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老人達に話し掛けるのは確実に警戒されるため、まずは彼らの行き先を突き止めるため尾行をする事にした。しかし、四人で年寄りの足に合わせるのはあまりに不自然で目立つため、一旦この地区に詳しいウォレンと数合わせでルーシーが尾行に向かった。エリックはマリオンと待機するのだが、これは単純に戦力のバランスも取れているなと自虐的に思った。マリオンは相変わらず携帯した小太刀を気にしているが、所作は既に落ち着き払っている。それに対してエリックはいざという時は走って逃げることしか思いつかず、内心まるで落ち着けなかった。
店らしい店もなく、屋台に入るにしても顔見知り相手の商売のようで、下手な関わりを持つとそれだけトラブルの元になりかねない。そのため二人は路地の目立たない場所で静かに連絡を待った。
「エリック先輩、万能薬なんて本当にあるんでしょうか」
「特務監査室に就く前なら絶対に無いって断言していたんだろうけど。今はどうしても、もしかしたらって思っちゃうね」
「確かにここの仕事って、とても信じられない事ばかり起こりますけど……。でも今回は、本当にあればいいなって思っちゃいますね。万能薬があれば、将来身近な人が大変な事になった時に助けてあげられますから」
「月並みだけど、そういう善意を利用してお金を儲けてる人の方が遥かに多いよ。期待は判断を鈍らせるから、やめておいた方がいい」
「はあい。エリック先輩はいつも冷静ですよね。そういう所も好きですよ」
そんなさもない会話を続けていると、しばらくして駆け寄ってくるルーシーの姿が現れた。二人はすぐさま合流する。
「ルーシーさん、見つかったんですか?」
「うん、この近く。すごいよー、堂々と無料医院って看板掲げてるから。名前が直球過ぎて笑えてくる」
「無料? お金がかからないんですか?」
「そうみたい。だから人は結構来てるっぽいよ」
万能薬の信憑性はともかく、万能薬と謳っているそれを無料で配ることに何の意味があるのだろうか。偽物の薬を売りつけて稼ぐのが目的だと思っていたが、何か違う意図で行っているのかも知れない。
早速三人はウォレンの待つ場所へ向かう。ウォレンは目立たないように物影に隠れながら、件の無料医院の出入り口を見張っていた。
「様子はどうですか?」
「この数分で軽く二十人は出入りしてる。中でも行列になってるかも知れないな。結構回転率も良さそうだし、ありゃろくすっぽ診察もしてねーな。ただただ来た奴に薬を渡してるだけかも知れねえ」
そこは何か商業施設に使用する予定だったらしい、大きな三階立ての建物だった。出入り口は広く開かれた両開きの扉で、片側ずつそれぞれ出入りする人間が今もちょくちょく見られた。中には人間だけなら一つのフロアにつき軽く百名は収まるだろう。少なくともこれだけの広さが必要となる人数に万能薬は知られているという事になる。同時に万能薬もそれだけ大量に存在し、この地区に出回ってしまっているという事だ。
「こんなにも堂々とやっているんですね。どんな薬かは知らないですけど、妙なものだった場合はうちだけでは手に負えないくらいの大事になりそう」
「だな。どうする? 手っ取り早く正面から乗り込むか?」
「いや、流石に確証も無しに騒ぎを起こすのはまずいでしょう。まずは万能薬がどういうものか特定しないと。実物が手に入ればいいんですが」
万能薬が偽物であった場合、それは薬事法に抵触するため正当に執行出来るようになる。騒ぎにはなるだろうが、同じ騒ぎでも法的根拠があるかどうかは大きな違いだ。
「忍び込むのは流石にリスキーですよね。出て来た人に譲ってもらえるようお願いしてみましょうか」
「そりゃ無理だろ。万能薬が欲しくて来てんだから」
確かに、病人が自分の薬を他人へ譲るはずがない。病気を治しに来ているのだから、譲ってしまっては本末転倒である。
「あーそれなら、先輩が貰いに行けば? 誰でも無料で貰えるんでしょ。その辺で派手に転んで怪我でもして行けばいいじゃん」
「バッカ、明らかにこの地区の人間じゃないってバレんだろうが」
「大丈夫大丈夫、先輩は言うほど綺麗な風貌じゃないですよー。紙一重、紙一重」
そんなルーシーとウォレンのやり取りを聞いていたエリックは、その時に別な案が思い浮かんだ。
「じゃあ、この地区の人を誰かお金で雇うのはどうでしょうか。それなら譲って貰えるはずですよ」
「ああ、確かに。それならいけそうだな。んじゃ、金は頼むわ室長補佐殿」
「それは、まあ、確かにそうですね……」
思わぬ出費となってしまい、エリックは戸惑いを滲ませながら苦笑いを浮かべる。
正式な業務の事だし、これは捜査費用として経費で落とせるだろう。