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「えっ!?」
エリックとウォレンはこの光景を前に硬直する。明らかに手遅れと思った重傷者が、突然自ら起き上がって辺りをきょろきょろ見回しているからだ。
そうしている間に、男の頭からの出血は見る見るうちに止まっていく。怪我が恐ろしい速さで塞がっているらしく、それに違和感があるのか、恐る恐る自分の頭を触れては感触を確かめていた。だが既に血は固まり始め、男の指にべとっと油のようにこびり付く。
ウォレンから離れたアイオンは、唖然としている男の傍らに屈み話し掛ける。
「まだ大人しくしていて下さい。傷は大したことないですけど、結構血が出てましたから。下手に動いたら貧血で倒れちゃいますよ」
「え……? でも俺、何かの破片が頭に刺さったような……」
「掠めただけじゃないですか? 流石に刺さったら死んじゃいますよ。頭を打って一時的に混乱しているんです。良くある事ですよ」
「そ、そうか……そうだよな、うん」
アイオンは自らが飲ませた薬の事は語らず、あくまで幸運を主張する。確かにそれが最も納得のいく理由だろうし、受け入れられやすいだろう。現場の混乱を助長しない配慮は実にありがたい。だがアイオンの使ったその丸薬だけは、エリックとウォレンにとってすんなりと看過できない事だった。エリックとウォレンは互いに目を合わせて確認をする。
「ちょっとこっちに」
ウォレンはエリックと共にアイオンを更に物影へと引っ張り込んで問いただす。
「お前、今何を飲ませたんだ? 何なんだアレ。どう考えても普通じゃねーだろ」
「あれ、バーで話しましたよね? 私がアクアリアのとある山中から仙界へ迷い込んだっていう話。その時に、飲み仲間になった薬師仙人から貰った仙薬ですよ。一粒飲むだけで、大概の怪我や病気がみるみる治るんです」
そんな話あっただろうか。聞いたような気がしないでもないが、まともに聞いていなかったため、エリックは詳細までは思い出せそうになかった。
「……それ、実話なんですか?」
「これは、実話ですよ。ここだけの話、本に書いてる事の半分くらいは創作なんです。なかなか不思議な出来事には巡り会えないもんですからね。あ、内緒ですよ、ホント」
そんな馬鹿な。それでは、あの本に書いてあった下らない子供じみた妄想の半分は事実という事になる。幾ら何でも、この世の中にそこまで奇っ怪な出来事が溢れているはずがない。
困惑するエリック達。否定はしたいが、少なくともアイオンの持っている丸薬だけは本物である。これは取り締まるべき事なのか、結論が出せずに立ち止まる。しかしアイオンはそんな二人の困惑など構わず、
「さあ、まだ怪我人は大勢いますから。これ、飲ませて回りましょう。幸いまだみんな混乱していますから、どさくさに紛れてこっそり飲ませればバレませんよ」
「え、いや、しかし。そんな常識外れの物をこんな目立つところで使うのは」
「人命第一、です。そうでしょ? お二人が目をつぶって、協力してくれれば良いだけの話です」
アイオンの明快な理由に、エリックもウォレンも反論が出来なかった。特務監査室の活動目的も、広義では人々の命を救うことに違いはないからだ。
とにかく、今は人命を最優先にするべきだ。その結論が出た二人は、アイオンに協力をする事を決める。
そしてエリックとウォレンはアイオンと共に、混乱する現場をあちこち駆けずり回っては助かる見込みの無さそうな者から優先的に、誰にも見られないよう連携しながらこっそりと丸薬を飲ませていった。時には突然と瀕死の人間が起き上がった事を訝しまれもしたが、死にかけていた人が助かるには越したことはなく、大して追及もされず、現場の混乱も幸いして多少の不自然さはあっと言う間に忘れ去られていった。
瓦礫の撤去や負傷者の救出などをやりながらの投薬は非常に目まぐるしく、結局この喧騒が収まったのは夜が明けかけた頃だった。アイオンが持っていた丸薬も全て使い切り、負傷者は皆どこかの病院か自宅へ行った。現場に倒れている者は一人もいない。それでようやく、この夜を徹した救命活動が終わったのだと実感を持てたのだった。