はもう引退した身だ。組織は息子が継いだ。ここは俺の道楽みたいなもんだ。あの若衆は勝手に俺を慕ってついてきただけだ」
「おー、いい感じに地が出て来たじゃねえか。それで? 何で妙な薬をばら撒いた? 新しいシノギでもやろうってか? 人の生き血が好きなのはお前らの習性だしなあ」
ウォレンは露骨に挑発する口調で老人の頭を気安くなでる。普段なら冷静なままでいられたであろう安い挑発だったが、この状況だからか老人はたちまち激高する。
「ふざけんじゃねえ! 俺はな、みんなから見捨てられた弱い奴らを助けてえだけだ! そんな安っぽい動機じゃねえんだよ!」
「助ける? エリクシルとやらがか?」
「ああそうだ! お前ら役人に代わってな! 俺がこの万能薬でここに来る連中を助けてやってるんだよ!」
はいはいそうですか、とウォレンは呆れた顔で肩をすくめる。老人の言っている事をただの誇大妄想とでも思っているのだろう。だがエリックは、今の老人の物言いが引っ掛かった。自分はあくまで弱者を救いたい、その言葉に嘘偽りがないのなら、何故あんな麻薬を万能薬と偽ってばら撒いたりしたのか、その矛盾が純粋に疑問だった。