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 手に入れたエリクシルを鑑識課へ回し、その分析結果を待つ。二日後に提出された分析結果は、想定内と想定外の内容が半分という、何とも意図の読み難いものだった。
「成分の大半は阿片を精製したもの。これはまあ分かりますけど、残りは……」
「解熱剤、鎮痛剤、鎮咳剤、抗炎症剤と……え、精力剤? それと、何種類かのビタミンのようですね」
「なんじゃこりゃ。わざわざ阿片を精製しときながら、また更に不純物を足してんのかよ」
 麻薬を万能薬と謳って使わせるのはまだ理解が出来る。その鎮痛作用から症状が和らぎ、病気が治ったと勘違いさせることが出来るからだ。しかし、わざわざ麻薬に混ぜた成分についてはその目的が分からなかった。薬事法を回避するにも麻薬成分がここまで含まれていれば、どう解釈しようが違法なものである。しかし違法なものと分かっていて購入する者にしてみれば、これではあまりに不純物が多く使い物にならない。この薬の配合は明らかに非合理的で誰も得をしないのだ。
「これ、麻薬をかさ増ししているんでしょうか?」
「効き目どころか見た目でバレるって。ベテランになると見た目と匂いだけで純度を当てられるらしいからな」
「それに、かさ増しするなら別に薬じゃなくても小麦粉か何かでいいんじゃないのー?」
「あんな目立つ場所と方法で配布しているのも不自然ですね。リスクを冒している割には無料というのも気になります。このエリクシルを広める事そのものが目的だとは思いますが……」
 エリクシルの正体は分かったが、その不自然さからますます謎は深まる。どうしてこんなものを作ったのか、経緯と動機が伺い知れない。
 安価な小麦粉ではなくわざわざ別の薬を使ってかさ増しする理由は、普通は無い。無料で配布するのは薬を広める事が目的と思われるが、無料医院などと看板を掲げて配布するのはあまりに目立ちすぎる。取り締まりのリスクを避けるため、広める事が目的でも顧客は最低限の選別はしなければならない。人目につきすぎては意味がないのだ。
「麻薬を巷に氾濫させて、公序良俗を乱したい愉快犯ではないでしょうか。本人は捕まる事も折り込み済みで」
「わざわざ薬を混ぜ物した理由は?」
「受け取る側の心理的ハードルを下げるためかと。純粋な麻薬なら二の足を踏むけれど、薬の一部に麻薬成分が使われているだけなら気軽に使ってくれるでしょうから」
「なるほど、筋は通ってるな」
「どの道、広めてる奴をとっつかまえないと話が進まないんじゃないのー?」
「そうですよ。と言うより、仕事の内容が私達の役割ではなくなった気もしますけど。警察の方に依頼しましょうか?」
「いや、せっかくだから俺達でやろうぜ。半端な所で手柄を譲る必要もねーだろ。それに俺達なら、証拠もあるんだからすぐに動けるぞ。麻取に任せたら、まずは裏取りからとか抜かしてダラダラやり始めるぞ。その間にどんだけ出回るか分かったもんじゃねえ」
 いささか偏見のある言い方ではあるが、フットワークの話であれば確かに特務監査室のような小さな組織の方がずっと軽い。即断即決は強みではある。
「ともかく。我々はオカルトとそれに関係するデマに対処する事が目的の組織です。今回は、この麻薬をエリクシルという名前で万能薬を騙って広めている事件について取り締まります。全員、そういう意識でお願いします」
「実は麻薬だって知ってたってのを保険にして、最初はすっとぼけて万能薬に釣られた振りで行くんだろ? 分かってる、分かってる。じゃあ、早速乗り込みに行こうぜ」
「いや、強制捜査ならまずは令状を取らないと」
「いいんだよ、そんなのは。あの区域自体が、大規模な不法占拠なんだから。ケンカの相手には困らねえって、そういう意味もあるんだよ。だから、先住権がどうとかは最初っから無視だ、無視!」
 そう息巻くウォレンに、エリックは溜め息しか出なかった。令状も無しに行う強制捜査が認められるなら、初めからエリクシルの正体を調査する必要も無かった。きちんと法的な手続きに則って執行をしたかったが、これでは拘る自分の方が馬鹿のようである。
 今回のケースは、あまりに堂々と大量に流通させている。早期に食い止め被害拡大を防ぐ事を優先するため、多少手続きを前後させるのもやむを得ない。エリックはそう自分に言い聞かせ、令状無しでの強制捜査を黙認する事とした。
「一応、サーベルの方が良いですよね」
 マリオンはロッカーから私物のサーベルを取り出して確認をしてくる。そんな物を抜いてしまえば、流血沙汰は避けられなくなる。だが、丸腰で行くにも危険な区域である。強制捜査を決めた以上、もはや穏やかにはいかないだろう。