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エリックが目を覚ましたのは、まだ日も昇ったばかりの早朝の事だった。エリックは自宅アパートの寝室のベッドの上にいた。
ゆっくり起き上がりベッドに腰掛ける。体は酷く怠くてかなりの疲労が残っていたが、自力で体を動かす事は出来た。あれから何が起こったのか、ぼんやりした頭でそれを考えようとするものの、随分と喉が渇いている事に気付き、まずは気分を落ち着けるべく立ち上がってキッチンへ向かった。
キッチンでコップ一杯の水を飲みひと心地つく。テーブルを見るとそこには、まだ作ってからさほど経っていないサンドイッチが置かれていた。その横には書き置きがあり、手に取って読んでみる。残したのはマリオンで、あれからの経緯が書かれていた。
あの後、マリオンはエリックを連れて無事に脱出したようだった。部屋に連れ帰ったのもマリオンで、エリックの体調については医師に診察して貰い極度の疲労と診断されたそうだった。そしてついでに食事も用意していったという。サンドイッチの様子からして、作ったのはつい昨夜辺りのようである。
かまどにある鍋を見ると、そこにはマリオンが用意して行ったシチューがあった。エリックは重く怠い体で何とか火を起こしてシチューを温め直し、サンドイッチと食べる。
「特製のスタミナシチュー、ねえ」
マリオンのシチューは味自体は悪くなかった。ただ、具材としてやたら鶏のササミとブロッコリーばかり入っていて、いささか飽きの来る味でもあった。塩気もやや多いが、体が疲れているせいか、むしろ食欲を刺激して丁度良いくらいに感じた。
食事を終えると、体が内側から熱を帯びてくる感覚が出て来た。疲労した体に食事で栄養が廻っているのだろうか。しかし同時に強い眠気も込み上げて来たため、もう一度ベッドへ戻り横になった。そこでふと自分が寝間着に着替えている事に気付き、着替えさせたのはマリオンなのかという疑問を持ちながら再び眠った。
次に目が覚めたのは夕方よりは少し早いくらいの、日の傾き始めた頃だった。体は随分と軽くなっていて、頭の方もしっかりと回るようになっていた。マリオンのスタミナシチューも案外侮れないものだと感心する。
今から登庁するには遅過ぎる。しかしぼんやりと休む訳にもいかず、そこでエリックはあの屋敷をもう一度見に行く事にした。既に特務監査室で何かしらの対応は始めているだろうが、また自分達と同じような被害者が出ないか、確かめておきたかった。
服を着替え、早速エリックは昨日の屋敷の場所へ出掛ける。目的の場所へ到着すると、そこには予想外に大勢の人間の姿があった。まず屋敷の周囲は丈夫な柵で囲まれ、立ち入り禁止を明確にした看板が付けられていた。その中では建設などに使う物らしい機材などと大勢の作業員の姿があった。見ると彼らは、外側から屋敷を解体している作業の真っ最中のようだった。
「あ、エリック先輩じゃないですか! もう体は大丈夫なんですか?」
突然、柵の向こう側から現れたマリオンに声をかけられた。
「ああ、もうすっかり良くなったよ。食事、ご馳走様。おかげで元気になった」
「いいんですよ、それくらい。いつでも作りに行ってあげますからね」
エリックは関係者用の出入り口から中へ通される。
現場には他にルーシーとラヴィニア室長の姿もあった。やはりこの解体工事を指揮しているのは特務監査室のようだった。
「エリック君、今回は災難だったわね。体の方は大丈夫そう?」
「ええ、もうすっかり回復しています。それで、あの屋敷はやはり解体するんですね。普通の建物とは思えませんでしたから。一体何だったんですか?」
「あれはね、建物が長い年月を経て意思を持った、という感じかしら」
「建物が意思、ですか?」
また妙な話だ、そうエリックは内心思う。今回の事件は、あくまで建物のどこかに隠れていた主犯の仕業と考えていたからだ。
「建物に限らないんだけど、あらゆる物は扱い方や境遇などによって意思を持つようになるの。東国の思想だと、神性は万物にあって何らかのきっかけで目覚めるらしいわ。この屋敷の場合も同じでしょうね」
「……その、神性が目覚めるという事とかによって、この屋敷は人間に害を成すようになった訳ですか」
「それはちょっと違うわ。あの屋敷には、そもそもそういった悪意は一切無いの」